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frustration 挫折と屈辱
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翌日。
「もうさー、立道くんが成績悪いワケわかったわ」
立道さんと二人で飲みに行く羽目になった荒城さんが、給湯室で愚痴っていた。
「どんなワケよ?」
小村さんが興味無さげに聞くと、
「自己中ー!頼むものも、カラオケも!全て、彼が中心!」
と、答えていて、珈琲の豆を用意していた私は、思わず、こぼしそうになった。
……まずまずのお互いさまでしょ?
「おーい、2つ増えて12用意してくれよー」
会議室から室岡さんの声が聞こえる。
「はーい♪」
立道さんのアプローチなど何の効果もなく、相変わらず支店長を落とす気でいる荒城さんが、可愛く返事をした。
私たちは慌てて珈琲カップを追加。
お偉方の突然の訪問&会議で、より美味しい珈琲の準備を強いられたからだ。
その会議には、葉築さんも出席している。
二人がかりのお茶だし。
会議室のドアを開けると、葉築さんと目が合った。
「失礼します」
営業事務の荒城さんと手分けして珈琲を置く。
まだ会議は始まっていないのに、葉築さんは、いつもより若干気難しい顔をしていた。
やはり本社の常務や専務、社長といった面子が揃うと、器用な彼でも多少なり緊張するのかな。
社長は滅多にお会いする事ないけど、かなり気分屋だと聞いたもの。
それでも、上のお気に入りだという彼は、しきりに話しかけられていた。
「奥田、どうだ? 自ら希望して赴任してきた東京三田営業所は?」
え……。
「いいですよ、やっぱり。東京の営業というだけで耳を傾けてくれるディーラーも多いですし」
葉築さん、自ら希望して、ここへ転任してきたの?
聞いていない話に、思わず振り返って彼の方を見てしまった。
すると、
「ここの珈琲は、どこの豆を使ってるんだ? 高級そうないい薫りがするな」
ずっと怖い顔をしていた社長が、私に声をかけてきた。
想定していなかっただけに、
「……ありがとうございます」
掠れた声で、こんな言葉しか返せなかった。
「ん? 君はお客様にも、そんな小さな声で返事をするのか?」
社長の機嫌が、一気に悪くなった。
社長は、私の、怯えたような声と態度が気に入らなかったのか、続けて指摘。
「社内の人間なら許容されることも、お客さん相手では通用しないこともある。もっと声を張れ、わかったか?」
「……は、い……」
子供のような注意のされ方で、シュン……と、心底凹んだ。
……よりによって、葉築さんの前で。
「失礼しましたー♪」
何故か嬉しそうな荒城さんに続けて、一礼して会議室を出ようとした時だった。
突如、
「鷲ちゃん、いつも美味しい珈琲ありがとね! 豆は安物だけど、淹れ方が絶妙なんだ」
室岡さんが、社長の視線などお構いなしに、良すぎる程のフォローをしてくれた。
……これには、荒城さんだけでなく、葉築さんを含めた会議出席者、皆の目が点になっていた。
社長と荒城さんの顔が、紅潮して歪んでいくのが見えた。
一方の室岡さんは、呑気に、
「俺らなんかインスタントで充分なんだよな? もしくはセルフでさー」
隣の他支店長や、葉築さんに軽く同意を求めていた。
「……」
……室岡さん。そんなフォロー、あなたの首を絞めます。
私は、引きつった愛想笑いを浮かべるのが精一杯で、会釈してそのまま会議室を出た。
でも。そのあとすぐ、
「ワハハハハ!」
と、会議室から、社長を含め、皆の和やかな笑い声が聞こえてきたので、心配するほどの事じゃなかったんだと安心していた。
……のだけど。
「あーあ、おもしろくない」
荒城さんの気分を害した模様。
「デキの悪い子ほどカワイイって、本当なのね」
包み隠す事なく、私への不満を侮辱に変えた。
……室岡支店長は、口は悪いけど、根はイイ人。部下が叱責された事を気の毒に思っただけなのに。
会議が終わり、お偉方をお見送りする際も、空気は和やかだった。そもそも、何の会議だったのか。
「室岡支店長、さっきはありがとうございました」
カップの後片付けを手伝う室岡さんにお礼を言うと、
「俺のフォローは火に油だったかもしれん。それに比べて葉築はさすがだよ」
事務所を出てもまだ、専務達につかまっている葉築さんを見ながら、惚れ惚れした顔をしていた。
「鷲ちゃんたちが退室してすぐに、あいつ、社長に、″ 好きな時に飲める社員用の珈琲サーバーが欲しいです ″ ってそれのCMの動画を見せてたよ。
″ 今ならサーバー無料貸出中です ″って」
「え、それ、良く叱られませんでしたね」
某アイドルがイメージキャラクターで、インスタントコーヒーを簡単に本格的カフェのように抽出する機器。
最近はオフィスの食堂に良く置かれているけれど……。
「俺もヒヤッとしたけど。 ″ この女の子は貸し出してないのか? ″ って社長が返したもんだから、みんな笑っちゃったんだよ」
「あ、それで笑い声が聞こえたんですね」
会議の前に社長に直接交渉するとか、葉築さんにしかできないなって思った。
「アイツはその場しのぎじゃなくて、今後の女子社員の手間を省く事も考えたんだろーなぁ」
それから、一週間後。
うちのオフィスにも、ネッスカフェ アンバサダーが置かれるようになった。
「もうさー、立道くんが成績悪いワケわかったわ」
立道さんと二人で飲みに行く羽目になった荒城さんが、給湯室で愚痴っていた。
「どんなワケよ?」
小村さんが興味無さげに聞くと、
「自己中ー!頼むものも、カラオケも!全て、彼が中心!」
と、答えていて、珈琲の豆を用意していた私は、思わず、こぼしそうになった。
……まずまずのお互いさまでしょ?
