78 / 134
outflow 流出
新年会、
しおりを挟む
まんまと引っ掛かって、事務所に戻ってきた立道。
彼の、客先への電話対応にはヒヤヒヤした。
「うーん、……エラーはエンジニアに聞いてみないと、わっかんないですねぇ。その契約が上手くいかなかったのは、システムのせいではないと思うんですよー」
今迄の接客対応の中でも、最もやる気や誠意の感じられない話し方。
まだ、営業になってない私でもわかる。
「価格競争に負けたってだけでしょう? どこのカーメーカーも売れない12月には頑張るでしょうから」
聞いていて、さすがに業を煮やした葉築さんが、
「代われよ」
立道から電話を取り上げた。
「この度は商品に不備が発生し、ご迷惑おかけして申し訳ありません。エラーと並行して、早急に契約情報の漏洩の可能性がないかお調べいたしますので……」
葉築さんは、うちの管理システムからの、情報流出があるかもしれないと睨んだようだった。
電話を切ったあと、立道を会議室に呼んでいた。
「お、なんだ?トラブルか?」
丁度、戻ってきた室岡さんも会議室に入り、数十分後に出てきた立道の態度はかなり悪かった。
「どーせ、口のきき方が成ってないとか説教されたのよ」
小村さんと荒城さんも、呆れてその様子を見ている。
……態度が悪いだけなのだろうか?
「あー、なんか疲れたぁ。鷲ちゃん、コーヒー入れてくれよ」
「サーバーはスイッチ押すだけですよ」
「それでもいいから、鷲ちゃんが入れたのが飲みたいんだよ、鷲ちゃんは癒しの女神だからさ」
「はいはい」
呑気な室岡さんをよそに、葉築さんの顔は険しかった。
この問題は、うちの社の信頼を大きく損ねる事件へと発展した。
システムエラーで機能しなくなるだけでなく、顧客情報が他社に漏れる案件が他にも続出するようになり……、
「どうなってんの?」
「ちゃんとウィルス対応してんのかよ!?」
うちの事務所は、クレームの電話でパンク状態。
「おかしいな。 他支店から卸した商品もか?」
「いや、今んところ、この三田支店から販売したモノだけです」
電話をとる事務員たちは勿論、現・次期支店長たちは、その対応には追われまくっていた。
……それにしても。
うちから卸した商品だけ、欠陥があるなんてオカシイ。
シリアル番号を辿って製造行程から調べる必要があるのでは、と言われていた矢先、
「父が病気なんで、退職したいと思います」
立道が、急遽、二回目の退職届を提出した。
元々、立道に退職を促していた室岡さんはそれを受け入れたけれど、
「こんな時に辞めるのかよ?無責任過ぎるんじゃね?」
他の営業マンは反対。
それでも立道は、
「家の事情だから仕方ないじゃん。それに、俺は奥田とはやっていけない。はじめっから年下の支店長なんて無理なんだよ」
最後は吐き捨てるように、引き継ぎもしないまま、トラブルも全部葉築さんに任せる形で、今月末日付で退職をする。
残りの有給を使い、会社には姿を見せなくなった。
ーー当然。
皆、今回のトラブルの犯人は立道ではないかと疑ったけれど、社内から犯罪者を出したくなかった会社は、
「未確認のサーバーウィルスによる情報流出」
という曖昧な調査報告を出した。
「そんなんで、客先が納得するかよ」
予期せぬ事件で、通常より遅く開かれた新年会。
珍しく、葉築さんは少し荒れていた。
完全ではなくても、大事な戦力として立道の在職を望んでいたのだから、その裏切り行為に、まいっているみたいだ。
「葉築さんが、一人離れて飲むなんて珍しいんだけど」
居酒屋バーで、皆は大テーブルを挟んで飲んでいるのに、彼は途中から外れて、カウンターで黙々と飲んでいる。
「たまには哀愁漂う背中もいいわよねー♪」
程よく酔った荒城さんが、テンション高めに葉築さんに絡みに行ったものの、
「今、ちょっと、荒城さんはキツイ」
と邪険に扱われたらしい。
「なによー! 寂しそうだから声かけてやったのにー」
ふらふらの荒城さんが、今度は室岡さんにまとわりつく。
「むろおかさ~ん! 立て続けのトラブルで疲れたでしょー? このあと癒されに二人で足湯でも行きませんかぁー?」
「え、それ、癒しっつーか、罰ゲームだよね?」
盛り上がる皆をよそに、暗い顔をする葉築さんが気になって仕方なかった。
いつも皆を引っ張っていくタイプだけに、孤独な彼は見てると切ない。
頼んだカルアミルクもすすまなかった。
「鷲ちゃん」
「は、はい」
葉築さんにばかり視線を移していた私に、室岡さんが水を差し出した。
「……え?」
お前は、飲むなって?
