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fluctuation 変動
接待
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「…………!」
触られた途端に、あの夜を思い出した。
「あんとき、奥田さえ現れなきゃな」
誰も居ないオフィスで、この男に襲われそうになった悪夢。
男には、どうしたって力じゃ敵わないと知らされた夜ーー
胸を掴むその手に抵抗を見せても、尚も力を込める立道は、
「それでも、会社辞めないで居座ってるって事は待ってるって意味だろ? 」
バカにしたように、私の耳元に長い舌を這わせてきて、さすがに気持ち悪くなり、思わず大きな声を出してしまった。
「いい加減にして!」
私の大声に、立道もビックリして、掴んでいた手をサッと離す。
「やりまくってるくせに、うっせぇんだよ」
チッ!と、舌打ちし、給湯室を出て行ったのを確認すると、私は、奴に舐められた耳元を水道の水で洗った。
冷たい。
それでも、あいつの匂いが耳元から漂うのが許せなくて、念入りに濯いだ。
すると、
「呼んだのに、何してる?」
今度は葉築さんが現れて、立道が来た本来の理由を思い出した。
「ご、ごめんなさい」
ハンカチで耳を拭きながら、ムッとしている葉築さんの後を追って、事務所に戻った。
デスクに着くなり、彼はUSBを無造作に私の手に握らせる。
「……これって……」
「辞令はまだだけど、顧客の引きの継ぎ分、データ回すから」
いよいよ、事務職から営業職への異動の準備が始まった。
私は、どうやら葉築さんの担当していた所を引き継ぐようだ。
「顧客といっても、ディーラーが殆ど。3月末迄に挨拶を済ませられるように事を持っていくから。このデータの店に俺が出掛ける時は、鷲塚さんも一緒に来て」
「……はい……」
「それと、今まであんまり商品のこと興味無かっただろうけど、これからはそうもいかない。システムのエラーで呼び出されることもあるし、エンジニア部門とも繋がりを持って欲しい」
「修理に出掛けたりとかもあるんですか?」
「それをエンジニアに潤滑にお願いできるように、普段から関わるようにするんだよ」
「……はい」
「まず、商品を知る為の研修を、新入社員と一緒に受けなきゃ、だな」
年下で、後輩であるのに、上司。
今迄のように、職種が違う分、他人事のように見てきた仕事もこの人から教わらないといけない。
″ 人に媚びない字だよね ″
″ いい耳持ってるね ″
笑っていられた欠点も、きっと叱られるんだろうな……。
説明する葉築さんの顔を見ながら、複雑な気持ちになった。
「鷲塚さんが、辞めるまでのカウントダウン始まったわね」
帰り際、こんな嫌な事を言うのは、やっぱり荒城さんだ。
「……そうね、続かないかもね」
「だったら、今のうちに、しっぽ巻いて逃げなさいよ」
営業事務なのに営業異動の打診がなかった事に不満を感じているらしい。
「残念ながら、シッポないので」
いちいち受け合ってるとストレスが溜まる。
「私だってないわよ」
何を言っても噛み合わない。荒城さんが事務所を出たあと、私も退社の準備を始めた。
水槽のメダカにも目をやって、弱ってるモノがいないかを確認。
どうやら、みんな元気みたいだ。
すると、
「良かったー、鷲ちゃん!まだいた!」
外から帰社してきた室岡さんが、息を切らして近寄ってきた。
「どうしたんですか?」
室岡さんの上着に、雪のような雫が光っていた。
外はまた降ってるのかも。
帰りに電車止まると困るのだけど。呑気に考えていたら、
「今夜、急な接待入ったんだけど、出られるかな?」
営業職らしい役目が突如舞い込んできた。
触られた途端に、あの夜を思い出した。
「あんとき、奥田さえ現れなきゃな」
誰も居ないオフィスで、この男に襲われそうになった悪夢。
男には、どうしたって力じゃ敵わないと知らされた夜ーー
胸を掴むその手に抵抗を見せても、尚も力を込める立道は、
「それでも、会社辞めないで居座ってるって事は待ってるって意味だろ? 」
バカにしたように、私の耳元に長い舌を這わせてきて、さすがに気持ち悪くなり、思わず大きな声を出してしまった。
「いい加減にして!」
私の大声に、立道もビックリして、掴んでいた手をサッと離す。
「やりまくってるくせに、うっせぇんだよ」
チッ!と、舌打ちし、給湯室を出て行ったのを確認すると、私は、奴に舐められた耳元を水道の水で洗った。
冷たい。
それでも、あいつの匂いが耳元から漂うのが許せなくて、念入りに濯いだ。
すると、
「呼んだのに、何してる?」
今度は葉築さんが現れて、立道が来た本来の理由を思い出した。
「ご、ごめんなさい」
ハンカチで耳を拭きながら、ムッとしている葉築さんの後を追って、事務所に戻った。
デスクに着くなり、彼はUSBを無造作に私の手に握らせる。
「……これって……」
「辞令はまだだけど、顧客の引きの継ぎ分、データ回すから」
いよいよ、事務職から営業職への異動の準備が始まった。
私は、どうやら葉築さんの担当していた所を引き継ぐようだ。
「顧客といっても、ディーラーが殆ど。3月末迄に挨拶を済ませられるように事を持っていくから。このデータの店に俺が出掛ける時は、鷲塚さんも一緒に来て」
「……はい……」
「それと、今まであんまり商品のこと興味無かっただろうけど、これからはそうもいかない。システムのエラーで呼び出されることもあるし、エンジニア部門とも繋がりを持って欲しい」
「修理に出掛けたりとかもあるんですか?」
「それをエンジニアに潤滑にお願いできるように、普段から関わるようにするんだよ」
「……はい」
「まず、商品を知る為の研修を、新入社員と一緒に受けなきゃ、だな」
年下で、後輩であるのに、上司。
今迄のように、職種が違う分、他人事のように見てきた仕事もこの人から教わらないといけない。
″ 人に媚びない字だよね ″
″ いい耳持ってるね ″
笑っていられた欠点も、きっと叱られるんだろうな……。
説明する葉築さんの顔を見ながら、複雑な気持ちになった。
「鷲塚さんが、辞めるまでのカウントダウン始まったわね」
帰り際、こんな嫌な事を言うのは、やっぱり荒城さんだ。
「……そうね、続かないかもね」
「だったら、今のうちに、しっぽ巻いて逃げなさいよ」
営業事務なのに営業異動の打診がなかった事に不満を感じているらしい。
「残念ながら、シッポないので」
いちいち受け合ってるとストレスが溜まる。
「私だってないわよ」
何を言っても噛み合わない。荒城さんが事務所を出たあと、私も退社の準備を始めた。
水槽のメダカにも目をやって、弱ってるモノがいないかを確認。
どうやら、みんな元気みたいだ。
すると、
「良かったー、鷲ちゃん!まだいた!」
外から帰社してきた室岡さんが、息を切らして近寄ってきた。
「どうしたんですか?」
室岡さんの上着に、雪のような雫が光っていた。
外はまた降ってるのかも。
帰りに電車止まると困るのだけど。呑気に考えていたら、
「今夜、急な接待入ったんだけど、出られるかな?」
営業職らしい役目が突如舞い込んできた。
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