ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

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trial 試練

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 「営業……ですか?」

  想定外過ぎて、声が震えた。

 「実は、四月から営業に、新卒で入る子が二人いたんだけどな」

 「……でしたよね」

  新卒の若い男が来るだろうって、荒城さん達も喜んでたっけ。

 「一人は男だったんだけど、突如、採用を辞退してきてな、この年末にだよ」

 「そうだったんですか」

 「で、もう一人は女子だったんだけど、やっぱり事務職に就きたいと相談があったらしい」

 「え、そんな理由で? なぜ私が営業なんですか?」

  よりによって、畑違いもいいとこの庶務で、一番向かない性格の私が……。


  「俺もそう言ったんだよ、どーせなら営業事務の荒城ちゃん、補佐の女子がいるんだからそっちに任せたらって」

 「そうですよ、私に営業なんて、どう考えても出来るわけないのに」

 「それは、やってみないと分からないけどな。でも、鷲ちゃんがそんなストレス溜まるような異動を受け入れるわけないって強く言ったのにもかかわらず……」

 「決まったんですか」

 「そう」

 「……」

   ……どうして?

 「思うに……」

  コンコン!

   室岡さんが、決定打になった理由を口にしようとした時、会議室に葉築さんが入ってきた。


  「おー、なんだ」

  「室岡さん、佐賀の支店長からお電話です」

 「分かった、鷲ちゃん、ちょっと待っててな」

  入れ替わるように室岡さんが出ていく。


   会議室が、さらに重苦しい空気になると、葉築さんが冷ややかにも見える視線を送ってきた。


 「……営業、できそう?」


   葉築さんは、……知っていた。

 「室岡さんに聞いたんですか?」

 「いや。俺は社長に事前に聞いてた」

 「……社長に?」

  さすがエース。次期支店長。
  余裕で、そう返せないのは、何より私の事だから。

 「社長が決めたんですか? 何で私なの?」

   声は震えたけど、納得がいかない私は、席を立ち、葉築さんに詰め寄った。


 「多分、鷲塚さんだけが知らないんだな。最近の噂」

 「噂?」

 「言っておくけど、俺が言いふらしたんじゃないからな。でも、火の無い所に煙は立たないの良い例だよ」

  彼の口から出た、その ″ 噂 ″ の内容を聞いて、悪意しか感じなかった。



 「……私が不倫してるって?」


  そんな噂を広める、悪意を持つ人間は……

 「そう。相手は高校の時の先生。それを理由に婚約破棄して、寿退社の機会を逃したって。過去の話がそこまで噂されるなんて、どうしたんだろうな」

  葉築さんしかいないと思ったけど。

 「誰かに汚れた過去の話でもした? そういうのは俺にだけしておけよ」

  彼の口振りから、違うんだと思った。

  ハッキリと ″ 過去 ″ と言ったし、先生と再会した事は知らない感じだ。


  だとしたら、やっぱり、立道ーー。


   納得のいかない私の感情を読み取ったかのように、葉築さんは続ける。


 「そういうフシダラな社員は風紀を乱すって事で、噂を耳にした社長が、鷲塚さんを退職に追い込む策として今回の話を出したんだと思うよ」


  ″ 退職 ″……。

   聞けば聞くほど、私に残された道は無いように思えた。



 「顔色悪いな。 結婚やめたこと、後悔してる?」

  けして、心配してるわけではない、葉築さんの手が、不意に私の顎を掴む。

   冷やかな茶色い目と、合わさった。

  橋元先生の奥さんと、何かしら関係のある人。

  私が追い詰められるほど、良い気味だと嘲笑ってるはず。

  「……楽しいですか?」

  私の顔に触れる冷たい手を、思いきりはね除けた。

  怒るかとも思ったけど、


 「別に。鷲塚さんが退職しようが、残って出来ない営業の仕事で苦しもうが、俺には関係ないし。それに、どんな結果でも、あの人はもう、元には戻らない」


  ″ あの人 ″……。


   葉築さんは、また、先生の奥さんの事を口にした。
やはり話したいんだ。

   話して、私を責めたいんだ。

  そう思ったら、聞かずにはいられなかった。


 「あなたは、先生の奥さんに頼まれて私に近づいたの?」







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