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第二章
硬亀
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「暑いなぁ……」
あまりの暑さから、また無意識に口から洩れた。
背中が汗でベットリ濡れているのを感じる。
そんな炎天下の中、絹江さんがうつ伏せになり、狙撃銃を構えた。
直射日光と、地面からの照り返しでかなり暑いだろうに、絹江さんはそんなことを、微塵にも感じさせない。
スコープを除き、集中している。
狙撃銃には、サプレッサーが取り付けられていた。
通常赤目は目立つ行動をすれば、そこに集まってくる習性がある。
普段はその習性を利用して、待ち構えて迎撃していくので、サプレッサーは使用しない。
その方が探す手間も省けるので、何かと狩りやすい。
だが、硬殻亀は少しばかり違う。
何か異変を察知すると、甲羅の中に身を隠し、近づいてきた者に突然噛みつくのだ。
これがかなり強力で、不用意に近づいた者が噛みつかれて、頭が丸ごと無くなった話を、聞いたことがある。
その上甲羅自体が頑強で、丸みを帯びた形が銃弾を弾きやすく、まともに破壊しようとするならば、対物ライフルや、RPGなどの重火器が必要になってくる。
無論そんな物は持ち合わせてもいないし、扱ってもいない。
そもそも猟人の使用できる武器は自動小銃や、重火器の類は不必要の火力とみられ、全面的に禁止されている。
それに駆除した赤目は有用な資源として政府を介し、所定の研究機関や、特定の企業などに卸される為、原形が保たれていることが望ましく、必要以上に破壊することは好ましくない。
屋上から確認する限り、硬殻亀は六体いる。
なるべく原型を保つ為には、硬殻亀たちに気付かれないように、遠距離から一匹ずつ、確実に仕留める必要がある。
今回サプレッサーを、取り付けているのはその為だ。
まあ、サプレッサーを取り付けているからといって、銃声が全く鳴らないという訳では無いが、それでも周りにあまり反響しない分、大分マシになる。
この強い日差しの中、硬殻亀たちは長い首を垂らし、まるで日向ぼっこでもするかのように、地面に寝そべっていた。
赤目は総じて夜行性だ。
つまり、現在の時間帯は、休眠中である。
……それにしても、緊張感の欠片も無いな。
それに比べてコチラは……。
対照的に絹江さんは、張り詰めた空気をまとっていた。
少し気負っているように感じたので、声を掛けようかと思った。
だが、先に絹江さんが、静かに一声上げた。
「いきます……」
暫しの静寂の後、いつもより控えめに銃声が鳴った。
硬殻亀の頭部が、僅かに揺れる。
その周りに段々と黒い染みが広がっていき、硬殻亀自体はピクリとも動かない。
どうやら上手いこと一撃で、仕留めることが出来たみたいだ。
他の硬殻亀を見渡してみたが、気付いている様子は窺えない。
久々の狩りとは思えない、完璧な仕事だ。
行きの車の中では大分緊張していたので、どうなるかと思ったけど、これなら大丈夫そうだな。
絹江さんはそのことを、一切喜ぶ様子も見せずに、次の獲物に取り掛かっていった。
絹江さんは、その後も好調であった。
次々と硬殻亀を一撃で仕留めていき、残すは最後の六匹目となった。
絹江さんが、大きく深呼吸をする。
「フウゥゥ――ハアァァ――……」
口には出さないが、かなり疲れているように見える。
久しぶりの実戦の上、炎天下という過酷の状況で集中力を切らさずに、硬殻亀を仕留めてきたのだから、それも無理からぬことだ。
絹江さんが両手で自らの頬を叩いて、気合を入れなおした。
そして、再度スコープを覗き込んだ。
その様子から、並々ならぬ執念を感じる。
それから少しの間をおいて、銃声が鳴った。
弾丸が硬殻亀の、頭部付近に命中した。
だが、次の瞬間、硬殻亀は瞬時に甲羅の中に身を隠した。
残念ながら、一発では仕留めきれなかったようだ。
こうなっては、普通に斃すことは難しい。
絹江さんが、ため息を漏らした。
「ああぁぁ~~……」
絹江さんはガッカリしているが、状況を考えると、今回の成果は上出来と言っていいだろう。
シゲさんが、慰めるように声をかける。
「そんなに気にすることは無いって、なあ?」
「ええ、良かったと思いますよ」
「でも、これでは駆除することが……」
絹江さんはかなり口惜しそうな様子だ。
「そんなに気にすることはないですよ。別に甲羅の中に身を隠したからと言って、斃す方法が無い訳では無いですから」
そう、銃火器を使用する以外で、硬殻亀を他に斃す方法があるのだ。
しかも、それは割と簡単な方法だ。
トラックを漁港の中に入れて駐車させた。
トラックから降りると、絹江さんが口惜しそうな顔を浮かべていた。
よっぽど悔しかったみたいだ。
学校では勉強も運動も出来て、その上器量も良いときている。
まあ、普段思い通りにならないことなど、ほぼないだろうから、たまにこういうことがあると、許せないものなのかもしれないな。
シゲさんが声をかけてきた。
「取り敢えず、そいつの処置は後回しにして、他のモノから先に積み込むとしようや」
「了解です」
「ええ、分かりました」
とは言っても、実はあまりやることが無い。
トラックの荷台に積んであった、長い板状の下駄を荷台に設置すると、シゲさんがフォークリフトに乗り込んで、それを伝って荷台から地面に降りた。
そして、そのままシゲさんがフォークリフトを運転して、仕留めた硬殻亀をトラックに積み込んでいく。
メッチャ楽だ。
普段なら仕留めた赤目を、人の手で回収するのだが、今回は対象となる赤目が硬殻亀だったことから、あらかじめフォークリフトを持ち込んでいた。
硬殻亀は大体600㎏ぐらいある。
そんなお相撲さん四人分ぐらいの重い物を、人の手だけで運ぶのはとうてい不可能だ。
だから、当然といえば当然の用意であるが、結果的にそのおかげで、コッチは楽をすることができた。
ぼんやりと積み込むのを眺めていると、絹江さんが話しかけてきた。
「ねえ、結局アレはどうするの?」
絹江さんが、仕留め損なった硬殻亀を指差した。
仕留め損なったことに責任に感じているようで、かなり気にしている様子だ。
「もちろんアレも確実に仕留めてから、積み込みますよ」
「どうやって?」
絹江さんの疑問はもっともだ。
硬殻亀は一度隠れると、なかなか甲羅から出てこない。
無論出てこなければ、仕留めることは出来ない。
そうすると一見埒が明かない状況に見えるが、実は強制的に出てこらせる裏技があるのだ。
ただ、出来ることなら、使いたくない手ではあるが……。
その方法を絹江さんに教えてあげようと思ったが、簡単にネタばらしをするのは、少々つまらない気がした。
「そうですね。硬殻亀には顔を出してもらわないと、仕留めることが出来ませんから、ここは古典的ですが、効果的な手段を使います」
「古典的? で、効果的?」
「先ずはですね。絹江さんに硬殻亀の前で、派手に踊ってもらいます」
「へ~~何で?」
「そうすると硬殻亀は、外が気になってソワソワしますよね?」
「……たぶん、そうなのかしら……?」
「そのまま踊り続けていると、そのうち硬殻亀が顔を出す訳ですよ」
「……そうなんだ。知らなかったわ……」
「そこにですね。渾身の一撃を加え――」
「オラァッ!」
「グェッ……!」
絹江さんから、渾身のボディーブローをお見舞いされた。
気合の入った強烈な一撃だ。
思わず膝をついてうずくまる。
絹江さんが見下ろしながら、冷めた口調で言った。
「何発ぐらいで、本当のことをゲロする?」
「……もう……十分……です」
既にチョットゲロしています。
ただの軽い冗談だったのに……。
「…………取り敢えず、百聞は一見に如かずと言いますし、シゲさんの作業がもうすぐ終わりますから、それまでもう少し待ちましょう」
「……OK」
絹江さんは不満げな表情を浮かべながらも、了承してくれた。
シゲさんと二人で、フォークリフトの運転席の前面に、網目状の鉄板を括り付けた。
前方が見えにくくなるが、硬殻亀に嚙みつかれない様にする為の対抗措置だ。
「それじゃあ、メインディッシュといくか」
シゲさんはそう告げると、フォークリフトを使って、仕留め損なった硬殻亀を後ろから持ち上げた。
トラックの荷台から、フックの付いたロープを取り出した。
「行きますよ」
絹江さんを促して、その後を一緒について行く。
フォークリフトはゆっくりと進んで行き、漁港の真ん中付近に位置する、傾斜のついたスロープに辿り着いた。
