ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

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frustration 挫折と屈辱

結婚……へ?

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   ーーそして、その週末。

   信の両親を私の母親へ紹介する日がやって来た。

   気分はひたすら憂鬱たった。

   同じ高校だったけれど、両家の面識はほとんどない。

    農家とはいえ、裕福な信達一家を、うちの母が住む団地には招待しづらく、近所の割烹に席を予約した。


  「直接お会いするのは、初めまして、になりますね。鷲塚さん」


    お座敷の個室。
    取り分けなどの手間が要らないように、膳を人数分用意。
    私が手配したので、苦手な刺身は省いてもらった。

  「そうですね、高校時は、交際してる事も知らなかったもので、ご挨拶もできずに」

  「私達もです。これからどうぞ、よろしくお願いいたします」

   まずは定番の挨拶を互いに済ませて、自己紹介。

    信の両親は、独り身の母を気遣ってか、信を挟んで座っていた。


  「うちは薔薇一筋ですけど、ハウス栽培で天候に振り回されることなく、安定した収入がありますので伊織さんを貧困の窮地に立たせる事はまずありません。そして、仕事を強制する気もありません。伊織さんは気が向いたら手伝ってくだされば結構です。そこはご安心ください」

    まず、懸念理由になりかねない農業に関しての理解を求められ、

 「……はぁ、その事ですけど」

    それに関して、母とは話をした事はなかったので、私は箸を動かさずに、母の反応を、恐る恐る待っていた。


  「ご両親が引退されたあと、信さんが農園を継いで、もし、体を壊されたら誰が栽培をやるんでしょうか? 人間なので病気になることもあると思いますし、かといって薔薇の手入れは毎日誰かがしないといけない。必然と伊織も普段から農業に携わってないと無理なのでは?」


    母の問いには、私の中に秘めていた不安も、ちゃんと含まれていた。



   プロポーズされる前から、密かに抱えていた懸念材料。

    葉築さんが言った通り、信は甘えている。

    生まれた時からバラ園を継ぐ事が決まっていて、信もそれを当たり前としていた。

    だけど、肝心のバラ園への情熱が、彼からは伝わってこない。

     高校を卒業してから、親から渡される小遣いでは足りずに、遊ぶお金目的で夜のバイトや交通整備の仕事をしていた事もあった。


     なので、恐らく26歳になった今も、両親のように一から栽培をすることはできない。

     もしかしたら、ご両親が引退したら、今の広大なバラ園は潰れてしまうかもしれない。


     ーーそんな最悪なシナリオも、私の中には用意されていた。



  「……確かに信1人でやっていくには規模は大きい。実際、私たち夫婦だけでは手が足らない時もある。
なのでもう1人位、誰かアルバイトを雇ってみるのもいいかもしれない。そこは信の切り盛り次第ではないですかね」


    信のお父さんが、この前の食事会と同じような話を返事にしていた。

     信は、少し居心地悪そうに、ビールをチビチビ飲んでいる。

    もしかしたら、本人が一番分かってるのかもしれない。

    自分はバラ園をやるにはまだ色々足りない、と。


  「しかし、アルバイトさんを、栽培の全て把握できるほどに育てられますか? 永久雇用する覚悟でないと他人の農業を覚える人はいないのでは? その人件費は賄えるんですか? ご両親が引退したあとも、世帯が一緒ならば生活費は減らないわけだし、収入はやはり薔薇だけが頼りになるんでしょう?」


    私なら聞けなかったことも、娘を想う母親として、ズケズケと聞いていた。



    信のお父さんは、少し苦い顔をして本音を語り始めた。


「おっしゃる通り。正直に言いますと、我々は伊織さんにバラ園を任せたい。信と一緒に全てを覚えてほしい。ふたりでやれば他人の手伝いは要らないんですよ。その分子育てにお金をかけられるし、園の維持費もバカにならないんでね」


    子育てが落ち着いてから農業をやってくれていい、と言うのは、やはり建前だけだったらしい。

    私の肩に、重い責任が乗せられた、そんな気分だ。ここの天ぷらは絶品な筈なのに、全く味がしなくなった。


 「伊織、あんたは本当にバラ園に人生を注ぐ覚悟は出来てるの? 信くんと結婚すると言うのはそういう意味なのよ?」

    娘の人並みの幸せを望む母はだからこそ、私の本音を知りたがっている。


  「……わたしは……」

    バラ園に人生を捧げる。

    好きな人と。

    いや、

    待って。


   ……私は、そもそも、信を好きなの?




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