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変化

反発

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「え?」

  突然のお母さんの申し出に颯斗くんのご両親は困惑していた。

  私も、何を言い出すのかと見守りながら、お祖父さんのことを思い出していた。

 ーー正月だけ会う、お母さんのお父さん。

 お医者さんだけに頭が良くて、堅苦しくて、厳しくて、私は苦手だった。

  具合が悪くなるとお祖父さんの病院に連れて行かれるので、体調不良は極力、訴えなかったっけ。

 ……そのお祖父さんの病院へ、颯斗くんを?


「失礼ですが、お父さまは何の専門医なんでしょうか?」

  颯斗くんのお父さんは、お母さんへの不信感を露にしていた。

「内科医をしてますが、臨床細胞学も研究していた過去があるんです。勿論、死んだ人間しか冷凍保存できなかった時代にですが。颯斗くんは、生きたまま冷凍保存されたと聞きました。その検体は日本の医学会において貴重な研究資料となります」

  お母さんの ″ 資料 ″ という言葉に、さらに不快感を覚えたようで、

「失礼を承知でお返事しますが」

  顔を赤らめて、必死に感情を抑えながら言葉を返していた。

「個人の小さな診療施設ではうちの颯斗の身体の事は分からない筈です。それにうちの息子は研究対象物ではない。小児がんに冒された過去のある、1人の患者にしかすぎないんです」

 ″ 小児がん ″ 。

  ズンと心にのしかかる重い病名ーー


「私の父を、無能だと言いたいんですか?!」

「……いえ、そうでは」「小児がんの患者さえも診ることの出来ない町医者だと?」

  不安な中で傷ついているのは、颯斗くんのご両親の方なのに。

「おかあさん、やめて」

「言い方によっては侮辱罪で訴えますよ!!」

   他人の痛みが分からない、ヒステリックな声が廊下に響き渡ったその時、


「颯斗くんが目を覚ましました!」

  看護師が、病室からご両親を呼んだ。

 
  颯斗くんの意識が戻ったーー

  直ぐにでも会いたい気持ちを抑えて、病室に入っていくご両親の姿を見守る。


 「本当、不愉快な家族。美海、帰るわよ!」

  顔を不満そうに歪ませたお母さんは、どこかに電話しながら、病院を後にしようとした。

  そして、はた、と電話を止めて、

「美海、何してるの? 」

  お母さんの後を付いていかない私を、振り返って睨み付ける。


「……わたし」

  ……お母さん。

「帰らない」

「……は?」

  私、バカだけど。

「ここにいる。颯斗くんのそばにいる」

「何言ってるの?あんたみたいなのがいたって邪魔になるだけよ」

  琢磨やお母さんみたいに頭は良くないけど。それでもーー

 「それにいくら彼女気取りでいたって、あの子はあんたのことを置いて早々に亡くなっちゃうのよ。実際に解凍されて長生きできた症例はないんだから。今のうちに別れちゃいなさい」

  お母さんのこと、今はとても恥ずかしいと思う。

「颯斗くんが死んだら、私も死ぬよ」


  別に、お母さんを脅かしてるつもりも、愛情を確かめているつもりもなかった。


「……くだらない、何、悲劇のヒロインぶってるのよ? 努力することもしないで生きてるから簡単に死ぬとか言えるの」

  私を嘲笑うかのように見るお母さん。

  ううん、見ているようで、その目には、いつも私は映っていない。

  どんな時も琢磨しか映っていなかった。

  学校でも、家でも、空気みたいに誰からも見られてなくて。何のやる気も起きなかった。

  颯斗くんが現れるまで、私には何にも無かった。

  お父さんが言うように、何のために生きてるのかも分からなかった。

「私にとって、颯斗くんがいなくなった世界の方が悲劇だよ」

  私から、頑張れる源を奪ってきたのは、間違いなく、お母さんと琢磨。

「夢もやりたいこともないから、そうやって男に依存するのよ。才能がないなら努力しなさい、いつも言ってるように琢磨を見習いなさい!」

  そんな二人に、引け目を感じながら生きていく人生しかないのなら……。
  私は。

  私こそ、ずっと眠り続けていたい。

「颯斗くんに会えるまで、何て言われても、私、家には帰らないから」

  自分でも驚くくらい低く出た声。

  お母さんとの間に沈黙が走る。

「あ、そう」

  負けないくらい低い声で返事をしたお母さんは、足早に行ってしまった。
  その背中は、怒っていた。

  私が、こんなにお母さんに反発したのは初めてだった。



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