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第八章
難敵
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45口径のオートをホルスターにしまい、ボルトアクション式の狙撃銃に持ち替えた。
レスポンスを気にしなくていいから、コッチの方がいいだろう。
元々セミオートマチック式の狙撃銃と、比較していたことだし、データは多いことに越したことは無い筈だ。
ボルトハンドルを操作し、弾薬を装填して射撃準備を整えると、チワワに向かって狙撃銃を構えた。
絹江さんも同じように、セミオートマチック式の狙撃銃を構えた。
スコープ越しに、チワワを覗き見る。
暗闇の中でも、ガタイが大きいおかげで狙いが定めやすい。
今の所チワワが、コチラに気付いている様子は窺えなかった。
不意打ち御免!
呼吸を止めてしっかりと狙いを定めると、引き金を引いた。
暗闇の中銃口が火を噴き、閉じられた室内に、銃声が反響して凄まじい勢いで轟いた。
チワワの肩口付近に、銃弾が着弾する。
暗闇の中でも、何となくそれが分かる。
続けて絹江さんが発砲し、銃声音が更に室内を強く反響して、駆け巡っていく。
コチラも肩口付近に、銃弾が命中した。
だが、あまり有効なダメージを、与えられたようには見えない。
チワワは平然とした様子で動く。
銃弾を受けたことよりも、むしろカゴ台車に挟まって、コチラ側に向こうとしているのに、うまく動けないことを気にしている感じだ。
う~~ん、やっぱり頭部じゃないと、難しいかな?
ボルトハンドルを動かして排莢し、次弾を装填する。
その間に隣から銃声が鳴った。
絹江さんの放った弾丸が、チワワの後頭部辺りに命中する。
おッナイス!
こっちも負けてられないな。
瞬時に狙いを定めて、引き金を引いた。
弾丸がチワワの頭部に命中した。
次の瞬間、チワワが吠えた。
『オオオォォォォォオオオ―――――ッ‼』
銃声を凌駕する大きな声が、室内に響き渡った。
体全体に衝撃が走る。
ヒィ~~~~。
あまりの大きな声は、一瞬気絶するかと思ったほどだ。
絹江さんは完全に気を当てられて、呆けた表情をしている。
チワワがゆっくりと、時間をかけてコチラに向きを変えた。
戦闘中とは思えない、その緩慢な動きに、底知れない強い力を感じさせられた。
そしてチワワが、再度吠えた。
『ガァオオォォォォオオオ―――――ッ‼』
それはまるで思うように動けないところに、不意打ちを仕掛けてきた者に対して、断罪しているかのようであった。
「…………卑怯者とでも言いたいのか?」
チワワは見下すような顔つきで、赤い目を輝かせた。
「こう見えでも死に物狂いでな。だから、そんなこといちいち気にしていられないんだよッ!」
ボルトレバーを操作して排莢し、次弾を装填しながら、横に向けて声を張り上げた。
「絹江さん撃ってッ‼」
「あッ……!」
絹江さんは何かを思い出したように、ハッとした表情を浮かべた。
チワワに狙いを定め、引き金を引いた。
銃弾がチワワの右側頭部辺りに命中する。
だが、チワワはそれをお構いなしに、ゆっくりと歩を進めてきた。
急いでボルトレバーを操作して排莢し、次弾を装填させる。
その間に横から銃声が鳴った。
チワワの左肩の辺りに、銃弾が命中した。
絹江さんもどうにか復活したみたいだ。
二人係でチワワに、絶え間なく銃弾を浴びせていく。
それでもチワワは、ジリジリと距離を詰めてきた。
「チッ……痛みや、恐怖はないのかよ⁉」
チワワに合わせて、ゆっくりと後ろに下がる。
絹江さんが先に弾倉の交換に入り、コチラも急ぎ弾倉を抜き出して、マガジンポーチから替えの弾倉を取り出し、狙撃銃に差し込んだ。
そのわずかなスキに、チワワは思いもかけない行動に出た。
チワワは身をかがめて、低い姿勢を取った。
何だ……?
