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お久しぶりすぎです。こんにちは。ヨモギノです。
幼なじみの騎士団長候補×薬草園の研究員さんのファンタジーBとLです。
仄かに甘くて、どことなくほんのり切ない感じのする春の香りに誘われて、
思い浮かんで書きました(おいい)。
そういう感じのお話です(どういう話)。

全四話。
※マーク付のお話は背後にお気を付けてお読みくださいませ。

ムーンライトノベルズ様にも掲載中です。




* * *




 ラディウス・グラース──ラディと僕が初めて会ったのは、七歳の頃だ。
 読み書きや礼儀作法、神学を学ぶ為に放り込まれた教会の、治療室で、僕たちは出会った。

 貴族なのにガキ大将的でがさつなラディウスと、本を読んだり植物を育てたりするのが好きな僕。

 接点などどこにもない僕たちが、なぜ腐れ縁のようになってしまっているのか──

 ──……それは未だに、僕にも分からない。

 僕は教会の薬草園や治療室でよく御手伝いをしていて、ラディはよく怪我をしてはやってきていた。
 あまりにも危険なことや怪我する事に対して無頓着なラディに呆れつつも、どうにも心配で、放っておけなくて、時には叱り、時には救急箱を持って駆けつけ、熱を出した時にはつきっきりで看病したりもした。

そんな感じでラディの手当と世話をしているうちに、なんとなくそれがいつものことになっていき、先生や大人たちも忙しいから、薬の使い方や簡単な処置方法を知っている僕がまず最初に応急処置をしておく感じになっていって。

 そのうちには、ラディが怪我をする度に「サーナーティオ君呼んできて!」と僕が呼ばれるようになり、
 ラディも「ちょっとサーナ呼んできて」と僕を呼ぶようになり、
 そんなこんなで貧乏貴族でもある僕たちテネレッツァ家を、名門貴族でもあるラディたちグラース家が、息子がお世話になっているからと度々援助してくれたり、こちらも御礼にと出来立ての野菜や果物を度々おすそわけしたり、家族ぐるみで仲よくなったりして、そんなこんなでそうこうしてるうちに──


 なんだかんだで、今に至る。


 今ではラディもすっかり大きくなり──いや、めちゃくちゃに大きくなった。
 僕よりも頭1つ分は確実に大きい。
 付け加えて、次期騎士団長は彼だろうと言われるくらいに偉くもなった。

 いや、まあ、それはそうだろうと思う。
 
 ラディは小さい頃から喧嘩にめっぽう強く、モテるラディが気にくわない奴等が向かってくる度にことごとく返り討ちにしていたらいつの間にかガキ大将みたいになってて、いつの間にかたくさんの悪ガキたちを束ねてた。
 それに、頭もすごくよくて、珍しい精霊の加護とかも持ってて、珍しい神聖系の雷魔法も使えて、子供の時から中型クラスの魔物倒せちゃったりしていて、今では、いやこれもしかして今世の勇者、いつかは国宝でもある聖剣に選ばれてグランド・パラディンの称号とかもとれちゃうんじゃ……? とか噂されていたりする。

 まあ、ラディは絶対出世するだろうと僕も幼心には思っていた。
 そして、僕の予想通りだった。
 ラディが次期騎士団長候補になったと聞いた時は、お祝いをしながらもあまりに予想通り過ぎて、すごいなあと思いました。まる。

 僕はと言えば、怪我したラディを早く治さないといけない、僕が、僕がなんとかしなくちゃラディはいつか死んでしまうかもしれないという自分でも謎な使命感、というかもう半ば強迫観念の元、薬草医術、医療魔法術の道へと進み、それが僕の性質にもあったのか楽しかったし居心地も良く、その分野で学び続けた結果──

 そのままあれよあれよ(本当にあれよあれよだったのだ)という間に。
 ラディとその周囲の推薦もあって、気がついたら騎士団所属の治療院へと就職していた。

 そして今、僕は就職を期に家を出て──職場にも近い、職員寮……ではなく、湖畔近くの、白壁が美しい……小さなお城みたいな屋敷に住んでいる。

 その屋敷は、ラディが知人の伯爵から安く買い受けたものらしい。
 そして勤務地である騎士団所属治療院にとても近いこともあり、じゃあうち住めよ部屋空いてるし、ていうか来い絶対来い来ないと許さん、とのラディのちょっとでもなくやけに強引な申し出に、家族に仕送りもしないといけない資金的に色々と厳しかった僕は、ありがとう助かるううう家賃がわりに家事するからー!という話になり。


 一緒に暮らすようになって、早五年。
 いや、年が明けたから、六年目に突入か。


 僕は慣れたキッチンに立ち、水と風属性魔法で年中冷えてる大型魔導保冷庫(ラディが入居記念に買ってくれた)から、採れたてのやわらかい青菜のようなハーブとつやつやジューシーな赤い実、厚切りのハム、卵を三つ、バターと、牛乳の瓶を取り出した。

 フライパンを火にかけ、(これもなんとスイッチ一つで火が点く魔導調理器具。ラディが入居記念に買ってくれたもの2つ目。無理しなくてもいいって言ったのに……ものすごく便利ではあるけど……!)バターを一かけら落す。
 その間にボールに卵を割り入れ、牛乳を入れて軽く混ぜる。
 今日はオムレツにしよう。僕が食べたいし。メニュー決めの権利は調理人にあるのだ。
 調理人が食べたいものを作る。そういう風にラディと決めている。

 この屋敷には、僕の他には、小さい時からラディの御世話をしている執事のお爺さんとその弟子、庭師のおじさんとその息子と犬二匹、何処からやってきたのかわからないが居座っている大きな黒い猫と白い鷹が一匹ずつ、ラディと僕の馬の世話をしてくれてる近所の牧場主のおじさんとその家族、家の掃除やメンテなどをしてくれる使用人の婦人とその娘でもあるメイドさん三姉妹、が出入りしている。
 ここは他の貴族達の屋敷と違って、みんな優しくて気さくで、まるで家族みたいにフレンドリーに接してくれる。よって、ここはいつものんびりとした、とてもアットホームな雰囲気に満ちている。まるで二つ目の実家みたいな感じだ。

 ラディからして、気を使ったりするのも使われるのも嫌いだし、お前本当に貴族出身なの?という感じの奴だから、屋敷の皆もそんな感じになっているのかもしれない。
 まあ……庶民に限りなく近い下級貴族出身の僕としては、ずっとこうであってほしいと願う。堅苦しいのはすごく苦手だから。


 食事関係は、主に僕が取り仕切っている。
 時間に余裕がない時は、流石に婦人達にお願いする事もあるけれど、概ね僕が作っている。

 ラディは何でも大量に食べる。何を目の前にしても、それが食べれるものなら食べてしまう。美味いに越した事はないけど、食えれば何でもいいらしい。いいのかそれで。本当に貴族の血が流れているのか。

 僕は、出来れば美味しく食べたいし、食材は新鮮で安いものを無駄なく使って自分で作りたい派だ。その方が家計にも優しい。レシピを考えて試行錯誤するのも楽しい。

 それに医療班に所属している身としては、日々、ラディ達の体調管理、健康管理をするも僕の仕事の一つでもあるから、一石二鳥だ。
 考えついた騎士達の身体作りの為の、身体にいい食材と薬草を使ったレシピを試作しては、ラディに試食してもらったりしている。
 ちなみに僕の作った『騎士の為の美味しくて身体にも良い薬草料理レシピ集 その一』は、御婦人方にすこぶる好評だ。現在その三を作成中である。時々読者から感想の手紙が届く。この本のお陰で騎士の彼氏ができました!  と言われたら、嬉しいし、ほっこりする。僕は未だに一人も彼女できないけどな! 
 いいんだ。僕は仕事に生きるのだ。沢山の人を癒して、沢山の人を幸せにできるなんて、素敵な仕事ではないか。神様が与えてくれた、僕の天職だ。

 ……まあ、そういう訳で、食い物関係はお前に任せるわ、とラディ言われているので、ありがたく任されている。

「おはよ、サーナ」

 テーブルに料理を並べていると、あくび混じりに腹を掻きながら、背の高い青年がやってきた。

 僕の平凡にすぎる薄茶色のちょっと癖毛な髪とありふれた草色の瞳と違い、磨かれた剣のように煌めく白銀色の髪に、雷を閉じこめたような金色の瞳の青年は、嫉む気もおきないぐらいにすこぶる美丈夫だ。
 腹をボリボリと掻いていてもおっさん臭くなくて恰好良く見えるなんて、どういうことなんだろう。有り得ない。珍しい精霊がついてるらしいから、そのプラス補正でもかかっているのだろうか? うん。多分そうかもしれない。

「おはよう、ラディ」

 ラディは僕の側まで来ると、僕の腰に両腕を回して軽く引寄せて、頬に唇を軽く当てた。
 僕も近くにあった頬に、軽く唇を当てる。朝の挨拶は大事だ。

 ラディが眠そうだけどどこか嬉しそうな笑みを浮べて、もう一度僕の頬に唇をつけて、そのまま僕の肩口に顔を埋めるようにしてもたれ掛かってくる。重い。そして首筋に髪と息が当たってこそばゆい。

「ラディ。ほら、起きて。黒香火茶、濃いめにいれてあげるから」
「んー……」

 かぷりと首と肩の境目を噛まれて、舐められた。
 どうもラディは朝が弱いみたいで、よく寝ぼけて僕を齧ってきたりする。僕は食べ物ではないというのに。

「んっ、ちょっ……やだ、もぐもぐするなよ、くすぐったいてば、ラディ! 僕は食べちゃダメ! 起きろってば! ほら、席、座って!」
「……ああー……そろそろ、食べたいんだけどなあ……まだ、ダメか……?」
「ダメ!」
 
