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第七章
軽易
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周りを見て回っていたシゲさんが、自分を見るなり問いかけてきた。
「その顔どうしたんだ?」
「……大丈夫です。気にしないでください」
ううぅ~~ゥ両頬が痛い。
隣にいる絹江さんは、何故か妙にスッキリした顔をしていた。
「……⁇」
シゲさんは一瞬不思議そうな顔を浮かべたが、何事も無かったように話を始めてくれた。
「どんな感じだ?」
「前方にチワワが三匹ってとこですね。他は見当たらないです」
「オウ、想定通りってところだな。ホイじゃまあ、始めるとするか。見た目と違って、割かしやりやすい相手何でヨロシク!」
「了解」
「分かりました」
チワワまでの距離と、周りの風速を確認する。
……およそ200メートルってところで……風もほとんどないな。
絹江さんに条件を伝える。
「OK!」
絹江さんは短い返事を返すと、放置されていた車を土台にして、狙撃銃を構える。
その車の反対側で、こっちも同じように狙撃銃を構えた。
今回は既存のボルトアクション式の狙撃銃と、新規導入したセミオートマチック式の狙撃銃を、比較検討する為に自分も狙撃を行う。
普段狙撃手の役割をすることは滅多に無いが、一応訓練自体は常に行っていた。
シゲさんは少し後方で、周りに気を配りながら散弾銃を携えている。
スコープに映るチワワは、鳩の様に無警戒に道路で寝そべり、赤い目を光らせていた。
右端に居るチワワの側頭部に、狙いを定める。
う~~ん、厳つい……スコープから見てもやっぱり厳つい!
おまけに赤目ら、目を開けたまま休むから、さらに倍って感じだな。
絹江さんが声を掛けてきた。
「準備はいい?」
スコープを覗いたまま、絹江さんに返す。
「ええ、いいですよ」
「じゃあ、始めるわね!」
一瞬間が開いた後、隣から銃声が上がった。
それじゃあ、コッチも!
引き金を引くと、銃声と共に強い反動が掛かってきた。
弾丸が狙い通りに、チワワの側頭部に当たる。
チワワの側頭部の一部が、砕けて散ったように見えた。
だが、チワワは何事も無かったかのように、ムクリと立ち上がる。
そしてコチラに向き直ると、猛然と駆けだした。
相変わらずイカれた赤目め!
就寝中に撃たれて、その反応かよ⁉
チワワを迎え撃つ為、即座に次の射撃へ移る。
狙撃銃のボルトのハンドルを起こして、後方に引き排莢させると、前方に押して弾丸を送り込み、ハンドルを寝かせた。
その間に隣からは、既に銃声が鳴っていた。
絹江さんとの狙撃技能を差し引いても、やはり射撃間隔はセミオートマチック式の方が速い。
チワワに照準を合わせる為に、再度スコープを覗き込んだ。
依然としてチワワがコチラに向かって、駆けて来るのが見えた。
だけど……。
隣から絹江さんの、驚きの声が聞こえてきた。
「遅ッ⁉」
その気持ちは分かりますよ、絹江さん。
いくらミーティングで聞いていたとはいえ、誰だって皆、最初はそう思いますから……。
とは言っても、コレは自分の射撃間隔に対してではなく、チワワに対して言ったのであろう。
チワワは凄く足が遅いのだ。
そしてこの点が、シゲさんが最初に「割とやりやすい相手」と言った理由である。
チワワは赤目の中でも、上位に入るポテンシャルを持っている。
強靭な牙と爪を有し、大きな体格に強固な外装、圧倒的なパワーと無尽蔵とも思える体力を誇る強者だ。
ただ、足だけは凄く遅いのだ。
それでいて障害物の無い、広いスペースを好む。
おまけにチワワは対象に対して、真っすぐに進んで襲い掛かって来る習性がある為、遠い距離からでも狙撃しやすく、足が遅いことも相まって、面白いように当て続けることが出来る。
そうなれば流石に強者のチワワでも、簡単に限界が訪れる。
仮にチワワが建物内に潜むことや、狭いスペースをいとわない習性ならば、話は全然違ったものになっただろう。
近距離での戦闘なら高いポテンシャルを盾に、ゴリ押しで十分に距離を潰すことが出来る。
それならば、手の付けられない相手であった。
だが、現状は厳つい顔の、お得意さまってところだ。
チワワに狙いを定めて、引き金を引いた。
弾丸がチワワの頭部に着弾し、耳の部分が破損して砕けた。
チワワはそれに対して、まるで「そんな攻撃効くものか!」と主張するかのように、大きな咆哮を上げた。
『グワアアァァァンン!』
直ぐに狙撃銃のハンドルを操作して、次の射撃の準備を済ませると、スコープを覗き込んだ。
チワワのタイミングを見計らって、引き金を引いた。
銃声が鳴り響き、強い反動が掛かる。
弾丸が上手い具合に、チワワの口の中に入り込んだ。
チワワは野太い悲鳴を上げて、もんどりうって滑り込む。
『ギャァィィン!』
おッ! ラッキー!
