ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

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fluctuation 変動

鼓動

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  玄関に現れた先生は、ジャージ姿にサンダルで、車で来た事を匂わせた。

「なんだ、仕事してたのか」

  先生は、仕事していました風のテーブルに視線を移すと、持参したミニ工具セットで、あっという間に取り付けをしてくれた。

「あ、こっち持ちます」

  窓用のフィルムだけは、手伝えそうなので一緒に貼った。

 「ここ住んで何年だ?」

 「六年です」

 「よくこんな隙だらけの部屋に長いこと居たな」

 「まさか、自分んちが空き巣に、とか思わなかったですから」

 「空き巣ならまだいいんだけどな」

  貼り終えた先生は、部屋中を見回す。

 「……彼氏……吉田は、ここには来てたのか?」

  橋元先生は、信を疑ってるようだった。


「数えるほど、ですね。外でばかり会ってました」

  実際、信はここに来たがった。
  ホテル代も浮くし、気を遣わなくていいからだろう。
  でも、マンネリしたうえに、半同棲みたいになるのが嫌で、ホテルが空いてない時にのみ許した。

  片時も離れたくない程、好きではなかったからだと思う。


 「そうか。じゃ、合鍵はないんだな」

 「先生は、信が侵入したと思います?」

  突っ立ったままの先生に、ケーキと珈琲を淹れて出した。

 「……分からない。もし、そうだとしても目的がなんなのかイマイチな。子供のように腹いせで脅したかったのかな、とも考えられるけど」

 「そんなんで気は済むのかな」

 「本人に聞いてみたらどうだ? 奴がやったなら二度目の予防になるかもしれないぞ……お、ケーキか。久しく食ってないな」

  座って、ケーキのサンタの砂糖菓子を摘まんだ先生は、それをパクっと食べた。

 「うわ、そんな甘いの良く食べられますね」

  子供の頃から、それだけは食べられなかった。

 「俺は甘党だからな」

  そして、珈琲にもちゃんと砂糖を入れて飲む。

 「糖尿になっちゃいますよ」

 「またそれか」

 「先生は体育バカだけど、体はそんなに元気じゃないんだから」

 「余計なお世話だ」

  ……そうなんだ。

  先生は、元気なようで、昔から……ーーーー

  目を瞑れば、過去の想い出が甦る。


 「ごちそうさん、まさかクリスマスケーキにありつけるとは思わなかった。そろそろ帰るわ」

  手を合わせて立ち上がった橋元先生の腕を、

 「先生!」

  思わず取る。

  「……なんだ?」


 「あ……」

  思い切り掴んだ手を、パッと離す。

 「今日の御礼がしたいです。先生が、″ 必要だけど、なかなか買わないモノ ″とかありませんか?」

 つい、引き留めてしまった。

 「そんなの気にすんなよ。元教え子の身辺が心配だから勝手にやっただけ。もし、これでも不安で引っ越すなら、その手伝いもしてやる」

  だけど、先生は、相変わらず濃い線を引いたままだ。

  過ちを繰り返さないようにしながらも、気にかけてくれるのは嬉しかった。

  ……でも、やっぱり、寂しい。

  小さい時から一人の時が多かったし、慣れっこなはずなのに……。

  時々、大きな孤独感に襲われる時がある。

  瞼の裏に鮮明に残る、 賑やかな クリスマス一色の街並み。

  幸せそうな人達。

  家族ーー



  先生……。

  先生も、お父さんのように、私のことを忘れないでほしい。


 「……伊織?」


  こんな夜は、仕舞い込んでいた気持ちが、溢れてしまいそうになる。



  泣きそうなのを隠すように、橋元先生の胸元に顔を埋める。

   先生の鼓動が、激しくなったような気がした。

 「……どうした? やっぱり一人は怖いのか?」

  先生が言ってるのは、きっと、空き巣に遭った恐怖からのこと。

  でも、違う。
  そうだけど、違う。

  私は首を横に振って、先生の背中に腕を回した。

 「……あの頃の事を思い出しただけです」


  両親が離婚して、私は住み慣れた家と、学校の友達とも離れて、とても寂しかった。

  いつも家にいたはずのお母さんも仕事でいなくて、仲は良くなかったけど、いつも元気な兄の姿も見なくなった。

  こんな性格だから、直ぐに新しい学校にも馴染めなくて、休み時間は水槽のメダカを見ていた。

  それは、けして長い期間ではなかったはずなのに、時々、夢にも出てくるほど私の中で根深く息づいていて……


 「一人で住んでるけど、本当は一人は嫌なんです」

  誰かに愛されたいと思うのに、うまく関係を築けない。

  だから、一度結んだ気持ちと体を手放すと、怖いくらいの孤独感に苛まれる。


  普段は蓋をしてるのに、今日は、一人が辛かった。


 「……そうか。なら、お前が眠るまで居てやるよ」


  今夜も、先生は、私を突き放さなかった。



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