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腕
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「良かった、まだ営業してた」
昔、訪れた事のある人気ラーメン店は、現在も繁盛していた。
夜の9時までの営業なので、あと一時間もない。
席が空いてればいいのだけど。
「いらっしゃいませーー!」
威勢のいい若い男性が厨房に立っていて、私達を見ると、丁度2席分空いた、端っこのカウンターに案内してくれた。
「何にする?」
先生は私を壁側に座らせると、手作り感満載のメニューを取って見せた。
「確か、ここ、東京の醤油と九州の豚骨を混ぜたのが有名でしたよね?」
「そうだ。この特製ラーメンだ。これにするか?」
「はい」
注文すると、直ぐにそれは来て、ちゃんと餃子も付いてきた。
「……昔と変わらないな」
先生は、嬉しそうに呟くと、それから完食するまで殆ど言葉を発せずに、ひたすら麺を啜っていた。
その豪快な食べ方が先生らしくて好きだった。
私が横顔をチラリと見ると、
「相変わらず食うの遅いなぁ、伊織は」
下の名前で私を呼んで、また豪快に笑った。
「橋元先生が早すぎるんですよ」
味も何も、十年前の事は忘れてたけど。
先生のこういう飾らない所が好きだったな……。
食べ終えて店を出ると、橋元先生は、
「やっぱりビール飲めば良かったなぁ」と残念そうな顔をした。
「飲みたかったんなら付き合ったのに」
あの頃のように子供じゃない。
「そうだよな、お前はもう未成年じゃないんだよな」
「……そうですよ、大人ですよ」
「あの時も、子供だなんて思ってなかった」
「……」
だから、先生は16の私に触れてきた。
……先生は、きっとそれを後悔している。
繁華街より、ちょっと外れた街並みは、夜の静けさをそののまま反映させて、寂しいくらい。
二人の足音が響く。
無口になると、余計に寒くなりそうで、どうでもいい話を切り出した。
会社での自分の仕事に、やりがいを見つけられない事。
その会社にいるメダカの世話をしていて、丈夫な魚なのに死なせてしまう事。
……そして、結婚を止めた事。
橋元先生は、たまに笑ったりして聞いていたけど、信の話には、大きく顔を歪ませた。
「吉田信……アイツと続いてたんだな。てっきり直ぐに別れると思ってたよ」
……先生の吐く息が白くなった。
「……私もです」
先生は気が付いてたんだ。
橋元先生を忘れる為に、同級生と付き合ったことを。
「で、大丈夫なのか? あっちは納得してないんだろ?」
再び駅を目指す、先生の足取りはゆっくりだった。
「……はい、まさか刺されたりはしないと思うんですけど」
私がそう答えると、先生の顔はとても怖くなった。
「おい……それ」
「冗談ですよ! ……冗談! たぶん、時間が経てば信もケロッとしてくるはずなんです」
つきあってきて、信がそれほど私を好きだったと感じた事はない。
惰性とか、別れるのが非現実的だったりして、付き合いが長くなっただけ。
……きっと、そう。
橋元先生が心配そうな顔をして、私の事を見てる。
先生。
あなたは大丈夫なんですか?
「赤ちゃん、じゃないか。……息子さんはお元気ですか?」
奥さんの事は直接には尋ねづらく、クッション的な意味で息子さんの話から切り出した。
あの可愛かった赤ちゃんも、もう小学高学年くらいだろう。
「息子は、元気だ。恐らくな……」
答える先生の顔は、やはり曇っていた。
「会ってないんですか?」
先生にとって、なによりも大切だったお子さん……。奥さんが引き取ったんだろうか?
