55 / 134
trial 試練
噂
しおりを挟む
「営業……ですか?」
想定外過ぎて、声が震えた。
「実は、四月から営業に、新卒で入る子が二人いたんだけどな」
「……でしたよね」
新卒の若い男が来るだろうって、荒城さん達も喜んでたっけ。
「一人は男だったんだけど、突如、採用を辞退してきてな、この年末にだよ」
「そうだったんですか」
「で、もう一人は女子だったんだけど、やっぱり事務職に就きたいと相談があったらしい」
「え、そんな理由で? なぜ私が営業なんですか?」
よりによって、畑違いもいいとこの庶務で、一番向かない性格の私が……。
「俺もそう言ったんだよ、どーせなら営業事務の荒城ちゃん、補佐の女子がいるんだからそっちに任せたらって」
「そうですよ、私に営業なんて、どう考えても出来るわけないのに」
「それは、やってみないと分からないけどな。でも、鷲ちゃんがそんなストレス溜まるような異動を受け入れるわけないって強く言ったのにもかかわらず……」
「決まったんですか」
「そう」
「……」
……どうして?
「思うに……」
コンコン!
室岡さんが、決定打になった理由を口にしようとした時、会議室に葉築さんが入ってきた。
「おー、なんだ」
「室岡さん、佐賀の支店長からお電話です」
「分かった、鷲ちゃん、ちょっと待っててな」
入れ替わるように室岡さんが出ていく。
会議室が、さらに重苦しい空気になると、葉築さんが冷ややかにも見える視線を送ってきた。
「……営業、できそう?」
葉築さんは、……知っていた。
「室岡さんに聞いたんですか?」
「いや。俺は社長に事前に聞いてた」
「……社長に?」
さすがエース。次期支店長。
余裕で、そう返せないのは、何より私の事だから。
「社長が決めたんですか? 何で私なの?」
声は震えたけど、納得がいかない私は、席を立ち、葉築さんに詰め寄った。
「多分、鷲塚さんだけが知らないんだな。最近の噂」
「噂?」
「言っておくけど、俺が言いふらしたんじゃないからな。でも、火の無い所に煙は立たないの良い例だよ」
彼の口から出た、その ″ 噂 ″ の内容を聞いて、悪意しか感じなかった。
「……私が不倫してるって?」
そんな噂を広める、悪意を持つ人間は……
「そう。相手は高校の時の先生。それを理由に婚約破棄して、寿退社の機会を逃したって。過去の話がそこまで噂されるなんて、どうしたんだろうな」
葉築さんしかいないと思ったけど。
「誰かに汚れた過去の話でもした? そういうのは俺にだけしておけよ」
彼の口振りから、違うんだと思った。
ハッキリと ″ 過去 ″ と言ったし、先生と再会した事は知らない感じだ。
だとしたら、やっぱり、立道ーー。
納得のいかない私の感情を読み取ったかのように、葉築さんは続ける。
「そういうフシダラな社員は風紀を乱すって事で、噂を耳にした社長が、鷲塚さんを退職に追い込む策として今回の話を出したんだと思うよ」
″ 退職 ″……。
聞けば聞くほど、私に残された道は無いように思えた。
「顔色悪いな。 結婚やめたこと、後悔してる?」
けして、心配してるわけではない、葉築さんの手が、不意に私の顎を掴む。
冷やかな茶色い目と、合わさった。
橋元先生の奥さんと、何かしら関係のある人。
私が追い詰められるほど、良い気味だと嘲笑ってるはず。
「……楽しいですか?」
私の顔に触れる冷たい手を、思いきりはね除けた。
怒るかとも思ったけど、
「別に。鷲塚さんが退職しようが、残って出来ない営業の仕事で苦しもうが、俺には関係ないし。それに、どんな結果でも、あの人はもう、元には戻らない」
″ あの人 ″……。
葉築さんは、また、先生の奥さんの事を口にした。
やはり話したいんだ。
話して、私を責めたいんだ。
そう思ったら、聞かずにはいられなかった。
「あなたは、先生の奥さんに頼まれて私に近づいたの?」
想定外過ぎて、声が震えた。
「実は、四月から営業に、新卒で入る子が二人いたんだけどな」
「……でしたよね」
新卒の若い男が来るだろうって、荒城さん達も喜んでたっけ。
「一人は男だったんだけど、突如、採用を辞退してきてな、この年末にだよ」
「そうだったんですか」
「で、もう一人は女子だったんだけど、やっぱり事務職に就きたいと相談があったらしい」
「え、そんな理由で? なぜ私が営業なんですか?」
よりによって、畑違いもいいとこの庶務で、一番向かない性格の私が……。
「俺もそう言ったんだよ、どーせなら営業事務の荒城ちゃん、補佐の女子がいるんだからそっちに任せたらって」
「そうですよ、私に営業なんて、どう考えても出来るわけないのに」
「それは、やってみないと分からないけどな。でも、鷲ちゃんがそんなストレス溜まるような異動を受け入れるわけないって強く言ったのにもかかわらず……」
「決まったんですか」
「そう」
「……」
……どうして?
