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第一章
初夏
しおりを挟む久方ぶりの運転に、少し緊張していた。
目の前を走るトラックを、慎重に追いかける。
それ以外の車は、周りには走っていない。
そのおかげで、気持ち的には大分助かっていた。
前を走るトラックを運転するのは、同僚のシゲさんこと熊谷茂雄だ。
その荷台には、フォークリフトが積み込まれていた。
現在トラックは、汚染区と呼ばれる場所を走行していた。
そこは厚いコンクリートの壁が三重に周りを覆い、外界とは完全に切り離されている特殊な地域だ。
汚染区には赤目と通称される獰猛で、異形の姿をした怪物が、絶えず出現し生息している。
当然であるが、この地域に人は住んでいない。
無論そんな物好きな人間なんていないだろう。
仮にそれを願う人がいたとしても、汚染区は居住どころか、立ち入ることさえ法律で禁止され、政府によって管理されている。
まっとうな人間は、入ることさえ出来ない。
それなら何故、自分たちは汚染区に、立ち入ることが出来るのか?
答えは至極簡単で、政府に許可を得ているからだ。
我々は猟人。
異形の怪物、赤目を駆除することを生業とする者だ。
汚染区内を走行しているのは、赤目を駆除しに行く為だ。
赤目は汚染区内に、定期的に出現する。
そのまま放置してしまうと、際限なく増えて、汚染区内が赤目で溢れ返ってしまう恐れがある。
それを防ぐ為に、定期的に汚染区内で、赤目を駆除している。
車窓から見える景色には、植物や木々などが縦横無尽に生い茂り、我が物顔で辺りを占拠していた。
対照的に道路や、建物などの人工物は酷く劣化していて、どこかもの悲しげな印象を感じさせる。
車内は静かであった。
車内のエアコンと、トラックの走行音以外は、特に聞こえてこない。
隣には同僚の、蜂須賀絹江が座っていた。
セミロングの綺麗な黒髪の間から、ハッとするほどの美しい顔を覗かせている。
絹江さんは同じ高校に通う同級生で、生徒会長を務めている。
その美しい容姿と、優れた成績に加えて社交的な性格から学校では大変人気があり、それだけにとどまらず近隣の他校からも、見物にやって来る者もいたりするほどだ。
だが、その美しい顔がこわばっていた。
それに普段と比べると、かなり口数が少ない。
大分緊張しているように見える。
絹江さんは二か月ほどの、まだキャリアの浅い猟人だ。
その上、最近怪我で少し休んでいた為に、今回は久方ぶりの実戦での狩りとなる。
緊張するのも無理もない。
少し心配になり、絹江さんに一声かけた。
「大丈夫ですか?」
絹江さんが、驚いたような眼差しを返す。
「……何が?」
「大分緊張しているみたいですけど?」
「別に緊張していないわよ!」
絹江さんは、ムッとした表情を浮かべた。
何で機嫌が悪くなるの?
「……そうですか? それなら良いのですけど」
「……………………」
「……………………」
何とも言えない、妙な空気が流れる。
「本当は緊張していますよね?」
「本当に緊張していないわよ!」
絶対に認めない気か?
負けず嫌いというか、意地っ張りというか……。
予定の場所に到着すると、道路脇にトラックを停車させた。
右腿のホルスターから、45口径のオートを抜いた。
周りに気を配りながら、トラックから降りた。
すると、体中が一気に熱気に包まれた。
「……暑い」
現在は七月の初め。
気温は朝からハネ上がっていた。
直射日光が容赦なく降り注ぎ、体中から汗が噴き出してきた。
体を動かすにも億劫(おっくう)に感じる。
絹江さんが思わずつぶやいた。
「暑いわね……」
絹江さんがヘルメットを外し、額の汗を拭った。
茶色い下地の迷彩服を上下に身を包み、その上から予備弾薬が詰め込められた、タクティカルベストを身に着けていて、ライフルケースを肩から担いでいる。
身を守る為とはいえ、見ていてだけで暑くなってくる。
もっともそういう自分も同じ装いをしているので、絹江さんも同じことを思っていることだろう。
少し離れた前方の道路脇に、フォークリフトを荷台に乗せたトラックと、その横にはシゲさんが立っていた。
ドワーフを思わせるような濃い髭面に、骨太のガッシリとした体格で、コチラと同じような格好をしていた。
シゲさんが手招きして呼んでいる。
トラックの荷台に乗せていた梯子を、取り出して担いだ。
「それじゃあ、行きましょうか?」
絹江さんが緊張気味に答えた。
「ええ……分かったわ」
シゲさんと合流すると、目的地に向けて歩き出した。
暑さにうなだれながらも、周りの警戒を怠らずに進んでいく。
道路はアスファルトが所々ひび割れて陥没しており、その周りでは草花が鬱陶しいぐらいに茂っていた。
この地域が遺棄さていることを、改めて感じさせる。
炎天下の中、十分ほど歩くと、錆びついた長いフェンスが現れた。
それと、潮の香りがする。
フェンスに沿って五分ほど歩くと、入り口が見えてきた。
入り口には大きな鉄格子状で、両開きの扉が付いていた。
しかし、片方は外れてその場に落ちていて、もう片方はひしゃげて曲がっており、もはや扉としての役割は失われていた。
ここは、元は漁港だった施設で、今回の目的地だ。
さて、ここからが本番だ。
漁港は道中とは違って、事前の調査から赤目の存在を確認していた。
外から中の様子を窺うが、赤目らしきモノは、まだ見当たらない。
シゲさんを見ると、無言で頷いた。
自分が先頭に立ち、漁港の中へ入って行く。
前後左右に気を配り、周りを今まで以上に警戒する。
入り口から少し進むと、建造物があった。
長方形の形をした平屋の建物で、コンクリート製だが長いこと放置されていたおかげで、壁は劣化して無数のひびが入り、窓はところどころ割れていた。
窓から中を覗くと、割れた冷蔵ショーケースに、無数のテーブルや、イスなどが散乱していた。
シゲさんの話によると、ここは鮮魚や、その加工品の直売と、漁港ならではの新鮮な魚介類を提供する、食堂が営まれていたそうだ。
かつては多くの人で、賑わっていたらしい。
それが現在は廃墟と化し、その面影は見当たらない。
持ってきた梯子を、屋根に架けた。
最初にシゲさんが、屋根に上がって行った。
「…………OK、大丈夫だ。上がってきてくれ」
絹江さんを促して先に上げ、続けて自分も屋根に上がった。
屋根からは漁港全体を、一望することが出来た。
漁港はコの字のような形をしており、真ん中部分は船が出し入れしやすいように、傾斜のついたスロープになっていて、両側に船を係留する作りになっていた。
だが、係留されている船は一隻も無く、その代わり澄んだ海の中に、幾つかの船が沈んでいた。
不思議と絵になる風景だ。
ここが汚染区でなければ、暫く見入ってしまうであろう。
しかし、所々に目に付くモノが居て、それが汚染区に居ることを、否が応でも意識させてくる。
赤目だ。
全長は2メートル近くあり、黒みがかった濃い緑色の体色に、頑強そうな甲羅から太い手足と、大きな嘴が付いた長い首を生やし、妖しく目を赤く光らせていた。
全体的にカミツキガメに似た姿形で、猟人の間では硬(こう)殻(かく)亀(がめ)と呼ばれる、割とレア度の高い難敵だ。
因みに「赤目」とは種族全体を表す通称になる。
通称なので、勿論正式名では無い。
と言うか、正式名は未だに決定していない。
世界中の偉い学者たちが一堂に会し、赤目について侃侃諤諤(かんかんがくがく)に議論がなされたが、その結果は何一つ意見がまとまらず、正式名さえ決定することが出来なかった。
だが、これは致し方ない面もある。
赤目は初めて確認されてから、既に二十年近く経過しているが、未だに謎が多く、その生態は解明されていない。
現在赤目について判明している点といえば、特定の地域に定期的に出現する黒い球体から現れる。
因みに黒い球体自体は全くの謎。
ひどく好戦的で、相手が生物なら見境なしに襲い掛かってくる。
但し、不思議なことに、赤目同士で争うことは無い。
夜行性で、昼間はおとなしく休眠し、大きさや姿形に関係なく、黒い球体から現れる者は、総て赤く光る目をしている。
なので、それらのモノを「赤目」と通称している。
明確に判明しているのは、これぐらいだ。
食性や、繁殖などは一切不明で、独特の生態から生物ではないのではないか、という説まである。
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