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黒い
しおりを挟むその日の昼休み。
デスクにお弁当を広げているところへ、立道さんが、なんとも悩ましげな表情で近寄ってきたのだ。
「……なんですか?」
一年先輩の営業マン。
気が強くて、頑固者だから良く室岡支店長から叱られている。
「ここじゃ話しにくい。俺、午後から外回りだから銀行行くついでに一緒に外に出ない?」
「……仕事上の話ですか?」
「そうじゃないから話しづらいんじゃん、察しろよ」
頼み事なのに、横柄な口振り。正直、ムッとしたけれど、
「職場の空気を潤滑ににするのも庶務の仕事だろ? 人間関係の相談だよ」
全く自分に関与しない事でも無いなので、渋々OKする。
どうせ、荒城さんのことでしょ。
「室岡支店長。午後の記帳、立道さんの車に同乗してもよろしいですか?」
爪楊枝で歯の手入れをする室岡さんに、ことわりを入れると、ちょっと驚いた顔をしていた。
「珍しい組み合わせだな。了解。気をつけて。
あ、鷲ちゃん! 立道に触られたら遠慮なく密告しろよ」
つまらない冗談に苦笑いをして出掛ける。
「俺が鷲塚さんを好きなら こんなに悩まないっての」
ついでに、失礼な反応をする立道さんは、クスリとも笑ってなかった。
「分かってると思うんだけど、取り持ってほしい」
そら、きた。
立道さんの運転手する隣で、予想通りのお願いに気持ちはブルーだ。
面倒くさい。
「取り持つって、立道さんと荒城さんを、ですか?」
「そう。荒城さん、俺の事全く興味なさそうだからさ」
「……」
社内一の美人さんは、エリート嗜好。
立道さんは見た目は悪くないのだけど、営業成績は芳しくなくて、荒城さんは陰でバカにしてる。
それを知ってる私にどうしろと。
「私、そんなに荒城さんと仲良くないですよ?」
「知ってるさ!だから頼んでるんだよ」
立道さんの運転は、荒く雑になり始める。
今、赤信号シカトした?
「前、しっかり向いてください! それに仲良くない私だからって意味がわかりません」
会社の通帳が入ったバッグを胸に抱き締めて、早く銀行に着く事をひたすら祈る。
こういう人って、仕事も雑で残念な事が多い。
「室岡さんは、なんだかんだ言って地味な女が好きなんだよ! 鷲塚さんみたいなさ。だから、誘惑して、荒城さんの目の前で付き合ってる素振りを見せて欲しいんだ、いい考えだろ?」
「どこがです?」
お願いの内容も、とても残念だった。
「銀行、すぐそこなので止めてもらえますか?」
幸いなことに取引銀行は近かった。
路駐禁止なところなので、直ぐに降りなきゃいけないのに……、
「なぁ、どうなの?協力してくれるの?」
なかなか解放してくれない。
「室岡さんが荒城さんを良く思ってる可能性もあるので、私にはそんな協力できないです」
男女なんて、いつ、どうなるのかわからないから。
……私と葉築さんのように。
「……ちっ、時間の無駄だったぜ」
吐き捨てるように言うと、立道さんは、
「駐禁とられるだろ?」
邪険そうに私をおろして、勢い良く社用車を走らせて行った。
相当、機嫌を損ねたよう……。
「……排気ガス、黒いな……」
行き急ぐディーゼル車の後ろ姿は、営業車にしてはかなり汚れている。
立道さんは、洗車すら気の回らない人。
荒城さんに好かれるには程遠い気がした。
普段なら、息抜きになるはずの記帳へのお出かけ。
立道さんと一緒だったせいか、何となく疲れた。
「何件取引あるかなぁ……」
通帳を数冊取り出してATMの前で並んでいると、トントン、と誰かに肩を叩かれた。
「……え」
大事な物を預かってるだけに、ドキッとして振り返る。
そして、思わぬ人だったので、自然と顔が綻んだ。
「葉築さん……」
「おはよう……じゃないや、もうこんにちは、だな」
客先より帰社途中の葉築さんと、偶然にも出会ってしまった。
「ええ、もうお昼過ぎてます。昼食は?」
「食ってねぇんだよなぁー、鷲塚さんもうお弁当食べたの?」
「……うん」
自己中の立道さんに邪魔されたけど。
「あーあ……一緒に食いたかったなぁ」
本気で残念そうにする葉築さんは、どうやら卵焼きが食べたかったらしい。
「明日、一緒に食べられたらいいね」
「うん、てか絶対に一緒に食う。無理やりにでもデスク並べて近くに行く」
「子供みたい……」
「あ、なに?急におねえさん面? 一つしか違わねーのに?」
幼さを時折見せるこの人が、夜はちょっとSになる。
そのギャップに美人の彼女も夢中になっているのではないか。
そもそも、彼女ともあんなセックスをしてるのだろうか?
こんなことばかり考える私は、もしかして。
……浮気にハマってる……?
「ATMの他に用事ないなら、そこの珈琲飲んでく?」
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