通常は漁船を海に出し入れする場所だ。
「こんな所でどうするの?」
「まあ、見ていてくださいよ」
シゲさんはフォークリフトを波打ち際まで進めると、硬殻亀を載せている爪の部分を傾けさせた。
硬殻亀が自重の重さから、ゆっくりと滑り落ちていく。
そして、ドスンという重量感のある音と、衝撃が地面に響き、海の中へゆっくりと転がって行った。
その間も硬殻亀は、甲羅に身を隠したまま身動き一つしない。
海中の硬殻亀の甲羅の隙間から、空気の泡が漏れていた。
少しシュールな光景に、絹江さんが疑問を口にする。
「えッ……と? これどうなるの?」
「まあまあ、そんなに時間はかからないと思いますから、もう少しお待ち下さい」
絹江さんはイマイチ腑に落ちない顔をしているが、素直に海に沈んだ硬殻亀を見つめている。
時間が過ぎるごとに、甲羅の隙間から漏れていた空気の泡が、段々と少なくなっていき、そして最後には無くなった。
シゲさんが声を掛けてきた。
「そろそろじゃあねぇか……?」
「……そうですね!」
左腿のホルスターから、357マグナムのリボルバーを抜いた。
装弾数は少ないが、単発の威力は45口径のオートよりも高いので、今回はコチラの方が色々とやりやすい。
海中に沈んでいた硬殻亀が、ガタガタと揺れ動きだした。
次第にその動きが大きくなっていく。
硬殻亀に向けて銃を構えた。
突然、硬殻亀が勢いよく、海面から顔を出した。
瞬時に狙いを定めると、引き金を続けて引いた。
銃声が鳴り響き、海面に水柱が立ち上がる。
数発の弾丸が、硬殻亀の頭部に命中した。
硬殻亀は弾丸を食らって、再度海中に沈んでいった。
どす黒いオイルのような血が、海面に漂う。
硬殻亀は海中に沈んだままで、ピクリとも動かなくなった。
絹江さんが唖然とした表情をして、ポツリと漏らした。
「へッ……⁉ これで終わり?」
「ハイ、終わりです!」
「なにこれ? 亀って溺れるの? 水の中で息出来ないの?」
絹江さんが目をパチクリさせている。
「亀が溺れるかどうかは兎も角として、魚類ではないのですから、水中では息出来ないですよ。息継ぎする為に水面に顔を出しますし、種類にもよりますが、走るのも意外と速いですから」
実際には亀ではなくて、赤目ですけどね。
「何これッ⁉ こんなに簡単に斃せる方法があるなら、最初からこうすればよかったじゃない‼」
絹江さんは拗ねた顔つきだ。
暑い中ガンバっていましたし、その気持ちは分かりますけど……。
シゲさんがその問いに答えた。
「破損が酷いと、貰える報酬も下がっちまうからな。特にちょいと珍しい奴は、可能な限り原形を保ちたい。それには狙撃が一番だ!」
シゲさんが、意味ありげに片目をつぶった。
「どうせなら報酬は、高い方が良いだろ?」
シゲさんに続いて、フォローを入れる。
「それに海水に漬かった赤目を、回収センターに持ち込むと、係の人が、もの凄く嫌そうな顔をするのですよ」
口には出さないが、炎も凍りそうな冷たい眼差しと、「迷惑なんだよ!」と言わんばかりの表情で、とても丁寧に対応してくれる。
その瞬間、本気でグラスなハートの割れる音が、聞こえてくる。
渋々ながら絹江さんが納得する。
「ううッ……それはそうね……」
ひとまず絹江さんも納得したところで、最後の硬殻亀の回収に入る。
持ってきていたフックの付いたロープを、海中に投げ入れた。
一回では上手くいかなかったが、何回か繰り返しているうちに、フックが硬殻亀の甲羅に、上手いこと引っ掛かった。
そのロープをフォークリフトの牽引フックに、強く括り付けた。
シゲさんがフォークリフトを使って、硬殻亀を海中から引き揚げる。
長い首や、両手足は力なく横たわり、外傷した個所や、甲羅の隙間などから海水と一緒に、赤目特有のオイルのようなどす黒い鮮血が、垂れ流れ辺りに広がっていく。
生物と言うより、機械のような印象を強く受ける。
猟人になって約二年半、赤目には慣れているつもりだが、この機械のような形態には、未だに違和感を覚える。
シゲさんはそんなことお構いなしに、最後の硬殻亀を淡々とフォークリフトで、トラックの荷台に積み込んだ。
後は件の回収センターに、硬殻亀を持ち込んで査定してもらい、引き取り証明などの書類を、発行してもらえば終了だ。