「葉築に持って行ってやってよ。飲み過ぎだよ、あいつ」
彼を心配してるのは、私だけではなかった。
彼の、客先への電話対応にはヒヤヒヤした。
「うーん、……エラーはエンジニアに聞いてみないと、わっかんないですねぇ。その契約が上手くいかなかったのは、システムのせいではないと思うんですよー」
今迄の接客対応の中でも、最もやる気や誠意の感じられない話し方。
まだ、営業になってない私でもわかる。
「価格競争に負けたってだけでしょう? どこのカーメーカーも売れない12月には頑張るでしょうから」
聞いていて、さすがに業を煮やした葉築さんが、
「代われよ」
立道から電話を取り上げた。
「この度は商品に不備が発生し、ご迷惑おかけして申し訳ありません。エラーと並行して、早急に契約情報の漏洩の可能性がないかお調べいたしますので……」
葉築さんは、うちの管理システムからの、情報流出があるかもしれないと睨んだようだった。
電話を切ったあと、立道を会議室に呼んでいた。
「お、なんだ?トラブルか?」
丁度、戻ってきた室岡さんも会議室に入り、数十分後に出てきた立道の態度はかなり悪かった。
「どーせ、口のきき方が成ってないとか説教されたのよ」
小村さんと荒城さんも、呆れてその様子を見ている。
……態度が悪いだけなのだろうか?
「あー、なんか疲れたぁ。鷲ちゃん、コーヒー入れてくれよ」
「サーバーはスイッチ押すだけですよ」
「それでもいいから、鷲ちゃんが入れたのが飲みたいんだよ、鷲ちゃんは癒しの女神だからさ」
「はいはい」
呑気な室岡さんをよそに、葉築さんの顔は険しかった。
この問題は、うちの社の信頼を大きく損ねる事件へと発展した。
システムエラーで機能しなくなるだけでなく、顧客情報が他社に漏れる案件が他にも続出するようになり……、
「どうなってんの?」
「ちゃんとウィルス対応してんのかよ!?」
うちの事務所は、クレームの電話でパンク状態。
「おかしいな。 他支店から卸した商品もか?」
「いや、今んところ、この三田支店から販売したモノだけです」
電話をとる事務員たちは勿論、現・次期支店長たちは、その対応には追われまくっていた。
……それにしても。
うちから卸した商品だけ、欠陥があるなんてオカシイ。
シリアル番号を辿って製造行程から調べる必要があるのでは、と言われていた矢先、
「父が病気なんで、退職したいと思います」
立道が、急遽、二回目の退職届を提出した。
元々、立道に退職を促していた室岡さんはそれを受け入れたけれど、
「こんな時に辞めるのかよ?無責任過ぎるんじゃね?」
他の営業マンは反対。
それでも立道は、
「家の事情だから仕方ないじゃん。それに、俺は奥田とはやっていけない。はじめっから年下の支店長なんて無理なんだよ」
最後は吐き捨てるように、引き継ぎもしないまま、トラブルも全部葉築さんに任せる形で、今月末日付で退職をする。
残りの有給を使い、会社には姿を見せなくなった。
ーー当然。
皆、今回のトラブルの犯人は立道ではないかと疑ったけれど、社内から犯罪者を出したくなかった会社は、
「未確認のサーバーウィルスによる情報流出」
という曖昧な調査報告を出した。
「そんなんで、客先が納得するかよ」
予期せぬ事件で、通常より遅く開かれた新年会。
珍しく、葉築さんは少し荒れていた。
完全ではなくても、大事な戦力として立道の在職を望んでいたのだから、その裏切り行為に、まいっているみたいだ。
「葉築さんが、一人離れて飲むなんて珍しいんだけど」
居酒屋バーで、皆は大テーブルを挟んで飲んでいるのに、彼は途中から外れて、カウンターで黙々と飲んでいる。
「たまには哀愁漂う背中もいいわよねー♪」
程よく酔った荒城さんが、テンション高めに葉築さんに絡みに行ったものの、
「今、ちょっと、荒城さんはキツイ」
と邪険に扱われたらしい。
「なによー! 寂しそうだから声かけてやったのにー」
ふらふらの荒城さんが、今度は室岡さんにまとわりつく。
「むろおかさ~ん! 立て続けのトラブルで疲れたでしょー? このあと癒されに二人で足湯でも行きませんかぁー?」
「え、それ、癒しっつーか、罰ゲームだよね?」
盛り上がる皆をよそに、暗い顔をする葉築さんが気になって仕方なかった。
いつも皆を引っ張っていくタイプだけに、孤独な彼は見てると切ない。
頼んだカルアミルクもすすまなかった。
「鷲ちゃん」
「は、はい」
葉築さんにばかり視線を移していた私に、室岡さんが水を差し出した。
「……え?」
お前は、飲むなって?
「葉築に持って行ってやってよ。飲み過ぎだよ、あいつ」
彼を心配してるのは、私だけではなかった。
1
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる