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とおい、とおいむかしのおはなし
しおりを挟む「オーサ!」
俺の手を引く小さな子供が、俺の名前、グロリオサスを略して呼びながら、若葉色の目を細めて微笑んだ。
俺の名前は、親が、昔好きだった演劇役者の名前をつけたと言っていた。うろ覚えでつけたらしく、後で教会にいる修道士が教えてくれた役者の名前は、グレイン・リオーサスだった。まあ、どうでもいいけど。
子供の手の大きさは俺と同じくらいだけれど、俺の手を握る子供の手の方が少しだけ肉が多いのか、握り返すとふにゃりと柔らかい感触がする。
風を受けて、耕した畑みたいな色の柔らかそうな髪がふわふわと揺れていた。
「フェリ」
俺も同じように名前を略して呼ぶと、フェリが嬉しそうに声を上げて笑った。
俺は小さい時から、感情というものがよく分からなかった。
どころか、不要だと思っていた。
そんなものがあるから、諍いも起こるし、失敗もする。恐れや怯えは戦う時の妨げにもなる。
心など、無駄なもの。
笑いも泣きもしない俺を、両親は気味悪がって、俺が五番目の子供だということもあり、口減らしも兼ねて、子供を欲しがっていた夫婦に譲り渡した。
その夫婦には、俺の他に、もう一人の子供が引き取られていた。
フェリスィテ、という名前の子供は、俺を見るなり、弟ができた!と飛び上がって喜んだ。
何がそんなに嬉しいのかはわからない。それに、身体の大きさからいえば、俺の方が数年、年上だろう。
夫妻も子供と一緒に喜んでいた。賑やかになるね、と言って。
まあ、きっと、もうしばらく育てれば、それなりに今後の労働力として使えるようになるから、喜んでいるんだろう。
その小さな体をした子供は、いつも、俺の手を引き、傷を癒し、微笑みかけた。
俺とは違い、よく笑い、泣き、怒り、驚き、ころころとめまぐるしく表情の変わるやつで、俺をひっぱっていっては、歌ったり、駆けたり、畑の手伝いや、野山へ草花の採取をしにいったりと、なにかと忙しいやつでもあった。
忙しい奴だと思ったけど、別に……それが、嫌というわけではない。
夫婦に、フェリは危なっかしいからよくみておいてね、と言われているし、ついていけば新しい情報も得られることもある。だから、フェリと一緒にいるのは、無駄にはならない。
フェリは、俺を振り返っては、いつも楽しそうに笑っている。
少し赤味のある丸い頬に触れると、とても柔らかくて、草色の瞳は、キラキラしている。
ふわふわとした柔らかな声で名を呼ばれるのも、用が在る時も無い時も、一日に何度も呼ばれるけど、別に、それが嫌という訳ではない。
オーサはちょっと危なっかしいから、僕がついてないとね! とよく言っていて、言われる度に、それは俺の台詞だろと、よく思っていた。
フェリは、いつも、俺の側にいた。
村から離れた崖の近くで、薬草を採りに行っていた夫妻が魔物に襲われて、亡くなった時も。
討伐隊の騎士団に、拾われた時も。
いくつもの、魔物の襲撃や、人の争いに巻き込まれた時も。
大丈夫だよ、どんなことがあっても、僕は君の側にいるからね、と言って。
いつものように、やわらかく微笑みながら。
俺よりも弱くて、怖がりのくせに。
いつだって、俺の隣に立ちたがった。
別に、それは好きにすればいい。俺がどうこう言うべきものではない。
フェリは、フェリの思うように、好きなようにすればいい。
フェリの進む道は、フェリが選び、決めるべきものだ。
……そう、思っていた。
このまま放っておけば、世界は終わってしまうだろう、と言われるほどの、強大な魔物が現れた。
そして、恐ろしいほどの数の魔物達も。
俺達は戦った。
フェリは、これまでと変わる事なく、いつものように、俺の隣にいた。
いつのまにか師を見つけて、自然から力を借りて術を行使する魔術を身に付けていた。
俺達は戦い続け、どうにか強大な魔物の近くまでいく事が出来た。
その頃には、たくさんいた仲間は、半分も残っていなかった。
どころか、死にたくないからと、魔へと命ごいをし、人の敵となった奴等もいた。
目の前には、魔物の王がいた。
後ろからは、魔物と魔の仲間となった奴等がしつこく追ってきていた。
そんな中、フェリが、倒れた。
その脇腹には、うっすらと、血が滲んでいた。
前に受けた腹の傷が、治っていなかったのだ。
治った、と嘘をついて、ずっと、いままで、ついてきていたのだ。
