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air 新しいもの
弱いもの
しおりを挟む「鷲ちゃん、メダカ一匹弱ってるよ」
翌日。
出社するなり室岡さんに水槽を指差された。
「……ほんとですか?」
近寄って見てみると、確かに、一匹だけ鱗が白くなって、動きがやたら遅いメダカがいた。
「先週も一匹死んだんですよね」
「水質検査した方がいいんじゃないか?」
室岡さんは、さほど興味なさげに、電話を取りながら言った。
「水がダメなのかな……」
電話のコールが行き交う事務所で、死にそうなメダカを見て独り言。
私が飼っているわけではないけれど、飼育を任されてる身としては寂しい。
あとで原因を探ってみよう。
そう思ってデスクに戻ろうとしたら、
「これ、鷲塚さんのメダカ?」
珈琲を片手に、新任の奥田さんが水槽を覗きにやって来た。
「私の、ではなくて、皆のメダカです」
私の隣で珈琲の深い薫りを漂わせる奥田さん、
「鷲塚さんが毎日世話してるから、そうなんかと……。俺も手伝おうか?」
と、この時、ようやく私の顔をちゃんと見た。
「……あ、いえ、」
転勤5日目の、年下の上司。
ワンフロアーに30人ほどいるのに。
あまり接点の無かった私の名前をちゃんと覚えていてくれたことに驚いた。
「俺、昔、ザリガニ飼ってたからキライじゃないんだよね」
「ザリガニって、かわいいんですか?」
「かわいくねーよ、カッコいいの!」
笑う顔も、けして整ってるわけでもないのに惹き付けられる。
「多分、これはろ過器を変えた方がいいんだよ」
このオフィスに溢れた、愛想笑いや、営業スマイルじゃないからかもしれない。
「ろ過器って、例えばどんな?」
ここの水槽に備えてあるのは、以前飼っていた熱帯魚の時から使用してるもの。
ザリガニを好きだという奥田さんは、
「これはどんなに調節しても、メダカにとっては激しい水流しか作れないのかもしれない」
メダカにも詳しそう。
「やっぱりそうなんですね、調べたらそうかな?と思ったけど」
「メダカ用もそんなに高くないから、稟議書あげて出したら、多分、決済おりるよ」
「……おりますかね? 業務に関係のないものなのに」
「これは、社員の癒しだろ? そして来客の観賞用。何らかの勘定科目でおりるはずだよ」
″……癒し″
本当にそう?
私と室岡さん以外、誰も見向きもしてないメダカだけど。
「俺にとっても必要な癒しになりそう、経理の小村さんに聞いておくよ」
奥田さんは、言ってすぐに、経理のデスクの方へと向かっていた。
……直ぐに行動に移す上司は、惰性化したオフィスに、新しい空気を入れる存在へと、既になりつつあった。
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