ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

文字の大きさ
上 下
30 / 134
frustration 挫折と屈辱

フォローと点火

しおりを挟む
   翌日。

 「もうさー、立道くんが成績悪いワケわかったわ」


   立道さんと二人で飲みに行く羽目になった荒城さんが、給湯室で愚痴っていた。

 「どんなワケよ?」

   小村さんが興味無さげに聞くと、

 「自己中ー!頼むものも、カラオケも!全て、彼が中心!」

   と、答えていて、珈琲の豆を用意していた私は、思わず、こぼしそうになった。

  ……まずまずのお互いさまでしょ?


 「おーい、2つ増えて12用意してくれよー」

   会議室から室岡さんの声が聞こえる。

 「はーい♪」

    立道さんのアプローチなど何の効果もなく、相変わらず支店長を落とす気でいる荒城さんが、可愛く返事をした。

   私たちは慌てて珈琲カップを追加。

    お偉方の突然の訪問&会議で、より美味しい珈琲の準備を強いられたからだ。

   その会議には、葉築さんも出席している。

    二人がかりのお茶だし。

    会議室のドアを開けると、葉築さんと目が合った。



  「失礼します」

    営業事務の荒城さんと手分けして珈琲を置く。
    まだ会議は始まっていないのに、葉築さんは、いつもより若干気難しい顔をしていた。

    やはり本社の常務や専務、社長といった面子が揃うと、器用な彼でも多少なり緊張するのかな。

    社長は滅多にお会いする事ないけど、かなり気分屋だと聞いたもの。

    それでも、上のお気に入りだという彼は、しきりに話しかけられていた。


 「奥田、どうだ? 自ら希望して赴任してきた東京三田営業所は?」

   え……。

 「いいですよ、やっぱり。東京の営業というだけで耳を傾けてくれるディーラーも多いですし」

   葉築さん、自ら希望して、ここへ転任してきたの?

    聞いていない話に、思わず振り返って彼の方を見てしまった。

   すると、

  「ここの珈琲は、どこの豆を使ってるんだ? 高級そうないい薫りがするな」

    ずっと怖い顔をしていた社長が、私に声をかけてきた。
    想定していなかっただけに、


  「……ありがとうございます」

    掠れた声で、こんな言葉しか返せなかった。

  「ん? 君はお客様にも、そんな小さな声で返事をするのか?」

    社長の機嫌が、一気に悪くなった。


    社長は、私の、怯えたような声と態度が気に入らなかったのか、続けて指摘。

  「社内の人間なら許容されることも、お客さん相手では通用しないこともある。もっと声を張れ、わかったか?」

  「……は、い……」

   子供のような注意のされ方で、シュン……と、心底凹んだ。

    ……よりによって、葉築さんの前で。


   「失礼しましたー♪」

    何故か嬉しそうな荒城さんに続けて、一礼して会議室を出ようとした時だった。

    突如、

  「鷲ちゃん、いつも美味しい珈琲ありがとね! 豆は安物だけど、淹れ方が絶妙なんだ」

    室岡さんが、社長の視線などお構いなしに、良すぎる程のフォローをしてくれた。

    ……これには、荒城さんだけでなく、葉築さんを含めた会議出席者、皆の目が点になっていた。


    社長と荒城さんの顔が、紅潮して歪んでいくのが見えた。

    一方の室岡さんは、呑気に、

  「俺らなんかインスタントで充分なんだよな? もしくはセルフでさー」

    隣の他支店長や、葉築さんに軽く同意を求めていた。

  「……」

    ……室岡さん。そんなフォロー、あなたの首を絞めます。


     私は、引きつった愛想笑いを浮かべるのが精一杯で、会釈してそのまま会議室を出た。

     でも。そのあとすぐ、

    「ワハハハハ!」

     と、会議室から、社長を含め、皆の和やかな笑い声が聞こえてきたので、心配するほどの事じゃなかったんだと安心していた。


    ……のだけど。


 「あーあ、おもしろくない」


    荒城さんの気分を害した模様。

  「デキの悪い子ほどカワイイって、本当なのね」

    包み隠す事なく、私への不満を侮辱に変えた。

     ……室岡支店長は、口は悪いけど、根はイイ人。部下が叱責された事を気の毒に思っただけなのに。


     会議が終わり、お偉方をお見送りする際も、空気は和やかだった。そもそも、何の会議だったのか。


  「室岡支店長、さっきはありがとうございました」

    カップの後片付けを手伝う室岡さんにお礼を言うと、

  「俺のフォローは火に油だったかもしれん。それに比べて葉築はさすがだよ」

    事務所を出てもまだ、専務達につかまっている葉築さんを見ながら、惚れ惚れした顔をしていた。


  「鷲ちゃんたちが退室してすぐに、あいつ、社長に、″ 好きな時に飲める社員用の珈琲サーバーが欲しいです ″ ってそれのCMの動画を見せてたよ。
″ 今ならサーバー無料貸出中です ″って」

  「え、それ、良く叱られませんでしたね」

     某アイドルがイメージキャラクターで、インスタントコーヒーを簡単に本格的カフェのように抽出する機器。
     最近はオフィスの食堂に良く置かれているけれど……。

  「俺もヒヤッとしたけど。 ″ この女の子は貸し出してないのか? ″ って社長が返したもんだから、みんな笑っちゃったんだよ」

  「あ、それで笑い声が聞こえたんですね」

    会議の前に社長に直接交渉するとか、葉築さんにしかできないなって思った。


  「アイツはその場しのぎじゃなくて、今後の女子社員の手間を省く事も考えたんだろーなぁ」


    それから、一週間後。

     うちのオフィスにも、ネッスカフェ アンバサダーが置かれるようになった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

処理中です...