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変化

偏り

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「美海、お腹すかない?」

  学校を出て少し歩くと、普段目に止めることのない居酒屋を颯斗くんが指差した。


 【居酒屋 きてみんしゃい】

 最近、あちこちに店舗を広げてる人気の居酒屋。
 九州仕込みのメニューが豊富らしい。


 時間を見たら、まだ夕方の4時半。


「……小腹は空いてるけど、あそこ夜のお店だよ?」

「そう、お店は6時オープンなんだけど、じつはそれまで唐揚げとかたこ焼とか作って出してる」

「へー」

「唐揚げが絶品なんだ、サッカー部の連中に教えてもらった。食おう」


 颯斗くんは先に店の前に行き、私を手招きして呼ぶ。


「唐揚げ4つくださーい」


 立て看板に、唐揚げ一個80円と書いてある。これが安いのか高いのかわからない。
 でも、部活帰りの高校生にとってはちょーどよいお腹の足しになるのかも。

 中で、男の人が大量の揚げ物をしていた。

  トレイにのった鶏の唐揚げを、あぶらとり紙に四つ包んで渡してくれ、代金を払おうとしたけど、颯斗くんがその手を押しやった。


「熱いから気をつけて」

「あ、ありがと」


  つまようじを刺した唐揚げを受けとる。


「……っ!ホントだ、アツっ」


それを店先のバス停のベンチで食べた。


「でも、めっちゃ美味しくない? 衣サクサクで!」

「うん、美味しい。竜田揚げだね」

 
  醤油と生姜の風味が本当に美味しかった。


「これ、病み付きになりそう」

「食べ過ぎたら、ほんとのポッチャリなるぞ」


  家で食べるものより、お弁当やさんのおかずのものより、何倍も美味しく感じた。


「……ボッチャリな女の子はきらい?」

「いや、むしろ好き」

「モデルみたいなスリムな子より?」

「俺はどんな姿の美海も好きだよ」

「…え」

  ……きゅん……ときて。
  胸いっぱいで。何も言えなくて。
  
   後は、黙々と食べた。

  それでもこんなに美味しいのは、きっと、颯斗くんと食べるからなんだ。


  唐揚げを食べて、自宅に着く頃には、月がハッキリと夜空に浮かんでいた。




「送ってくれてありがとね」

「……うん……」

「……?」

  自宅前に着いても、颯斗くんは何故か帰ろうとはしなかった。

「どうしたの?」

「美海のお母さんて、家で何してるの?」

「え?」

  灯りのついた窓に視線を移し、表情を曇らせて、


「家にいて、なんで倒れた娘を迎えに来れないんだよ?」


  抑えきれないように、突如、玄関のインターホンを押した。

 
「ちょ、颯斗くん!?」

 颯斗くんは、険しい顔をしたままインターホンの呼び鈴を鳴らす。

  わざわざ鳴らさなくても、私だって家の鍵は持ってるのに、


 「……なに?、美海……のお友達なの?」

 呑気なお母さんの声が聞こえて来てすぐに、カチャリと、静かに玄関の鍵が開けられた。


「こんばんは、この前お邪魔してた熊川です」

  挨拶する颯斗くんを見てお母さんは、

 ″ あぁ ″ と思い出したのか、それでも関心なさげに、

「何か?」と聞いていた。

 颯斗くんの顔がますます険しくなる。

「養護の先生から電話、ありましたよね?迎えに来てくださいって」


 この時、私はお母さんが迎えに来てくれなかった事なんて、もうどうでも良くなっていた。

 ″ 好き″ だという気持ちを確かめ合い、初めてのキスをしてーー

  一人ではない、寄り道の楽しさを教えてくれた。

  ……そんな幸福な時間を颯斗くんがくれたから。


「……あなた、なんなの? 大人に対して失礼じゃない?」


  玄関先で咎められたお母さんは、とても不快そうな顔をしている。

「言い方が乱暴ならすみません、でも、子供が倒れたって聞いたら、いても立ってもいられなくなるくらい、心配するもんじゃないんですか?」

  颯人くんにお母さんも負けてはいない。

「心配をよそに現にピンピンとして男と帰ってきたじゃないの?」

  私たちを、まるで悪のような言い方をする。


「心配で送り届けてきたのが俺というだけ! 先生だって凄く気にしてたんだ」

「颯斗くん、もう大丈夫だからっ」

 これが、 ″ うち ″ なの。


 「……なにが」

  不満が爆発した颯斗くんは、私の制御では止まらなくなっていた。


「何が大丈夫なんだよ? 美海はずっとこんな扱いうけてきたのかよ?」

  両親の愛によって、死の縁から甦った颯斗くんからしたら、うちの親の愛情の偏りは、理不尽で腑に落ちないものなのかもしれない。


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