ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

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fluctuation 変動Ⅱ

玉子焼き

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  葉築さんが、私の携帯で信に電話をかけるも、直ぐに出なかった。

  「……さすがにビビってんのかな? もし見ていたら、カメラ外したのわかるだろうし」

  肩をすくめる葉築さんに、とりあえずビールを出したものの、

 「空きっ腹に飲んだらまた悪酔いするよ」

  彼は、それを冷蔵庫に仕舞うように言った。

  グゥゥー……

  ホッとしたからか、二人のお腹が同時に鳴り始める。

 「お腹空きましたね、なんか作りましょうか?」

  冷蔵庫を開けて中を覗いたら、ろくな食材がなかったので、言って ″ しまった ″ と思った。
  ハムと、卵と、冷凍ネギじゃ大した物は出来ない。

 「やっぱり、外で……」

  冷蔵庫のドアを閉めて振りかえると、いつの間にか真後ろに葉築さんがいて驚いた。

  「卵……あるなら、玉子焼きがいいな」

  そのはにかんだような笑顔が、少しだけ懐かしかった。


  中学生の頃から卵料理は良く作っていたので、玉子焼きはまぁまぁ得意だった。
  プロが作るだし巻き卵なんかに比べると形も歪で、味も全然素人っぽいのだけど……。

  それを、

  「まさか鷲塚さんの玉子焼きにありつけるとは思わなかった」

  葉築さんは美味しそうに、他に何もないのに、ご飯をお代わりまでしていた。

  本当に玉子焼き好きなのね。
彼女にもこんな顔を見せるんだろうか?
  そう思ってしまうほど、満足気な顔をしていた。

 「それにしても」

  和やかな雰囲気の中、葉築さんはその満ち足りた顔を少し変えて、私のスマホに視線を移した。

 「元カレ、折り返ししてこねーな」
 「そうね……」

  ……もう、かけてこないでほしい。
   できたら、このまま、私のこと放っておいてほしい。

  信のやったことにも目を瞑るから。

  そう願いながら、葉築さんと晩酌に移った。

   新年会の時のような、態度も行動にも出なかった葉築さんは、終電に間に合うか間に合わないかの時間までアパートにいた。


 「……そういえば、お姉さんの事で話があったんじゃないの?」

  玄関にて、葉築さんへ靴べらを渡してから、ふと、今日の目的を思い出した。

 「あぁ……」

  そうだった、という顔をした葉築さんは、

 「今日はもういいよ。 こっちも片付けなきゃいけない事があるから、それ終わってからで」

  少しだけ酔った頬を、軽くパンパンと叩いていた。

 「うー……外、さむそー」

  玄関の内鍵を回し、少しだけドアを開けた。その隙間から、凍るような空気が入り込んでくる。

 この中を帰すの申し訳ないな、と思った私は、

 「もし、終電間に合わなくて、タクシーも捕まらなかったら……」

  ″ 泊まって ″

  こんな事を言おうとして、止めた。

 「……」

  まずい。変な空気。
  そんなつもりはなかったのに。

  だから、だらしがない女だと思われるのよ。

  少し驚いた様子の葉築さんは、

 「鷲塚さん」

 「は、はい」

  再び、手を差し出してきた。

 「握手じゃないのよね?」

  またスマホ?

  ポケットに入れていたスマホを、「はい」と、彼の手に乗せる。

 「違う」

  さっきと同じように笑った葉築さんが、今度は私の手を掴んだ。

 「……ありがと」

  お礼を言って、引き寄せた私を抱きしめた。


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