裏切った奴等が俺を襲ってきた時に、俺を庇って受けた傷。
それには、毒が仕込んであったようだった。
解毒のできない、魔物の作った、致死性の毒が。
どうして俺は、気づかなかったのか。
今朝、腹が空かないからと、少ししか食べなかった。フェリは食べる事が大好きで、いつだって、どんな時だって、嬉しそうに食べていたのに。
なんで俺は、気づいてやれなかったんだ。
気づいてたら、こんなところにまで、フェリがついていくと駄々をこねても、絶対に、連れてきたりなんてしなかった。
魔物や人からは、俺が守ってやれる。他の奴より俺の方が強いし、それが一番良いと思っていた。
俺の側にいる方が、フェリは安全だと。
俺など、かばわなければよかったのだ。
そうすれば、傷を負うことも、毒を受ける事もなかったのに。
なんで、俺に言わなかったんだ。
どうして。
俺の腕の中で、フェリが、笑みを浮かべた。
その笑みはいつもの笑みではなく、悲しげな笑みだった。
俺の頬を撫でる手は、いつもの温かさはなく、震えていて、そして、冷たかった。
ごめんね、とフェリは言った。
一緒に行けなくて。
ずっと傍にいるって、約束したのに。
眠るように目を閉じたフェリの身体は、少しずつ、少しずつ、冷たくなっていって。
雨が降っていないのに、その身体の上には、ぽたりと水の滴が落ちた。
名前を何度呼んでも、肩を揺すっても、フェリは、目を開けなかった。
唇は、閉じられたまま。
俺の名前を、呼ぶ事もない。
俺を見上げて、微笑む事もない。
もう、二度と。
俺は、目の前が真っ赤になり、真っ白になり、そして──叫んだ。
* * *
「……ラディ?」
呼ばれて目を開けると、ふわふわとした薄茶色の髪に、若草色の瞳の人がいた。
幼い顔立ちは相変わらずで、少年と言われても頷いてしまいそうな感じの、やわらかな雰囲気を纏った、俺の……幼馴染。
ベッドの中で、やわらかな掛布にくるまって、眠そうな、それでいて、少しだけ心配そうな顔で見上げてくる。
まだ朝早く、窓から差し込んでくる光は淡い。
「どうしたの? こわい夢でもみたの? うーうー言ってたから、起こしちゃったけど……」
「サーナ……」
名を呼ぶと、サーナがふわりと微笑んだ。
それから、俺の頭を撫でた。何度も。柔らかく。
「大丈夫だよ。僕が、いるよ」
俺よりも弱いくせに、怖がりのくせに、俺の側にいて、俺を守ろうとする……弱くて、それでいて、強くて
──優しい、ひと。
抱き寄せると、どこか懐かしく、柔らかな香りがした。
ああ。よかった。
ここに、俺の傍に、いる。
もう、誰にも……奪わせない。
「……ああ。そうだな」
俺は、温かな身体を抱きしめて、安堵しながら、またゆっくりと目を閉じた。
* * *
それは、お伽噺になるほどに遠い昔々から続く、千年越しの、とある二人のお話。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
以下、ほぼ独り呟きです(読み飛ばし可)。
お伽噺って、いいですよね。
どれも本当に、時にはわくわく、時にはどきどき、時にはひやひや、時には涙ほろほろします。
千年越しの~とか枕詞がついたりすると、
リリオじゃないけど、もうもう素敵あああ気になる~、って感じです。
それから、伝えられたお伽噺の、その元になったお話とか、裏側に隠された「真実のお話」とか。
元の話と後世に伝えられた話って、大抵が違っていて、面白いですよね。
また突然に、出没するかと思いますので、
その際には、どうぞ宜しくお願いいたします。
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ねぇ
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書いてくれて、本当にありがとうございました
ご感想ありがとうございます!
仄かに甘くて、仄かに切ない、春の雰囲気に誘われて書きました(おいい)
そんな風に感じていただけましたら幸いです。
春は桜フレーバーな食べ物もいっぱいで、好きな季節です。
桜ラテ系とか、桜餅も大好きです。
時間が少しとれそうですので、
もう少しペースを上げていけたらなあと……志は高くいこうと思いますので、
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どうぞ宜しくお願いいたします。