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determination 決意
決意
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先生の病気の話は、葉築さんにしなかった。
「私、……やっぱりまだ先生を忘れてない」
彼のお姉さんが、知ってるか否かも分からなかったけれど、それだけが理由ではないから。
ほんの数十秒の沈黙が、凄く長く感じる。
葉築さんの、深呼吸のような、スゥ……とした息が電話から聞こえた。
「昨日の今日じゃんか。じゃあ、なんで俺を受け入れたんだよ?」
彼が、疑問に思うのも無理はない。
また、憎まれても仕方ないと思った。
「…葉築さんとは、最後の夜のつもりだった」
元々。
私と葉築さんは、生きていく、……泳いでいく方向が違った。
「そんな曖昧な態度でセックスしたり、人を惑わすから、ストーカーされたりするんだよ」
電話を切る前の葉築さんの声は、怒りと失望を隠せずにいた。
優しい人をまた、傷つけた。
……でも、その気持ち以上に、今の私には、残された先生の時間と、どう向き合っていくか、その前に橋元先生に気持ちを受け入れて貰わなきゃいけない事でいっぱいだった。
「鷲ちゃん、話があるんだ、ちょっといい?」
翌日、出社して直ぐに室岡さんに会議室に呼ばれた。
私を皆、好奇の目で見ているような気がする。
葉築さんとは、まだ一度も目が合っていない。
「……何とかいうか、災難だったね」
室岡さんは、私を椅子に座らせると、自身も座って、はぁ、と溜め息をついた。
「個人的な感情で言うと、立道は逮捕されて、無期懲役にでもなればいいと思ってるんだが」
「……」
室岡さんが、何か言いたくても、言い出せないでいる事に気が付いた。
「私と葉築さんを襲った事ですね?」
元部下の、あまりにも軽率で利己的な犯罪。
室岡さんは頷いて、申し訳なさそう顔をした。
「警察も来て、立道のことや人間関係、そして仕事のトラブルなんか色々聞かれた。勿論、それは本部にも伝わっている」
けれど。
個人的な感情と会社というものは違う。
「会社は、葉築に一週間、鷲ちゃんに1ヶ月の休職を発令するみたいだ」
橋元先生の心配していた事が、現実になった。
室岡さんが言うには……。
会社としては、立道がやった不正の問題もさることながら、元社員が事実を揉み消す為に同僚を車で襲ったり、レイプしようとした事を公に晒したくないと……。
「中でも、そのハレンチな話題は特にマスコミは書き立てる。社長も風紀を乱されるのが一番キライだからね」
「……ええ」
私は、こうなる事が分かっていて警察に被害届けを出した。
「会社が、立道のやった悪事を始めから公表してればこんな事態にはなからなかったんだけどね。
そこもツツかれるから、被害者の二人には暫く表に出ないで欲しいって事なんだよ」
立道の不正に気がつき、事実を掴もうとしていた葉築さんは一週間、私は1ヶ月、会社と世間から遠ざかれと……。
この期間の差は、会社の、二人への需要の差ではないのか。
「室岡さん……」
「ん」
「会社は、本当は、私に退職を希望してるんじゃないですか?」
分かっていたけれど、やっぱり、虚しい。
「……ん、いや。それは俺が納得できない」
……でも、これもいい機会かもしれない。
「室岡さん……」
私は、今後の決意を室岡さんに話した。
元々、私はこの会社にはそぐわない人間だった。
ぬるい庶務の仕事に結婚でピリオドをつけようとしてた矢先、……葉築さんに出会い、結婚をやめ、営業職へと転機する事になった。
そうなったところで、ちゃんと出来ていたか分からない。
むしろ、潰れている未来の方が容易に想像できる。
今が、引き際なのかもしれない。
室岡さんは、
「鷲ちゃんを守れなくて、……すまない」
机に頭をつけて、謝っていた。
会議室から出た私を、小村さんが気の毒そうに見ていた。
荒城さんは珍しく何も言ってこなかった。
「鷲塚さん……」
