上 下
64 / 67
夜間歩行

モンスター

しおりを挟む


  そして。
 1月下旬。
  晴天。
  学級レクシーションの夜間歩行が実施された。

「おーい、みんなこっちに集まれ、点呼取るから元気よく返事しろよ!」

  やけに張り切った担任の先生が、クラスメートの名前を呼んでいく。
  少し前までは、こういうのですら苦痛だった。

 人に必要とされていない自分の声なんて、一体、誰が聞くんだろう?
  そう思っていたし、地味な容姿に自信もなくて、人前で大きな声を出すことが堪らなく恥ずかしかったから。

「……上野!」

「はぁい!」

「木山!」

「はいー」

「里!」

「はいっ」

 だけど、今は、もう平気。

  私が大きな声を出しても、誰もびっくりしないし、笑ったりもしない。

「なるべく一人で歩くなよ! どんなに先走りたくても皆に歩調を合わせろ!それが事故や怪我の防止に繋がるからなー!それじゃあ、中間地点でまた会おう!」

 先生の合図で、みんなが歩き出した。

 勿論。

「なんか、ワクワクするな」

 私の隣には、完全復帰した颯斗くんがいた。

  晴天とはいえ、冬の夕暮れ。歩き出す前は、凍えるように寒かったけれど。

「あー、なんか暑くなってきたー」

  一時間も歩かないうち、ポカポカと体が温もってきた。
  ジャージの上に着ていた防寒着を脱いで歩く人もいる。半袖半ズボン姿で歩く男子も。
  まるで、夏みたい。
  だけど、それが出来たのも夕陽が沈むまで。

  傾斜のある道から後ろを振り向くと、私たちの街に宝石のようなイルミネーションが……。

「暗くなって、ようやく夜間歩行っぽくなってきたね」

「うん」

  二時間、三時間と歩いていると、汗ばんだ体が夜風に晒され、どんどん体温が下がっていった。
  立ち止まれば、歯がカチカチと音を立てるほど。

 私の横を歩く颯斗くんも、足取りが随分と重たくなった。

「颯斗くん、大丈夫?」

「大丈夫、なんだよ、俺を年寄り扱いすんなよ」

  颯斗くんは笑っていたけれど。
  薬が効いてるとはいえ、今でも、時には手足が震えたりするらしいから心配だった。

「あれ? 野沢ちゃんと南は?」

  二人で前方を歩いていたのに、姿が見えなくて心配する仲間。

「アイツらねぇ、フフ、先の公園にいるみたいだよ。公衆トイレに」

「えっ」

「そこで二人でイチャイチャしてんだろ」

「かぁ、マジかー」

  そんな会話を耳に挟みながら、私もつい、颯斗くんと結ばれた日の事を思い出していた。

  彼のお母さんが出掛けている間の、あっというまの出来事だったし、かなり痛かったのだけど。
  大好きな人に抱かれて、本当に幸せだった。

「何、ニヤニヤしてんだよ」

 そんな私を颯斗くんが息を切らしてゴツく。

「別に。歩くの楽しいから」

「はは、そう」

「颯斗くん、楽しくないの?」

「楽しいよ、楽しいけど、朝まで歩くのかと思ったら、ちょっと、しんどくなってきたかな」

  少し前なら平気だったウォーキングも、急速な加齢で悲鳴を上げる体には負担なのかも。

「そうだ」  「……ん?」

「これ、やりながら歩こうか」

  私はスマホを取り出して、あるアプリを起動した。

「なに、それ?」

  颯斗くんが覗き込む。

「モンスターの森へGO。 歩きながらモンスターを見つけてゲットしていくゲームだよ」

「あー、それ。10年前に流行ってたゲームだろ? 良くそのアプリあったな」

  颯斗くんは、興味津々で画面を見つめる。

「うん、古いものでも、本当に皆が好きならずっと残ってるんだよ。これ、爆発的なブームになったもの」

「……へぇ」

「あっ!早速五メートル先にモンスター見つけたよー」

「よっしゃ、捕まえなきゃ!」

  先ほどの疲労感なんか微塵も感じさせずに、颯斗くんは、夢中でゲームを始めてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

神様のボートの上で

shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください” (紹介文)  男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!  (あらすじ)  ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう  ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく  進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”  クラス委員長の”山口未明”  クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”  自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。    そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた ”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?” ”だとすればその目的とは一体何なのか?”  多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

ツキヒメエホン ~Four deaths, four stories~ 第一部

海獺屋ぼの
ライト文芸
京極月姫(キョウゴクルナ)は高校を卒業してから、地元の町役場に就職して忙しい毎日を送っていた。 彼女の父親は蒸発していたが、ある日無残な姿となって発見される。そしてこれが彼女の人生の分岐点になった……。 泉聖子は女性刑事として千葉県警に勤めていた。ある日、外房で発生した水死体発見事件の捜査を行うことになった。その事件を捜査していくと、聖子が過去に出会った未解決事件との類似点が見つかった……。 長編小説『月の女神と夜の女王』の正式続編。 ※一部のため、こちらでは完結しません。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

さよなら、真夏のメランコリー

河野美姫
青春
傷だらけだった夏に、さよならしよう。 水泳選手として将来を期待されていた牧野美波は、不慮の事故で選手生命を絶たれてしまう。 夢も生きる希望もなくした美波が退部届を出した日に出会ったのは、同じく陸上選手としての選手生命を絶たれた先輩・夏川輝だった。 同じ傷を抱えるふたりは、互いの心の傷を癒すように一緒に過ごすようになって――? 傷だらけの青春と再生の物語。 *アルファポリス* 2023/4/29~2023/5/25 ※こちらの作品は、他サイト様でも公開しています。

姉と幼馴染と美人先輩の俺の取り合いは、正妻戦争に変わってしまった

東権海
ライト文芸
幼馴染V.S.姉V.S.先輩の正妻戦争勃発!? 俺には幼馴染がいる。 俺は高校1年生、ごく普通の男子高校生。 別段イケメンでもない。 一方の幼馴染は美人。 毎日誰かに告白されるけど全部断っている。 最近ようやく決心して告白したが…。 「もう、遅いんだから。もっと早くしてくれてよかったの――」 「ダメーー!律希は私のなの!」 「律希くんは渡さない!」 ……。 幼馴染の返事を邪魔してきたのは姉と先輩!? しかしその直後事故に巻き込まれてしまう。 律希は目覚めないまま一年が過ぎ、次に律希が目を覚ましたときには世間の常識は大きく変わってしまっていた……。

【完結】新人機動隊員と弁当屋のお姉さん。あるいは失われた五年間の話

古都まとい
ライト文芸
【第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作】  食べることは生きること。食べるために生きているといっても過言ではない新人機動隊員、加藤将太巡査は寮の共用キッチンを使えないことから夕食難民となる。  コンビニ弁当やスーパーの惣菜で飢えをしのいでいたある日、空きビルの一階に弁当屋がオープンしているのを発見する。そこは若い女店主が一人で切り盛りする、こぢんまりとした温かな店だった。  将太は弁当屋へ通いつめるうちに女店主へ惹かれはじめ、女店主も将太を常連以上の存在として意識しはじめる。  しかし暑い夏の盛り、警察本部長の妻子が殺害されたことから日常は一変する。彼女にはなにか、秘密があるようで――。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

処理中です...