8 / 9
第八章
鉄槌
しおりを挟む
四号棟も探索したが、黒ネズミが二匹しかいなかった。
「これで終わり?」
「そうですね……そうなりますね」
絹江さんは少し残念そうだ。
黒ネズミが合計十一匹、苦労して探索した割には、成果が見合うとは言い難い結果だ。それも致し方ないだろう。
「後はKSS社の進捗状況しだいですが、フォローが必要でしたら、そちらの方に回りましょう」
絹江さんが俺の肩を叩いて、指を差した。
「狛彦くん、アレを見て!」
見ると、四号棟に向かって、走って来る人が見えた。
景虎か……? ずいぶん慌てているけど、何をしているのだ?
景虎が一心不乱に駆けている。
……んん⁉
景虎の後ろ側に、何かが見えた。
濃い灰色で、大きな冷蔵庫ぐらいの大きさだ。
景虎を、追いかけているように見える。
そして、景虎はこちらから少し離れた位置を、全速力で通り過ぎて行く、そのすぐ後に、何かも同じように通り過ぎて行った。
あっという間の出来事に、思わず面食らってしまった。
景虎は勢いを殺さずに、四号棟の手前で強引にカットバックして、そのまま階段を駆け上がって行った。
その直後に、凄まじい衝撃音が鳴り響いた。
何かが、壁の手前で上手く曲がることが出来ずに、そのままの勢いで激突したのだ。
そして、糸が切れた人形のように、その場にパタリと倒れた。
思わず茫然として、絹江さんと顔を見合わせた。
取り敢えず近づいて、何かを確認してみる。
まるでサイと、猪を足して二で割ったような姿形だ。頭には大きなトンカチのような形をした角が付いて、分厚くて頑丈そうな胴体に、それに見合う筋骨隆々とした、太い足がついている。
そして、目が赤く光っていた。
「……これってアレよね」
「……そうだと思います」
「赤目よね」
「赤目ですね」
絹江さんとの、答え合わせは一緒であった。
それにしても初めて見る赤目だなぁ。シゲさんなら何か知っているかもしれないけど、トンカチみたいな変な頭だ。
絹江さんが素朴な疑問を口にした。
「これって……どうなの?」
「どうって……既にぽっくり、逝っているように見えますけど……」
「そうよね……」
「ああ、そういうことだったんですね」
「何が?」
「壁に妙な激突跡があるなって、思っていたんですよ」
「こいつの仕業だよね。赤目が少なかったのも、その関係かな?」
「……恐らく、そうでしょうね」
そんな中、トンカチ頭が急に動き出し、先ほどの衝突のことなど無かったかのように、普通に立ち上がった。
「へッ……⁉ マジで⁉」
「えッえッえッ⁉」
背筋が冷たくなり、血の気が引いていくのを感じた。
「絹江さん!」
咄嗟に絹江さんの手を取ると、一目散に走り出した。
トンカチ頭がゆっくりと方向転換する。
そして、雄叫びを上げると、こちらに向かって動き出した。
『ブロォロォォ――ッ!』
走りながら後ろ手に、45口径のオートを構える。
狙いを定めると、引き金を引いた。
銃声が鳴り響き、硬い金属音がした。
「なッ……!」
弾丸は命中したが、ハンマーのような角に弾かれた。
コンクリートの壁に、フルダイブしても大丈夫な奴だしな……クソッ!
めげずに引き金を引いていく。
だが、その都度弾丸は角に弾かれた。
ヤバい! これ、どうしよう?
急に手を引っ張られた。
「キャッ!」
絹江さんは足がもつれて転倒したのだ。
トンカチが迫ってくるのが見える。
「絹江さん急いで!」
絹江さんの手を取って、無理やり立ち上がらそうとした。
「痛ッ!」
絹江さんが悲鳴を上げ、左足首を抑えた。
転んだ時に、足を捻ったか⁉
絹江さんはよろめきながらも、何とか立ち上がった。
これは無理だ。このままだと逃げきれない。
しょうがない……こうなったら‼
「絹江さん先に行って!」
絹江さんが、今にも泣きそうな顔で返す。
「で……でも……」
「大丈夫! 何とかしますから!」
トンカチ頭から、絹江さんの盾になるように立ち塞がった。
45口径のオートの弾倉を急いで交換し、更にリボルバーを引き抜くと、トンカチ頭に向けて、二丁で構える。
頭にはトンカチがあるから……それなら足だ!
