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determination 決意
さ迷う
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座った途端、プロポーズのような事を言われて、ちょっと驚いた。
「将来……?」
「そう、ただ付き合うだけじゃなくて、計画的に先を考えようって事」
「……ちょ、待って……」
今夜は、付き合う云々の話だろうとは思ったけれど、まさか、葉築さんがそんな事まで考えていたなんて。
戸惑う私の前で、葉築さんは、スマホのカレンダーを私に見せてきた。
「四月から伊織は営業だろ? その前に結婚を理由に事務職に戻して貰おう」
「……え」
おまけに、
「完全に引き継いでからは後々面倒だし。……で、六月には式場予約とか準備始めて、十月くらいにどうかと考えてるんだ。それ以後は退職か、パートに転職する事を頭に入れて……」
彼の中では、年間スケジュールが決まってしまっていた。
「待って、一人で話を進めないで」
私は、スマホをスクロールしている葉築さんの指を押さえた。
「何を、そんなに焦ってるの?」
今まで彼女がいて、勿論、別の目的があったにせよ、私を遊び相手として抱いてきた彼らしくない。
答えを待たずに、続けて聞いた。
「新川さんとは結婚まで考えたの?」
あんな綺麗な彼女をフッてまで、結婚する価値は私にはない。
彼女の言う通り、私は葉築さんには相応しくないと思う。
見た目もそう、内面も、仕事ぶりも。
そして。
過去のあやまちもーー
ここ二日、ずっと考えていた事を彼に打ち明けた。
「良く、考えて」
黙って私の言葉に耳を傾けていた葉築さんは、珈琲カップをテーブルに置くと、少し悲しげな目をして私を見た。
「相応しいとか、相応しくないとか、一体なに基準だよ?」
「何でそんなに自分を卑下してるんだよ? もっと自信持てよ」
「自信なんて……」
「俺は、伊織の良いところ沢山知ってるよ」
怒ったようにも聞こえる彼の言葉に、私は、首を横に振るしかない。
何をもって自分を好きになれるのか、全然分からないから。
「伊織…で」
かと思ったら、優しく名前を呼ばれ、
「姉さんの事なら、もう大丈夫なんだ」
葉築さんが、私との交際を真剣に考え始めた理由を教えてくれた。
「姉さんは、今月退院する。その迎えには、新しい恋人が来てくれるらしい」
思わず、伏せていた顔を上げる。
「……恋人?」
……葉築さんのお姉さんに、恋人がいた?
いつから?
私の無言の問いに答えるように、葉築さんが話してくれた。
お姉さんには、離婚前から恋人がいたこと。
別れた大きな理由は、私と橋元先生の不倫ではなかったことも。
その恋人も、お姉さんの総合失調症の発症から遠ざかっていたのだけど、症状改善を機に寄りを戻したのだと……
「俺も長い間、知らなくて……逆に伊織を苦しめてたね」
葉築さんは、私の手を掴んで、ゆっくりと引き寄せた。
「俺が伊織と付き合っても、文句言う人はいないよ」
抱き寄せられて、熱い吐息をかけられても、私の心は何故か落ち着かなかった。
触れてる部分は温かいのに、胸の内から少しずつ冷えていってるような……。
それが何故なのか分かってるけれど、葉築さんには言えないと思った。
「……伊織は、俺のことどう思ってる?」
葉築さんの声は、低くても、そうじゃない時も耳触りがいい。
「一方的に話したけど、伊織は俺の事は好きなの?」
抱き締められて、すぐに言葉は出なかった。 葉築さんが改めて聞いてくる気持ちは分かる。
そもそも私達は、本命ではなく″ 浮気 ″ の相手だったから。
それでも、私は、葉築さんとの関係に溺れた。惹かれたのは、セックスだけじゃない。
秘密の関係の時も、突き放されていた時も。
ーーこの人は、冷めてるようで、優しかった。
「……好きよ」
ーー嘘じゃない。
流されてしまっても、そこに好意が無いと、行き着く場所には行けない。
私は、葉築さんを好きだ。
……一番ではないかもしれないけれど……。
「……なら、もう我慢する必要はないよな?」
″ 好き ″ だ と返したあと、葉築さんの私を抱き締める力は強くなった。
「……うん」
私は、男の人の抱擁に弱い。
こうやって腕の中におさまってしまうと、必要とされてるって、″ 愛されてる ″ って、思えてしまうから。
「伊織……」
下の名前を呼ばれるのも好きだ。二人の間が特別だと感じられるから。
この情愛は、どこか肉親にも通じるものがある。
……そんな気がする。
だから、私は受け入れる。