溜まっていた伝票を仕分けしていると、葉築さんが近寄ってきた。
「……昼休みか、帰り、時間くれない?」
「私、……やっぱりまだ先生を忘れてない」
彼のお姉さんが、知ってるか否かも分からなかったけれど、それだけが理由ではないから。
ほんの数十秒の沈黙が、凄く長く感じる。
葉築さんの、深呼吸のような、スゥ……とした息が電話から聞こえた。
「昨日の今日じゃんか。じゃあ、なんで俺を受け入れたんだよ?」
彼が、疑問に思うのも無理はない。
また、憎まれても仕方ないと思った。
「…葉築さんとは、最後の夜のつもりだった」
元々。
私と葉築さんは、生きていく、……泳いでいく方向が違った。
「そんな曖昧な態度でセックスしたり、人を惑わすから、ストーカーされたりするんだよ」
電話を切る前の葉築さんの声は、怒りと失望を隠せずにいた。
優しい人をまた、傷つけた。
……でも、その気持ち以上に、今の私には、残された先生の時間と、どう向き合っていくか、その前に橋元先生に気持ちを受け入れて貰わなきゃいけない事でいっぱいだった。
「鷲ちゃん、話があるんだ、ちょっといい?」
翌日、出社して直ぐに室岡さんに会議室に呼ばれた。
私を皆、好奇の目で見ているような気がする。
葉築さんとは、まだ一度も目が合っていない。
「……何とかいうか、災難だったね」
室岡さんは、私を椅子に座らせると、自身も座って、はぁ、と溜め息をついた。
「個人的な感情で言うと、立道は逮捕されて、無期懲役にでもなればいいと思ってるんだが」
「……」
室岡さんが、何か言いたくても、言い出せないでいる事に気が付いた。
「私と葉築さんを襲った事ですね?」
元部下の、あまりにも軽率で利己的な犯罪。
室岡さんは頷いて、申し訳なさそう顔をした。
「警察も来て、立道のことや人間関係、そして仕事のトラブルなんか色々聞かれた。勿論、それは本部にも伝わっている」
けれど。
個人的な感情と会社というものは違う。
「会社は、葉築に一週間、鷲ちゃんに1ヶ月の休職を発令するみたいだ」
橋元先生の心配していた事が、現実になった。
室岡さんが言うには……。
会社としては、立道がやった不正の問題もさることながら、元社員が事実を揉み消す為に同僚を車で襲ったり、レイプしようとした事を公に晒したくないと……。
「中でも、そのハレンチな話題は特にマスコミは書き立てる。社長も風紀を乱されるのが一番キライだからね」
「……ええ」
私は、こうなる事が分かっていて警察に被害届けを出した。
「会社が、立道のやった悪事を始めから公表してればこんな事態にはなからなかったんだけどね。
そこもツツかれるから、被害者の二人には暫く表に出ないで欲しいって事なんだよ」
立道の不正に気がつき、事実を掴もうとしていた葉築さんは一週間、私は1ヶ月、会社と世間から遠ざかれと……。
この期間の差は、会社の、二人への需要の差ではないのか。
「室岡さん……」
「ん」
「会社は、本当は、私に退職を希望してるんじゃないですか?」
分かっていたけれど、やっぱり、虚しい。
「……ん、いや。それは俺が納得できない」
……でも、これもいい機会かもしれない。
「室岡さん……」
私は、今後の決意を室岡さんに話した。
元々、私はこの会社にはそぐわない人間だった。
ぬるい庶務の仕事に結婚でピリオドをつけようとしてた矢先、……葉築さんに出会い、結婚をやめ、営業職へと転機する事になった。
そうなったところで、ちゃんと出来ていたか分からない。
むしろ、潰れている未来の方が容易に想像できる。
今が、引き際なのかもしれない。
室岡さんは、
「鷲ちゃんを守れなくて、……すまない」
机に頭をつけて、謝っていた。
会議室から出た私を、小村さんが気の毒そうに見ていた。
荒城さんは珍しく何も言ってこなかった。
「鷲塚さん……」
溜まっていた伝票を仕分けしていると、葉築さんが近寄ってきた。
「……昼休みか、帰り、時間くれない?」
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