赤い目は踊る

伊達メガネ

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第六章

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 授業が終わり、帰り支度をしていると、幸太郎が声を掛けてきた。
「帰りに、カラオケに行かないか?」
「パス」
 特に予定は無かったのだが、カラオケのようにみんなでワイワイ、みたいなノリは苦手だ。
 教科書を鞄に詰め込むと、ドアへと歩いた。
「ちょっと待てよ! 人数少なくて盛り上がんないだよ」
 幸太郎は追いすがってきた。
「他の奴を誘えよ」
 俺が加わっても、場が盛り上がることはない。そもそも俺に、場を盛り上げるようなスペックは、備わってはいない。
 ドアを開けると、ちょうど廊下を歩いていた女生徒と、目が合った。
 モデルの様な長い足に、細くスレンダーな体型で、セミロングの綺麗なストレートの髪をセンターから分けていて、その間から整った美しい顔が見えた。周りがパッと明るくなるような、正統派美少女だ。
 女生徒は重たそうな書類の束を、両手に抱えていた。
 不躾だが、無言で少々見入ってしまった。
「……」
「そう言わずに、行こうぜ。アッ⁉」
 幸太郎はなおも追いすがってきたが、女生徒を見とがめた瞬間、驚きの声を上げた。
「生徒会長!」
 生徒会長と呼ばれた女生徒が、笑顔で会釈をした。
 この人が生徒会長? マジで?
 俺は噂の生徒会長と、初対面を果たした。
 幸太郎は俺のことなんかそっちのけで、生徒会長に歩み寄っていく。
「重そうですね。手伝いましょうか?」
 オイオイ、カラオケはどうした?
 生徒会長はこちらを向いて、ニッコリと笑みを浮かべた。
「それじゃあ柏木君、お願いしてもいいかしら?」
 正直あまり乗り気ではなかったが、何か避けられない運命のようなものを感じて、渋々ながら了承した。
「……ハイ」
 幸太郎は「何でお前が?」って顔をしていたが、それを無視して生徒会長から書類の束を受け取った。
 それでも幸太郎は食い下がってきた。
「あッ! オレも手伝いますよ」
 生徒会長が笑顔で答える。
「ありがとう。でも、お手伝いは一人で十分だから、大丈夫よ」
 そして、こちらを向いて微笑んだ。
「それじゃあ、生徒会室まで一緒にお願い」
 悔しそうな顔の幸太郎を残して、生徒会長に先導されながら、その後をついていく。
 本当に、この人が生徒会長なの?
 色んなことが、頭の中をグルグルと回っていた。
 生徒会室に着くと、生徒会長がドアを開けてくれた。
 部屋の真ん中には、長テーブルが横に並んで二つ配置されていて、その周りを囲うように、パイプ椅子が置かれていた。
 壁際には大きな本棚と、カラーボックスがあり、奥の方にはグラウンドが一望できる窓と、流し台があって、その横に電気ケトルや、マグカップなどが入っている棚があった。
「それは机の上で、いいわよ」
 言われた通りに、書類の束を机の上に置いた。
「コーヒーぐらい御馳走するわよ。座って」
 生徒会長は流し台で、コーヒーの準備を始めた。
 椅子に座ると、先程から疑問に思っていたことを、生徒会長に訊ねた。
「『暫定、絹江さん』生徒会長だったんですね?」
 ステンレス製のマグカップが飛んできて、俺の顔に直撃した。
「痛い!」
 『暫定、絹江さん』が叫ぶ。
「その名前で呼ぶな!」
 顔を抑えて痛みに耐えながら、絹江さんにマグカップを渡す。
「それとお子チャマなので、砂糖多めでお願いします」
「君はもしかして、麦茶に砂糖を入れるタイプ?」
 絹江さんは半眼な目をしている。
「そうですね」
 基本的に甘くないと、美味しく感じないのですよ。
 絹江さんは呆れた顔をしながらも、クリーミングパウダーがたっぷり入ったコーヒーを、用意してくれた。
 それにスティックシュガーを、ドッサリ加えて飲む。
 うん、美味しい!
