31 / 134
frustration 挫折と屈辱
結婚……へ?
しおりを挟む
ーーそして、その週末。
信の両親を私の母親へ紹介する日がやって来た。
気分はひたすら憂鬱たった。
同じ高校だったけれど、両家の面識はほとんどない。
農家とはいえ、裕福な信達一家を、うちの母が住む団地には招待しづらく、近所の割烹に席を予約した。
「直接お会いするのは、初めまして、になりますね。鷲塚さん」
お座敷の個室。
取り分けなどの手間が要らないように、膳を人数分用意。
私が手配したので、苦手な刺身は省いてもらった。
「そうですね、高校時は、交際してる事も知らなかったもので、ご挨拶もできずに」
「私達もです。これからどうぞ、よろしくお願いいたします」
まずは定番の挨拶を互いに済ませて、自己紹介。
信の両親は、独り身の母を気遣ってか、信を挟んで座っていた。
「うちは薔薇一筋ですけど、ハウス栽培で天候に振り回されることなく、安定した収入がありますので伊織さんを貧困の窮地に立たせる事はまずありません。そして、仕事を強制する気もありません。伊織さんは気が向いたら手伝ってくだされば結構です。そこはご安心ください」
まず、懸念理由になりかねない農業に関しての理解を求められ、
「……はぁ、その事ですけど」
それに関して、母とは話をした事はなかったので、私は箸を動かさずに、母の反応を、恐る恐る待っていた。
「ご両親が引退されたあと、信さんが農園を継いで、もし、体を壊されたら誰が栽培をやるんでしょうか? 人間なので病気になることもあると思いますし、かといって薔薇の手入れは毎日誰かがしないといけない。必然と伊織も普段から農業に携わってないと無理なのでは?」
母の問いには、私の中に秘めていた不安も、ちゃんと含まれていた。
プロポーズされる前から、密かに抱えていた懸念材料。
葉築さんが言った通り、信は甘えている。
生まれた時からバラ園を継ぐ事が決まっていて、信もそれを当たり前としていた。
だけど、肝心のバラ園への情熱が、彼からは伝わってこない。
高校を卒業してから、親から渡される小遣いでは足りずに、遊ぶお金目的で夜のバイトや交通整備の仕事をしていた事もあった。
なので、恐らく26歳になった今も、両親のように一から栽培をすることはできない。
もしかしたら、ご両親が引退したら、今の広大なバラ園は潰れてしまうかもしれない。
ーーそんな最悪なシナリオも、私の中には用意されていた。
「……確かに信1人でやっていくには規模は大きい。実際、私たち夫婦だけでは手が足らない時もある。
なのでもう1人位、誰かアルバイトを雇ってみるのもいいかもしれない。そこは信の切り盛り次第ではないですかね」
信のお父さんが、この前の食事会と同じような話を返事にしていた。
信は、少し居心地悪そうに、ビールをチビチビ飲んでいる。
もしかしたら、本人が一番分かってるのかもしれない。
自分はバラ園をやるにはまだ色々足りない、と。
「しかし、アルバイトさんを、栽培の全て把握できるほどに育てられますか? 永久雇用する覚悟でないと他人の農業を覚える人はいないのでは? その人件費は賄えるんですか? ご両親が引退したあとも、世帯が一緒ならば生活費は減らないわけだし、収入はやはり薔薇だけが頼りになるんでしょう?」
私なら聞けなかったことも、娘を想う母親として、ズケズケと聞いていた。
信のお父さんは、少し苦い顔をして本音を語り始めた。
「おっしゃる通り。正直に言いますと、我々は伊織さんにバラ園を任せたい。信と一緒に全てを覚えてほしい。ふたりでやれば他人の手伝いは要らないんですよ。その分子育てにお金をかけられるし、園の維持費もバカにならないんでね」
子育てが落ち着いてから農業をやってくれていい、と言うのは、やはり建前だけだったらしい。
私の肩に、重い責任が乗せられた、そんな気分だ。ここの天ぷらは絶品な筈なのに、全く味がしなくなった。
「伊織、あんたは本当にバラ園に人生を注ぐ覚悟は出来てるの? 信くんと結婚すると言うのはそういう意味なのよ?」
娘の人並みの幸せを望む母はだからこそ、私の本音を知りたがっている。
「……わたしは……」
バラ園に人生を捧げる。
好きな人と。
いや、
待って。
……私は、そもそも、信を好きなの?