いくら外装が硬くても、体内なら関係ないだろ!
追い打ちをかける為、急いで次の射撃準備を済ませると、スコープを覗き込んだ。
チワワがフラフラとした動きで、立ち上がろうとしていた。
狙いを定めて、引き金を引いた。
チワワは左側頭部に弾丸を受けて、よろめき倒れた。
追撃の手を緩めずに、チワワに弾丸を撃ち込んでいく。
一発、二発、三発と容赦なく弾丸を撃ち込むと、チワワは立ち上がらなくなり、更に四発、五発と撃ち込むと、チワワは動かなくなった。
だが、安心するのはまだ早い。
チワワは他にもまだ残っている。
状況を確認しながら弾倉を交換する。
絹江さんも一匹仕留めたところで、残りの一匹も騒ぎに気付いて、こちらに向かって駆けているが、まだ、半分ぐらいの距離にも来ていなかった。
う~~ん……本当に足遅いよな。
それにしても絹江さんの方が射撃間隔は短いから、もっと早く仕留めることが出来ると思っていたけど、それほど変わらないな。
コッチの方の使用する弾丸の威力が高いから、やはりその辺が要因だろうか?
隣から銃声が聞こえてきた。
検証するのは後にして、今は残りのチワワを片付けるとしよう。
スコープを覗き込みチワワに狙いを定め、弾丸を撃ち込んでいく。
今度は絹江さんと二人係で撃ちこんでいったおかげで、チワワは直ぐに膝をつき動かなくなった。
弾倉を交換して、気を緩めずに周りを見渡す。
動く者は見当たらない。
辺りには静寂と、硝煙の匂いが漂っていた。
その状態まま、暫く周りを観察する。
ん⁈
肌に冷たいものを感じた。
空を見上げると、ポツリポツリと雨が降ってきた。
その後も天候以外は、特に異常は見られなかった。
絹江さんが恨めしそうにつぶやいた。
「凄い雨ね……」
「そうですね」
念の為周りを確認している最中に、本格的に雨が降り出した。
雨は数メートル先を見えなくするほどに激しさを増し、容赦なく建物を打ち付けていた。
雨を避ける為、絹江さんと道路沿いの建物に避難していた。
シゲさんも道路を挟んで反対側の建物に、避難している。
チワワの回収はこの雨のせいで、後日に行うことになった。
そこはいいのだが、帰ろうにも雨が激しすぎて、トラックへ戻るだけでもかなりしんどそうだ。
取り敢えずもう少し様子を見ることになったが、雨は一向に衰える気配が感じられない。
まいったね、こりゃ……。
雨宿りしているのは、かつてスーパーであった建物だ。
割と大きなスーパーで、店内は広々としていた。
スーパーの中にはレジや、陳列ケースなどの棚、冷蔵設備はそのままの形で残されていた。
長い間放置されていたおかげで、店内には埃が積もっていて、カビの臭いが鼻についた。
流石に商品はほとんど残っていなかったが、それでも少しばかり棚や、床に転がっていた。
無論明かりはつくはずもなく、外の天候のせいでかなり薄暗い。
「直ぐには、やみそうにないですね」
レジのテーブルに溜まっていた埃を払い、腰を下ろした。
ウエストポーチから、ペットボトルを取り出した。
特に何もやることが無いので、ボーとしながら口に含む。
ふと横目に幾つかの缶詰が、転がっているのが目についた。
それらの中には缶が膨張しているものもあって、長い月日の経過を感じさせた。
何気なしに、それを手に取ってみる。
賞味期限を確認すると、切れてからかなりの年月が経過していた。
……だよね。
赤目が出現したのが、今から約二十年前だ。
この地域が汚染区に指定されたのも、ちょうどそれぐらいの時期になるので、当然といえば当然だ。
その様子を見ていた絹江さんが、口を開いた。
「缶詰って保存状態が良ければ、賞味期限が切れていても大丈夫って話よ」
「へ~~そうなんですか?」
「確か南極で見つかった百年以上前の缶詰を、食べた話を聞いたことがあるわ」
「そいつは凄いですね」
おもむろに絹江さんが肩を掴まえてきた。
そして顔をそっと近づけてきて、悪魔の様に囁く。
「分かっているわよね?」
「……何を期待しているのですか?」
「今の話聞いていなかったの?」
「聞いていましたよ。南極での話ですよね?」
「それなら何をするべきか、分かっているわね?」
「いえ、一ミクロンも分りませんね。っていうか、これ膨らんでいますし、明らかに危ないでしょ?」
絹江さんは傍にあった缶詰を、一つ手に取った。
「ホラ、これ何でどう? これなら膨らんでいないわよ!」
絹江さんはそう言って、缶詰を顔にグリグリと押し付けてきた。
「……いえ、膨らんでいるか、膨らんでいないかが問題ではないので、絹江さんの期待には応えられませんよ!」
「それが問題みたいに言っていたのに……嘘つき!」
絹江さんはそう言って、なおも缶詰を顔に押し付けてくる。
「……その顔にグリグリするの、やめてもらいませんか?」
「え~~ッ! いいじゃない、これぐらい! 決してさっきの仕返しのつもりじゃあないわよ!」
絹江さんは笑顔で、更に力を強めてきた。
……根に持っていたか。
絹江さんねちっこくて厄介だから、どうしようかな……?
その時、大きく金属音が鳴り響いた。
絹江さんがそれに反応する。
「今の何……?」
「分かりません! 店の奥からだと思いますけど……」
なおも金属音は続けて鳴り響いている。
「……風のせいじゃあないよね?」
薄汚れ、所々ひび割れた窓から外を眺めると、猛烈な雨に加え、強い風が吹き荒れていた。
しかし、金属音は店内の奥から聞こえてくる。
「う~~ん、ちょっと判断つかないですね……」
「……どうする?」
「……確認しに行きましょう! 問題がないことを確定させることも、必要なことだと思います」
「分かったわ!」
絹江さんは打って変わって、真剣な眼差しだ。
因みに、絹江さんはこの話の間も、顔に缶詰をグリグリ押し付けることを辞めなかった。
右腿のホルスターから45口径のオートを取り出した。
建物内の狭い空間では、ボルトアクション式の狙撃銃よりも、拳銃の方が取り回ししやすい。
通常建物内に潜むのは、小型の赤目がほとんどで、たまに中型の赤目がいるぐらいだ。
チワワのような大型の赤目が、生息することはほぼ無い。
小型の赤目は動きが機敏なので、速射性の高い拳銃が好ましい。
それに中型の赤目が相手でも、コチラは絹江さんと合わせて二人いるので、それで何とか対応出来るハズだ。
問題はチワワのような、大型の赤目が出た場合だ。
ハッキリ言って、今の装備では対応出来ない。
狙撃銃だと速射性や、回転率が悪く、十分に距離を取ることが出来ない建物内では、大いに不利になる。
それと拳銃では火力不足で、有効な打撃を与えることが出来ない。
仮に大型の赤目に出くわして場合は、即座に戦略的撤退といったところだ。
まあ、でも建物内なので、その可能性は低いように感じる。
薄暗い店内を、足元に気を付けながら歩いて行く。
店内は広く、奥へと続いていた。
……んん~~何だろう?
何か……違和感が……。
不審に思いながらも歩を進めて行くと、角に突き当たりそこを左に曲がってさらに進んで行く。
…………⁉
「絹江さんストップ!」
絹江さんが立ち止まって振り返る。
「何?」
周りを見渡して、棚などを確認する。
棚には一目で長い年月を推測させるほど、埃が積もっていた。
「……床を見てください」
店内でもメインの通路とみられる、少し広いスペースを歩いていたのだが、端の方には埃が積もっているのに、真ん中付近は埃がまばらであった。
「……これって……⁉」
絹江さんは直ぐに、コチラの意図を察したみたいだ。
室内のどこかに隙間があって、風が入り込んでもこんな跡にはならないだろう。
「……何かが潜んでいると、考えるべきですね」
絹江さんの表情が、一変して強張った。
引きずった跡は嫌な予感をさせる。
「兎も角、今は原因を確認することが、先決と思います!」
「……そうね!」
絹江さんは真剣な表情で頷いた。
右手には冷凍室の陳列ケースが並び、左手には商品を陳列する棚が並んでいた。
どちらも商品は置かれておらず、空の状態だ。
前後左右に気を配り、物陰を確認しながら慎重に歩いて行く。
金属音は断続的に、店内の奥から聞こえてきていた。
更に歩を進めると、右手に簡素な扉があった。
バネ仕掛けのどちらからでも開かれる観音開きになっていて、バックヤードへ続いていると思われる。
隙間風が勢いよく吹いていて、扉がゆらゆらと揺れていた。
金属音は扉の奥から聞こえてくる。
……少し寒いな。
隙間風が強く、雨に濡れたおかげだな。
まあ、寒気がするのはそのせいばかりじゃないけど……。
扉の隙間から様子を窺う。
内部は暗く、状況をハッキリと確認することが出来ない。
……まいったな。
確率が高いだけに、内部を確認出来ないのは辛い。
しかし、このまま手をこまねいていても、埒が明かないし……。
「どうするの?」
そう問いかけてきた絹江さんの声には、不安の響きを感じた。
半ば自分に言い聞かせるように答えた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言いますし、ここはひとつ、虎の穴に入ってみましょう!」
実際は赤目の穴ですけど。
絹江さんも、この意見に賛同した。
「……そうするしかないわよね」
「フウゥゥ――……」
深く深呼吸をして、気持ちを整えた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
観音開きの扉に手を掛けて、ゆっくりと慎重に開いていった。
風が勢いよく流れてきて体温と、気持ちを冷ましていく。
想像していたよりも、内部は広いスペースのようだ。
だが、明かりながく、暗闇のおかげで全容がつかめない。
窓も無いのか……。
でも、考えてみればそうか、バックヤードって要は倉庫だよな? 商品を保管する際に直射日光なんて射してきたら、当然劣化するだろうから当たり前か。
周りに気を配りながら、暗闇を見つめて目を慣らす。
元々屋外のみの活動になるだろうと考えていたので、ライトなどは持って来ていない。
もっともライトを持って来ていたとしても、暗闇の中では目立つので、実際は使用することが出来なかっただろう。
段々と目が慣れてきて、暗闇の中ボンヤリとしていた輪郭が、ハッキリとしてきた。
バックヤードの中は、物が散乱していた。
ダンボールや、買い物カゴ、商品を運搬するカゴ台車などがいたるところに散らばっている。
今の所、異常は見当たらない。
……そろそろいいだろう。
絹江さんに聞こえるように一声放った。
「行きます! 後ろはお願いします」
それに絹江さんが短く返した。
「ええ、任せて!」
ゆっくりと暗闇の中に、踏み込んでいく。
内部は大分ヒンヤリとしていた。
外光が入らないからか? 結構寒いな……。
右手側にはうっすらと扉が見えて、正面には内壁、左手側はさらに奥まで続いているみたいだ。
例の金属音は左手側から聞こえてくる。
道は二つか……。
取り敢えずは…………右かな。
足元に気を付けながら慎重に進む。
絹江さんは後方を警戒しながら、後からついてくる。
扉は開いたままの状態であった。
外から中の様子を窺う。
……ここは……事務所? 休憩室……かな?
部屋の内部はデスクや、長テーブル、長イスなどが見える。
周りに気を配りながら、部屋の中にはいった。
暗くてハッキリとは見えないが、壁面にはロッカーや、色あせたポスターが貼られ、辺り一面には埃が積もっているみたいだ。
部屋の状態から見て赤目どころか、長年何者も足を踏み入れていないように見える。
念の為部屋を見回ってみたが、赤目の痕跡は見られない。
……問題は無いな。
これでこちら側の安全が確認出来たので、挟撃される心配はない。
絹江さんに目配せをした。
絹江さんが緊張した表情で頷いた。
では、あんまり行きたくないけど、金属音が鳴っている問題の奥の通路へ行きますか。
部屋を出て奥へと進む。
暗闇の中には、何が潜んでいるか分からない。
カゴ台車などの障害物を、細心の注意を払って歩いて行く。
進むごとに金属音と、不安が増していった。
それを押し殺して、前に進んで行く。
やがて右側の壁が無くなり、進行方向の正面奥に壁が見えた。
どうやら角になっているみたいで、右側が開けていた。
暗闇の中、カゴ台車が散乱しているおかげで、その先は見通せない。
自分でもよく分からないが、この時感じ取ることが出来た。
この先に赤目がいることが。
それが只のカンなのか、何なのかは分からない。
だが、確かな確信があった。
絹江さんに向けて、奥を指差した。
どうやら絹江さんは、意図を感じ取ってくれたみたいで、表情がさらに険しくなった。
物音を立てないように、障害物を慎重に避けて歩く。
奥の方に、揺らめく光が見えた。
ゆっくりと距離を詰めながら、それを注意深く確認する。
どうも風のせいで扉が、開閉を繰り返し、音を立てているみたいだ。
……風のせいだったのか…………イヤ‼
それとは別に、光るものを見つけた。
赤く妖しく輝く目を。
赤目だ!
二メートルを軽く超える巨体で、筋骨隆々とした逞しい体格、思わず目を背けたくなる強烈にゴツイ顔に、その名が示す通り赤く目を光らせている。
…………最悪。
嫌な予感と言うものは、得てして当たるものだ。
暗闇の中でも直ぐに判った。
チワワだ!
マジかよッ! マズいことに…………んん⁉
何だかチワワの様子がおかしい。
どうにも悶えているように見える。
何だ……?
暗くて最初は気付かなかったが、よく見るとカゴ台車に頭から挟まって、取れないでいるみたいだ。
オマケにカゴ台車が体につっかえる形になって、片足が底面に乗っているおかげで、まともに歩くこともままならないようだ。
先程から鳴っていた金属音は、風によって扉が開閉していたせいもあるが、チワワがカゴ台車から頭を抜こうとして、床や壁に打ち付けていたのが主な原因みたいだ。
どうしてこうなったかは分からないが、一つだけ言えることがある。
バカだなコイツ!
……どうしよっかな~~?
意見を求めて、絹江さんの顔を窺った。
絹江さんは無言でチワワを指差すと、親指を立てて首を掻っ切るポーズを決め、そのまま下に向けた。
……容赦ないな。
まあ、どちらにしろ殺ることに、変わりはないんだけどね。
チワワのあの状態なら、反撃を受ける可能性は少ないだろうし、かなり一方的な展開になる筈だ。
これならわざわざシゲさんを、呼ぶ必要も無いか?