 あッ! 絹江さんが引いている。
「それにしても学校で会うのは、初めてですね」
 同じ高校とは聞いていたが、生徒会長をしているとは知らなかったな。
「そうかな?」
 絹江さんの返事には、何か含みがある感じがした。
 あれ、会ったことあったけ? 何か前にも、こんな感じがあった覚えが……
「ところで、今日はお仕事ないよね?」
 絹江さんは何かを振り払うような感じで、話を変えてきた。
「……そうですね」
「じゃあ、この後は空いているよね?」
 何だか嫌な予感がする。ここはシラを切った方が、良い気がした。
「どうでしたかね……」
「空いているよね?」
 絹江さんは念を押すように、顔をそっと近づけてきた。
 ちょっとドキッとするなぁ。
「あ……空いていたかな……?」
 顔を逸らして、せめてもの抵抗を試みる。
 でも、絹江さんから、目を離すことが出来なかった。
「今日は、生徒会は私一人なの」
 絹江さんはさらに、距離を縮めてきた。
 とても良い香りがする。
 鼓動が段々と早くなっていくのを感じた。
「……そうですか」
「アンケートの調査結果を、整理しないといけなくて、もちろん手伝ってくれるよね?」
 絹江さんは、天使のような笑顔を浮かべていた。でも、声には悪魔のようなトーンがあった。
「……ハイ」
 カラオケ付き合わされるよりは、まだマシだと思うことにしよう。
 
 鮎川幸太郎は、校舎の玄関で待っていた。
 正確に言えば、見張っていたが正しいのかもしれない。
 狛彦が、生徒会長について行ってから、結構な時間が経っているが、なかなか帰ってこない。
 あの時、生徒会長は狛彦を名指しした。
 それはつまり、二人は知り合いということになる。しかし、あの生徒会長と、狛彦がどうしても結びつかない。
 生徒会長は、押しも押されもせぬ我が校のアイドル。他校からもその姿を一目見ようと、見物にやって来る人までいるし、芸能界からもスカウトされていて、既に事務所も、デビューの日取りまで決まっているという、まことしやかな噂まで聞いたことがある。
 対する狛彦といえば、身長は高いが容姿は可もなく不可もなく、勉強の方はソコソコの成績で、運動神経はかなり良いのだが、それを積極的に生かそうとはしないし、社交性もあまりなく、友人関係も明るいようには見えない。
 そんな狛彦がどういう経緯で、わが校自慢の生徒会長と知り合ったのか、もの凄く気になる。
 何よりもそれをきっかけにして、生徒会長とお近づきになりたい。
 その為に、狛彦を問いただしたいのだが、一向に帰ってこない。
 そうこうしている内に、スマホが鳴った。
 取ると、カラオケを約束していた友人であった。
 「いつまで待たせるのだ! 人もそろったから急いで来い!」
 幸太郎は、生徒会長の件は気になったが、これ以上は友人たちを、待たせそうもない様子だ。
 「……分かったよ。今行くよ」
 幸太郎は後ろ髪を引かれながらも、学校を後にした。

「何で猟人に、なろうと思ったのですか?」
 アンケートの整理中に、絹江さんに何気なしに聞いてみた。
「何よ、急に?」
「いや……まあ、何となくですけど、やっぱり危険な仕事ですからね」
 実は前々から、気になってはいたのだ。
 猟人は命の危険を伴う仕事で、体力的にも重労働だし、十代の女性がするような仕事とは思えない。
 金銭的には多いのだが、経済的に困っている様には見えないし、絹江さん位の人ならば、他にいくらでも仕事はあったと思うし、正直あまり似つかわしくないように感じる。
「……お父さんがね。警察官だったの――」
 絹江さんは少し考えこんだ後、真剣な顔で語り始めた。
「すごく優しく子煩悩な人で、休みの日にはどんなに疲れていてもよく遊んでくれたわ。そんなお父さんのことは大好きだった。よくお父さんが返ってくるのを、心待ちに玄関で待っていたの。その日はいつもの様に、お父さんはお仕事に行った。でも、二度と帰って来ることは無かった……警邏中に子供を、赤目から庇って亡くなったって、お葬式の時に聞かされたわ」
 絹江さんは手を胸に当てて、何かを握りしめている。
「それで赤目と、関われるような仕事がしたかったの。お父さんと同じように、警察官になることも考えたけど、女だとそういう部署に、配属されないと思った。だからお父さんの親友であった鷹雄おじさん……小鳥遊所長にお願いしたの。鷹雄おじさんは最初もの凄く反対したけど、私が無理言ってお願いしたら、最終的には折れてくれたわ。適性が無かったら、直ぐに辞めることを条件に、猟人にしてもらったの」
 つい野次馬根性で聞いてしまったけど、そんな理由だったとは……。
 何とも言えない空気になり、沈黙が流れた。
「ちょっとそんな暗くならないでよ! というか、そっちの方はどうなのよ?」
 絹江さんが場の空気を変えようとして、明るく振舞ってきた。
 絹江さんの話の後だと、色々な意味で話しづらい。
 俺が猟人になった理由は、凄く単純だ。
「お金が欲しかったからです」
 絹江さんは半眼の目つきだ。
「何それ?」
「まあ、生活費とか、色々と物入りだったんで、ちょっと隣に住んでいた男に相談したら、そいつがたまたま狩人だったんですけど「いいバイトがある」と連れていかれて、よく分からないまま訓練を受けていたら、いつの間にか狩人になっていました」
「えッ? そんなことで狩人? 第一猟人なんて、そんな簡単になれるものじゃあないでしょ?」
 絹江さんの疑問はもっともだ。狩人になるのは大変難しい。
 猟人のなる為の試験そのものは、普通免許位のレベルのもので、そんなに難しいものではないのだが、問題はその試験を受ける為の条件が、かなり厳しいもとなっている。
 その条件とは、過去に重大な犯罪歴がなく、健康優良体で指定以上の運動能力を有し、現役の猟人もしくは警察官、あるいは自衛隊員の合計三名の推薦が必要なのだ。
 一番厄介なのが、三名の推薦人だ。
 現役の猟人は国と取引をする関係で、公務員である警察官や、自衛隊員もスキャンダルの類は、ご法度である。
 猟人がもし、何か問題を起こせば、その狩人を推薦した人にも、色々と影響が及ぶ為、推薦する側もかなり慎重になって、なかなか推薦しないのが現状だ。
 絹江さんは恐らく小鳥遊所長などが、推薦人になったのであろうけど、俺の場合は隣に住んでいた男や、シゲさんなどが推薦人になった。
 特別猟人になりたかった訳では無いのだが、実入りがいいので、辞めることなく今も続けている。
「簡単にはなれないですけど、なれてしまったもんは、しょうがない」
「そんなことある? それに生活費って……」
 絹江さんが少し言いずらそうに、聞いてきた。
「……お家に借金があるとか?」
「いや、単純に他に稼ぐ人がいないからです」
 絹江さんは何かを察したらしく、少し申し訳なさそうな表情になった。
「……お父さんは?」
「見たことが無いです」
 俺が生まれる前に母親と離婚したらしく、そのおかげで物心ついた時から、父親というものを見たことがない。
「えぇと……じゃあ、お母さんは?」
「そういえば……ここ二年ぐらい、見た記憶がないですね」
 元々父親と離婚したのも、母親の浮気が原因らしく、その後も色々な男を取っ替え引っ替えで、家には寄り付かず、たまに帰ってきても、祖母と喧嘩して直ぐに出ていった。
 個人的には、居ても居なくても変わらない存在だ。
 絹江さんは探るような感じで聞いてきた。
「……兄弟は?」
「多分兄弟はいないと、思いますけど……」
 ああいう母親だから、こっちが知らないだけで、他に兄弟はいるかもしれないが、今の所そういう者とは、会ったことはない。
 だから、いないものだと思うようにしている。
「……つまり、一人?」
「そう、今は一人ですね」
 絹江さんが驚きの顔を浮かべた。
 まあ、驚くのも無理もないか、高校生ながら一人で生活している者なんて、そうそういないだろうし、一昨年前に祖母が亡くなってからは、完全に一人になった。
 実際に俺を育てたのは母方の祖母で、基本的には優しい人だったが、母親の二の舞を踏みたくなかったせいか、礼儀とか道徳に関しては、もの凄く厳しい人であった。
 祖母は人の嫌がることはせず、困っている人には見返りを求めずに手を差し伸べて、それを自慢するようなことはするなと、常日頃から義侠心溢れる教えを説いていた。子供心に「侠客か!」と、内心突っ込んでいたものだ。
 さっきとは別な感じで、何とも言えない空気になった。
 こうなるから、自分の話はしたくなかったのよね。
「あ~~自分のことは、そんな気にしないで下さい。アレですよ……アレ、隣の芝生は青く見える、みたいな感じですよ」
 絹江さんがあっさりと否定する。
「それ、絶対違う」
 アレ、違ったか? こんな時、何て言えばいいのだ? 親は無くとも子は育つか?