信の両親を私の母親へ紹介する日がやって来た。
気分はひたすら憂鬱たった。
同じ高校だったけれど、両家の面識はほとんどない。
農家とはいえ、裕福な信達一家を、うちの母が住む団地には招待しづらく、近所の割烹に席を予約した。
「直接お会いするのは、初めまして、になりますね。鷲塚さん」
お座敷の個室。
取り分けなどの手間が要らないように、膳を人数分用意。
私が手配したので、苦手な刺身は省いてもらった。
「そうですね、高校時は、交際してる事も知らなかったもので、ご挨拶もできずに」
「私達もです。これからどうぞ、よろしくお願いいたします」
まずは定番の挨拶を互いに済ませて、自己紹介。
信の両親は、独り身の母を気遣ってか、信を挟んで座っていた。
「うちは薔薇一筋ですけど、ハウス栽培で天候に振り回されることなく、安定した収入がありますので伊織さんを貧困の窮地に立たせる事はまずありません。そして、仕事を強制する気もありません。伊織さんは気が向いたら手伝ってくだされば結構です。そこはご安心ください」
まず、懸念理由になりかねない農業に関しての理解を求められ、
「……はぁ、その事ですけど」
それに関して、母とは話をした事はなかったので、私は箸を動かさずに、母の反応を、恐る恐る待っていた。
「ご両親が引退されたあと、信さんが農園を継いで、もし、体を壊されたら誰が栽培をやるんでしょうか? 人間なので病気になることもあると思いますし、かといって薔薇の手入れは毎日誰かがしないといけない。必然と伊織も普段から農業に携わってないと無理なのでは?」
母の問いには、私の中に秘めていた不安も、ちゃんと含まれていた。
プロポーズされる前から、密かに抱えていた懸念材料。
葉築さんが言った通り、信は甘えている。
生まれた時からバラ園を継ぐ事が決まっていて、信もそれを当たり前としていた。
だけど、肝心のバラ園への情熱が、彼からは伝わってこない。
高校を卒業してから、親から渡される小遣いでは足りずに、遊ぶお金目的で夜のバイトや交通整備の仕事をしていた事もあった。
なので、恐らく26歳になった今も、両親のように一から栽培をすることはできない。
もしかしたら、ご両親が引退したら、今の広大なバラ園は潰れてしまうかもしれない。
ーーそんな最悪なシナリオも、私の中には用意されていた。
「……確かに信1人でやっていくには規模は大きい。実際、私たち夫婦だけでは手が足らない時もある。
なのでもう1人位、誰かアルバイトを雇ってみるのもいいかもしれない。そこは信の切り盛り次第ではないですかね」
信のお父さんが、この前の食事会と同じような話を返事にしていた。
信は、少し居心地悪そうに、ビールをチビチビ飲んでいる。
もしかしたら、本人が一番分かってるのかもしれない。
自分はバラ園をやるにはまだ色々足りない、と。
「しかし、アルバイトさんを、栽培の全て把握できるほどに育てられますか? 永久雇用する覚悟でないと他人の農業を覚える人はいないのでは? その人件費は賄えるんですか? ご両親が引退したあとも、世帯が一緒ならば生活費は減らないわけだし、収入はやはり薔薇だけが頼りになるんでしょう?」
私なら聞けなかったことも、娘を想う母親として、ズケズケと聞いていた。
信のお父さんは、少し苦い顔をして本音を語り始めた。
「おっしゃる通り。正直に言いますと、我々は伊織さんにバラ園を任せたい。信と一緒に全てを覚えてほしい。ふたりでやれば他人の手伝いは要らないんですよ。その分子育てにお金をかけられるし、園の維持費もバカにならないんでね」
子育てが落ち着いてから農業をやってくれていい、と言うのは、やはり建前だけだったらしい。
私の肩に、重い責任が乗せられた、そんな気分だ。ここの天ぷらは絶品な筈なのに、全く味がしなくなった。
「伊織、あんたは本当にバラ園に人生を注ぐ覚悟は出来てるの? 信くんと結婚すると言うのはそういう意味なのよ?」
娘の人並みの幸せを望む母はだからこそ、私の本音を知りたがっている。
「……わたしは……」
バラ園に人生を捧げる。
好きな人と。
いや、
待って。
……私は、そもそも、信を好きなの?
1
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる