あの頃のまま、君と眠りたい

夜明け

妊娠

「……琢磨」

  琢磨は、やっぱりお母さんの味方なんだ。琢磨が、軽く舌打ちして私と颯斗くんを見た。

「そうでしょ？ この子、ちょっと思考回路がおかしいのよ？ 人間は解凍されるとこうなっちゃうのかしらね？」

  お母さんが調子づいて侮辱を始めると、颯斗くんの顔がますます怖くなった。

「そこ、どいてください。俺は、こんな最低な人のもとに美海を置いていけない」

 颯斗くんが玄関口を阻む琢磨の肩を掴むも、琢磨は、それを押し返した。

「だから、俺のやりたいこと、先にやんないでくれる？」

  「……え？」

 どういうこと？
 考える間を与える事なく、

「いいよ、入っておいで」

  琢磨は、外から誰かを招き入れた。

ドアが開かれ、そこから長い髪の毛と、琢磨と同じ高校の制服が見えた。

「こんばんは」

  琢磨が連れて来ていたのは、

「野沢恋歌です。この前はご挨拶する暇もなくて」

  琢磨の彼女、うちのクラスの野沢さんのお姉さんだった。

「あ、あなた！また、来たの！？」

 キスをしているところにお母さんが入り、ヒステリーを起こしたのは記憶に新しい。
  お母さんは顔を真っ赤にし、恋歌さんを追い出そうとする。

「一体こんな時間に何しにっ……」

「だから挨拶に来たんだよ」

「挨拶ってなによ！」

「俺達、結婚するから」

「え」

  琢磨の言葉に、お母さんだけじゃなく私や颯斗くんも目を丸くしていた。

「恋歌、妊娠２ヶ月なんだ」

 え……。
 
「妊娠？！！ 冗談でしょ？！」

  お母さんの甲高い声が響き渡る。

「……生理が来ないと思って病院に行ったら、出来てました」

  躊躇いがちに、恋歌さんが写真を見せた。

「……まだ、豆粒くらいなんですけど。琢磨くんとの赤ちゃんです」

 初めて見る胎児のエコー写真。私も颯斗くんも思わず覗き込んだ。

「……そんなの、琢磨の子供かもか分からない！そもそも高校生で出産なんて出来るわけないでしょ！！ 」

  お母さんだけは写真に目もくれず、恋歌さんを攻撃し続ける。

「ヒドイ、私、琢磨くんとしかエッチしてません。それに、琢磨くんも産んで欲しいって」

「琢磨は医大目指して大変な時なのっ！そんなことで息子の人生を邪魔しないで！！」

「やめろよっ！」

 涙ぐむ恋歌さんを庇うように、琢磨が彼女を抱き締めた。

「お母さんの言うことなんて、はなっから分かってた。俺は、この家を出ていくよ」

  
「出ていく？  家出して、高校も中退して、医大を諦めるというの？」

 お母さんの声が震え出した。

  私と颯斗くんは、黙って二人のやり取りを見守る。

「母さんの元を離れても医者は諦めないよ。俺は、来年18になるから結婚出来るし入籍はそれからでもいいと思ってる。恋歌には大変な思いをさせるけど、必ず医者になって返すつもりだから」

  そう言うと、琢磨は、恋歌さんと一緒に家から出ていこうとする。

「琢磨ーー！！」

 お母さんが、悲痛の叫び声を上げた。

「お母さんから離れてどうやって進学するつもりなの？！結婚も医大もお金かかるんだからっ！ 子供だけじゃ医者になんてなれないわよ！私の元から離れたら絶対に幸せにはなれないんだからっっ！！」

  泣きながら、狂ったように琢磨の腕にしがみつく。
  そんなお母さんをとても怖いと思った。

  それと同時に、どことなく哀れだともーー
  だけど、声をかける勇気はない。

 すると、

「いい加減にしないか」

  玄関のドアが大きく開かれて、新たな来訪者がーー。