 その後は特に何事もなく、生徒会の仕事を終わらせた。
 絹江さんとは校門で別れて、家路についた。
 それにしても、絹江さんにああいった理由があったとはね。
 それと小鳥遊所長の名前が、鷹雄というのにも驚いた。

 校門で狛彦と別れてから、ずっと考えていた。
 あの様子だと、完全に覚えていないわね。普段の接し方から、そんな気はしていたけど。
 首からぶら下げているペンダントを手に取った。
 亡き父から誕生日にプレゼントされた物で、誕生石であるペリドットがあしらわれた小さなペンダントだ。
 母は「子供にはまだ早い」と反対したが、父は「女の子だからそんなこと関係ない」と言って、上機嫌でプレゼントしてくれた。
 凄く嬉しかったし、とても大切にしていた。特に父が亡くなってからは、肌身離さず身に着けていた。
 身に着けることで、父を間近で感じられる気がしたからだ。
 あれは高校入試が終わり、友達と一緒に帰宅する途中のことだ。
 その日は朝から雪が降っていて、路面が凍り付いていた。
 川沿いの道を歩きながら、合格の願いを込めてペンダントを手に握りしめた時、凍った路面に足を滑らせて転んでしまった。
 その弾みでペンダントが滑っていき、川沿いのフェンスの隙間から転がり落ちて、川の中にしまった。
 この状況に私はどうしていいか分からず、思わず泣いてしまった。
 その時、近くにいた同じ受験生と思わしき男子学生が、靴と靴下を脱いでズボンの裾を捲し上げると、フェンスを乗り越えて川の中に入っていった。
 男子学生は小雪舞う寒い中、素足で川の中を捜索してペンダントを探し出してくれると、学生服でペンダントを拭いて、少し汚れていることを謝りながら渡してくれた。
 そして素早く靴下と靴を履くと、そのまま駆け足で去って行った。
 名前を聞くどころか、お礼を言う暇さえなかった。
 入学してから彼を探してみたが、見つけることが出来なかった。
 諦めかけていた時、偶然体育祭で見つけることが出来た。
 普段の彼は学校のイベントなどはよくサボっていたみたいで、それに私が前半クラスで、彼は後半クラスだった為に合同授業がなく、なかなかこれまで出会う機会が無かった。
 声を掛けようと思ったが、割と長い時間が経っていたのと、面倒くさそうな顔をして、体育祭に参加している彼に、何だか気が引けてしまって出来なかった。
 そのうち折を見て、お礼を伝えようと思っていたが、なかなか言い出すことが出来ずに、時間だけが過ぎていった。
 そんな中、猟人になる研修の為に、小鳥遊赤目研究所へ出向いたところ、彼がここに所属する猟人ということが分かった。
 良い機会が巡ってきたと思った。
 しかし、再会した時の彼は、明らかに覚えていなさそうで反応がなく、こちらから言う機会も思わず逃してしまった。
 時間が経つ毎に、伝えるのも段々を言いづらくなってきて、色々と捻りを加えて探っているのだが、手応えが全くない。
 このままではイケナイと思うのだが、解決策が全く見つからない。
 ホント、どうしたらいいのかしら?
 そんなこと考えていると、いつももう一人の自分が出てくる。
 もう一人の自分は少し黒かった。
 ホント、どうしてやろうかしら?
 一向に思い出さない彼に、ついちょっかいを出してしまう。
 おかげで最近は、何だか違う方向に行っている気がした。
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