一応報告がてら、一方は入れておくとして……。
思うように動けないチワワには、ミジンコほど悪い気がするが、ここは一気に片づけさせてもらおう。
「その顔どうしたんだ?」
「……大丈夫です。気にしないでください」
ううぅ~~ゥ両頬が痛い。
隣にいる絹江さんは、何故か妙にスッキリした顔をしていた。
「……⁇」
シゲさんは一瞬不思議そうな顔を浮かべたが、何事も無かったように話を始めてくれた。
「どんな感じだ?」
「前方にチワワが三匹ってとこですね。他は見当たらないです」
「オウ、想定通りってところだな。ホイじゃまあ、始めるとするか。見た目と違って、割かしやりやすい相手何でヨロシク!」
「了解」
「分かりました」
チワワまでの距離と、周りの風速を確認する。
……およそ200メートルってところで……風もほとんどないな。
絹江さんに条件を伝える。
「OK!」
絹江さんは短い返事を返すと、放置されていた車を土台にして、狙撃銃を構える。
その車の反対側で、こっちも同じように狙撃銃を構えた。
今回は既存のボルトアクション式の狙撃銃と、新規導入したセミオートマチック式の狙撃銃を、比較検討する為に自分も狙撃を行う。
普段狙撃手の役割をすることは滅多に無いが、一応訓練自体は常に行っていた。
シゲさんは少し後方で、周りに気を配りながら散弾銃を携えている。
スコープに映るチワワは、鳩の様に無警戒に道路で寝そべり、赤い目を光らせていた。
右端に居るチワワの側頭部に、狙いを定める。
う~~ん、厳つい……スコープから見てもやっぱり厳つい!
おまけに赤目ら、目を開けたまま休むから、さらに倍って感じだな。
絹江さんが声を掛けてきた。
「準備はいい?」
スコープを覗いたまま、絹江さんに返す。
「ええ、いいですよ」
「じゃあ、始めるわね!」
一瞬間が開いた後、隣から銃声が上がった。
それじゃあ、コッチも!
引き金を引くと、銃声と共に強い反動が掛かってきた。
弾丸が狙い通りに、チワワの側頭部に当たる。
チワワの側頭部の一部が、砕けて散ったように見えた。
だが、チワワは何事も無かったかのように、ムクリと立ち上がる。
そしてコチラに向き直ると、猛然と駆けだした。
相変わらずイカれた赤目め!
就寝中に撃たれて、その反応かよ⁉
チワワを迎え撃つ為、即座に次の射撃へ移る。
狙撃銃のボルトのハンドルを起こして、後方に引き排莢させると、前方に押して弾丸を送り込み、ハンドルを寝かせた。
その間に隣からは、既に銃声が鳴っていた。
絹江さんとの狙撃技能を差し引いても、やはり射撃間隔はセミオートマチック式の方が速い。
チワワに照準を合わせる為に、再度スコープを覗き込んだ。
依然としてチワワがコチラに向かって、駆けて来るのが見えた。
だけど……。
隣から絹江さんの、驚きの声が聞こえてきた。
「遅ッ⁉」
その気持ちは分かりますよ、絹江さん。
いくらミーティングで聞いていたとはいえ、誰だって皆、最初はそう思いますから……。
とは言っても、コレは自分の射撃間隔に対してではなく、チワワに対して言ったのであろう。
チワワは凄く足が遅いのだ。
そしてこの点が、シゲさんが最初に「割とやりやすい相手」と言った理由である。
チワワは赤目の中でも、上位に入るポテンシャルを持っている。
強靭な牙と爪を有し、大きな体格に強固な外装、圧倒的なパワーと無尽蔵とも思える体力を誇る強者だ。
ただ、足だけは凄く遅いのだ。
それでいて障害物の無い、広いスペースを好む。
おまけにチワワは対象に対して、真っすぐに進んで襲い掛かって来る習性がある為、遠い距離からでも狙撃しやすく、足が遅いことも相まって、面白いように当て続けることが出来る。
そうなれば流石に強者のチワワでも、簡単に限界が訪れる。
仮にチワワが建物内に潜むことや、狭いスペースをいとわない習性ならば、話は全然違ったものになっただろう。
近距離での戦闘なら高いポテンシャルを盾に、ゴリ押しで十分に距離を潰すことが出来る。
それならば、手の付けられない相手であった。
だが、現状は厳つい顔の、お得意さまってところだ。
チワワに狙いを定めて、引き金を引いた。
弾丸がチワワの頭部に着弾し、耳の部分が破損して砕けた。
チワワはそれに対して、まるで「そんな攻撃効くものか!」と主張するかのように、大きな咆哮を上げた。
『グワアアァァァンン!』
直ぐに狙撃銃のハンドルを操作して、次の射撃の準備を済ませると、スコープを覗き込んだ。
チワワのタイミングを見計らって、引き金を引いた。
銃声が鳴り響き、強い反動が掛かる。
弾丸が上手い具合に、チワワの口の中に入り込んだ。
チワワは野太い悲鳴を上げて、もんどりうって滑り込む。
『ギャァィィン!』
おッ! ラッキー!
いくら外装が硬くても、体内なら関係ないだろ!
追い打ちをかける為、急いで次の射撃準備を済ませると、スコープを覗き込んだ。
チワワがフラフラとした動きで、立ち上がろうとしていた。
狙いを定めて、引き金を引いた。
チワワは左側頭部に弾丸を受けて、よろめき倒れた。
追撃の手を緩めずに、チワワに弾丸を撃ち込んでいく。
一発、二発、三発と容赦なく弾丸を撃ち込むと、チワワは立ち上がらなくなり、更に四発、五発と撃ち込むと、チワワは動かなくなった。
だが、安心するのはまだ早い。
チワワは他にもまだ残っている。
状況を確認しながら弾倉を交換する。
絹江さんも一匹仕留めたところで、残りの一匹も騒ぎに気付いて、こちらに向かって駆けているが、まだ、半分ぐらいの距離にも来ていなかった。
う~~ん……本当に足遅いよな。
それにしても絹江さんの方が射撃間隔は短いから、もっと早く仕留めることが出来ると思っていたけど、それほど変わらないな。
コッチの方の使用する弾丸の威力が高いから、やはりその辺が要因だろうか?
隣から銃声が聞こえてきた。
検証するのは後にして、今は残りのチワワを片付けるとしよう。
スコープを覗き込みチワワに狙いを定め、弾丸を撃ち込んでいく。
今度は絹江さんと二人係で撃ちこんでいったおかげで、チワワは直ぐに膝をつき動かなくなった。
弾倉を交換して、気を緩めずに周りを見渡す。
動く者は見当たらない。
辺りには静寂と、硝煙の匂いが漂っていた。
その状態まま、暫く周りを観察する。
ん⁈
肌に冷たいものを感じた。
空を見上げると、ポツリポツリと雨が降ってきた。
その後も天候以外は、特に異常は見られなかった。
絹江さんが恨めしそうにつぶやいた。
「凄い雨ね……」
「そうですね」
念の為周りを確認している最中に、本格的に雨が降り出した。
雨は数メートル先を見えなくするほどに激しさを増し、容赦なく建物を打ち付けていた。
雨を避ける為、絹江さんと道路沿いの建物に避難していた。
シゲさんも道路を挟んで反対側の建物に、避難している。
チワワの回収はこの雨のせいで、後日に行うことになった。
そこはいいのだが、帰ろうにも雨が激しすぎて、トラックへ戻るだけでもかなりしんどそうだ。
取り敢えずもう少し様子を見ることになったが、雨は一向に衰える気配が感じられない。
まいったね、こりゃ……。
雨宿りしているのは、かつてスーパーであった建物だ。
割と大きなスーパーで、店内は広々としていた。
スーパーの中にはレジや、陳列ケースなどの棚、冷蔵設備はそのままの形で残されていた。
長い間放置されていたおかげで、店内には埃が積もっていて、カビの臭いが鼻についた。
流石に商品はほとんど残っていなかったが、それでも少しばかり棚や、床に転がっていた。
無論明かりはつくはずもなく、外の天候のせいでかなり薄暗い。
「直ぐには、やみそうにないですね」
レジのテーブルに溜まっていた埃を払い、腰を下ろした。
ウエストポーチから、ペットボトルを取り出した。
特に何もやることが無いので、ボーとしながら口に含む。
ふと横目に幾つかの缶詰が、転がっているのが目についた。
それらの中には缶が膨張しているものもあって、長い月日の経過を感じさせた。
何気なしに、それを手に取ってみる。
賞味期限を確認すると、切れてからかなりの年月が経過していた。
……だよね。
赤目が出現したのが、今から約二十年前だ。
この地域が汚染区に指定されたのも、ちょうどそれぐらいの時期になるので、当然といえば当然だ。
その様子を見ていた絹江さんが、口を開いた。
「缶詰って保存状態が良ければ、賞味期限が切れていても大丈夫って話よ」
「へ~~そうなんですか?」
「確か南極で見つかった百年以上前の缶詰を、食べた話を聞いたことがあるわ」
「そいつは凄いですね」
おもむろに絹江さんが肩を掴まえてきた。
そして顔をそっと近づけてきて、悪魔の様に囁く。
「分かっているわよね?」
「……何を期待しているのですか?」
「今の話聞いていなかったの?」
「聞いていましたよ。南極での話ですよね?」
「それなら何をするべきか、分かっているわね?」
「いえ、一ミクロンも分りませんね。っていうか、これ膨らんでいますし、明らかに危ないでしょ?」
絹江さんは傍にあった缶詰を、一つ手に取った。
「ホラ、これ何でどう? これなら膨らんでいないわよ!」
絹江さんはそう言って、缶詰を顔にグリグリと押し付けてきた。
「……いえ、膨らんでいるか、膨らんでいないかが問題ではないので、絹江さんの期待には応えられませんよ!」
「それが問題みたいに言っていたのに……嘘つき!」
絹江さんはそう言って、なおも缶詰を顔に押し付けてくる。
「……その顔にグリグリするの、やめてもらいませんか?」
「え~~ッ! いいじゃない、これぐらい! 決してさっきの仕返しのつもりじゃあないわよ!」
絹江さんは笑顔で、更に力を強めてきた。
……根に持っていたか。
絹江さんねちっこくて厄介だから、どうしようかな……?
その時、大きく金属音が鳴り響いた。
絹江さんがそれに反応する。
「今の何……?」
「分かりません! 店の奥からだと思いますけど……」
なおも金属音は続けて鳴り響いている。
「……風のせいじゃあないよね?」
薄汚れ、所々ひび割れた窓から外を眺めると、猛烈な雨に加え、強い風が吹き荒れていた。
しかし、金属音は店内の奥から聞こえてくる。
「う~~ん、ちょっと判断つかないですね……」
「……どうする?」
「……確認しに行きましょう! 問題がないことを確定させることも、必要なことだと思います」
「分かったわ!」
絹江さんは打って変わって、真剣な眼差しだ。
因みに、絹江さんはこの話の間も、顔に缶詰をグリグリ押し付けることを辞めなかった。
右腿のホルスターから45口径のオートを取り出した。
建物内の狭い空間では、ボルトアクション式の狙撃銃よりも、拳銃の方が取り回ししやすい。
通常建物内に潜むのは、小型の赤目がほとんどで、たまに中型の赤目がいるぐらいだ。
チワワのような大型の赤目が、生息することはほぼ無い。
小型の赤目は動きが機敏なので、速射性の高い拳銃が好ましい。
それに中型の赤目が相手でも、コチラは絹江さんと合わせて二人いるので、それで何とか対応出来るハズだ。
問題はチワワのような、大型の赤目が出た場合だ。
ハッキリ言って、今の装備では対応出来ない。
狙撃銃だと速射性や、回転率が悪く、十分に距離を取ることが出来ない建物内では、大いに不利になる。
それと拳銃では火力不足で、有効な打撃を与えることが出来ない。
仮に大型の赤目に出くわして場合は、即座に戦略的撤退といったところだ。
まあ、でも建物内なので、その可能性は低いように感じる。
薄暗い店内を、足元に気を付けながら歩いて行く。
店内は広く、奥へと続いていた。
……んん~~何だろう?
何か……違和感が……。
不審に思いながらも歩を進めて行くと、角に突き当たりそこを左に曲がってさらに進んで行く。
…………⁉
「絹江さんストップ!」
絹江さんが立ち止まって振り返る。
「何?」
周りを見渡して、棚などを確認する。
棚には一目で長い年月を推測させるほど、埃が積もっていた。
「……床を見てください」
店内でもメインの通路とみられる、少し広いスペースを歩いていたのだが、端の方には埃が積もっているのに、真ん中付近は埃がまばらであった。
「……これって……⁉」
絹江さんは直ぐに、コチラの意図を察したみたいだ。
室内のどこかに隙間があって、風が入り込んでもこんな跡にはならないだろう。
「……何かが潜んでいると、考えるべきですね」
絹江さんの表情が、一変して強張った。
引きずった跡は嫌な予感をさせる。
「兎も角、今は原因を確認することが、先決と思います!」
「……そうね!」
絹江さんは真剣な表情で頷いた。
右手には冷凍室の陳列ケースが並び、左手には商品を陳列する棚が並んでいた。
どちらも商品は置かれておらず、空の状態だ。
前後左右に気を配り、物陰を確認しながら慎重に歩いて行く。
金属音は断続的に、店内の奥から聞こえてきていた。
更に歩を進めると、右手に簡素な扉があった。
バネ仕掛けのどちらからでも開かれる観音開きになっていて、バックヤードへ続いていると思われる。
隙間風が勢いよく吹いていて、扉がゆらゆらと揺れていた。
金属音は扉の奥から聞こえてくる。
……少し寒いな。
隙間風が強く、雨に濡れたおかげだな。
まあ、寒気がするのはそのせいばかりじゃないけど……。
扉の隙間から様子を窺う。
内部は暗く、状況をハッキリと確認することが出来ない。
……まいったな。
確率が高いだけに、内部を確認出来ないのは辛い。
しかし、このまま手をこまねいていても、埒が明かないし……。
「どうするの?」
そう問いかけてきた絹江さんの声には、不安の響きを感じた。
半ば自分に言い聞かせるように答えた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言いますし、ここはひとつ、虎の穴に入ってみましょう!」
実際は赤目の穴ですけど。
絹江さんも、この意見に賛同した。
「……そうするしかないわよね」
「フウゥゥ――……」
深く深呼吸をして、気持ちを整えた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
観音開きの扉に手を掛けて、ゆっくりと慎重に開いていった。
風が勢いよく流れてきて体温と、気持ちを冷ましていく。
想像していたよりも、内部は広いスペースのようだ。
だが、明かりながく、暗闇のおかげで全容がつかめない。
窓も無いのか……。
でも、考えてみればそうか、バックヤードって要は倉庫だよな? 商品を保管する際に直射日光なんて射してきたら、当然劣化するだろうから当たり前か。
周りに気を配りながら、暗闇を見つめて目を慣らす。
元々屋外のみの活動になるだろうと考えていたので、ライトなどは持って来ていない。
もっともライトを持って来ていたとしても、暗闇の中では目立つので、実際は使用することが出来なかっただろう。
段々と目が慣れてきて、暗闇の中ボンヤリとしていた輪郭が、ハッキリとしてきた。
バックヤードの中は、物が散乱していた。
ダンボールや、買い物カゴ、商品を運搬するカゴ台車などがいたるところに散らばっている。
今の所、異常は見当たらない。
……そろそろいいだろう。
絹江さんに聞こえるように一声放った。
「行きます! 後ろはお願いします」
それに絹江さんが短く返した。
「ええ、任せて!」
ゆっくりと暗闇の中に、踏み込んでいく。
内部は大分ヒンヤリとしていた。
外光が入らないからか? 結構寒いな……。
右手側にはうっすらと扉が見えて、正面には内壁、左手側はさらに奥まで続いているみたいだ。
例の金属音は左手側から聞こえてくる。
道は二つか……。
取り敢えずは…………右かな。
足元に気を付けながら慎重に進む。
絹江さんは後方を警戒しながら、後からついてくる。
扉は開いたままの状態であった。
外から中の様子を窺う。
……ここは……事務所? 休憩室……かな?
