ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

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trial 試練

謝罪

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 「待たせたな、鷲ちゃん…………あれ?」

 ノックなしで入ってきた室岡さんは、私達を見て驚く。

 「待ちくたびれて、鷲塚さん、気分悪くなったみたいですよ」

  呼吸を乱し、首を押さえた私が机に腰掛け、それをまるで介抱するかのように、葉築さんが背中を支えていたからだ。


 「わ! 大丈夫か! 気分悪くなるような話だったもんな!」

   室岡さんが心配して、慌てて近寄ってくると、葉築さんは、

 「失礼します」

  と、何事もなかったかのように部屋を後にした。

 「……話はまた今度しようか? まだ先の話だし、研修なんかは早目にあるだろうけど」

  室岡さんの気遣いに、言葉を発せずに、ただ頷く。

 「お茶でも飲むか?あ、 そこに座ってろよ」

  優しい上司は、私にお茶まで持ってきてくれた。
そして、少しずつそれを口にする私をじっと見ていた。


 「なぁ、葉築と何か話したか?」


 「話……え、ええ、まぁ」

   まさか、室岡さんは知ってるんだろうか?

   橋元先生との過去や、葉築さんの関係をーー

   緊張しながらお茶を飲んでいると、室岡さんはフゥ……と溜め息を漏らして教えてくれた。


 「実は、あいつ、次期支店長として、社長に聞かれてるんだよ。鷲ちゃんが営業としてやっていけるかとか、その辞令がきたら退職を考えそうかって」


 「え?」

 本人からは聞かなかった話だ。

 「そしたらアイツ、なんて答えたと思う?」

 「……さぁ、わかりません」

  あの人が何を考えてるのか、さっぱり分からないもの。


  ″ 姉さんに謝ってくれ ″

  彼の、懇願のような、悲痛な声が、頭の中を何度も駆け巡る。


 「葉築は、″ 今の三田営業所の女子社員では一番営業に適してると思います。簡単には退職しないでしょう ″ って言ったらしいよ」



  ーー 私は、やはり、償うべきだろうか?

  橋元先生は、私の事が引き金じゃないって言ってくれたけど……。

  確かに他にも問題はあったかもしれないけど、私との事は、奥さんの心に大きく傷として残ったはず。


  ……反省していたはずなのに、私は、また、彼女のいる人と秘密の関係を持った。

  まんまと、葉築さんの仕掛けた罠にハマってしまったんだ。


  あの奥さんに謝るとしたら……。
  それは、やっぱり先生伝いではなく、葉築さんを通しての方がいい。

   会議室から事務所に戻り、難しい顔で仕事をする彼のそばに近寄った。


 「……気分は治ったの? 」

  チラッと私の方を見て、白々しい事を聞いてくる。近くに室岡さんがいるからだ。

 「はい……ご心配おかけしました」

   心配など微塵もしてない葉築さんに、私も白々しく答えた。


  すると、

 「で、職種の変更は受け入れられるわけ?」

  ついでに、次期支店長らしいことも聞いてきた。

 「はい、やれるだけやってみます」

   私を陥れようと、畑違いの営業に推薦するなんて……。
  とても腹立たしいけれど、これで退職するなんて勿体ない。

  力強く返した私に、葉築さんは、

 「……あ、そう。どうしても無理なら室岡さんなり相談してみてよ」

  ちょっとだけ驚いた様子を見せた。

 「では、早速ご相談なんですが」

 「ん??」

 「いつ、お会いできますか?」

 「……え」


  あなたの、お姉さんに。




   謝ってくれというなら、それで葉築さんの気が済むなら、会っても良いと思った。

  信からも逃げた今、私がマトモな人間でいられるには、せめて仕事は出来ないといけない。

  ……その為には、葉築さんからは逃げてはいけないと。


 「……本当に?」

  葉築さんの驚いた声にも、

 「はい」

  とハッキリ答えた。

 「……分かった、なら土曜日空けといて」


  葉築さんは、それからまた、ずっと難しい顔をして仕事をしてた。

   私も今までのように、回されてきた仕事だけじゃなくて、もっと商品や営業的な事を覚えようと決めた。

   出来るだけ関わりたくなかった立道や、他の営業マンの動きや顧客への電話にも、目と耳を傾けるようになった。


   ……そうこうしているうちに、とうとう土曜日を迎えてしまった。


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