それにしても、今回はだいぶ楽な狩りであったな。
ホント絹江さんと、フォークリフト様様だ。
あまりの暑さから、また無意識に口から洩れた。
背中が汗でベットリ濡れているのを感じる。
そんな炎天下の中、絹江さんがうつ伏せになり、狙撃銃を構えた。
直射日光と、地面からの照り返しでかなり暑いだろうに、絹江さんはそんなことを、微塵にも感じさせない。
スコープを除き、集中している。
狙撃銃には、サプレッサーが取り付けられていた。
通常赤目は目立つ行動をすれば、そこに集まってくる習性がある。
普段はその習性を利用して、待ち構えて迎撃していくので、サプレッサーは使用しない。
その方が探す手間も省けるので、何かと狩りやすい。
だが、硬殻亀は少しばかり違う。
何か異変を察知すると、甲羅の中に身を隠し、近づいてきた者に突然噛みつくのだ。
これがかなり強力で、不用意に近づいた者が噛みつかれて、頭が丸ごと無くなった話を、聞いたことがある。
その上甲羅自体が頑強で、丸みを帯びた形が銃弾を弾きやすく、まともに破壊しようとするならば、対物ライフルや、RPGなどの重火器が必要になってくる。
無論そんな物は持ち合わせてもいないし、扱ってもいない。
そもそも猟人の使用できる武器は自動小銃や、重火器の類は不必要の火力とみられ、全面的に禁止されている。
それに駆除した赤目は有用な資源として政府を介し、所定の研究機関や、特定の企業などに卸される為、原形が保たれていることが望ましく、必要以上に破壊することは好ましくない。
屋上から確認する限り、硬殻亀は六体いる。
なるべく原型を保つ為には、硬殻亀たちに気付かれないように、遠距離から一匹ずつ、確実に仕留める必要がある。
今回サプレッサーを、取り付けているのはその為だ。
まあ、サプレッサーを取り付けているからといって、銃声が全く鳴らないという訳では無いが、それでも周りにあまり反響しない分、大分マシになる。
この強い日差しの中、硬殻亀たちは長い首を垂らし、まるで日向ぼっこでもするかのように、地面に寝そべっていた。
赤目は総じて夜行性だ。
つまり、現在の時間帯は、休眠中である。
……それにしても、緊張感の欠片も無いな。
それに比べてコチラは……。
対照的に絹江さんは、張り詰めた空気をまとっていた。
少し気負っているように感じたので、声を掛けようかと思った。
だが、先に絹江さんが、静かに一声上げた。
「いきます……」
暫しの静寂の後、いつもより控えめに銃声が鳴った。
硬殻亀の頭部が、僅かに揺れる。
その周りに段々と黒い染みが広がっていき、硬殻亀自体はピクリとも動かない。
どうやら上手いこと一撃で、仕留めることが出来たみたいだ。
他の硬殻亀を見渡してみたが、気付いている様子は窺えない。
久々の狩りとは思えない、完璧な仕事だ。
行きの車の中では大分緊張していたので、どうなるかと思ったけど、これなら大丈夫そうだな。
絹江さんはそのことを、一切喜ぶ様子も見せずに、次の獲物に取り掛かっていった。
絹江さんは、その後も好調であった。
次々と硬殻亀を一撃で仕留めていき、残すは最後の六匹目となった。
絹江さんが、大きく深呼吸をする。
「フウゥゥ――ハアァァ――……」
口には出さないが、かなり疲れているように見える。
久しぶりの実戦の上、炎天下という過酷の状況で集中力を切らさずに、硬殻亀を仕留めてきたのだから、それも無理からぬことだ。
絹江さんが両手で自らの頬を叩いて、気合を入れなおした。
そして、再度スコープを覗き込んだ。
その様子から、並々ならぬ執念を感じる。
それから少しの間をおいて、銃声が鳴った。
弾丸が硬殻亀の、頭部付近に命中した。
だが、次の瞬間、硬殻亀は瞬時に甲羅の中に身を隠した。
残念ながら、一発では仕留めきれなかったようだ。
こうなっては、普通に斃すことは難しい。
絹江さんが、ため息を漏らした。
「ああぁぁ~~……」
絹江さんはガッカリしているが、状況を考えると、今回の成果は上出来と言っていいだろう。
シゲさんが、慰めるように声をかける。
「そんなに気にすることは無いって、なあ?」
「ええ、良かったと思いますよ」
「でも、これでは駆除することが……」
絹江さんはかなり口惜しそうな様子だ。
「そんなに気にすることはないですよ。別に甲羅の中に身を隠したからと言って、斃す方法が無い訳では無いですから」