そしてチワワは十分に足を固めると、力強く躍動した。
「なッ⁉」
チワワは片側の足だけながらも、その巨体をものともせずに高く飛び上がると、自由落下して床に激突した。
凄まじい衝突音が室内に響き渡り、重い衝撃が床に走った。
左腕で頭を覆い、腰を落としてそれに耐える。
周りの積み上げられた段ボールや、カゴ台車が激しく振動し、横から悲鳴が聞こえてきた。
「キャァァ――ッ」
衝撃が収まり、チワワを確認する。
「あッ……!」
チワワの頭は依然として、カゴ台車に挟まったままであったが、底面の部分が割れて外れていた。
「マズい……!」
先程までは片側の足が底面に乗っていたので、歩くこともままならない状態であったが、それが今では両足がしっかりと地についている。
これではチワワが自由に動けてしまう。
直ぐに声を張り上げた。
「絹江さん撤退をッ‼」
横で膝をついていた絹江さんの、手を取って急いで引き起こすと、猛然と駆け出した。
後ろ手にチワワが追ってくるのが見える。
暗闇の中、床に転がっているカゴや、ダンボールなどの障害物を、必死に避けながら全力で駆ける。
対するチワワは、そんな障害物を蹴散らしながら、強引に最短距離を直進して追ってきた。
こちらは障害物を避けて駆けている為、どうしても多少のロスが生じてしまうが、幸いのことにチワワの足が遅いおかげで、追いつかれずに済んでいた。
目の前に光の筋が見えた。
バックヤードの出入り口扉から漏れる光だ。
勢いを殺さずに、絹江さんと並んで扉に体当たりした。
急いで店内を駆ける。
続いて追ってきたチワワが、扉に差し掛かる。
その瞬間、大きく激突音が鳴り響いた。
後ろを確認すると、チワワがひっくり返り、手足をジタバタさせて転がっていた。
「…………⁉」
どうやらチワワに挟まっていたカゴ台車が、バックヤード出入り口扉の上部とぶつかって、転んだみたいだ。
「チャンス!」
全力疾走から急停止を掛ける。
強い慣性が体にかかってくる。
それを、両足を強く踏ん張って、無理やり抑え込んだ。
狙撃銃から45口径のオートに持ち替えながら、距離を詰めた。
そしてチワワに銃口を向ける。
乱れた呼吸を我慢して抑えながら、続けて引き金を引いていった。
店内に銃声が鳴り響き、銃弾がチワワの顔面に着弾していく。
チワワは全く怯む様子を見せずに、事も無げに立ち上がり始めた。
頑丈なチワワは銃弾を防ごうともせずに、むしろ挟まっているカゴ台車の方を、気にしているように見えた。
そんなもの効かないってか?
それならそれで、そっちの方がやりやすい。
こちらの目的は、ダメージを与えることではないのだから。
狙いは――。
絶え間なくチワワに銃弾を撃ち込んでいく。
一気に銃弾が切れ、手慣れた手つきでマガジンをリリースさせると、替えのマガジンをポーチから取り出して、銃に差し込んだ。
チワワが立ち上がる前に……。
少々焦りながらも慎重に狙いを定め、集中して銃撃していく。
不意に、チワワが短く呻いて顔を背けた。
『グッオオッ……』
銃弾がチワワの左目に、着弾したみたいだ。
「ヨシッ!」
目的はコレだ!
ボルトアクション式の狙撃銃ではレスポンスが悪く、建物内では強引に距離を詰められて、押し切られてしまう可能性が高い。
だからと言って、45口径ではレスポンスは高いが、有効な打撃を与えることが難しい。
それなら先にレスポンスの高い45口径のオートで、弾をばら撒き視覚を奪い、十分に間を取りながら、ボルトアクション式の狙撃銃で止めを刺す。
これなら不利な状況でも、強敵のチワワを倒せるはずだ。
だが、チワワはそんなに簡単な相手ではなかった。
追撃を掛けるべく、有効な射撃角度に移動しようとした瞬間、チワワが大きく息を吸い込んでいるのが見えた。
「ヤバイッ‼」
咄嗟に両耳を抑えた。
そしてチワワが咆哮を上げた。
『オオオォォォォォオオオ―――――ッ!』
爆弾が炸裂したかのように、その声が店内に響き渡った。
陳列棚や、窓ガラスがガタガタを激しく振動する。
「ぐうッ……」
体の芯にまで衝撃が伝わる。
両耳を塞いでいたとはいえ、至近距離から強烈な咆哮を食らったおかげで、頭がクラクラする。
強引に頭を振り払い、朦朧とする意識を覚醒させる。
……体は……動く……か?
腕を動かして、手を開いては繰り返し確認する。
絹江さんは……。
絹江さんを確認すると、頭を抱えて陳列棚に寄りかかっていた。
少し離れた位置にいたおかげで、一応大丈夫みたいだ。
問題はチワワだ。
「あッ……!」
チワワはいつの間にか、立ち上がっていた。
左目からオイルのようなどす黒い血を流し、憤怒の表情を浮かべて、コチラを睨んでいる。
大分お怒りのようだ。
そんな怖い顔されても……。
少しビビりながら、チワワに銃口を向けた。
チワワが大きく口を開き、唸り声を上げながら飛びかかってきた。
『ググワワァァァ――――ッ!』
牽制で銃弾を放ちながら、チワワの死角となる左側に飛びのいた。
チワワは左目が見えないせいか、動きに今一つキレがない。
勢い余ったチワワは、陳列棚に派手にぶつかった。
陳列棚がドミノ倒しの様に次々と倒れ、再度店内に大きな音が響き渡り、積もっていた埃が舞い上がる。
チワワは直ぐに振り向き、唸り声を上げながら睨んできた。
『ググウウゥゥ――……』
…………仕掛けてこないのか?
どうも警戒して、コチラの出方を窺っているように見える。
チワワに突然襲われても、避けられるように一定の距離を開けて、コチラも様子を窺う。
そのまま力押しでくると思っていたけど、以外と慎重だな。
出来ればもう片方も潰したいところだけど、流石にチワワも警戒しているから難しいか?
まあ、チワワの動きを見るに、今の状態でも押し切れるだろう。
45口径のオートから、狙撃銃に持ち替えた。
銃を構えて、チワワに狙いを定める。
それを見たチワワが、威嚇の声を上げた。
『ガガァアアア――ッ!』
それに応えるように、引き金を引いた。
銃声が鳴り、銃弾がチワワの左側頭部に命中した。
チワワは銃弾を受けたことなど物ともせずに、すぐさま反撃して飛びかかってきた。
だが、十分に距離を取っていた上に、チワワの動きに精彩がない。
「オッと……」
五条大橋で弁慶を翻弄する牛若丸さながら、チワワの死角になる右に、ヒラリと飛びのいて攻撃を躱した。
チワワはコチラを見失い、キョロキョロと首を振って足を止めた。
片目を潰しておいて正解だったな!
その隙にバックステップで距離を確保しながら、ボルトレバーを操作して排莢し、次弾を装填する。
速やかに銃を構え、チワワに照準を合わせて、引き金を引いた。
銃声が鳴り、銃弾がチワワの左頬に命中する。
チワワの硬質化した左頬が砕けた。
コチラの位置に気付いたチワワは、狂ったような雄叫びを上げて、再度襲い掛かってきた。
『ガガァアアゥゥ――ッ!』
先程と同じように、チワワの死角に飛びのいて、ヒラリと躱した。
チワワはまた足を止めて、また、キョロキョロと周りを確認する。
突然片目を失って、距離感がつかめないだろ。
おまけにすぐに見失うのだから、もうそっちに勝ち目はないよ!
ボルトレバーを操作して排莢し、次弾を装填して銃を構えた。
意地悪で芸がないけど、後はこれを続けて完封させてもらう。
チワワに狙いを定めて、引き金を引いた。
銃声が鳴り、チワワの左耳が吹き飛んだ。
チワワが怒り狂ったように雄叫びを上げて、襲い掛かってきた。
『グゥガガァァァ――ッ!』
それを例のごとく、チワワの死角に飛びのいて躱す。
だが、飛びのいた先で、右腕に固い感触に当たった。
「えッ……?」
そこには先ほどチワワがぶつかって、ドミノ倒しにした陳列棚が横たわっていた。
次の瞬間、チワワの声が耳に入った。
『ググウウゥゥ……』
チワワがこちらに向き直り、威嚇の声を上げながら、ゆっくりと左方向にスライドしている。
えッ⁉ 見つけるの早くない⁉
これまでの流れで学習したのか?
「……ってこれヤバイじゃん‼」
チワワが左に回り込んでいる上、その他の逃げ道も横たわる陳列棚が、行く手を邪魔している。
どうにか――。
考える間もなく、チワワが唸り声を上げて、飛びかかってきた。
『ガガァアアア――ッ!』
その瞬間、自分でも不思議なほど、咄嗟に体が反応して動いた。
横たわる陳列棚に腕を置いて乗っかり、そこを支点にして、横に宙返りするように飛び上がる。
寸前まで居た空間を、チワワが大きく口を開いて、通過していく。
そして、チワワはボーリング玉が、ピンをなぎ倒すかのように、勢いよく陳列棚に激突した。
チワワの攻撃は、どうにか躱すことが出来たが、激突の余波に巻き込まれて、床に激しく打ち付けられた。
「うおッ……」
うまく受け身を取ることが出来なかったおかげで、体中に激しい痛みが走った。
だが、今は一刻を争う状況、このまま痛がってはいられない。
気力を振り絞って痛みを我慢し、体を起こしてチワワを確認する。
チワワは既にこちらに向き直り、強い殺気の込められた、刺すような眼差しを向けていた。
ヤバい……直ぐに立たないと……。
しかし、痛みから体が痺れて、思うように動けない。
チワワが笑った――ように感じた。
『ググウゥゥ……』
本当のところ、赤目の気持ちなんて一切分からない。
だが、確かにそう感じた。
まさか……この状況を狙っていたというのか?
チワワはそれを肯定するかのように、ゆっくりとした余裕のある動きで、距離を詰めてきた。
思い通りに動かない体が、気持ちを焦らせる。
何とかしなけ…………んッ⁉
ふと、目の前に転がる物が目についた。
パンパンに膨張した缶詰だ。
位置的に先程の物とは、別の個体であろう。
…………‼
痛みを押して無理やり体を動かし、即座に缶詰を掴み取った。
チワワは目前までやって来ていた。
そして観念しろ、とばかりに咆哮を上げた。
『ガガァアオオォォ――ッ』
その瞬間、チワワの大きく開いた口へ、缶詰を投げ込んだ。
缶詰はものの見事に、チワワの口の中に入った。
チワワは驚いた感じで、直ぐに口を閉じた。
それと同時に、チワワの口から炸裂音が鳴った。
チワワが悲鳴を上げる。
『ギギャァァヒィィンッ!』
チワワはジタバタと、手足をばたつかせた。
流石に体の内部への攻撃は、かなりの有効打になったみたいだ。
シロップの甘い香りが、漂ってきた。
缶詰の中身は果物だったのか?
……まあ、今はどうでもいい。
ボルトレバーを操作して排莢し、銃弾を装填した。
「いいかげん、そろそろくたばれッ!」
苦しむチワワに狙いを定め、引き金を引いた。
銃声が響き、チワワの太い首に、銃弾が命中した。
『グゥフゥ……』
チワワの動きが、急に鈍くなった。
ここで一気に決める!
即座に次弾を装填して、チワワに狙いを定め、引き金を引いた。
先程と同じく、チワワの首元に、銃弾が命中した。
続けて銃声が鳴った。
チワワの硬い右耳が砕け散った。
銃声の方を見ると、絹江さんが銃を構えていた。
絹江さんが矢継ぎ早に、銃弾を放っていく。
その間に急いで弾倉を交換し、コチラも追撃の引き金を引いた。
店内に銃声が轟いていく。
ここぞとばかりに、絹江さんと二人がかりで、集中砲火を浴びせた。
……………………。
辺り一面に、オイルのようなどす黒い血が飛び散り、硝煙が濃密に漂っている。
その中に、シロップの甘い香りを、僅かに感じた。
耳に浮遊感が漂い、少し痛みを覚える。
外の雨が、いつの間にかやんでいた。
目の前には、チワワが横たわっていた。
一切動く気配はない。
既に、生命ではないものになっていた。
レスポンスを気にしなくていいから、コッチの方がいいだろう。
元々セミオートマチック式の狙撃銃と、比較していたことだし、データは多いことに越したことは無い筈だ。
ボルトハンドルを操作し、弾薬を装填して射撃準備を整えると、チワワに向かって狙撃銃を構えた。
絹江さんも同じように、セミオートマチック式の狙撃銃を構えた。
スコープ越しに、チワワを覗き見る。
暗闇の中でも、ガタイが大きいおかげで狙いが定めやすい。
今の所チワワが、コチラに気付いている様子は窺えなかった。
不意打ち御免!
呼吸を止めてしっかりと狙いを定めると、引き金を引いた。
暗闇の中銃口が火を噴き、閉じられた室内に、銃声が反響して凄まじい勢いで轟いた。
チワワの肩口付近に、銃弾が着弾する。
暗闇の中でも、何となくそれが分かる。
続けて絹江さんが発砲し、銃声音が更に室内を強く反響して、駆け巡っていく。
コチラも肩口付近に、銃弾が命中した。
だが、あまり有効なダメージを、与えられたようには見えない。
チワワは平然とした様子で動く。
銃弾を受けたことよりも、むしろカゴ台車に挟まって、コチラ側に向こうとしているのに、うまく動けないことを気にしている感じだ。
う~~ん、やっぱり頭部じゃないと、難しいかな?
ボルトハンドルを動かして排莢し、次弾を装填する。
その間に隣から銃声が鳴った。
絹江さんの放った弾丸が、チワワの後頭部辺りに命中する。
おッナイス!
こっちも負けてられないな。
瞬時に狙いを定めて、引き金を引いた。
弾丸がチワワの頭部に命中した。
次の瞬間、チワワが吠えた。
『オオオォォォォォオオオ―――――ッ‼』
銃声を凌駕する大きな声が、室内に響き渡った。
体全体に衝撃が走る。
ヒィ~~~~。
あまりの大きな声は、一瞬気絶するかと思ったほどだ。
絹江さんは完全に気を当てられて、呆けた表情をしている。
チワワがゆっくりと、時間をかけてコチラに向きを変えた。
戦闘中とは思えない、その緩慢な動きに、底知れない強い力を感じさせられた。
そしてチワワが、再度吠えた。
『ガァオオォォォォオオオ―――――ッ‼』
それはまるで思うように動けないところに、不意打ちを仕掛けてきた者に対して、断罪しているかのようであった。
「…………卑怯者とでも言いたいのか?」
チワワは見下すような顔つきで、赤い目を輝かせた。
「こう見えでも死に物狂いでな。だから、そんなこといちいち気にしていられないんだよッ!」
ボルトレバーを操作して排莢し、次弾を装填しながら、横に向けて声を張り上げた。
「絹江さん撃ってッ‼」
「あッ……!」
絹江さんは何かを思い出したように、ハッとした表情を浮かべた。
チワワに狙いを定め、引き金を引いた。
銃弾がチワワの右側頭部辺りに命中する。
だが、チワワはそれをお構いなしに、ゆっくりと歩を進めてきた。
急いでボルトレバーを操作して排莢し、次弾を装填させる。
その間に横から銃声が鳴った。
チワワの左肩の辺りに、銃弾が命中した。
絹江さんもどうにか復活したみたいだ。
二人係でチワワに、絶え間なく銃弾を浴びせていく。
それでもチワワは、ジリジリと距離を詰めてきた。
「チッ……痛みや、恐怖はないのかよ⁉」
チワワに合わせて、ゆっくりと後ろに下がる。
絹江さんが先に弾倉の交換に入り、コチラも急ぎ弾倉を抜き出して、マガジンポーチから替えの弾倉を取り出し、狙撃銃に差し込んだ。
そのわずかなスキに、チワワは思いもかけない行動に出た。
チワワは身をかがめて、低い姿勢を取った。
何だ……?
そしてチワワは十分に足を固めると、力強く躍動した。
「なッ⁉」
チワワは片側の足だけながらも、その巨体をものともせずに高く飛び上がると、自由落下して床に激突した。
凄まじい衝突音が室内に響き渡り、重い衝撃が床に走った。
左腕で頭を覆い、腰を落としてそれに耐える。
周りの積み上げられた段ボールや、カゴ台車が激しく振動し、横から悲鳴が聞こえてきた。
「キャァァ――ッ」
衝撃が収まり、チワワを確認する。
「あッ……!」
チワワの頭は依然として、カゴ台車に挟まったままであったが、底面の部分が割れて外れていた。
「マズい……!」
先程までは片側の足が底面に乗っていたので、歩くこともままならない状態であったが、それが今では両足がしっかりと地についている。
これではチワワが自由に動けてしまう。
直ぐに声を張り上げた。
「絹江さん撤退をッ‼」
横で膝をついていた絹江さんの、手を取って急いで引き起こすと、猛然と駆け出した。
後ろ手にチワワが追ってくるのが見える。
暗闇の中、床に転がっているカゴや、ダンボールなどの障害物を、必死に避けながら全力で駆ける。
対するチワワは、そんな障害物を蹴散らしながら、強引に最短距離を直進して追ってきた。
こちらは障害物を避けて駆けている為、どうしても多少のロスが生じてしまうが、幸いのことにチワワの足が遅いおかげで、追いつかれずに済んでいた。
目の前に光の筋が見えた。
バックヤードの出入り口扉から漏れる光だ。
勢いを殺さずに、絹江さんと並んで扉に体当たりした。
急いで店内を駆ける。
続いて追ってきたチワワが、扉に差し掛かる。
その瞬間、大きく激突音が鳴り響いた。
後ろを確認すると、チワワがひっくり返り、手足をジタバタさせて転がっていた。
「…………⁉」
どうやらチワワに挟まっていたカゴ台車が、バックヤード出入り口扉の上部とぶつかって、転んだみたいだ。
「チャンス!」
全力疾走から急停止を掛ける。
強い慣性が体にかかってくる。
それを、両足を強く踏ん張って、無理やり抑え込んだ。
狙撃銃から45口径のオートに持ち替えながら、距離を詰めた。
そしてチワワに銃口を向ける。
乱れた呼吸を我慢して抑えながら、続けて引き金を引いていった。
店内に銃声が鳴り響き、銃弾がチワワの顔面に着弾していく。
チワワは全く怯む様子を見せずに、事も無げに立ち上がり始めた。
頑丈なチワワは銃弾を防ごうともせずに、むしろ挟まっているカゴ台車の方を、気にしているように見えた。
そんなもの効かないってか?
それならそれで、そっちの方がやりやすい。
こちらの目的は、ダメージを与えることではないのだから。
狙いは――。
絶え間なくチワワに銃弾を撃ち込んでいく。
一気に銃弾が切れ、手慣れた手つきでマガジンをリリースさせると、替えのマガジンをポーチから取り出して、銃に差し込んだ。
チワワが立ち上がる前に……。
少々焦りながらも慎重に狙いを定め、集中して銃撃していく。
不意に、チワワが短く呻いて顔を背けた。
『グッオオッ……』
銃弾がチワワの左目に、着弾したみたいだ。
「ヨシッ!」
目的はコレだ!
ボルトアクション式の狙撃銃ではレスポンスが悪く、建物内では強引に距離を詰められて、押し切られてしまう可能性が高い。
だからと言って、45口径ではレスポンスは高いが、有効な打撃を与えることが難しい。
それなら先にレスポンスの高い45口径のオートで、弾をばら撒き視覚を奪い、十分に間を取りながら、ボルトアクション式の狙撃銃で止めを刺す。
これなら不利な状況でも、強敵のチワワを倒せるはずだ。
だが、チワワはそんなに簡単な相手ではなかった。
追撃を掛けるべく、有効な射撃角度に移動しようとした瞬間、チワワが大きく息を吸い込んでいるのが見えた。
「ヤバイッ‼」
咄嗟に両耳を抑えた。
そしてチワワが咆哮を上げた。
『オオオォォォォォオオオ―――――ッ!』
爆弾が炸裂したかのように、その声が店内に響き渡った。
陳列棚や、窓ガラスがガタガタを激しく振動する。
「ぐうッ……」
体の芯にまで衝撃が伝わる。
両耳を塞いでいたとはいえ、至近距離から強烈な咆哮を食らったおかげで、頭がクラクラする。
強引に頭を振り払い、朦朧とする意識を覚醒させる。
……体は……動く……か?
腕を動かして、手を開いては繰り返し確認する。
絹江さんは……。
絹江さんを確認すると、頭を抱えて陳列棚に寄りかかっていた。
少し離れた位置にいたおかげで、一応大丈夫みたいだ。
問題はチワワだ。
「あッ……!」
チワワはいつの間にか、立ち上がっていた。
左目からオイルのようなどす黒い血を流し、憤怒の表情を浮かべて、コチラを睨んでいる。
大分お怒りのようだ。
そんな怖い顔されても……。
少しビビりながら、チワワに銃口を向けた。
チワワが大きく口を開き、唸り声を上げながら飛びかかってきた。
『ググワワァァァ――――ッ!』
牽制で銃弾を放ちながら、チワワの死角となる左側に飛びのいた。
チワワは左目が見えないせいか、動きに今一つキレがない。
勢い余ったチワワは、陳列棚に派手にぶつかった。
陳列棚がドミノ倒しの様に次々と倒れ、再度店内に大きな音が響き渡り、積もっていた埃が舞い上がる。
チワワは直ぐに振り向き、唸り声を上げながら睨んできた。
『ググウウゥゥ――……』
…………仕掛けてこないのか?
どうも警戒して、コチラの出方を窺っているように見える。
チワワに突然襲われても、避けられるように一定の距離を開けて、コチラも様子を窺う。
そのまま力押しでくると思っていたけど、以外と慎重だな。
出来ればもう片方も潰したいところだけど、流石にチワワも警戒しているから難しいか?
まあ、チワワの動きを見るに、今の状態でも押し切れるだろう。
45口径のオートから、狙撃銃に持ち替えた。
銃を構えて、チワワに狙いを定める。
それを見たチワワが、威嚇の声を上げた。
『ガガァアアア――ッ!』
それに応えるように、引き金を引いた。
銃声が鳴り、銃弾がチワワの左側頭部に命中した。
チワワは銃弾を受けたことなど物ともせずに、すぐさま反撃して飛びかかってきた。
だが、十分に距離を取っていた上に、チワワの動きに精彩がない。
「オッと……」
五条大橋で弁慶を翻弄する牛若丸さながら、チワワの死角になる右に、ヒラリと飛びのいて攻撃を躱した。
チワワはコチラを見失い、キョロキョロと首を振って足を止めた。
片目を潰しておいて正解だったな!
その隙にバックステップで距離を確保しながら、ボルトレバーを操作して排莢し、次弾を装填する。
速やかに銃を構え、チワワに照準を合わせて、引き金を引いた。
銃声が鳴り、銃弾がチワワの左頬に命中する。
チワワの硬質化した左頬が砕けた。
コチラの位置に気付いたチワワは、狂ったような雄叫びを上げて、再度襲い掛かってきた。
『ガガァアアゥゥ――ッ!』
先程と同じように、チワワの死角に飛びのいて、ヒラリと躱した。
チワワはまた足を止めて、また、キョロキョロと周りを確認する。
突然片目を失って、距離感がつかめないだろ。
おまけにすぐに見失うのだから、もうそっちに勝ち目はないよ!
ボルトレバーを操作して排莢し、次弾を装填して銃を構えた。
意地悪で芸がないけど、後はこれを続けて完封させてもらう。
チワワに狙いを定めて、引き金を引いた。
銃声が鳴り、チワワの左耳が吹き飛んだ。
チワワが怒り狂ったように雄叫びを上げて、襲い掛かってきた。
『グゥガガァァァ――ッ!』
それを例のごとく、チワワの死角に飛びのいて躱す。
だが、飛びのいた先で、右腕に固い感触に当たった。
「えッ……?」
そこには先ほどチワワがぶつかって、ドミノ倒しにした陳列棚が横たわっていた。
次の瞬間、チワワの声が耳に入った。
『ググウウゥゥ……』
チワワがこちらに向き直り、威嚇の声を上げながら、ゆっくりと左方向にスライドしている。
えッ⁉ 見つけるの早くない⁉
これまでの流れで学習したのか?
「……ってこれヤバイじゃん‼」
チワワが左に回り込んでいる上、その他の逃げ道も横たわる陳列棚が、行く手を邪魔している。
どうにか――。
考える間もなく、チワワが唸り声を上げて、飛びかかってきた。
『ガガァアアア――ッ!』
その瞬間、自分でも不思議なほど、咄嗟に体が反応して動いた。
横たわる陳列棚に腕を置いて乗っかり、そこを支点にして、横に宙返りするように飛び上がる。
寸前まで居た空間を、チワワが大きく口を開いて、通過していく。
そして、チワワはボーリング玉が、ピンをなぎ倒すかのように、勢いよく陳列棚に激突した。
チワワの攻撃は、どうにか躱すことが出来たが、激突の余波に巻き込まれて、床に激しく打ち付けられた。
「うおッ……」
うまく受け身を取ることが出来なかったおかげで、体中に激しい痛みが走った。
だが、今は一刻を争う状況、このまま痛がってはいられない。
気力を振り絞って痛みを我慢し、体を起こしてチワワを確認する。
チワワは既にこちらに向き直り、強い殺気の込められた、刺すような眼差しを向けていた。
ヤバい……直ぐに立たないと……。
しかし、痛みから体が痺れて、思うように動けない。
チワワが笑った――ように感じた。
『ググウゥゥ……』
本当のところ、赤目の気持ちなんて一切分からない。
だが、確かにそう感じた。
まさか……この状況を狙っていたというのか?
チワワはそれを肯定するかのように、ゆっくりとした余裕のある動きで、距離を詰めてきた。
思い通りに動かない体が、気持ちを焦らせる。
何とかしなけ…………んッ⁉
ふと、目の前に転がる物が目についた。
パンパンに膨張した缶詰だ。
位置的に先程の物とは、別の個体であろう。
…………‼
痛みを押して無理やり体を動かし、即座に缶詰を掴み取った。
チワワは目前までやって来ていた。
そして観念しろ、とばかりに咆哮を上げた。
『ガガァアオオォォ――ッ』
その瞬間、チワワの大きく開いた口へ、缶詰を投げ込んだ。
缶詰はものの見事に、チワワの口の中に入った。
チワワは驚いた感じで、直ぐに口を閉じた。
それと同時に、チワワの口から炸裂音が鳴った。
チワワが悲鳴を上げる。
『ギギャァァヒィィンッ!』
チワワはジタバタと、手足をばたつかせた。
流石に体の内部への攻撃は、かなりの有効打になったみたいだ。
シロップの甘い香りが、漂ってきた。
缶詰の中身は果物だったのか?
……まあ、今はどうでもいい。
ボルトレバーを操作して排莢し、銃弾を装填した。
「いいかげん、そろそろくたばれッ!」
苦しむチワワに狙いを定め、引き金を引いた。
銃声が響き、チワワの太い首に、銃弾が命中した。
『グゥフゥ……』
チワワの動きが、急に鈍くなった。
ここで一気に決める!
即座に次弾を装填して、チワワに狙いを定め、引き金を引いた。
先程と同じく、チワワの首元に、銃弾が命中した。
続けて銃声が鳴った。
チワワの硬い右耳が砕け散った。
銃声の方を見ると、絹江さんが銃を構えていた。
絹江さんが矢継ぎ早に、銃弾を放っていく。
その間に急いで弾倉を交換し、コチラも追撃の引き金を引いた。
店内に銃声が轟いていく。
ここぞとばかりに、絹江さんと二人がかりで、集中砲火を浴びせた。
……………………。
辺り一面に、オイルのようなどす黒い血が飛び散り、硝煙が濃密に漂っている。
その中に、シロップの甘い香りを、僅かに感じた。
耳に浮遊感が漂い、少し痛みを覚える。
外の雨が、いつの間にかやんでいた。
目の前には、チワワが横たわっていた。
一切動く気配はない。
既に、生命ではないものになっていた。
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