心が、この部屋を飛び出して、どこかをさ迷っていたとしてもーーー
私は、数ヶ月ぶりに、葉築さんに抱かれた。
「将来……?」
「そう、ただ付き合うだけじゃなくて、計画的に先を考えようって事」
「……ちょ、待って……」
今夜は、付き合う云々の話だろうとは思ったけれど、まさか、葉築さんがそんな事まで考えていたなんて。
戸惑う私の前で、葉築さんは、スマホのカレンダーを私に見せてきた。
「四月から伊織は営業だろ? その前に結婚を理由に事務職に戻して貰おう」
「……え」
おまけに、
「完全に引き継いでからは後々面倒だし。……で、六月には式場予約とか準備始めて、十月くらいにどうかと考えてるんだ。それ以後は退職か、パートに転職する事を頭に入れて……」
彼の中では、年間スケジュールが決まってしまっていた。
「待って、一人で話を進めないで」
私は、スマホをスクロールしている葉築さんの指を押さえた。
「何を、そんなに焦ってるの?」
今まで彼女がいて、勿論、別の目的があったにせよ、私を遊び相手として抱いてきた彼らしくない。
答えを待たずに、続けて聞いた。
「新川さんとは結婚まで考えたの?」
あんな綺麗な彼女をフッてまで、結婚する価値は私にはない。
彼女の言う通り、私は葉築さんには相応しくないと思う。
見た目もそう、内面も、仕事ぶりも。
そして。
過去のあやまちもーー
ここ二日、ずっと考えていた事を彼に打ち明けた。
「良く、考えて」
黙って私の言葉に耳を傾けていた葉築さんは、珈琲カップをテーブルに置くと、少し悲しげな目をして私を見た。
「相応しいとか、相応しくないとか、一体なに基準だよ?」
「何でそんなに自分を卑下してるんだよ? もっと自信持てよ」
「自信なんて……」
「俺は、伊織の良いところ沢山知ってるよ」
怒ったようにも聞こえる彼の言葉に、私は、首を横に振るしかない。
何をもって自分を好きになれるのか、全然分からないから。
「伊織…で」
かと思ったら、優しく名前を呼ばれ、
「姉さんの事なら、もう大丈夫なんだ」
葉築さんが、私との交際を真剣に考え始めた理由を教えてくれた。
「姉さんは、今月退院する。その迎えには、新しい恋人が来てくれるらしい」
思わず、伏せていた顔を上げる。
「……恋人?」
……葉築さんのお姉さんに、恋人がいた?
いつから?
私の無言の問いに答えるように、葉築さんが話してくれた。
お姉さんには、離婚前から恋人がいたこと。
別れた大きな理由は、私と橋元先生の不倫ではなかったことも。
その恋人も、お姉さんの総合失調症の発症から遠ざかっていたのだけど、症状改善を機に寄りを戻したのだと……
「俺も長い間、知らなくて……逆に伊織を苦しめてたね」
葉築さんは、私の手を掴んで、ゆっくりと引き寄せた。
「俺が伊織と付き合っても、文句言う人はいないよ」
抱き寄せられて、熱い吐息をかけられても、私の心は何故か落ち着かなかった。
触れてる部分は温かいのに、胸の内から少しずつ冷えていってるような……。
それが何故なのか分かってるけれど、葉築さんには言えないと思った。
「……伊織は、俺のことどう思ってる?」
葉築さんの声は、低くても、そうじゃない時も耳触りがいい。
「一方的に話したけど、伊織は俺の事は好きなの?」
抱き締められて、すぐに言葉は出なかった。 葉築さんが改めて聞いてくる気持ちは分かる。
そもそも私達は、本命ではなく″ 浮気 ″ の相手だったから。
それでも、私は、葉築さんとの関係に溺れた。惹かれたのは、セックスだけじゃない。
秘密の関係の時も、突き放されていた時も。
ーーこの人は、冷めてるようで、優しかった。
「……好きよ」
ーー嘘じゃない。
流されてしまっても、そこに好意が無いと、行き着く場所には行けない。
私は、葉築さんを好きだ。
……一番ではないかもしれないけれど……。
「……なら、もう我慢する必要はないよな?」
″ 好き ″ だ と返したあと、葉築さんの私を抱き締める力は強くなった。
「……うん」
私は、男の人の抱擁に弱い。
こうやって腕の中におさまってしまうと、必要とされてるって、″ 愛されてる ″ って、思えてしまうから。
「伊織……」
下の名前を呼ばれるのも好きだ。二人の間が特別だと感じられるから。
この情愛は、どこか肉親にも通じるものがある。
……そんな気がする。
だから、私は受け入れる。
心が、この部屋を飛び出して、どこかをさ迷っていたとしてもーーー
私は、数ヶ月ぶりに、葉築さんに抱かれた。
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