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frustration 挫折と屈辱
破談
しおりを挟む「伊織さんは、この前我が家にいらした時に、子育てが終えたら農業もお手伝いしてくれると言ってくださいました」
ずっと微笑んでいただけの信のお母さんが、ここで口を挟んできた。
「ね、伊織さん?」
「………は、はい」
正確には、言ってない。
その提案に愛想笑いを浮かべていただけ。
「伊織、あんたが覚悟決めてるならお母さんは何も言わない。でも、うちが母子家庭だった分、あんたには離婚とかはしてほしくないの。中途半端な気持ちで、吉田さん一家を巻き込まない事、わかった?」
「……」
さっきから話してばかりのうちの母の御膳は、全く料理が減ってなかった。
楽しく食べるどころじゃないんだ。
それに比べ、この場の仕切り役をやっていいはずの信は、
「ビール追加していい?」
料理は、ほぼ平らげ、
「なんで寿司も刺身もないんだ?」
まるで他人事のように、1人だけいい感じに酔っている。
結婚するのは、信と私なのに。
仕舞いには、
「最悪さ、バラ園は無理と思ったら手放せばいいんだよ。土地売れば、それなりに暮らしていける。俺の両親が元気なうちに不動産でも勉強しようかなーとも思ってるしー……。伊織はなんも心配しなくていいよ、お母さんも」
農園が、どうこう以前の不安を漂わせた。
……私、やっぱり、無理かも。
「信! お前は、まだそんなできもしない事考えてるのか?そんな不動産なんて勉強する前にバラ栽培を1人で出来るように覚えてしまえ!」
結納に準ずる両家ご対面の場で、こんな叱りを父親から受けるなんて思ってなかったのか、アルコールも入ったせいで、
「薔薇の事ばっかり考えたってつまんねーだろ?
農家にも遊びと息抜きも必要なんだよ!」
信は、かなりマイナスの暴言を吐いてしまう。
そのつまらない農家に、娘を嫁に出すかもしれないうちの母の心情を考えて欲しい。
「遊びながら出来るほど、農家は呑気な仕事じゃないんだ!薔薇は繊細なんだぞ!」
私は、この場を取り繕うこともせず、現実逃避するように、秘密の行為を思い出していた。
ーー葉築さん。
あなたとの関係は……。
もしかしたら、″ 結婚前の浮気 ″ じゃなくなるかもしれない。
それでも。
会ってくれますか?
「あの……」
結婚前の、両家の対面とは思えないグダグダ感が漂ったまま、私は、
「ここへ来て、申し上げにくいんですけど……」
箸も、気持ちも置いて、ある決意をする。
「どうしたの? 伊織さん」
「伊織?」
私は……きっと信のことを本気で好きだったわけじゃない。
結婚に憧れはあったけれど、信としたかったわけではないんだ。
それが、ハッキリとわかってしまった。
「私、今の仕事を辞める気も、子供を産む気もないんです」
庶務なんて、会社にとって、どうでもいい存在だと思ってた。
自分の仕事に自信もなかったし、評価してくれる人もいなかったから。
それならばいっそ、適齢期に、皆のように、結婚という華やかな目的の為に退けばいいと思ってた。
「……は? 何、今さらそんな事言ってんだよ?」
でも、それは浅はかな考え。
「信、ごめんね」
八年という付き合いで、深い情は確かにあったけど、結婚相手は、誰でも良かったのかもしれない。
「私、アレルギーで。まだ、これ一度も肌に着けてません。一旦、お返ししてもよろしいですか?」
信に、…… ( 正確に言えば彼のご両親に) 買って頂いた指輪をバッグから取り出して、
「本当に申し訳ありません」
深く頭を下げて、そっとテーブルの上に置いた。
皆、暫く、口を開けたままだった。
ーー 皆の怒りが沸点を迎える前に。
そう思って、母の手と会計の伝票を掴んで、早々に席を外す。
店の外の空気が冷たくて、心地よかった。
「伊織、そんな気持ちだったんなら、なんでもっと早く断らなかったの?」
「……分からなかったから」
「なにがよ?」
「……」
流されて分からなかった。
私は、いつも、時と状況に流されるままに、毎日を過ごしてたから。
自分の本音や、本質も見えてなかった。
ーー私は、やっぱり結婚には向いてない。
「でも、八年も付き合ってたんだから、信くんの事は好きだったんでしょう?」
「……それも、もうわかんないよ」
キッカケは、橋元先生を諦める為だった。
疑似恋愛をして、身体の相性がそこそこいい信と、無理なく会っていれば、苦しかった昔の恋も忘れられた。
ーーでも、葉築さんに出会って。
そこそこの生温い関係が、自分にとってベストではないのかもしれないと、思うようになった。
人は、人との出逢いで変わるーー
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