部屋の内部はデスクや、長テーブル、長イスなどが見える。
周りに気を配りながら、部屋の中にはいった。
暗くてハッキリとは見えないが、壁面にはロッカーや、色あせたポスターが貼られ、辺り一面には埃が積もっているみたいだ。
部屋の状態から見て赤目どころか、長年何者も足を踏み入れていないように見える。
念の為部屋を見回ってみたが、赤目の痕跡は見られない。
……問題は無いな。
これでこちら側の安全が確認出来たので、挟撃される心配はない。
絹江さんに目配せをした。
絹江さんが緊張した表情で頷いた。
では、あんまり行きたくないけど、金属音が鳴っている問題の奥の通路へ行きますか。
部屋を出て奥へと進む。
暗闇の中には、何が潜んでいるか分からない。
カゴ台車などの障害物を、細心の注意を払って歩いて行く。
進むごとに金属音と、不安が増していった。
それを押し殺して、前に進んで行く。
やがて右側の壁が無くなり、進行方向の正面奥に壁が見えた。
どうやら角になっているみたいで、右側が開けていた。
暗闇の中、カゴ台車が散乱しているおかげで、その先は見通せない。
自分でもよく分からないが、この時感じ取ることが出来た。
この先に赤目がいることが。
それが只のカンなのか、何なのかは分からない。
だが、確かな確信があった。
絹江さんに向けて、奥を指差した。
どうやら絹江さんは、意図を感じ取ってくれたみたいで、表情がさらに険しくなった。
物音を立てないように、障害物を慎重に避けて歩く。
奥の方に、揺らめく光が見えた。
ゆっくりと距離を詰めながら、それを注意深く確認する。
どうも風のせいで扉が、開閉を繰り返し、音を立てているみたいだ。
……風のせいだったのか…………イヤ‼
それとは別に、光るものを見つけた。
赤く妖しく輝く目を。
赤目だ!
二メートルを軽く超える巨体で、筋骨隆々とした逞しい体格、思わず目を背けたくなる強烈にゴツイ顔に、その名が示す通り赤く目を光らせている。
…………最悪。
嫌な予感と言うものは、得てして当たるものだ。
暗闇の中でも直ぐに判った。
チワワだ!
マジかよッ! マズいことに…………んん⁉
何だかチワワの様子がおかしい。
どうにも悶えているように見える。
何だ……?
暗くて最初は気付かなかったが、よく見るとカゴ台車に頭から挟まって、取れないでいるみたいだ。
オマケにカゴ台車が体につっかえる形になって、片足が底面に乗っているおかげで、まともに歩くこともままならないようだ。
先程から鳴っていた金属音は、風によって扉が開閉していたせいもあるが、チワワがカゴ台車から頭を抜こうとして、床や壁に打ち付けていたのが主な原因みたいだ。
どうしてこうなったかは分からないが、一つだけ言えることがある。
バカだなコイツ!
……どうしよっかな~~?
意見を求めて、絹江さんの顔を窺った。
絹江さんは無言でチワワを指差すと、親指を立てて首を掻っ切るポーズを決め、そのまま下に向けた。
……容赦ないな。
まあ、どちらにしろ殺ることに、変わりはないんだけどね。
チワワのあの状態なら、反撃を受ける可能性は少ないだろうし、かなり一方的な展開になる筈だ。
これならわざわざシゲさんを、呼ぶ必要も無いか?
一応報告がてら、一方は入れておくとして……。
思うように動けないチワワには、ミジンコほど悪い気がするが、ここは一気に片づけさせてもらおう。
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