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florting おだやかに……
寿
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駅から歩いて十分。
オフィスのあるビルエレベーターに乗り、5階で降りる。
【EDKKグローバル株式会社】
ディーラー向け管理システムのメーカーではシェアNo.2のこの会社。
窓からは、東京タワーも、有名な某大学も見える。
「おはようございます」「おはようございまーす」
IDカードで出社記録、私がやることはまず掃除、そして、
「鷲塚さーん、メダカ、卵産んじゃってるよー」
事務所で飼ってるメダカの世話だ。
私が入社する前は、熱帯魚が泳いでいたらしいけれど、それが死んでメダカを飼うようになったと聞いた。
前任の店長が持ってきたメダカだけど、その世話は何故か、庶務の私がやる流れになった。
「卵、採取して育てますか? それとも放置しますか?」
尋ねると、他の社員は、
「任せるよー、あんまり増えても困るし全然いなくなっても寂しいから」
関心無さげで、私に丸投げ。
「じゃ、今回は採取してみますね」
ここで世話を始めて知ったのだけど、メダカというのは子育ては全くしない。おまけに、卵は放置すると、あっという間にメダカに食べられてしまうのだ。
そして、メダカは意外と獰猛な魚だ。
雑食で、イトミミズも食べるし、死んだ仲間の内臓も食べてしまう。
集団生活でこんなにも無情になれる生き物って他にいるだろうか?
給湯室の流しで、メスのメダカに着いた卵を茶漉しで採取していると、
「鷲ちゃん、今日も生臭いねぇ」
フレンドリーに私のことを、″ ワシちゃん ″ と呼びながらも、失礼な挨拶をする上司が入ってきた。
「おはようございます、室岡《むろおか》支店長。生臭い仕事を私に押し付けたの、誰でしたっけ?」
いつも悪態ついてくるものの、悪い人ではない室岡さん。
「俺じゃねーよ、皆が、″ 鷲塚《わしづか》さんが適任 ″ だと言うから俺が代弁して、鷲ちゃんにお願いしたんじゃないか」
「事務員って他にもいるのに」
「経理事務と営業事務そして庶務事務となると、どうしても雑用は庶務の子に頼みやすいもんだ」
「……私、能力ありませんからね」
「そんなこと、口に出しては言ってないぞー」
「はいはい」
33歳にして支店長になるくらいだから、当然仕事もできるし、上からもの人望もある男性。
私もキライではない。
だけど、異性としては見てない。
なぜなら、
「鷲ちゃん、そろそろ彼氏からプロポーズされたんじゃないか?」
私には八年交際している彼がいるからだ。
「そんな話しましたっけ? 」
「いや、入社当時から彼氏は変わってないって言ってたから、……となると長いよなと思って」
室岡さんが、卵を水道水を入れたトレイに移す私の動作を見守りながら、プライベートな事を聞いてくる。
「最近は、会えば良くそんな話にはなりますけどね」
基本、信頼してる上司なのでそこは隠す事なく報告した。
「そっかぁ。寿退社も近いなぁ」
「どうですかねぇ」
大手企業の一般事務を務めておきながら、私の彼氏は社内の人ではない。
今まで寿退社した女子は、ここで理想の結婚相手を見つけたあとは、さっさと退職する腰掛けだったことが多いのだけど。
私の彼は、高校の同級生だ。
「なんだ、鷲ちゃん、迷ってんの? 結婚」
「……あ、いえ」
サラリーマンでもないし、独立して何かを始めてるわけでもない。
「農家って、いつかは継がなきゃいけないから」
バラ園の跡取り息子という、結婚するには覚悟がいる相手だ。
結婚に向けて意欲的になれない職種の彼。
吉田信 と、なぜ八年もの間付き合ってきたかーー
過去の、″ 先生と禁断の恋 ″ をもみ消すかのように、信と普通の男女交際を続けていた。
背が高く、色黒の顔立ちハッキリした、イケてる信と付き合えることは、女子の間では自慢できることだったし、プラトニックながら、彼氏彼女という関係性に満足してた。
そして。
卒業してから信と深い関係になったのだけど、これが、案外、相性が良かった。
長く続いてる要因は、それかもしれない。
専門学校に通ってる間も、信以外と付き合ったりしていないけれど、彼と将来、一緒になるとか、そこまでは考えてなくてーー
この年になるまで、農家の嫁になる現実が迫ってこようなんて思ってもみなかったのに。