「思うに……」
コンコン!
室岡さんが、決定打になった理由を口にしようとした時、会議室に葉築さんが入ってきた。
「おー、なんだ」
「室岡さん、佐賀の支店長からお電話です」
「分かった、鷲ちゃん、ちょっと待っててな」
入れ替わるように室岡さんが出ていく。
会議室が、さらに重苦しい空気になると、葉築さんが冷ややかにも見える視線を送ってきた。
「……営業、できそう?」
葉築さんは、……知っていた。
「室岡さんに聞いたんですか?」
「いや。俺は社長に事前に聞いてた」
「……社長に?」
さすがエース。次期支店長。
余裕で、そう返せないのは、何より私の事だから。
「社長が決めたんですか? 何で私なの?」
声は震えたけど、納得がいかない私は、席を立ち、葉築さんに詰め寄った。
「多分、鷲塚さんだけが知らないんだな。最近の噂」
「噂?」
「言っておくけど、俺が言いふらしたんじゃないからな。でも、火の無い所に煙は立たないの良い例だよ」
彼の口から出た、その ″ 噂 ″ の内容を聞いて、悪意しか感じなかった。
「……私が不倫してるって?」
そんな噂を広める、悪意を持つ人間は……
「そう。相手は高校の時の先生。それを理由に婚約破棄して、寿退社の機会を逃したって。過去の話がそこまで噂されるなんて、どうしたんだろうな」
葉築さんしかいないと思ったけど。
「誰かに汚れた過去の話でもした? そういうのは俺にだけしておけよ」
彼の口振りから、違うんだと思った。
ハッキリと ″ 過去 ″ と言ったし、先生と再会した事は知らない感じだ。
だとしたら、やっぱり、立道ーー。
納得のいかない私の感情を読み取ったかのように、葉築さんは続ける。
「そういうフシダラな社員は風紀を乱すって事で、噂を耳にした社長が、鷲塚さんを退職に追い込む策として今回の話を出したんだと思うよ」
″ 退職 ″……。
聞けば聞くほど、私に残された道は無いように思えた。
「顔色悪いな。 結婚やめたこと、後悔してる?」
けして、心配してるわけではない、葉築さんの手が、不意に私の顎を掴む。
冷やかな茶色い目と、合わさった。
橋元先生の奥さんと、何かしら関係のある人。
私が追い詰められるほど、良い気味だと嘲笑ってるはず。
「……楽しいですか?」
私の顔に触れる冷たい手を、思いきりはね除けた。
怒るかとも思ったけど、
「別に。鷲塚さんが退職しようが、残って出来ない営業の仕事で苦しもうが、俺には関係ないし。それに、どんな結果でも、あの人はもう、元には戻らない」
″ あの人 ″……。
葉築さんは、また、先生の奥さんの事を口にした。
やはり話したいんだ。
話して、私を責めたいんだ。
そう思ったら、聞かずにはいられなかった。
「あなたは、先生の奥さんに頼まれて私に近づいたの?」
1
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる