43 / 67
変化
反発
しおりを挟む「え?」
突然のお母さんの申し出に颯斗くんのご両親は困惑していた。
私も、何を言い出すのかと見守りながら、お祖父さんのことを思い出していた。
ーー正月だけ会う、お母さんのお父さん。
お医者さんだけに頭が良くて、堅苦しくて、厳しくて、私は苦手だった。
具合が悪くなるとお祖父さんの病院に連れて行かれるので、体調不良は極力、訴えなかったっけ。
……そのお祖父さんの病院へ、颯斗くんを?
「失礼ですが、お父さまは何の専門医なんでしょうか?」
颯斗くんのお父さんは、お母さんへの不信感を露にしていた。
「内科医をしてますが、臨床細胞学も研究していた過去があるんです。勿論、死んだ人間しか冷凍保存できなかった時代にですが。颯斗くんは、生きたまま冷凍保存されたと聞きました。その検体は日本の医学会において貴重な研究資料となります」
お母さんの ″ 資料 ″ という言葉に、さらに不快感を覚えたようで、
「失礼を承知でお返事しますが」
顔を赤らめて、必死に感情を抑えながら言葉を返していた。
「個人の小さな診療施設ではうちの颯斗の身体の事は分からない筈です。それにうちの息子は研究対象物ではない。小児がんに冒された過去のある、1人の患者にしかすぎないんです」
″ 小児がん ″ 。
ズンと心にのしかかる重い病名ーー
「私の父を、無能だと言いたいんですか?!」
「……いえ、そうでは」「小児がんの患者さえも診ることの出来ない町医者だと?」
不安な中で傷ついているのは、颯斗くんのご両親の方なのに。
「おかあさん、やめて」
「言い方によっては侮辱罪で訴えますよ!!」
他人の痛みが分からない、ヒステリックな声が廊下に響き渡ったその時、
「颯斗くんが目を覚ましました!」
看護師が、病室からご両親を呼んだ。
颯斗くんの意識が戻ったーー
直ぐにでも会いたい気持ちを抑えて、病室に入っていくご両親の姿を見守る。
「本当、不愉快な家族。美海、帰るわよ!」
顔を不満そうに歪ませたお母さんは、どこかに電話しながら、病院を後にしようとした。
そして、はた、と電話を止めて、
「美海、何してるの? 」
お母さんの後を付いていかない私を、振り返って睨み付ける。
「……わたし」
……お母さん。
「帰らない」
「……は?」
私、バカだけど。
「ここにいる。颯斗くんのそばにいる」
「何言ってるの?あんたみたいなのがいたって邪魔になるだけよ」
琢磨やお母さんみたいに頭は良くないけど。それでもーー
「それにいくら彼女気取りでいたって、あの子はあんたのことを置いて早々に亡くなっちゃうのよ。実際に解凍されて長生きできた症例はないんだから。今のうちに別れちゃいなさい」
お母さんのこと、今はとても恥ずかしいと思う。
「颯斗くんが死んだら、私も死ぬよ」
別に、お母さんを脅かしてるつもりも、愛情を確かめているつもりもなかった。
「……くだらない、何、悲劇のヒロインぶってるのよ? 努力することもしないで生きてるから簡単に死ぬとか言えるの」
私を嘲笑うかのように見るお母さん。
ううん、見ているようで、その目には、いつも私は映っていない。
どんな時も琢磨しか映っていなかった。
学校でも、家でも、空気みたいに誰からも見られてなくて。何のやる気も起きなかった。
颯斗くんが現れるまで、私には何にも無かった。
お父さんが言うように、何のために生きてるのかも分からなかった。
「私にとって、颯斗くんがいなくなった世界の方が悲劇だよ」
私から、頑張れる源を奪ってきたのは、間違いなく、お母さんと琢磨。
「夢もやりたいこともないから、そうやって男に依存するのよ。才能がないなら努力しなさい、いつも言ってるように琢磨を見習いなさい!」
そんな二人に、引け目を感じながら生きていく人生しかないのなら……。
私は。
私こそ、ずっと眠り続けていたい。
「颯斗くんに会えるまで、何て言われても、私、家には帰らないから」
自分でも驚くくらい低く出た声。
お母さんとの間に沈黙が走る。
「あ、そう」
負けないくらい低い声で返事をしたお母さんは、足早に行ってしまった。
その背中は、怒っていた。
私が、こんなにお母さんに反発したのは初めてだった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
【完結済み】だって私は妻ではなく、母親なのだから
鈴蘭
恋愛
結婚式の翌日、愛する夫からナターシャに告げられたのは、愛人がいて彼女は既に懐妊していると言う事実だった。
子はナターシャが産んだ事にする為、夫の許可が下りるまで、離れから出るなと言われ閉じ込められてしまう。
その離れに、夫は見向きもしないが、愛人は毎日嫌味を言いに来た。
幸せな結婚生活を夢見て嫁いで来た新妻には、あまりにも酷い仕打ちだった。
完結しました。
Husband's secret (夫の秘密)
設樂理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで
Another Storyを考えてみました。
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々
饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。
国会議員の重光幸太郎先生の地元である。
そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。
★このお話は、鏡野ゆう様のお話
『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。
★他にコラボしている作品
・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/
・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/
・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/
『 ゆりかご 』
設樂理沙
ライト文芸
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ときめきざかりの妻たちへ
まんまるムーン
ライト文芸
高校卒業後から20年が過ぎ、朋美は夫と共に「きさらぎヶ丘」へ引っ越してきた。
そこでかつての仲良しグループのメンバーだったモッコと再会する。
他の2人のメンバーは、偶然にも近くに住んでいた。
夫と妻の役割とは…
結婚すると恋をしてはいけないのか…
夫の浮気とどう立ち向かうのか…
女の人生にはいつも悩みが付きまとう。
地元屈指のお嬢様学校の仲良しグループだった妻たちは、彼女たちの人生をどう輝かせるのか?
ときめきざかりの妻たちが繰り広げる、ちょっぴり切ないラブストーリー。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる