美獣と眠る

中毒

 
 舌を絡めない、挨拶のようなキス。
 唇が離れたと同時に、私もヨシの身体から離れた。

「そろそろ戻るか。バタバタしたくねぇし」

 頷いて、ヨシの後を付いてデッキから出ようとすると、

「ヨシ！！！」 

 高い声が風に乗ってきた。

「…………げ」

 展望デッキの端から、数人の派手目の女の子がこちら目掛けて駆け寄ってくる。

「その女と結婚しちゃうのぉぉ？！！」

 ば、バンギャだ！
 ヨシの追っかけファンだ。
 とうとうライヴ以外で出くわしてしまった。

 
  黒尽くめ、ライヴでもないのにゴスロリファッション。
 遠くからでも分かるほどのアイライン強調メイク。

 明らかに、ヨシに会うためにここにやって来たバンギャたち。

「あいつらか」

 ヨシも熱狂的なファンの顔を覚えているのか、

「行くぞ」

 前に、会場から抜け出した時のように私の手を取って走り出した。

「待って！！！」

「ヨシ！そんな女と式挙げないで！」

「式？ 何言ってんだ？」

 それを血眼で全力疾走で追いかけてくるバンギャたち。ある意味ホラーだ。

 飛行機を見物していた人達が、なんだなんだ？ と注目し始める。


「あの新曲は、その女の為に作ったのぉぉぉ？！」

「何とか言ってーーー！！」

 エスカレーターの所で、一人のバンギャに上着の袖を掴まれた。

「は、はな……」

「ファンの抜けがけなんて許さないからっ！！」

 以前、勘違いして、月山さんに言ったことをそのままバンギャに言われてしまった。

「晶！」

 ヴィジュアル系バンドを愛するファンは、それしか見えない人が多い。
 彼らしか愛せない。
 冒された、中毒患者みたいなものなんだ。

 それを奪われた悲しみは、失恋の時と同じくらい大きいかも。

「あんたなんか、絶対、一緒に行かせないから！！」

 黒ネイルの光った指が私の首を掴んだ。