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true love 本当の……
一番の
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「百……?」
信と山下は、顔を見合わせる。
信は、「もういい」と、山下の肩を掴んでいたけれど、金の亡者は引き下がらず、さらに凄んで……
「何、適当な事言ってんだぁ?! なんで、こんなクソ女に百万も払わなきゃいけないんだよっ?! こんな女に払う金なんか一円もっ……」
言いきる前に、「ァ!!」
先生に、その口元を殴られ、倒れてしまっていた。
「キャアッ!」
遠巻きに見ていた通行人が、軽く悲鳴をあげている。それでも、先生は構わずに、
「鷲塚を侮辱すんのもいい加減にしろ! 今度、付きまとったら、俺は必ずお前の家に弁護士引き連れて、親の前で謝罪させてやる」
起き上がろうとする山下の顔を、平手打ちしていた。
体罰という批判を恐れない、昔の先生の姿を思い出した。
「殴りやがったな?!」
二発も叩かれた山下は、口元から滲む血を拭いて、橋元先生に再び掴みかかる。
「山下!もうやめとけ!」
信は、先に車に乗り込んで、人目から逃げていた。
「教師の癖にこんな事していいと思ってんのかよ?!暴力教師として教育委員会に訴えてやるからな?!」
「好きにしろ。俺はもうとっくに教師じゃないんだ。守る家庭もない。だからお前の脅しなんか、寝言にしか聞こえない」
先生が、掴みかかってきた山下の手首をネジあげる。
山下の悲鳴が、閑静な住宅街に響き渡っていた。
「山下!早く来い!」
信は、今にも発進させる勢いで車にエンジンをかけていた。
山下が手首をおさえながら、フラフラとそれに乗り込む。
「吉田!」
ハンドルを握った信を、橋元先生は呼び止めた。
「……なんだよ?」
窓を少しだけ開けて、先生を見る信の目には、恐れがあった。
「お前が付きまとえば付きまとうほど、鷲塚の中の吉田との思い出が、汚く褪せていくんだ。高校の時の恋愛なんて、本来一番輝いてる思い出じゃないか。もう、それを自分で汚すな」
そう言われて、信は、少しだけ目を潤ませて、車を勢いよく走らせていった。
きっと。
もう、信には会うことはないだろう。
そう思ったら、 安堵感と、罪悪感で押さえ込まれるように、その場にへたりこんだ。
「 伊織、大丈夫か?」
橋元先生が、力の抜けた私の体を抱えあげる。
「盗撮までされてたんだな、怖かったろ?」
先生の優しい声に、思わず目頭が熱くなった。
「……ありがとうございます、もう、大丈夫です」
先生は、「これ、伊織が落としたのか?」と、ぐちゃぐちゃになった桃ケーキを指差して、私が頷くと、手でそれを片付け始めた。
「先生、手、汚れるよ」
潰れた桃も、流れて出たゼラチンも、紙で包んで綺麗に掃除する。
「いいんだ、俺はもう汚れてっからな」
笑いながら、それをゴミ箱に捨てていた。
昔、先生が、校舎の裏のタバコの吸い殻や、食べ物の袋を拾い集めてる姿を思い出した。
先生は、力があるだけでなく、生徒の残したモノの後始末もする教師だった。
「先生、どうして、教師辞めたの?」
それに関しても、私との事がキッカケなの?
「俺は元々飽き性だし、もう教育者としては離脱したんだ。今は大好きなサッカー一筋さ」
呟くように吐いた先生の背中が、さらに細くなったように見えた。
「先生、痩せた?」
思わず抱きつきたくなる衝動を抑えながら、並んで歩いた。
「実はラーメンの食べ過ぎで年末から太ってな、今、猛ダイエット中なんだ」
「そんなに太ってなかったじゃない」
「見た目はな。でも、年明けの健康診断で、血液はドロドロ、内臓脂肪はてんこ盛りだった」
「え……気を付けてよ」
「おう、だから今は豆腐ダイエットに凝ってるんだ」
先生は、持っていたコンビニの袋の中を見せてくれた。
冷奴用の豆腐に、高野豆腐、揚げ出し豆腐のお惣菜パック、そしてダイエットの味方、【お腹キレイ 蒟蒻ゼリー】まで入っていた。
″ 俺は、もうとっくに汚れてっから ″
さっきの先生の言葉を思い出して、胸がキュッと痛んだ。
汚したのは、私ーーー
「先生……」
「……ん?」
繋ぎたくて仕方ない手も我慢して、先生の呼吸が分かる位の距離で囁いた。
昔。
廊下ですれ違う時、
こうやって囁いてた。
″ 好き ″ ってーーーー
「私にとって、高校時代の一番、輝いてる思い出は、先生と愛し合えたことなんです」
今でも、それに勝る思い出はない。
「……そうか」
先生は、照れ臭そうにして……。
でも、それ以上何も言わずに、車に乗って行ってしまった。
……二人の思い出が、色褪せませんように。
夜空に浮かぶ月を見上げて、私は葉築さんに電話をかけた。
「今夜は、やっぱり行けない」
信と山下は、顔を見合わせる。
信は、「もういい」と、山下の肩を掴んでいたけれど、金の亡者は引き下がらず、さらに凄んで……
「何、適当な事言ってんだぁ?! なんで、こんなクソ女に百万も払わなきゃいけないんだよっ?! こんな女に払う金なんか一円もっ……」
言いきる前に、「ァ!!」
先生に、その口元を殴られ、倒れてしまっていた。
「キャアッ!」
遠巻きに見ていた通行人が、軽く悲鳴をあげている。それでも、先生は構わずに、
「鷲塚を侮辱すんのもいい加減にしろ! 今度、付きまとったら、俺は必ずお前の家に弁護士引き連れて、親の前で謝罪させてやる」
起き上がろうとする山下の顔を、平手打ちしていた。
体罰という批判を恐れない、昔の先生の姿を思い出した。
「殴りやがったな?!」
二発も叩かれた山下は、口元から滲む血を拭いて、橋元先生に再び掴みかかる。
「山下!もうやめとけ!」
信は、先に車に乗り込んで、人目から逃げていた。
「教師の癖にこんな事していいと思ってんのかよ?!暴力教師として教育委員会に訴えてやるからな?!」
「好きにしろ。俺はもうとっくに教師じゃないんだ。守る家庭もない。だからお前の脅しなんか、寝言にしか聞こえない」
先生が、掴みかかってきた山下の手首をネジあげる。
山下の悲鳴が、閑静な住宅街に響き渡っていた。
「山下!早く来い!」
信は、今にも発進させる勢いで車にエンジンをかけていた。
山下が手首をおさえながら、フラフラとそれに乗り込む。
「吉田!」
ハンドルを握った信を、橋元先生は呼び止めた。
「……なんだよ?」
窓を少しだけ開けて、先生を見る信の目には、恐れがあった。
「お前が付きまとえば付きまとうほど、鷲塚の中の吉田との思い出が、汚く褪せていくんだ。高校の時の恋愛なんて、本来一番輝いてる思い出じゃないか。もう、それを自分で汚すな」
そう言われて、信は、少しだけ目を潤ませて、車を勢いよく走らせていった。
きっと。
もう、信には会うことはないだろう。
そう思ったら、 安堵感と、罪悪感で押さえ込まれるように、その場にへたりこんだ。
「 伊織、大丈夫か?」
橋元先生が、力の抜けた私の体を抱えあげる。
「盗撮までされてたんだな、怖かったろ?」
先生の優しい声に、思わず目頭が熱くなった。
「……ありがとうございます、もう、大丈夫です」
先生は、「これ、伊織が落としたのか?」と、ぐちゃぐちゃになった桃ケーキを指差して、私が頷くと、手でそれを片付け始めた。
「先生、手、汚れるよ」
潰れた桃も、流れて出たゼラチンも、紙で包んで綺麗に掃除する。
「いいんだ、俺はもう汚れてっからな」
笑いながら、それをゴミ箱に捨てていた。
昔、先生が、校舎の裏のタバコの吸い殻や、食べ物の袋を拾い集めてる姿を思い出した。
先生は、力があるだけでなく、生徒の残したモノの後始末もする教師だった。
「先生、どうして、教師辞めたの?」
それに関しても、私との事がキッカケなの?
「俺は元々飽き性だし、もう教育者としては離脱したんだ。今は大好きなサッカー一筋さ」
呟くように吐いた先生の背中が、さらに細くなったように見えた。
「先生、痩せた?」
思わず抱きつきたくなる衝動を抑えながら、並んで歩いた。
「実はラーメンの食べ過ぎで年末から太ってな、今、猛ダイエット中なんだ」
「そんなに太ってなかったじゃない」
「見た目はな。でも、年明けの健康診断で、血液はドロドロ、内臓脂肪はてんこ盛りだった」
「え……気を付けてよ」
「おう、だから今は豆腐ダイエットに凝ってるんだ」
先生は、持っていたコンビニの袋の中を見せてくれた。
冷奴用の豆腐に、高野豆腐、揚げ出し豆腐のお惣菜パック、そしてダイエットの味方、【お腹キレイ 蒟蒻ゼリー】まで入っていた。
″ 俺は、もうとっくに汚れてっから ″
さっきの先生の言葉を思い出して、胸がキュッと痛んだ。
汚したのは、私ーーー
「先生……」
「……ん?」
繋ぎたくて仕方ない手も我慢して、先生の呼吸が分かる位の距離で囁いた。
昔。
廊下ですれ違う時、
こうやって囁いてた。
″ 好き ″ ってーーーー
「私にとって、高校時代の一番、輝いてる思い出は、先生と愛し合えたことなんです」
今でも、それに勝る思い出はない。
「……そうか」
先生は、照れ臭そうにして……。
でも、それ以上何も言わずに、車に乗って行ってしまった。
……二人の思い出が、色褪せませんように。
夜空に浮かぶ月を見上げて、私は葉築さんに電話をかけた。
「今夜は、やっぱり行けない」
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