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determination 決意
酔っぱらい
しおりを挟む「オー、鷲ちゃん!お帰りー、遅かったな」
茉美と話を終えてから、私はずっと、心ここにあらずでボンヤリとしていた。
事務所にどうやって戻ってきたか、曖昧な記憶しかないほどだ。
「鷲ちゃん!アレ、買ってきたか? 餌!」
室岡さんに言われて、ハッ!と思い出す。
「忘れてました……メダカの餌……」
「えー、どうすんだよ! もう餌ねーぞー」
「……あー……」
「やだ、鷲塚さんたら、いつもに増してボケッとしてるわよ!大丈夫?」
私の方を振り返った荒城さんは、ネイルで彩られた指を、ヒラヒラと目の前に振って見せた。
「……今日の帰りに買っておきます」
「わ、完全に目が死んでる」
「ちょ、荒城さん言葉が悪過ぎ」
「何よ、小村さんだって、さっきオカシイって言ってたじゃない」
荒城さんの言葉は、けして大袈裟ではなかった。
私の心臓は今にも止まりそうだった。
……茉美から聞いた話がショック過ぎて、仕事どころじゃなくなっていたのだ。
「お疲れー」「お疲れ様です」
社員達のは殆どが、定時で帰っていく。忙しいのは、異動組の人間ばかり。
「鷲ちゃん、忙しくないなら、もう帰りな。今日、午後から調子悪そうだし」
室岡さんが心配そうに見るので、さばけなかった処理分を残して帰る事に。
「あ、鷲塚さん、餌なら、さっきネットで発注しておいたから買ってこなくて大丈夫よ」
気の効く小村さんに会釈をして、「お疲れ様でした」と退勤のカードを押す。
「……失恋でもしたのかな?」「誰に?」「……さぁ」
そんな小村さんたちの声が、背後から聞こえていた。
ビルを出て駅に向かって行く途中、
ブブ!
【もう仕事終わった? 俺、ちょっと遅くなりそう】
葉築さんからメッセージが来て、約束していた事を思い出した。
″ また、話そう ″
とても、いい声だった。
言葉は軽いのに、彼の気持ちが、今は重い……。
今の私に、葉築さんにこたえる余裕は無かった。
溢れそうな目元を我慢しながら返事を打つ。
【ごめん、今日は用事が出来て。また今度】
スマホの画面も、止まらない涙のせいで、ボヤけて良く見えなかった。
その夜は、フラフラと街をさ迷い 、生まれて初めての一人飲みを経験。
お洒落なバーなんて敷居が高いので、駅付近の、サラリーマンが飲むような屋台に座った。
「あれ? おねーさん♪一人?」
既に出来上がった男性客に話しかけられたけれど、シカトして、ひたすら飲んだ。
飲まずにはいられなかった。
「ありゃ、失恋したんだな」
「OLのヤケ酒さ」
「ねえさん、気を付けて帰りなねー」
おあいそし、ふらつきながら帰る私の背中に、男達は、会社の連中と同じ事を言っていた。
「……吐きそう」
空き腹で飲んだために、かなりの悪酔い。座り込んで、並木道の桜の蕾を見つめる。
「早く、咲きなよ……バカ」
完全に酔っぱらいだ。
人目も憚らずに、月明かりに照らされる桜の木を、眺めて泣いていた。
「先生……」
そして、震える指で、橋元先生に電話をかけた。
「なんだ? 伊織か? どうした?」
電話の橋元先生の声は、とても呑気だった。
私には、そう聞こえただけかもしれない。
「せん生……あたしを置いて、どこに行くつもりなんれすかぁ?」
もう、ろれつも回らなくなってきている。
「え? なに? 何……言ってるんだ? お前、酔ってるのか?」
酔ってるよ。
誰のせいだと思ってんのよ?
「酔ってま……す、酔ってるー、酔っぱらってまぁす!」
何が嬉しくて、26にもなった女が、こんな路上でへたり込んで泣いて電話しなきゃいけないのよ?
「なんだか楽しそうだなぁ」
相変わらず呑気な先生の声に、私の心は、プチっとキレた。
「嘘つき! 裏切り者ぉ!先生なんて大っきらい!」
そう叫んで電話を切って、私は、スマホを胸に抱えて泣いた。
まるで、かぐや姫にフラれた貴族の男のように、
夜空の月に向かって泣いていた。
惨めな、酔っぱらいだった。
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