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trap 罠
二人きり
しおりを挟む信からの電話を、強引に切った日の夜。
私は、彼の実家に電話をして、正式にプロポーズをお断りすると話した。
「残念だなぁ。……なかなか信も出会いが無いからねぇ」
電話を取ったお父さんは、それ以上、しつこく説得したりする事はなかったのだけど。
【会って話そう、結婚はしなくていいから】
【今からそっち行っていい?】
信から何度も電話とメッセージがきて困った。
【頼む。声だけ聞かせて】
あまりの執拗さに、思わず部屋中の戸締まりを確認する。
……家まで来ないよね?
来たら、まるでストーカーだもの。
それから、ラインもプツリ……と切れて来なくなり、ようやく落ち着いて眠れたのは三時頃だった。
ーーー
たとえ、私が彼と別れてフリーになったとしても、葉築さんには恋人がいる。
私との仲が疑われて、女子社員達に非難の視線を向けられている事に、彼も気付いていた。
「荒城さん、この前、不在中にHOMDA飯田橋店の品質マネから俺に電話あっただろ? 確か、その時に代わりに見積りファックスしてくれたんだよね?」
「え? 知りませーん。そういう大事なのは鷲塚さんの仕事じゃないんですかぁ?」
荒城さんの子供のような返しに、見ていた私もヒヤヒヤというか、半分呆れていたのだけれど、
「荒城ちゃん! 私情で仕事を疎かにすんじゃないよ。電話で依頼うけた人間がちゃんとやれ。葉築に伝言すらしてないだろ?」
室岡さんが支店長らしく、荒城さんに注意をしていた。
「……はーい、わかりましたぁ」
ふてくされて、机にしまっていた見積り依頼を取り出して、ようやく客先用の見積書を作成していた。
「もういい。俺がやる。謝罪の電話もしなくていい」
珍しくキレた葉築さんは、その依頼書を取り上げて、客先に謝罪の電話を入れていた。
どうやら、クレームの件との繋がりで、急ぎだったらしい。
「なぁによ、自分が仕事できると思ってさぁ」
反省する事もなく、まるで漫画のようにベェッ!と舌を出す荒城さんを、立道さんだけがニヤニヤして見ていた。
……またこんな事が起きたら申し訳ない。
人が見ていなくても、しばらくは葉築さんには接触しない方がいいかもしれない。
電話越しに頭を下げる彼を見て思った。
だけど。
私がそうする以前に、葉築さんから外回りに誘われたり、夜の予定を聞かれたりする事が、パタッとなくなる。
正直、安心するよりも、不安になった。
……彼には、もう、私は必要ないのかも、と。
自然とスマホを確認する頻度が多くなっていった。
そんな中。
痺れを切らした荒城さんが、室岡さんに告白したらしいことを、小村さんから聞いた。
「撃沈だって、あの子」
お互いに競い合い、美を意識している小村さんは、給湯室で、勝ち誇ったような顔をして私に耳打ちしてきた。
「室岡さんが、″ 俺は荒城ちゃんをそういう目で見たことないよ ″ って返事をしたら、あの子、まだ食いついて、″じゃあ、誰ならそういう目で見てるんですか?!小村さんですか?! 鷲塚さんですか?!″って聞いたらしいの」
……凄いなぁ。よっぽど自信があったんだなぁ。
小村さんが楽しそうに笑いながら続きを話した。
「そしたら、室岡さん、″ 小村さんも鷲ちゃんもどっちもいいけど、頼りない鷲ちゃんは守ってあげたいかなぁ ″ って、バカみたいに言ったらしいよー。もう少し頭使えってねぇ」
「……そうですね」
その時の荒城さん、きっと、また、あの鬼みたいな顔をしてたんだろうなぁ。
あ。だから朝からピリピリしてたのね。
「という事だから、荒城さんには気を付けなね。
今まで営業の男どもがチヤホヤし過ぎてワガママになってるから」
気を付けなね、って言われても。
荒城さんが本気で室岡さんを好きだなんて認識がなかった私は、女の恐ろしさを甘く考えていた。
美しく生まれた彼女のプライドを大きく傷付けたなんて、思ってもなかったから。
ーーPM 6:00。
私は、まだ机の伝票を整理中。
製品不備のクレームで、珍しく仕事が溜まってしまったからだ。
それでも、あと一時間もすれば、仕事が片付くと思っていたところに、立道さんが話しかけてきた。
「鷲塚さん、ちょっと帰りに相談があるんだけど」
「……相談? ……なんですか?」
毎度の事ながら、この人の話に、けして良い予感はしない。
「今度こそ鷲塚さんと飲みたいな、と思って」
「え」
「また凄い顔をする……」
「荒城さんを誘いたいなら、お二人でどうぞ」
だって、ダシに使おうとしてるのが見え見え。
一回二人で飲んでるんだから、二回目はストレートに誘えばいいじゃない。
軽くあしらって、残りの仕入れ伝票を処理しようとしているのに、
「仕事溜まってるなら手伝うからさ。それ終わったら頼むよ。本気の相談だから」
処理の仕方も知らないはずなのに、立道さんがデスクの伝票を自分の所へ持っていこうとする。
「ちょ、それ……」
ここまでする?
荒城さんにいい顔見せたいだけ?
フッと正面を向くと、前の席にいるはずの荒城さんがいない。
私がキョロキョロしていると、
「鷲ちゃん、珍しく仕事溜まってるみたいだな」
室岡さんが出かける支度をしながら話しかけてきた。その近くで葉築さんも身支度をしている。
「……ええ、ちょっと残ってやります。今からお二人でお出掛けですか?」
「そう。急に部長達に呼ばれて接待だよ。クレーム元とだから行くしかねぇよ、な? 葉築」
葉築さんは頷くだけで、さっと鞄を持って事務所を出ていってしまった。
仕事中でも、話したくなかったのかな? ……彼の態度にズン……と心が沈む。
「小村さんと荒城ちゃんは定時で上がったぞ。鷲ちゃんも程ほどにして帰りな」
「……はい。お疲れさまです」
優しい支店長が出ていってから、かれこれ一時間……。
時計を見ると、七時半になっていて、事務所は、いつの間にか、立道さんと二人きりになってしまっていた。
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