上 下
81 / 84
第七章 紫都の新しい旅

女心

しおりを挟む
   「紫都…?」
  
    気配主の声にハッとして振り向くと、それは遭遇を避けたかったお母さんだった。
  
  「あ、ただいま」
    
    車の免許を持たないお母さんは、買い物は、自転車で行く。篭には、仏壇用の果物が沢山入っていた。
  
  「忘れ物取りに戻るって、お酒だったの?」
 
    お母さんの視線は、私を通り越して、手に持っていた酒の袋と、運転席の岡田に注がれていた。
 
  「………あ、うん」
  
  「そんな見え透いた嘘つかなくったっていいのに。どなた?  新しい彼氏?」
   
    32歳にもなった娘の異性交遊に、ここまで警戒に満ちた顔をするのは、前回の恋愛のせいだ。
   
    お母さんも、てっきり美隆と私は結婚するものと思っていたし、別れた原因は、私が捨てられたと勘違いしていたから。

  「別にそんなんじゃないから、いいから家に帰って」
    
   やだな、ただ一回、寝ただけの相手を親に見られるなんて。
    しかも、
  
  「彼氏でもないのに外泊? どういう知り合い?」
 
  「仕事の、派遣先の方よ」
    
   牽制と、その背中合わせにある期待に満ちた目でーー
     
    岡田はというと、無表情のまま、お母さんを見ていた。
     恥ずかしくなった。
    
     突然、散らかしっぱ なしの自宅を見られたような、そんな気持ちになってーー
    
    冷たい表情のまま、岡田がスッと車から降りてきた。


 「はじめまして、南部観光の岡田と言います」
    
    岡田は、こなれた営業スマイルではなく、やや緊張感を露にした、堅い笑顔でお母さんの前に出てきた。
   
「南部観光………」
 
   亡くなったお父さんと同じ会社だったからか、お母さんの目付きが、ちょっとだけ柔らいだ、………ような気がする。
    
 「本日は、業務の延長として、桑崎さんにご協力を願い、宮崎に同行して頂きました」
    
 「………仕事…二人で?」
   
 「ええ、今回のツアーの乗務員の二人で」
 
    岡田の、仕事的な礼儀正しい口調が、私を複雑にした。
    
    そうだ。
    そもそも、目的は、赤石さんの送迎だったんだから。
    
     昨夜の出来事は、おまけにしか過ぎない。
     岡田的には、一つの旅の、締めくくり的な行為だったのかもしれない。
 
    「………ですが」

    岡田は、付け加えた。
  
 「プライベートでも時間を頂きたくて、もう少し紫都さんをお借りしてもいいでしょうか? 」
    
    え。
  
    思わずお母さんと顔を見合わせる。
    岡田は、造りのいい顔立ちを最大限に生かし、私達を照らす夕陽さえも味方に、まるで映画のラストを飾る俳優のように、言葉を放つ。
  
  「紫都さんと行きたい所があるんです、近くではあるんですが」
  
    それ、どこ?
    急に思い付いたの?
 
    呆気に取られている私に反して、
  
 「もう少しと言わず、どうぞどうぞ、30も過ぎた大人なんだから」
    
   何故か、自分が誘われたかのように照れて私を差し出すお母さん。
  
 「では、いってきます」
     
   会釈をして、私には顎でしゃくって乗車を促す岡田。
      
    良く、わかんないけど、
  
   「じゃ、じゃあ、ちょっと行ってくるね」
   「はいはーい、ごゆっくり」
    

     この人。
     女心、動かすの、ウマイなぁ。










 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

処理中です...