ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

文字の大きさ
上 下
120 / 134
beautiful life 美しく

時間

しおりを挟む
   無人の旧団地と廃校が側にある、今にも崩れそうなアパート。

   ……離婚してからこんな所に住んでたのかと、切なくなったけれど。

  でも、その理由が分かった。

   さほど離れていない所に、診療所があったからだ。在宅緩和の医療を専門にした……。

   何かあれば、そこからスタッフが来てくれるのだと思った。


  「……松茂に聞いたのか?」

   玄関を開けた先生は驚きながらも、怒ったりはしてなかった。

   透明のテープの下の喉の傷は、まだ痛々しく、赤黒い縫い痕が、立道の罪深さを語っていた。

  「……はい。あの、中に入ってもいいですか?」

  「……どうした」

  「私と先生を襲った男が捕まりました」

  それだけ言うと、先生は、

 「俺にも電話あったよ」
  と、中に入れてくれた。


 「先生は、告訴した方がいいと思いますか?」


   傷害や窃盗なんかは、被害届だけで逮捕、公訴できるけれど、強制ワイセツや婦女暴行等は、告訴しなければ成り立たない。

   ……会社は、その裁判をして欲しくないと言っている。

 「退職金の上乗せ……その会社は腐ってるな、あ、お前んとこみたいに珈琲はないぞ」

  橋元先生は、お湯を沸かして緑茶を出してくれた。

 「腐ってる?……そこまで言いますか?」

 「ふうーはさ、告訴されたくないのは加害者であって、示談金を出すのも加害者じゃないか。それを、元社員だからって会社が同様の事をやるのは、加害者の味方ってこと、伊織の為じゃない」

 「……そういう古い体質の会社なんです。都合悪いことは隠蔽する。扱ってる商品は新しいのに……」

  熱いお茶を、冷ましながら飲む。
  憤る先生の顔を見ていたら、もう会社の事なんてどうでも良くなってきた。

   こんな話を、メインでしたいんじゃないのに。

 「……俺は、伊織ならセカンドレイプにも負けないような気がするけどな。……でも、お母さんはどう思うだろうか」

   久しく声も聞いていない母の事が出てきて、また胸がチクッと痛む。

  十年前も心配をかけた。結婚をやめたことで、それを増やしたかもしれない。

 「……でも」

   先生の傷を見れば、怒りはおさまらない。
   葉築さんだって、まだ足を引きずっている。

   その罪に、あと三年くらい上乗せしてやりたい。

 「……先生は、何があっても私の味方でしょ?」

   橋元先生が側にいてくれたら、裁判での証言も出来るかもしれないと思った。

   先生は、座ったまま目をとじて、少し考えて返事をした。

  「裁判は、どれくらいの期間あるんだ?」


   私は、十年前に告訴しなかった、少年達による強姦未遂事件について、実際に裁判が行われていたら、どうなっていたかを調べたことがある。

   裁判は、争えば争うほど期間は長くなり、最低でも三ヶ月はかかるという。

   弁護士や裁判の費用は、負けることはなくても、万が一そうなれば、百万円以上はかかる。
   裁判官や検事に、したくない性的な証言をするだけでも負担なのに。

   だから、泣き寝入りをする被害者が多いのだそう。

  「もし、そうなった時に、先生の治療に影響するなら私は、告訴はしないです」

   私は、先生と暮らす事を前提に話していた。

  けれど。

 「バカ……俺の事なんてどうでもいいんだよ」

   橋元先生は、そうではなかった。



 「俺は、もう伊織の力にはなれないかもしれない。そんな俺がお前の貴重な人生に関わるなんて、それこそが罪なんだよ」

   先生は、壁のカレンダーを見つめて、そして諦めたように言った。


 「残された親父の事を考えるのでいっぱいいっぱいだし、そこに他人との生活が入ってくるとなると、もうそれだけで死後も面倒臭い」


   まるで、既に自分が死んだ人間のような言い方をする。
   私の思いを分かって貰うのは、一筋縄ではいかない、そう感じていた矢先、

   Riririririri

   スマホに電話がかかってきた。
   お母さんからだった。


 「どうしたの?」

   明るいうちに電話をかけてくるのは珍しい。

   橋元先生は、気を遣ってか、ベランダに出て話を聞かないようにしてくれている。

  「あのね、……が……んだって」

  「え?」

  お母さんの声が震えてて、良く聞こえなかった。
  なにが、どうしたの?

   再度、同じトーンで電話口から聞こえてきた言葉は、

  「仁が死んだって……」

   十七年間、会っていなかった、兄の死の知らせだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

処理中です...