ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

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outflow 流出

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  衝動的な、″ 生″ の放棄だった。

  いつも、死にたいと思ってたわけでもないし、かといって一生懸命生きてきたわけでもない。

  片親の愛を失っても、初めて好きになった先生と別れても、私は、日常を失わなかった。
  孤独感に蓋をする事ができていた。

  流されて、うまくいかない時は、逃げてーー

  でも、いつも思っていた。

  そのうち、意味もなく、泳ぎ疲れて死んでしまうんじゃないかと。


  誰にも気づかれずに溺れて、腐っていくんじゃないかとーーー


 「……おい、何してんだよ? 何の真似だよ? 」

  葉築さんの声が、遠い所から降ってるような気がした。
  きっと、追い風のせいだ。

  柵に身を乗り出し、まるで鉄棒をするみたいに、ふわりと頭を下げると、グラリ……と、目に見えていた世界が傾いた。

  カツン!と、足からパンプスが抜けて、階段の下に落ちていく音がした。

 「おいって!! 」

  すっかり夜の闇に憑かれて取り込まれた私は、柵からひき離そうとする葉築さんの顔に、肘鉄を食らわした。
足を柵にかける。

  下着も脱がされ、愛のない液体に犯される寸前だった下半身は、今、風にさらされて、すっかり乾いてしまっている。



 「いい加減にしろ!!」

  こんな時にも、女は男の力にはかなわない。
  腰をタックルするように掴まれて、そのまま葉築さんと共に、ひっくり返って踊り場に倒れた。

 「……ってぇ!」

  ーー痛かった。

  でも、もっと痛かったのは、この人だ。

  ハッと我に返った私は、私の下敷きになった葉築さんの顔を見て青ざめた。

 「血……」

  私の肘鉄が鼻に入ったらしく、鼻血が出ているみたいだった。

 「……ごめん……ごめんなさい」

  鼻にハンカチを当てる。

 「いいって、ハンカチ汚れるから」

 「でも、前、私も汚したし」

  鼻を押さえて、立ち上がった葉築さんは、階段を降りて行った。

  カンカンカン……と響く靴音が、段々小さくなっていくと、孤独感と共に、後悔の念がどっと押し寄せてきた。

 「……」

  ーー衝動的だったとはいえ、私、……死のうとした。
それを、辱しめようとした男に止められて……。


  ……何してんだろ?

  溢れる涙を拭きながら、下着を着けていると、勢い良く階段を上がってくる音が聞こえた。

 「ほら、靴」

  葉築さんが、落としてしまった靴を拾って戻ってきてくれた。



  靴を履く私を、葉築さんがじっと見てる。

 「……酔ってたとはいえ、悪のりし過ぎた…ごめん…」

  私が飛び降りようとしたのは、自分のせいだと思っているようだ。

  そうじゃないのに。

  首を横に振って、否定の言葉を探すも、適切なものが思い浮かばない。

  突然、闇の中に身を投げ出したくなった心境は、自分でもうまく説明できないから。

  立ち上がり、下を少しだけ見下ろして……ゾッとした。


 「もう、こんな事しないから。だから、あんたは会社を辞めるなよ」


  ーーこの時。

  反射した車の上向きのライトが、良く見えなかった葉築さんの顔をハッキリと私に見せた。

  けして、笑ってはいないけど、

 「……は……い」

  その目に、憎悪や侮蔑みたいなものは宿ってなかった。


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