先日、プロポーズに近い言葉を信から貰ってしまった。
「浜辺さんの代わりの主任、異動で今日から赴任してくるんだよね?」
オフィスのあるビルエレベーターに乗り、5階で降りる。
【EDKKグローバル株式会社】
ディーラー向け管理システムのメーカーではシェアNo.2のこの会社。
窓からは、東京タワーも、有名な某大学も見える。
「おはようございます」「おはようございまーす」
IDカードで出社記録、私がやることはまず掃除、そして、
「鷲塚さーん、メダカ、卵産んじゃってるよー」
事務所で飼ってるメダカの世話だ。
私が入社する前は、熱帯魚が泳いでいたらしいけれど、それが死んでメダカを飼うようになったと聞いた。
前任の店長が持ってきたメダカだけど、その世話は何故か、庶務の私がやる流れになった。
「卵、採取して育てますか? それとも放置しますか?」
尋ねると、他の社員は、
「任せるよー、あんまり増えても困るし全然いなくなっても寂しいから」
関心無さげで、私に丸投げ。
「じゃ、今回は採取してみますね」
ここで世話を始めて知ったのだけど、メダカというのは子育ては全くしない。おまけに、卵は放置すると、あっという間にメダカに食べられてしまうのだ。
そして、メダカは意外と獰猛な魚だ。
雑食で、イトミミズも食べるし、死んだ仲間の内臓も食べてしまう。
集団生活でこんなにも無情になれる生き物って他にいるだろうか?
給湯室の流しで、メスのメダカに着いた卵を茶漉しで採取していると、
「鷲ちゃん、今日も生臭いねぇ」
フレンドリーに私のことを、″ ワシちゃん ″ と呼びながらも、失礼な挨拶をする上司が入ってきた。
「おはようございます、室岡《むろおか》支店長。生臭い仕事を私に押し付けたの、誰でしたっけ?」
いつも悪態ついてくるものの、悪い人ではない室岡さん。
「俺じゃねーよ、皆が、″ 鷲塚《わしづか》さんが適任 ″ だと言うから俺が代弁して、鷲ちゃんにお願いしたんじゃないか」
「事務員って他にもいるのに」
「経理事務と営業事務そして庶務事務となると、どうしても雑用は庶務の子に頼みやすいもんだ」
「……私、能力ありませんからね」
「そんなこと、口に出しては言ってないぞー」
「はいはい」
33歳にして支店長になるくらいだから、当然仕事もできるし、上からもの人望もある男性。
私もキライではない。
だけど、異性としては見てない。
なぜなら、
「鷲ちゃん、そろそろ彼氏からプロポーズされたんじゃないか?」
私には八年交際している彼がいるからだ。
「そんな話しましたっけ? 」
「いや、入社当時から彼氏は変わってないって言ってたから、……となると長いよなと思って」
室岡さんが、卵を水道水を入れたトレイに移す私の動作を見守りながら、プライベートな事を聞いてくる。
「最近は、会えば良くそんな話にはなりますけどね」
基本、信頼してる上司なのでそこは隠す事なく報告した。
「そっかぁ。寿退社も近いなぁ」
「どうですかねぇ」
大手企業の一般事務を務めておきながら、私の彼氏は社内の人ではない。
今まで寿退社した女子は、ここで理想の結婚相手を見つけたあとは、さっさと退職する腰掛けだったことが多いのだけど。
私の彼は、高校の同級生だ。
「なんだ、鷲ちゃん、迷ってんの? 結婚」
「……あ、いえ」
サラリーマンでもないし、独立して何かを始めてるわけでもない。
「農家って、いつかは継がなきゃいけないから」
バラ園の跡取り息子という、結婚するには覚悟がいる相手だ。
結婚に向けて意欲的になれない職種の彼。
吉田信 と、なぜ八年もの間付き合ってきたかーー
過去の、″ 先生と禁断の恋 ″ をもみ消すかのように、信と普通の男女交際を続けていた。
背が高く、色黒の顔立ちハッキリした、イケてる信と付き合えることは、女子の間では自慢できることだったし、プラトニックながら、彼氏彼女という関係性に満足してた。
そして。
卒業してから信と深い関係になったのだけど、これが、案外、相性が良かった。
長く続いてる要因は、それかもしれない。
専門学校に通ってる間も、信以外と付き合ったりしていないけれど、彼と将来、一緒になるとか、そこまでは考えてなくてーー
この年になるまで、農家の嫁になる現実が迫ってこようなんて思ってもみなかったのに。
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