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air 新しいもの
花の匂い
しおりを挟む週に一度のミーティングと、月に一度の月会議。
「会議なんて営業だけでやってくれればいいのにー」
営業事務員は意見を求められるので、社内アイドルの荒城さんもこの時ばかりは顔が暗い。
庶務であり、出席に意味があるのか分からない私も、議事録係として参加。
時には眠くなる報告もある中で、奥田さんの話には、とても興味深いものがあった。
ディーラー向けの管理システムなので、ディーラー自体が業績を上げないと、このようなシステムは導入されない、まず客先の改善点を話していた。
「 平均的なカーディーラーの年間売上高は約200億円。エリア内の10カ所の営業所に、計100人ほどの営業が勤務しています。ひとりの営業が担当する既納先が300から400台、平均的な販売台数が1カ月当たり…」
入力に長けてるわけでもない私は、必死にペンを走らせて奥田さんの打ち出した数字を記録していた。
「ちなみに、現在の車の平均買い替え期間は約7年なので、担当する既納先だけを回っていても売上目標には届かない計算になります。購入から5年以上の家庭を訪問することにしているが、共働きも多く、訪問してもなかなか会うこと ができない。
とは言え、営業所で来店客を待つのも効率が悪いことに違いはないです」
暗記しているのか、奥田さんは何も見ないで話す。
「それでいて、車検前の買い替えの可能性が低い顧客はまったくケアされていない。訪問しても会える機会が少ないので、毎月の数字に追われている営業は、購入してくれる可能性の低い顧客への訪問をどうしても後回しにする。その結果として、顧客との関係が完全に途切れてしまっている。そこで、
「ITを活用した科学的な営業」への挑戦です」
今まで業績なんてあまり興味がなかった私も、
まるで、この場の全社員がディーラーであるかのように話すパフォーマンスは、他の営業マンがリスペクトしていいものだと感じた。
「やっぱり奥田さんて、カッコいいよねぇ」
女子トイレにて。荒城さんを始め、会議に出席者していた女子社員は、奥田さんの話題で花を咲かせていた。
「間違いなく次の支店長候補だよね、もしくは課長!」
「彼女いるのかなぁ?」
「見た目はフツーだけど、あの喋りと性格なら恋人はいるよねー」
「 フツーって言うけど、うちの社じゃイケメンの部類だよ?」
鏡の前でメイク直しをする女子の隣で、手を洗って、さっと事務所に戻ろうとしたのだけど、
「鷲塚さん!」
荒城さんに呼び止められてしまう。
「……なに?」
苦手なんだよね、女子独特の噂話。
「今朝、奥田さんと水槽のところで仲良く話してたみたいだけど、なんの話してたの?」
「何って……」
荒城さんの、男性社員の話すこと全てが気になるこの性格は受け付けない。
「奥田さんて話しやすいけど、あんまり女子社員に自分から声かけること少ないのよ。それなのに目立たない鷲塚さんと笑ってたから気になって」
……目立たないは余計だ。
「そうそう!私も今朝、ようやく二人で話したんだよね。メダカ用のろ過器の勘定科目聞かれた」
荒城さんと経理の小村さんに挟まれて、香水の匂いに目眩がしそうだった。
「そのメダカの話をしてただけ……」
「鷲塚さん、いつもメダカの話してない?」
「他にネタないの?」
安心したような、高い笑い声がトイレ内に響く。
そう。
私なんて地味な女、あなた達の心配の種にもなりませんから。
彼女達が動く度に、ぶつかり合う甘いローズ系の香り。
男の人は、こういうのにも弱いんだろうな。
きっと、あの奥田さんも。
まあ、私には関係ないけど。
「鷲塚さん、議事録、メールで展開してくれた?」
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