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beautiful life 美しく
私の人生
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その日は、お父さんとは、話もろくせずに、外で待っていてくれた橋元先生の車で、母と実家に送って貰った。
車内では、お母さんは、橋元先生の存在を気にする事もなく、ずっとお父さん達の事を悪く言っていた。
「あんな風に放棄するなら、私に引き取らせてくれれば良かったのに! だから男に子育ては無理だって言ったのよ」
私も、先生も黙って聞いていた。
母親が引き取っても、育てられない例がすぐそばにあったからだ。
憎しみから後悔へーーまた、母は泣き出した。
「仁は、寂しかっただろうねぇ……私のこと、恨んでるよね」
難しい思春期での親の再婚は、兄の成長に大きく影響したと思う。
でも、亡くなった兄は、もう大人だった。
親が知らない事情を抱えていたはずで、家族に連絡をしない男性なんて珍しくないかもしれない。
私だって、大切なはずのお母さんのことを、普段は放置してる。
今は、お母さんの事よりも、何よりも、橋元先生のことを思っている。
「……先生、ありがとうございました」
実家まで送ってくれた橋元先生にお礼を言うと、先生は、「おやすみ」と、帰って行った。
この時、やっと、お母さんは、
「あれ、もしかして、高校の時の先生?」
「……そう、誰だと思ってたのよ」
運転していたのが橋元先生だと、気が付いたようだった。
「あんたたち、まだ連絡取り合ってたの?」
それには、私は何も返せなかった。私達は再会してからまだ半年ほどだ。
先生の病のこと、先生を支えたいこと。
兄の事が落ち着いてから、ちゃんと話そうと決めていた。
ーーーー
司法解剖の結果。
兄は、睡眠薬を大量に飲んでからの投身自殺だと分かった。
サラ金に多額の借金があったことも判明。
最近の兄の事情も不明のまま、葬儀は家族だけで済ませることになった。
火葬まで終えると、お母さんは泣き疲れて、帰りのタクシーの中では眠っていた。
遺体発見から、ずっと眠っていなかったのだから当然だ。
火葬場から戻る際、お父さんの奥さんと、娘は別の車に乗っていた。
後の車に、お母さんと私とお父さん。
この時、ようやくお父さんと会話をしたように思う。
「伊織は、……今、何してるんだ?」
「会社員、でも、もうすぐ辞めるけどね」
「辞める? 結婚でもするのか?」
「そうじゃないよ。事情があって……」
「ただの転職か? アテはあるのか?」
「暫くは働かないと思う」
「……? どういうことだ?」
お母さんにも話していない、これからの事をお父さんに話した。
初恋の人と再会して、忘れられなかった想いが再燃したこと。
その人が重い病気にかかってること。
その人の残りの人生に、寄り添いたいことーーー
お父さんは、黙って聞いていた。
でも、別れ際、
「……後悔するのが一番良くない。最愛の人なら、なおさら……」
お父さんが涙ぐみながら、私の決意を間違っていないと言ってくれて、私は、さらに固く決意した。
ーー 先生の最後を独りにしない。
変わり果てた兄を見たからこそ、余計にそう思った。
タクシーの中で、起きたのに寝たふりをしていたお母さんも、
″ 伊織の人生だから ″
と、反対はしなかった。
車内では、お母さんは、橋元先生の存在を気にする事もなく、ずっとお父さん達の事を悪く言っていた。
「あんな風に放棄するなら、私に引き取らせてくれれば良かったのに! だから男に子育ては無理だって言ったのよ」
私も、先生も黙って聞いていた。
母親が引き取っても、育てられない例がすぐそばにあったからだ。
憎しみから後悔へーーまた、母は泣き出した。
「仁は、寂しかっただろうねぇ……私のこと、恨んでるよね」
難しい思春期での親の再婚は、兄の成長に大きく影響したと思う。
でも、亡くなった兄は、もう大人だった。
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私だって、大切なはずのお母さんのことを、普段は放置してる。
今は、お母さんの事よりも、何よりも、橋元先生のことを思っている。
「……先生、ありがとうございました」
実家まで送ってくれた橋元先生にお礼を言うと、先生は、「おやすみ」と、帰って行った。
この時、やっと、お母さんは、
「あれ、もしかして、高校の時の先生?」
「……そう、誰だと思ってたのよ」
運転していたのが橋元先生だと、気が付いたようだった。
「あんたたち、まだ連絡取り合ってたの?」
それには、私は何も返せなかった。私達は再会してからまだ半年ほどだ。
先生の病のこと、先生を支えたいこと。
兄の事が落ち着いてから、ちゃんと話そうと決めていた。
ーーーー
司法解剖の結果。
兄は、睡眠薬を大量に飲んでからの投身自殺だと分かった。
サラ金に多額の借金があったことも判明。
最近の兄の事情も不明のまま、葬儀は家族だけで済ませることになった。
火葬まで終えると、お母さんは泣き疲れて、帰りのタクシーの中では眠っていた。
遺体発見から、ずっと眠っていなかったのだから当然だ。
火葬場から戻る際、お父さんの奥さんと、娘は別の車に乗っていた。
後の車に、お母さんと私とお父さん。
この時、ようやくお父さんと会話をしたように思う。
「伊織は、……今、何してるんだ?」
「会社員、でも、もうすぐ辞めるけどね」
「辞める? 結婚でもするのか?」
「そうじゃないよ。事情があって……」
「ただの転職か? アテはあるのか?」
「暫くは働かないと思う」
「……? どういうことだ?」
お母さんにも話していない、これからの事をお父さんに話した。
初恋の人と再会して、忘れられなかった想いが再燃したこと。
その人が重い病気にかかってること。
その人の残りの人生に、寄り添いたいことーーー
お父さんは、黙って聞いていた。
でも、別れ際、
「……後悔するのが一番良くない。最愛の人なら、なおさら……」
お父さんが涙ぐみながら、私の決意を間違っていないと言ってくれて、私は、さらに固く決意した。
ーー 先生の最後を独りにしない。
変わり果てた兄を見たからこそ、余計にそう思った。
タクシーの中で、起きたのに寝たふりをしていたお母さんも、
″ 伊織の人生だから ″
と、反対はしなかった。
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