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air 新しいもの
生まれる
しおりを挟む″ あんた ″?
人懐っこい笑顔で女子社員を虜にしてきた奥田さんの口から、想像してなかった言葉ーー
「あんたって、私のこと?」
小村さんの顔が思い切り引きつっていた。
それでも構わずに奥田さんは続けた。
「そう、皆が動きやすいようにするのが庶務の仕事っていうのは間違いじゃない。それが総務だし、その係を各部署に配属させたのが庶務。 だけど、何でもかんでも押し付けすぎ。鷲塚さんにだって、その日のうちしなきゃいけない専門の仕事あるんだよ」
「……あ、あの」
トラブルが苦手な私は、庇ってもらう嬉しさよりも後の人間関係へのしわ寄せが怖くて、″ もう大丈夫です ″ と、口を挟もうとしたのだけど、
「それに」
遮るように、奥田さんはシュレッダー途中の会議の資料を手に取って、
「このシュレッダー作業だってそう。こんな何十人分も鷲塚さん1人にさせる必要あるか? 一人一人すれば5分で終わる作業に、鷲塚さんの貴重な数時間をあてる意味がわからない」
やや手荒にシュレッダーに押し込んでいた。
皆がこちらを注目し、事務所がシ……ンとした中で、
「とか言いながら、俺の資料も鷲塚さんのデスクに置いてあった。次からは各々するようにするから、鷲塚さんは議事録の文書化を終わらせて。じゃないと定時で帰れないよ」
紙が裁断されていく音と、鳴り響く電話の音で、皆、我に返ったようにそれぞれの業務の続きに戻る。
「あ、ありがとうございます」
とりあえずは、一番どうでもいい作業から離れてPCに再び向かう。
「あれ? 何かあったのかー?」
どこからか戻って、呑気に事務所内を見渡す室岡さんに、奥田さんが何か話をしていた。
「……おー、そーか。それもそうたな。今まで気が付かなかった」
室岡さんが頷きながら、シュレッダーに資料を押し込む。
その日から、文書や書類のシュレッダー作業は、各々でやることになった。
ーーー
数日後。
「鷲ちゃん! メダカ、孵化してるよ!」
出勤するなり、室岡さんが私を手招きして呼び寄せた。
水槽横に置いておいたプラスチックのコップに、水草と孵化した卵、そして、
「あ、稚魚がいる!」
″ 針子 ″ と呼ばれる、本当に小さなメダカの赤ちゃんがいた。
可愛い。
「マジで小さいなぁ、これなら餌と間違えられて親に食われるのも分かるわー」
「そうですね」
普段、あまりメダカに関心のない室岡さんも、稚魚を楽しそうに見ていた。
「……おはようございます! あ、メダカ、孵化した?」
そこへ、出勤したばかりの奥田さんも入ってきて、私の横で稚魚を眺め出した。
ふんわりと、また珈琲の香りが……。
チラリ……と奥田さんの横顔を見ると、彼も私を見ていた。
目が合って、思わず逸らす。
「電車……なかなか同じ車両にならないよな」
「え」
「初日だけ同じ車両だったよね? そんで降りたあと、急に振り返って俺とぶつかった……」
やだ。
ちゃんと私のこと、覚えてたーー
何も言わないから、顔を見てないんだと思った。
「あ、あの時は、饅頭の袋を落とさせてしまって……」
「そーだよ、持ってるだけでも恥ずかしい紙袋なのに、あんなところで落として超恥ずかしかったんだけど?」
「すみません!」
「謝らなくていいよ。ほら、俺の顔を見て、怒ってるように見える?」
今度は、私の顔を覗き込む。
真っ白な肌、薄茶の瞳、同じ色の柔らかそうな髪、そして、今、気が付いた、可愛い八重歯。
心臓が慌ただしく動き出した。
こんな風に、優しく顔を見つめられたこと、大人になってからは、間違いなくない。
「あの時、なにかビックリしたような顔をしてたじゃない? 何に驚いてたの?」
「……それは……」
誰も知らない過去ーー
それを思い起こさせる、″ 伊織 ″ と私を呼ぶ声が、あの時は確かに聞こえた気がしたから。
何も返せずにいると、
「あー」
室岡支店長が、漫画のようにゴホンと咳き込む仕草をする。
「さっきから二人だけの世界に入らないでくれる?俺もまだいるんだけど?」
「あはは、すみません、さっきから ″ 邪魔だな、この人″ って思ってましたー」
「なに?!」
″ コノヤロー″ と、奥田さんの首を絞めて遊ぶ室岡さんを背に、私は静かにメダカに餌をやった。
稚魚には、稚魚用の餌が必要ね。
こんなに大きな餌は、食べることもできない。
人間も同じ。
身の丈に合った幸せで満足しないと……。
自分の席に着くと、荒城さんが振り返って、またトゲのある言葉を投げかけた。
「鷲塚さんてさぁ。室岡さんといい、奥田さんといい、上司に取り入るのウマイよね。何かと不器用な振りしてるから?」
振り?
振りなんかじゃなくて、私は元々、超不器用なの。
ムッときたけれど、この前のシュレッダーの件といい、これ以上は波風を立たせたくない。
「ここは面倒見がイイ人ばかりだから、私は救われてるの」
それだけ言うと、あとはひたすらデータ入力を行っていた。
「農家に嫁ぐことが決まってるせいか、余裕こいてるよね」
関連性のないイヤミを吐き捨てた荒城さんは、そのあと、電話する奥田さんの方ばかりを見ていた。
その熱い視線に気が付いた奥田さんが、ちょっと困った顔をしていると、
「見て。照れてる、可愛い」
いちいち私に報告してきた。
……女って、本当にメンドクサイ。
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