そう、銃火器を使用する以外で、硬殻亀を他に斃す方法があるのだ。
しかも、それは割と簡単な方法だ。
トラックを漁港の中に入れて駐車させた。
トラックから降りると、絹江さんが口惜しそうな顔を浮かべていた。
よっぽど悔しかったみたいだ。
学校では勉強も運動も出来て、その上器量も良いときている。
まあ、普段思い通りにならないことなど、ほぼないだろうから、たまにこういうことがあると、許せないものなのかもしれないな。
シゲさんが声をかけてきた。
「取り敢えず、そいつの処置は後回しにして、他のモノから先に積み込むとしようや」
「了解です」
「ええ、分かりました」
とは言っても、実はあまりやることが無い。
トラックの荷台に積んであった、長い板状の下駄を荷台に設置すると、シゲさんがフォークリフトに乗り込んで、それを伝って荷台から地面に降りた。
そして、そのままシゲさんがフォークリフトを運転して、仕留めた硬殻亀をトラックに積み込んでいく。
メッチャ楽だ。
普段なら仕留めた赤目を、人の手で回収するのだが、今回は対象となる赤目が硬殻亀だったことから、あらかじめフォークリフトを持ち込んでいた。
硬殻亀は大体600㎏ぐらいある。
そんなお相撲さん四人分ぐらいの重い物を、人の手だけで運ぶのはとうてい不可能だ。
だから、当然といえば当然の用意であるが、結果的にそのおかげで、コッチは楽をすることができた。
ぼんやりと積み込むのを眺めていると、絹江さんが話しかけてきた。
「ねえ、結局アレはどうするの?」
絹江さんが、仕留め損なった硬殻亀を指差した。
仕留め損なったことに責任に感じているようで、かなり気にしている様子だ。
「もちろんアレも確実に仕留めてから、積み込みますよ」
「どうやって?」
絹江さんの疑問はもっともだ。
硬殻亀は一度隠れると、なかなか甲羅から出てこない。
無論出てこなければ、仕留めることは出来ない。
そうすると一見埒が明かない状況に見えるが、実は強制的に出てこらせる裏技があるのだ。
ただ、出来ることなら、使いたくない手ではあるが……。
その方法を絹江さんに教えてあげようと思ったが、簡単にネタばらしをするのは、少々つまらない気がした。
「そうですね。硬殻亀には顔を出してもらわないと、仕留めることが出来ませんから、ここは古典的ですが、効果的な手段を使います」
「古典的? で、効果的?」
「先ずはですね。絹江さんに硬殻亀の前で、派手に踊ってもらいます」
「へ~~何で?」
「そうすると硬殻亀は、外が気になってソワソワしますよね?」
「……たぶん、そうなのかしら……?」
「そのまま踊り続けていると、そのうち硬殻亀が顔を出す訳ですよ」
「……そうなんだ。知らなかったわ……」
「そこにですね。渾身の一撃を加え――」
「オラァッ!」
「グェッ……!」
絹江さんから、渾身のボディーブローをお見舞いされた。
気合の入った強烈な一撃だ。
思わず膝をついてうずくまる。
絹江さんが見下ろしながら、冷めた口調で言った。
「何発ぐらいで、本当のことをゲロする?」
「……もう……十分……です」
既にチョットゲロしています。
ただの軽い冗談だったのに……。
「…………取り敢えず、百聞は一見に如かずと言いますし、シゲさんの作業がもうすぐ終わりますから、それまでもう少し待ちましょう」
「……OK」
絹江さんは不満げな表情を浮かべながらも、了承してくれた。
シゲさんと二人で、フォークリフトの運転席の前面に、網目状の鉄板を括り付けた。
前方が見えにくくなるが、硬殻亀に嚙みつかれない様にする為の対抗措置だ。
「それじゃあ、メインディッシュといくか」
シゲさんはそう告げると、フォークリフトを使って、仕留め損なった硬殻亀を後ろから持ち上げた。
トラックの荷台から、フックの付いたロープを取り出した。
「行きますよ」
絹江さんを促して、その後を一緒について行く。
フォークリフトはゆっくりと進んで行き、漁港の真ん中付近に位置する、傾斜のついたスロープに辿り着いた。
通常は漁船を海に出し入れする場所だ。
「こんな所でどうするの?」
「まあ、見ていてくださいよ」
シゲさんはフォークリフトを波打ち際まで進めると、硬殻亀を載せている爪の部分を傾けさせた。
硬殻亀が自重の重さから、ゆっくりと滑り落ちていく。
そして、ドスンという重量感のある音と、衝撃が地面に響き、海の中へゆっくりと転がって行った。
その間も硬殻亀は、甲羅に身を隠したまま身動き一つしない。
海中の硬殻亀の甲羅の隙間から、空気の泡が漏れていた。
少しシュールな光景に、絹江さんが疑問を口にする。
「えッ……と? これどうなるの?」
「まあまあ、そんなに時間はかからないと思いますから、もう少しお待ち下さい」
絹江さんはイマイチ腑に落ちない顔をしているが、素直に海に沈んだ硬殻亀を見つめている。
時間が過ぎるごとに、甲羅の隙間から漏れていた空気の泡が、段々と少なくなっていき、そして最後には無くなった。
シゲさんが声を掛けてきた。
「そろそろじゃあねぇか……?」
「……そうですね!」
左腿のホルスターから、357マグナムのリボルバーを抜いた。
装弾数は少ないが、単発の威力は45口径のオートよりも高いので、今回はコチラの方が色々とやりやすい。
海中に沈んでいた硬殻亀が、ガタガタと揺れ動きだした。
次第にその動きが大きくなっていく。
硬殻亀に向けて銃を構えた。
突然、硬殻亀が勢いよく、海面から顔を出した。
瞬時に狙いを定めると、引き金を続けて引いた。
銃声が鳴り響き、海面に水柱が立ち上がる。
数発の弾丸が、硬殻亀の頭部に命中した。
硬殻亀は弾丸を食らって、再度海中に沈んでいった。
どす黒いオイルのような血が、海面に漂う。
硬殻亀は海中に沈んだままで、ピクリとも動かなくなった。
絹江さんが唖然とした表情をして、ポツリと漏らした。
「へッ……⁉ これで終わり?」
「ハイ、終わりです!」
「なにこれ? 亀って溺れるの? 水の中で息出来ないの?」
絹江さんが目をパチクリさせている。
「亀が溺れるかどうかは兎も角として、魚類ではないのですから、水中では息出来ないですよ。息継ぎする為に水面に顔を出しますし、種類にもよりますが、走るのも意外と速いですから」
実際には亀ではなくて、赤目ですけどね。
「何これッ⁉ こんなに簡単に斃せる方法があるなら、最初からこうすればよかったじゃない‼」
絹江さんは拗ねた顔つきだ。
暑い中ガンバっていましたし、その気持ちは分かりますけど……。
シゲさんがその問いに答えた。
「破損が酷いと、貰える報酬も下がっちまうからな。特にちょいと珍しい奴は、可能な限り原形を保ちたい。それには狙撃が一番だ!」
シゲさんが、意味ありげに片目をつぶった。
「どうせなら報酬は、高い方が良いだろ?」
シゲさんに続いて、フォローを入れる。
「それに海水に漬かった赤目を、回収センターに持ち込むと、係の人が、もの凄く嫌そうな顔をするのですよ」
口には出さないが、炎も凍りそうな冷たい眼差しと、「迷惑なんだよ!」と言わんばかりの表情で、とても丁寧に対応してくれる。
その瞬間、本気でグラスなハートの割れる音が、聞こえてくる。
渋々ながら絹江さんが納得する。
「ううッ……それはそうね……」
ひとまず絹江さんも納得したところで、最後の硬殻亀の回収に入る。
持ってきていたフックの付いたロープを、海中に投げ入れた。
一回では上手くいかなかったが、何回か繰り返しているうちに、フックが硬殻亀の甲羅に、上手いこと引っ掛かった。
そのロープをフォークリフトの牽引フックに、強く括り付けた。
シゲさんがフォークリフトを使って、硬殻亀を海中から引き揚げる。
長い首や、両手足は力なく横たわり、外傷した個所や、甲羅の隙間などから海水と一緒に、赤目特有のオイルのようなどす黒い鮮血が、垂れ流れ辺りに広がっていく。
生物と言うより、機械のような印象を強く受ける。
猟人になって約二年半、赤目には慣れているつもりだが、この機械のような形態には、未だに違和感を覚える。
シゲさんはそんなことお構いなしに、最後の硬殻亀を淡々とフォークリフトで、トラックの荷台に積み込んだ。
後は件の回収センターに、硬殻亀を持ち込んで査定してもらい、引き取り証明などの書類を、発行してもらえば終了だ。
それにしても、今回はだいぶ楽な狩りであったな。
ホント絹江さんと、フォークリフト様様だ。
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