狙いを定めて、引き金を引いた。
銃声が轟き、強い反動が返ってくる。
弾丸は狙い通り、トンカチ頭の足に命中した。
だが、トンカチ頭の勢いは止まらない。
少しぐらいよろめいたり、転んだりしろよ!
続けて引き金を引き、辺りに銃声が木霊していく。
弾丸は確実に、トンカチ頭の足の部分に命中しているのだが、その勢いは一向に止まらない。
うぉ~~マジかよ~~!
不意に自分のものとは別方向から、銃声が聞こえた。
んん⁉
一瞬トンカチ頭が、グラついた気がした。
更に銃声が聞こえてきた。
トンカチ頭の首の辺りに、着弾したように見えた。
今度は明確に、トンカチ頭がグラついたのが分かった。
なおも銃声は聞こえてくる。
今だ‼
ここぞとばかりに、トンカチ頭の足に向けて、銃弾を放っていく。
トンカチ頭はグラつき、歩調が大きく乱れていく。
それでもトンカチ頭は勢いに乗って、目の前にやって来た。
しかし、トンカチ頭は手を伸ばせば届きそうな距離で、こちらを避けるように、右に逸れていった。
そして、凄まじい衝撃音と、振動が伝わってきた。
トンカチ頭は、二号棟の壁に激突して倒れた。
間髪入れずに銃声が鳴り響いた。
その音が鳴る毎に、トンカチ頭の体から、黒い鮮血が飛び散る。
そして、静寂が訪れた。
トンカチ頭が、二度と動き出すことはなかった。
銃声が鳴っていた方に目を向ける。
そこには44マグナムを掲げる、ツバメ姉さんがいた。
トンカチ頭の厚い外装も、44マグナムには敵わなかったようだ。
景虎が内緒で44マグナムを持ってきたおかげで、結果的に助かったな。ちょっとだけ感謝……イヤ! そもそも景虎が、トンカチ頭を連れてきたのが元凶じゃないか!
ツバメ姉さんはニカリと歯を見せた。
「危なかったな! 危機一髪ってところだ!」
苦笑いを浮かべて、それに返した。
「ハハ……助かりましたよ。それにしても、どうしてここに?」
中央の集会所付近で待機している筈の、ツバメ姉さんが何故に、ここにいるのか不思議だった。
ツバメ姉さんの答えは、実に簡潔であった。
「勘だ!」
獣かこの人は……まあ、助かったから、ありがたいのだけれども。
絹江さんが足を引きずりながら、直ぐに寄ってきた。
「ごめんね……」
絹江さんは申し訳なさそうなに、謝ってきた。
先ほどのことを、大分気にしているみたいだ。
それよりも、足を引きずる姿が痛々しかった。
「大丈夫ですか?」
絹江さんに肩を貸す。
「ありがとう」
「イエイエ、お礼は体の方で痛いッ!」
絹江さんに、左耳を思いっきり捻られた。
「調子にのんなよッ!」
絹江さんの顔は笑っていたが、声にはドスが利いていた。
軽い冗談じゃないですか、気持ちを和らげてあげようと、思っただけなのに……。
ツバメ姉さんが、絹江さんの足を確認する。
「んん~~骨には異常はねぇ感じだけど……結構ひどい捻挫だな」
絹江さんは「大丈夫」と口にするが、時折苦痛に顔を歪ませた。
そんな時、景虎が半べそをかきながら、駆け寄ってきた。
「お姉ちゃ~~ん、助かっギャァ!」
それに対して、ツバメ姉さんが鉄拳を振るった。
「何オマエだけ逃げてンだ!」
「だって仕方なガァッ!」
再度鉄拳が飛んだ。
「口答えするな! んッ? そういえばオマエ、シュウはどうした? 一緒じゃなかったのか?」
それは俺も気になっていた。
景虎がいかにもバツが悪そうに答えた。
「いや~~実はトンカチ頭がもう一匹いて、シュウ君はもう一方の相手をして、どっかに行っちゃった」
景虎以外の全員の顔が、急速に青くなっていった。
「何だと――ッ‼」
ツバメ姉さんが、渾身の鉄拳を振り下ろした。
「シュウ聞こえるか、返事をしろ!」
ツバメ姉さんが何度も無線で呼びかけるが、シュウさんは一向に反応しなかった。
最悪の結末が頭をよぎる。
景虎に、怪我をしている絹江さんを任せると、ツバメ姉さんと共に、シュウさんの探索に向かった。
途中でツバメ姉さんは五号棟方面へ、俺は八号棟方面に分かれた。
周りを警戒しながらも、急いで駆けていく。
八号棟に到着すると、可能な限り辺りを確認する。
しかし、シュウさんも、トンカチ頭も見当たらない。
念の為、大声で呼んでみるが、返事は無かった。
ここにはいないか……。
急いで次の七号棟へ向かう。
その途中、銃声が聞こえてきた。
どっちだ? 七号棟の方からか……!
駆ける速度を一気に上げた。
七号棟に到着すると、散弾銃を構える、シュウさんが目に入った。
ああッ! 居た――ッ!
取り敢えず無事な様子に、ホッと胸を撫で下ろした。
シュウさんが散弾銃を構える先には、トンカチ頭がいた。
シュウさんは、トンカチ頭とにらみ合っている。
再度銃声が鳴った。
シュウさんが散弾銃を撃ったのだ。
銃弾は命中したようだが、トンカチ頭に有効なダメージを与えたようには見えなかった。
シュウさんの散弾銃には、恐らくバードショットが装填されている。
弾丸が小さく、拡散する密度が高い為、小型の赤目を相手するには適しているが、その分破壊力に乏しく、トンカチ頭の相手をするには、決定力にかける。
正直、正面からだと、単発で威力の高いスラッグ弾でもないと、有効な打撃は与えられないと思う。
トンカチ頭は闘志を表に出すように、足踏みを始めた。
そして、雄叫びを上げると、シュウさんに向けて突進する。
『ブオオォォォ――!』
シュウさんが、トンカチ頭に向けて散弾銃を放ち、立て続けに銃声が鳴り響く。
だが、トンカチの勢いは止まらない。
45口径のオートと、357マグナムのリボルバーを、トンカチ頭に向けて構えた。
狙いは――。
引き金を引き、銃声が鳴って、強い反動が両腕にかかる。
弾丸は狙い通りに、トンカチ頭の首の辺りに命中した。
トンカチ頭が一瞬グラついた。
やっぱり! ここか!
あの特徴的なトンカチは頑丈だが、大分重量がありそうだ。それを支える首には、相当な負担がかかっているだろう。
一気に勝負を決めるべく、引き金を引き続け、辺りに銃声が轟いた。
トンカチ頭は弾丸を食らってグラつき、バランスを崩して、勢いのついたまま滑り倒れた。
『ブオォォ……』
トンカチ頭の元に急いで駆け寄ると、止めを刺す為に、間髪入れず弾丸を撃ち込んでいく。
この動きにシュウさんも呼応して、追撃をかける。
そして、トンカチは動かなくなった。
何となくそんな気がしていたのだが、どうやら当たったようだ。
シュウさんがハスキーな声で、お礼を述べた。
「……ありがとう」
それに返したかったが、片手を上げて「待って」と、意思表示した。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
ずっと走ってきたおかげで、ちょっと限界に達していた。
「これで終わり?」
「そうですね……そうなりますね」
絹江さんは少し残念そうだ。
黒ネズミが合計十一匹、苦労して探索した割には、成果が見合うとは言い難い結果だ。それも致し方ないだろう。
「後はKSS社の進捗状況しだいですが、フォローが必要でしたら、そちらの方に回りましょう」
絹江さんが俺の肩を叩いて、指を差した。
「狛彦くん、アレを見て!」
見ると、四号棟に向かって、走って来る人が見えた。
景虎か……? ずいぶん慌てているけど、何をしているのだ?
景虎が一心不乱に駆けている。
……んん⁉
景虎の後ろ側に、何かが見えた。
濃い灰色で、大きな冷蔵庫ぐらいの大きさだ。
景虎を、追いかけているように見える。
そして、景虎はこちらから少し離れた位置を、全速力で通り過ぎて行く、そのすぐ後に、何かも同じように通り過ぎて行った。
あっという間の出来事に、思わず面食らってしまった。
景虎は勢いを殺さずに、四号棟の手前で強引にカットバックして、そのまま階段を駆け上がって行った。
その直後に、凄まじい衝撃音が鳴り響いた。
何かが、壁の手前で上手く曲がることが出来ずに、そのままの勢いで激突したのだ。
そして、糸が切れた人形のように、その場にパタリと倒れた。
思わず茫然として、絹江さんと顔を見合わせた。
取り敢えず近づいて、何かを確認してみる。
まるでサイと、猪を足して二で割ったような姿形だ。頭には大きなトンカチのような形をした角が付いて、分厚くて頑丈そうな胴体に、それに見合う筋骨隆々とした、太い足がついている。
そして、目が赤く光っていた。
「……これってアレよね」
「……そうだと思います」
「赤目よね」
「赤目ですね」
絹江さんとの、答え合わせは一緒であった。
それにしても初めて見る赤目だなぁ。シゲさんなら何か知っているかもしれないけど、トンカチみたいな変な頭だ。
絹江さんが素朴な疑問を口にした。
「これって……どうなの?」
「どうって……既にぽっくり、逝っているように見えますけど……」
「そうよね……」
「ああ、そういうことだったんですね」
「何が?」
「壁に妙な激突跡があるなって、思っていたんですよ」
「こいつの仕業だよね。赤目が少なかったのも、その関係かな?」
「……恐らく、そうでしょうね」
そんな中、トンカチ頭が急に動き出し、先ほどの衝突のことなど無かったかのように、普通に立ち上がった。
「へッ……⁉ マジで⁉」
「えッえッえッ⁉」
背筋が冷たくなり、血の気が引いていくのを感じた。
「絹江さん!」
咄嗟に絹江さんの手を取ると、一目散に走り出した。
トンカチ頭がゆっくりと方向転換する。
そして、雄叫びを上げると、こちらに向かって動き出した。
『ブロォロォォ――ッ!』
走りながら後ろ手に、45口径のオートを構える。
狙いを定めると、引き金を引いた。
銃声が鳴り響き、硬い金属音がした。
「なッ……!」
弾丸は命中したが、ハンマーのような角に弾かれた。
コンクリートの壁に、フルダイブしても大丈夫な奴だしな……クソッ!
めげずに引き金を引いていく。
だが、その都度弾丸は角に弾かれた。
ヤバい! これ、どうしよう?
急に手を引っ張られた。
「キャッ!」
絹江さんは足がもつれて転倒したのだ。
トンカチが迫ってくるのが見える。
「絹江さん急いで!」
絹江さんの手を取って、無理やり立ち上がらそうとした。
「痛ッ!」
絹江さんが悲鳴を上げ、左足首を抑えた。
転んだ時に、足を捻ったか⁉
絹江さんはよろめきながらも、何とか立ち上がった。
これは無理だ。このままだと逃げきれない。
しょうがない……こうなったら‼
「絹江さん先に行って!」
絹江さんが、今にも泣きそうな顔で返す。
「で……でも……」
「大丈夫! 何とかしますから!」
トンカチ頭から、絹江さんの盾になるように立ち塞がった。
45口径のオートの弾倉を急いで交換し、更にリボルバーを引き抜くと、トンカチ頭に向けて、二丁で構える。
頭にはトンカチがあるから……それなら足だ!
狙いを定めて、引き金を引いた。
銃声が轟き、強い反動が返ってくる。
弾丸は狙い通り、トンカチ頭の足に命中した。
だが、トンカチ頭の勢いは止まらない。
少しぐらいよろめいたり、転んだりしろよ!
続けて引き金を引き、辺りに銃声が木霊していく。
弾丸は確実に、トンカチ頭の足の部分に命中しているのだが、その勢いは一向に止まらない。
うぉ~~マジかよ~~!
不意に自分のものとは別方向から、銃声が聞こえた。
んん⁉
一瞬トンカチ頭が、グラついた気がした。
更に銃声が聞こえてきた。
トンカチ頭の首の辺りに、着弾したように見えた。
今度は明確に、トンカチ頭がグラついたのが分かった。
なおも銃声は聞こえてくる。
今だ‼
ここぞとばかりに、トンカチ頭の足に向けて、銃弾を放っていく。
トンカチ頭はグラつき、歩調が大きく乱れていく。
それでもトンカチ頭は勢いに乗って、目の前にやって来た。
しかし、トンカチ頭は手を伸ばせば届きそうな距離で、こちらを避けるように、右に逸れていった。
そして、凄まじい衝撃音と、振動が伝わってきた。
トンカチ頭は、二号棟の壁に激突して倒れた。
間髪入れずに銃声が鳴り響いた。
その音が鳴る毎に、トンカチ頭の体から、黒い鮮血が飛び散る。
そして、静寂が訪れた。
トンカチ頭が、二度と動き出すことはなかった。
銃声が鳴っていた方に目を向ける。
そこには44マグナムを掲げる、ツバメ姉さんがいた。
トンカチ頭の厚い外装も、44マグナムには敵わなかったようだ。
景虎が内緒で44マグナムを持ってきたおかげで、結果的に助かったな。ちょっとだけ感謝……イヤ! そもそも景虎が、トンカチ頭を連れてきたのが元凶じゃないか!
ツバメ姉さんはニカリと歯を見せた。
「危なかったな! 危機一髪ってところだ!」
苦笑いを浮かべて、それに返した。
「ハハ……助かりましたよ。それにしても、どうしてここに?」
中央の集会所付近で待機している筈の、ツバメ姉さんが何故に、ここにいるのか不思議だった。
ツバメ姉さんの答えは、実に簡潔であった。
「勘だ!」
獣かこの人は……まあ、助かったから、ありがたいのだけれども。
絹江さんが足を引きずりながら、直ぐに寄ってきた。
「ごめんね……」
絹江さんは申し訳なさそうなに、謝ってきた。
先ほどのことを、大分気にしているみたいだ。
それよりも、足を引きずる姿が痛々しかった。
「大丈夫ですか?」
絹江さんに肩を貸す。
「ありがとう」
「イエイエ、お礼は体の方で痛いッ!」
絹江さんに、左耳を思いっきり捻られた。
「調子にのんなよッ!」
絹江さんの顔は笑っていたが、声にはドスが利いていた。
軽い冗談じゃないですか、気持ちを和らげてあげようと、思っただけなのに……。
ツバメ姉さんが、絹江さんの足を確認する。
「んん~~骨には異常はねぇ感じだけど……結構ひどい捻挫だな」
絹江さんは「大丈夫」と口にするが、時折苦痛に顔を歪ませた。
そんな時、景虎が半べそをかきながら、駆け寄ってきた。
「お姉ちゃ~~ん、助かっギャァ!」
それに対して、ツバメ姉さんが鉄拳を振るった。
「何オマエだけ逃げてンだ!」
「だって仕方なガァッ!」
再度鉄拳が飛んだ。
「口答えするな! んッ? そういえばオマエ、シュウはどうした? 一緒じゃなかったのか?」
それは俺も気になっていた。
景虎がいかにもバツが悪そうに答えた。
「いや~~実はトンカチ頭がもう一匹いて、シュウ君はもう一方の相手をして、どっかに行っちゃった」
景虎以外の全員の顔が、急速に青くなっていった。
「何だと――ッ‼」
ツバメ姉さんが、渾身の鉄拳を振り下ろした。
「シュウ聞こえるか、返事をしろ!」
ツバメ姉さんが何度も無線で呼びかけるが、シュウさんは一向に反応しなかった。
最悪の結末が頭をよぎる。
景虎に、怪我をしている絹江さんを任せると、ツバメ姉さんと共に、シュウさんの探索に向かった。
途中でツバメ姉さんは五号棟方面へ、俺は八号棟方面に分かれた。
周りを警戒しながらも、急いで駆けていく。
八号棟に到着すると、可能な限り辺りを確認する。
しかし、シュウさんも、トンカチ頭も見当たらない。
念の為、大声で呼んでみるが、返事は無かった。
ここにはいないか……。
急いで次の七号棟へ向かう。
その途中、銃声が聞こえてきた。
どっちだ? 七号棟の方からか……!