「おーい、2つ増えて12用意してくれよー」
会議室から室岡さんの声が聞こえる。
「はーい♪」
立道さんのアプローチなど何の効果もなく、相変わらず支店長を落とす気でいる荒城さんが、可愛く返事をした。
私たちは慌てて珈琲カップを追加。
お偉方の突然の訪問&会議で、より美味しい珈琲の準備を強いられたからだ。
その会議には、葉築さんも出席している。
二人がかりのお茶だし。
会議室のドアを開けると、葉築さんと目が合った。
「失礼します」
営業事務の荒城さんと手分けして珈琲を置く。
まだ会議は始まっていないのに、葉築さんは、いつもより若干気難しい顔をしていた。
やはり本社の常務や専務、社長といった面子が揃うと、器用な彼でも多少なり緊張するのかな。
社長は滅多にお会いする事ないけど、かなり気分屋だと聞いたもの。
それでも、上のお気に入りだという彼は、しきりに話しかけられていた。
「奥田、どうだ? 自ら希望して赴任してきた東京三田営業所は?」
え……。
「いいですよ、やっぱり。東京の営業というだけで耳を傾けてくれるディーラーも多いですし」
葉築さん、自ら希望して、ここへ転任してきたの?
聞いていない話に、思わず振り返って彼の方を見てしまった。
すると、
「ここの珈琲は、どこの豆を使ってるんだ? 高級そうないい薫りがするな」
ずっと怖い顔をしていた社長が、私に声をかけてきた。
想定していなかっただけに、
「……ありがとうございます」
掠れた声で、こんな言葉しか返せなかった。
「ん? 君はお客様にも、そんな小さな声で返事をするのか?」
社長の機嫌が、一気に悪くなった。
社長は、私の、怯えたような声と態度が気に入らなかったのか、続けて指摘。
「社内の人間なら許容されることも、お客さん相手では通用しないこともある。もっと声を張れ、わかったか?」
「……は、い……」
子供のような注意のされ方で、シュン……と、心底凹んだ。
……よりによって、葉築さんの前で。
「失礼しましたー♪」
何故か嬉しそうな荒城さんに続けて、一礼して会議室を出ようとした時だった。
突如、
「鷲ちゃん、いつも美味しい珈琲ありがとね! 豆は安物だけど、淹れ方が絶妙なんだ」
室岡さんが、社長の視線などお構いなしに、良すぎる程のフォローをしてくれた。
……これには、荒城さんだけでなく、葉築さんを含めた会議出席者、皆の目が点になっていた。
社長と荒城さんの顔が、紅潮して歪んでいくのが見えた。
一方の室岡さんは、呑気に、
「俺らなんかインスタントで充分なんだよな? もしくはセルフでさー」
隣の他支店長や、葉築さんに軽く同意を求めていた。
「……」
……室岡さん。そんなフォロー、あなたの首を絞めます。
私は、引きつった愛想笑いを浮かべるのが精一杯で、会釈してそのまま会議室を出た。
でも。そのあとすぐ、
「ワハハハハ!」
と、会議室から、社長を含め、皆の和やかな笑い声が聞こえてきたので、心配するほどの事じゃなかったんだと安心していた。
……のだけど。
「あーあ、おもしろくない」
荒城さんの気分を害した模様。
「デキの悪い子ほどカワイイって、本当なのね」
包み隠す事なく、私への不満を侮辱に変えた。
……室岡支店長は、口は悪いけど、根はイイ人。部下が叱責された事を気の毒に思っただけなのに。
会議が終わり、お偉方をお見送りする際も、空気は和やかだった。そもそも、何の会議だったのか。
「室岡支店長、さっきはありがとうございました」
カップの後片付けを手伝う室岡さんにお礼を言うと、
「俺のフォローは火に油だったかもしれん。それに比べて葉築はさすがだよ」
事務所を出てもまだ、専務達につかまっている葉築さんを見ながら、惚れ惚れした顔をしていた。
「鷲ちゃんたちが退室してすぐに、あいつ、社長に、″ 好きな時に飲める社員用の珈琲サーバーが欲しいです ″ ってそれのCMの動画を見せてたよ。
″ 今ならサーバー無料貸出中です ″って」
「え、それ、良く叱られませんでしたね」
某アイドルがイメージキャラクターで、インスタントコーヒーを簡単に本格的カフェのように抽出する機器。
最近はオフィスの食堂に良く置かれているけれど……。
「俺もヒヤッとしたけど。 ″ この女の子は貸し出してないのか? ″ って社長が返したもんだから、みんな笑っちゃったんだよ」
「あ、それで笑い声が聞こえたんですね」
会議の前に社長に直接交渉するとか、葉築さんにしかできないなって思った。
「アイツはその場しのぎじゃなくて、今後の女子社員の手間を省く事も考えたんだろーなぁ」
それから、一週間後。
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