「……もしかしたら、お前も聞いたかもしれないけど、嫁さんとは五年前に別れたんだよ。だから、会ってない」
葉築さん伝いで知ってしまっていた現実。
橋元先生の口から直接聞くと、罪悪感は何倍にも膨らんだ。
「……私との事が引き金になったんですよね?」
高校二年のあの日。
先生の車で抱き合っていたところを、奥さんに見られた。
あの修羅場は、今、思い出しても地獄ーー
先生は、首を横に振って、
「そうじゃないよ」
震える私の肩に、そっと手を置いた。
「過去の浮気よりもっと大きな問題があったんだ、……夫婦だから。だから、伊織のせいじゃない」
「……」
すっかり冷え込んだ身体も、先生の大きな手から伝わる温もりで、少しだけ体温を取り戻す。
こんなに安心できる相手は、今の私には、先生しかいないのかもしれない。
「お前には幸せになって貰いたいよ」
先生の低い声が、夜の闇に波動となって、私の涙腺を緩ませる。
思わず、先生のたくましい腕に泣きそうな顔をくっつけた。
昔、訪れた事のある人気ラーメン店は、現在も繁盛していた。
夜の9時までの営業なので、あと一時間もない。
席が空いてればいいのだけど。
「いらっしゃいませーー!」
威勢のいい若い男性が厨房に立っていて、私達を見ると、丁度2席分空いた、端っこのカウンターに案内してくれた。
「何にする?」
先生は私を壁側に座らせると、手作り感満載のメニューを取って見せた。
「確か、ここ、東京の醤油と九州の豚骨を混ぜたのが有名でしたよね?」
「そうだ。この特製ラーメンだ。これにするか?」
「はい」
注文すると、直ぐにそれは来て、ちゃんと餃子も付いてきた。
「……昔と変わらないな」
先生は、嬉しそうに呟くと、それから完食するまで殆ど言葉を発せずに、ひたすら麺を啜っていた。
その豪快な食べ方が先生らしくて好きだった。
私が横顔をチラリと見ると、
「相変わらず食うの遅いなぁ、伊織は」
下の名前で私を呼んで、また豪快に笑った。
「橋元先生が早すぎるんですよ」
味も何も、十年前の事は忘れてたけど。
先生のこういう飾らない所が好きだったな……。
食べ終えて店を出ると、橋元先生は、
「やっぱりビール飲めば良かったなぁ」と残念そうな顔をした。
「飲みたかったんなら付き合ったのに」
あの頃のように子供じゃない。
「そうだよな、お前はもう未成年じゃないんだよな」
「……そうですよ、大人ですよ」
「あの時も、子供だなんて思ってなかった」
「……」
だから、先生は16の私に触れてきた。
……先生は、きっとそれを後悔している。
繁華街より、ちょっと外れた街並みは、夜の静けさをそののまま反映させて、寂しいくらい。
二人の足音が響く。
無口になると、余計に寒くなりそうで、どうでもいい話を切り出した。
会社での自分の仕事に、やりがいを見つけられない事。
その会社にいるメダカの世話をしていて、丈夫な魚なのに死なせてしまう事。
……そして、結婚を止めた事。
橋元先生は、たまに笑ったりして聞いていたけど、信の話には、大きく顔を歪ませた。
「吉田信……アイツと続いてたんだな。てっきり直ぐに別れると思ってたよ」
……先生の吐く息が白くなった。
「……私もです」
先生は気が付いてたんだ。
橋元先生を忘れる為に、同級生と付き合ったことを。
「で、大丈夫なのか? あっちは納得してないんだろ?」
再び駅を目指す、先生の足取りはゆっくりだった。
「……はい、まさか刺されたりはしないと思うんですけど」
私がそう答えると、先生の顔はとても怖くなった。
「おい……それ」
「冗談ですよ! ……冗談! たぶん、時間が経てば信もケロッとしてくるはずなんです」
つきあってきて、信がそれほど私を好きだったと感じた事はない。
惰性とか、別れるのが非現実的だったりして、付き合いが長くなっただけ。
……きっと、そう。
橋元先生が心配そうな顔をして、私の事を見てる。
先生。
あなたは大丈夫なんですか?
「赤ちゃん、じゃないか。……息子さんはお元気ですか?」
奥さんの事は直接には尋ねづらく、クッション的な意味で息子さんの話から切り出した。
あの可愛かった赤ちゃんも、もう小学高学年くらいだろう。
「息子は、元気だ。恐らくな……」
答える先生の顔は、やはり曇っていた。
「会ってないんですか?」
先生にとって、なによりも大切だったお子さん……。奥さんが引き取ったんだろうか?
「……もしかしたら、お前も聞いたかもしれないけど、嫁さんとは五年前に別れたんだよ。だから、会ってない」
葉築さん伝いで知ってしまっていた現実。
橋元先生の口から直接聞くと、罪悪感は何倍にも膨らんだ。
「……私との事が引き金になったんですよね?」
高校二年のあの日。
先生の車で抱き合っていたところを、奥さんに見られた。
あの修羅場は、今、思い出しても地獄ーー
先生は、首を横に振って、
「そうじゃないよ」
震える私の肩に、そっと手を置いた。
「過去の浮気よりもっと大きな問題があったんだ、……夫婦だから。だから、伊織のせいじゃない」
「……」
すっかり冷え込んだ身体も、先生の大きな手から伝わる温もりで、少しだけ体温を取り戻す。
こんなに安心できる相手は、今の私には、先生しかいないのかもしれない。
「お前には幸せになって貰いたいよ」
先生の低い声が、夜の闇に波動となって、私の涙腺を緩ませる。
思わず、先生のたくましい腕に泣きそうな顔をくっつけた。
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