駆ける速度を一気に上げた。
七号棟に到着すると、散弾銃を構える、シュウさんが目に入った。
ああッ! 居た――ッ!
取り敢えず無事な様子に、ホッと胸を撫で下ろした。
シュウさんが散弾銃を構える先には、トンカチ頭がいた。
シュウさんは、トンカチ頭とにらみ合っている。
再度銃声が鳴った。
シュウさんが散弾銃を撃ったのだ。
銃弾は命中したようだが、トンカチ頭に有効なダメージを与えたようには見えなかった。
シュウさんの散弾銃には、恐らくバードショットが装填されている。
弾丸が小さく、拡散する密度が高い為、小型の赤目を相手するには適しているが、その分破壊力に乏しく、トンカチ頭の相手をするには、決定力にかける。
正直、正面からだと、単発で威力の高いスラッグ弾でもないと、有効な打撃は与えられないと思う。
トンカチ頭は闘志を表に出すように、足踏みを始めた。
そして、雄叫びを上げると、シュウさんに向けて突進する。
『ブオオォォォ――!』
シュウさんが、トンカチ頭に向けて散弾銃を放ち、立て続けに銃声が鳴り響く。
だが、トンカチの勢いは止まらない。
45口径のオートと、357マグナムのリボルバーを、トンカチ頭に向けて構えた。
狙いは――。
引き金を引き、銃声が鳴って、強い反動が両腕にかかる。
弾丸は狙い通りに、トンカチ頭の首の辺りに命中した。
トンカチ頭が一瞬グラついた。
やっぱり! ここか!
あの特徴的なトンカチは頑丈だが、大分重量がありそうだ。それを支える首には、相当な負担がかかっているだろう。
一気に勝負を決めるべく、引き金を引き続け、辺りに銃声が轟いた。
トンカチ頭は弾丸を食らってグラつき、バランスを崩して、勢いのついたまま滑り倒れた。
『ブオォォ……』
トンカチ頭の元に急いで駆け寄ると、止めを刺す為に、間髪入れず弾丸を撃ち込んでいく。
この動きにシュウさんも呼応して、追撃をかける。
そして、トンカチは動かなくなった。
何となくそんな気がしていたのだが、どうやら当たったようだ。
シュウさんがハスキーな声で、お礼を述べた。
「……ありがとう」
それに返したかったが、片手を上げて「待って」と、意思表示した。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
ずっと走ってきたおかげで、ちょっと限界に達していた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ゴースト
ニタマゴ
SF
ある人は言った「人類に共通の敵ができた時、人類今までにない奇跡を作り上げるでしょう」
そして、それは事実となった。
2027ユーラシア大陸、シベリア北部、後にゴーストと呼ばれるようになった化け物が襲ってきた。
そこから人類が下した決断、人類史上最大で最悪の戦争『ゴーストWar』幕を開けた。
日本昔話村
たらこ飴
SF
オカルトマニアの唐沢傑は、ある日偶然元クラスメイトの権田幻之介と再会する。権田に家まで送ってくれと頼まれた唐沢は嫌々承諾するが、持ち前の方向音痴が炸裂し道に迷ってしまう。二人が迷い込んだところは、地図にはない場所ーーまるで日本昔話に出てくるような寂れた農村だった。
両親が若い頃に体験したことを元にして書いた話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/sf.png?id=74527b25be1223de4b35)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる