ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

文字の大きさ
上 下
106 / 134
determination 決意

さ迷う

しおりを挟む
    座った途端、プロポーズのような事を言われて、ちょっと驚いた。

 「将来……?」

 「そう、ただ付き合うだけじゃなくて、計画的に先を考えようって事」

 「……ちょ、待って……」

   今夜は、付き合う云々の話だろうとは思ったけれど、まさか、葉築さんがそんな事まで考えていたなんて。

   戸惑う私の前で、葉築さんは、スマホのカレンダーを私に見せてきた。

  「四月から伊織は営業だろ? その前に結婚を理由に事務職に戻して貰おう」

  「……え」

   おまけに、

  「完全に引き継いでからは後々面倒だし。……で、六月には式場予約とか準備始めて、十月くらいにどうかと考えてるんだ。それ以後は退職か、パートに転職する事を頭に入れて……」

   彼の中では、年間スケジュールが決まってしまっていた。

 「待って、一人で話を進めないで」

   私は、スマホをスクロールしている葉築さんの指を押さえた。


 「何を、そんなに焦ってるの?」

    今まで彼女がいて、勿論、別の目的があったにせよ、私を遊び相手として抱いてきた彼らしくない。

   答えを待たずに、続けて聞いた。


 「新川さんとは結婚まで考えたの?」

   あんな綺麗な彼女をフッてまで、結婚する価値は私にはない。

   彼女の言う通り、私は葉築さんには相応しくないと思う。

  見た目もそう、内面も、仕事ぶりも。

   そして。

   過去のあやまちもーー

   ここ二日、ずっと考えていた事を彼に打ち明けた。

  「良く、考えて」

   黙って私の言葉に耳を傾けていた葉築さんは、珈琲カップをテーブルに置くと、少し悲しげな目をして私を見た。

 「相応しいとか、相応しくないとか、一体なに基準だよ?」


 「何でそんなに自分を卑下してるんだよ? もっと自信持てよ」

 「自信なんて……」

 「俺は、伊織の良いところ沢山知ってるよ」

   怒ったようにも聞こえる彼の言葉に、私は、首を横に振るしかない。

   何をもって自分を好きになれるのか、全然分からないから。

 「伊織…で」

  かと思ったら、優しく名前を呼ばれ、

  「姉さんの事なら、もう大丈夫なんだ」

   葉築さんが、私との交際を真剣に考え始めた理由を教えてくれた。

 「姉さんは、今月退院する。その迎えには、新しい恋人が来てくれるらしい」

  思わず、伏せていた顔を上げる。

  「……恋人?」



……葉築さんのお姉さんに、恋人がいた?

いつから?

    私の無言の問いに答えるように、葉築さんが話してくれた。

   お姉さんには、離婚前から恋人がいたこと。

   別れた大きな理由は、私と橋元先生の不倫ではなかったことも。

    その恋人も、お姉さんの総合失調症の発症から遠ざかっていたのだけど、症状改善を機に寄りを戻したのだと……


  「俺も長い間、知らなくて……逆に伊織を苦しめてたね」

   葉築さんは、私の手を掴んで、ゆっくりと引き寄せた。

 「俺が伊織と付き合っても、文句言う人はいないよ」

    抱き寄せられて、熱い吐息をかけられても、私の心は何故か落ち着かなかった。

    触れてる部分は温かいのに、胸の内から少しずつ冷えていってるような……。

   それが何故なのか分かってるけれど、葉築さんには言えないと思った。

  「……伊織は、俺のことどう思ってる?」

 
    葉築さんの声は、低くても、そうじゃない時も耳触りがいい。

  「一方的に話したけど、伊織は俺の事は好きなの?」

   抱き締められて、すぐに言葉は出なかった。 葉築さんが改めて聞いてくる気持ちは分かる。

   そもそも私達は、本命ではなく″ 浮気 ″ の相手だったから。

   それでも、私は、葉築さんとの関係に溺れた。惹かれたのは、セックスだけじゃない。

   秘密の関係の時も、突き放されていた時も。

   ーーこの人は、冷めてるようで、優しかった。

 「……好きよ」


   ーー嘘じゃない。

    流されてしまっても、そこに好意が無いと、行き着く場所には行けない。

   私は、葉築さんを好きだ。
   ……一番ではないかもしれないけれど……。

  「……なら、もう我慢する必要はないよな?」

   ″ 好き ″ だ と返したあと、葉築さんの私を抱き締める力は強くなった。


 「……うん」

   私は、男の人の抱擁に弱い。

   こうやって腕の中におさまってしまうと、必要とされてるって、″ 愛されてる ″ って、思えてしまうから。

  「伊織……」

    下の名前を呼ばれるのも好きだ。二人の間が特別だと感じられるから。

   この情愛は、どこか肉親にも通じるものがある。

   ……そんな気がする。

   だから、私は受け入れる。

   心が、この部屋を飛び出して、どこかをさ迷っていたとしてもーーー

   私は、数ヶ月ぶりに、葉築さんに抱かれた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

処理中です...