 ううう、と子供みたいにぐずるように唸りながら寝ぼけて僕にしがみついてくる大きな男を背中に背負ったまま、ひきずるように椅子まで導く。
 その際、じゅう、と音がするほど強く首元を吸われて、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。

「ひょえあっ!? ラディ! 痛い! 何するんだよ! やめろってば! ……ぁっ……やっ……痕、ついちゃうじゃないか! ていうか、ついてない!?」
「……虫除けだ」
「もう! 夏じゃないから、そのおまじないはいらないよ!」
 ラディが言うには、強い奴が噛んどいたら、弱い虫は寄ってこないらしい。らしいが、今は虫の多い夏ではない。春だ。
 まったく。寝ぼけたラディは、本当に扱いに困る。

 どうにかこうにか席に座らせて、僕も目の前の席につく。濃いめの黒香火茶を注いでやりながら、大あくびしながらオムレツにかぶりついてる器用な男を見上げる。

「ラディは、今日仕事終わるの、いつもの時間?」
 
 帰りの時間が合う時は、いつも一緒に帰っている。
 その方が帰りに重い買い物の荷物持ちがいて助か──いや、そういう習慣になってしまっている。

「……むぐむぐ、いや。今週末に開かれる第三王女の十三歳の祝賀会の、警備の打ち合わせで遅くなるから……今日は、一緒には帰れそうにねえわ」
「王女様の祝賀会? へえ、そうなんだね。もう十三歳かあ。早いねえ」
「ぶはっ。早くはねえよ! お前なあ……ちょっと研究室に篭りすぎだぞ。もっと世の中の情勢にも目を向けないと、世の中に置いてかれちゃうぞ?」
「むう。いいんだよ、僕は! その祝賀会には、出席する予定はないし!」

 僕たちのような、しがない下っ端研究員は、王族や上級貴族がメインのリッチでセレブなパーティに呼ばれることはないのだ。そういうのは、だいたい主任や先輩が出席する事になっている。

「ラディは、出席するの?」
「あー……まあ、そうだなあ。面倒だけど」

 心底面倒そうに、ラディが大きな溜め息をついた。上流階級のパーティは面白くないし肩が凝るから好きではないらしい。僕は出た事がないから分からないけど。

「そうかあ。頑張れ」
「……おう……。そういう訳で、どうせ打ち合わせの後は飲み会に突入するだろうから……帰りは、夜中になると思う。お前は先に食って、寝とけ」
「うん。分かった!」
「それと、仕事終ったら、今日は買い物せずにまっすぐ家に帰れよ? ふらふらすんなよ。お前、ほわほわして危なっかしいんだから」
「僕のどこが危なっかしいんだよ! ほわほわもしてないし! もう」

 むすっとしたままパンにかぶりつくと、ラディが楽しそうに目を細めて笑いながら、僕の頬を指でつついて、大きな手の平でするりと撫でた。



 * * *



 騎士団詰め所の脇にある白い棟が僕の仕事場、広大な薬草園が併設されている研究所兼治療院だ。

 上下が一体化した動きやすく丈夫な作業着に着替えて、帽子を被り、長手袋と長靴を履いて広大な薬草園の脇にある温室の方に行くと、同じ格好をした、ふわふわした白髪に淡い薄紅色の垂れ目がちょっと小動物っぽい同僚が僕に気づいて、小さな身体を大きく伸ばして、大きく手を振った。

 彼は僕と一緒で、剣を振るより植物の相手をしている方が好きという同僚の、リリオだ。

 とても気の合う友人同士でもある。背が高くて筋肉もモリモリで羨ましい野、いや、野郎共、いや、立派な騎士達が多い中で、背格好もだいたい同じくらいというのも、気が合う一つの理由かもしれない。

「サーナーティオ~! おっはよ~! ワイルドファイヤーレッドベリーの実、つ~い~た~よ~!」
「おお~!? やったあー! 暖かい土地でしか育たないっていう野草だけど、上手くいったね! 温度管理、大成功だ!」
「うんうん~! 早速レポート書いて、主任に報告しなきゃね~! ふふふ、びっくりするよ~」
「びっくりするだろうね~」

 気の抜ける間延び口調が特徴の、少しいたずら好きでゴシップ大好きだけど、優しくて良い奴だ。

 僕は実を付けた薬草の前に早速座り込み、スケッチブックを広げて色鉛筆の箱を開け、薬草の状態を描き始めた。

「うわあ~。きれい~! サーナは絵がほんとう、上手だよね~」
「そ、そうかなあ。ありがとう、リリオ。でも、僕はそのまま描き写してるだけだよ。──あっ」
「なに~?」
「そうだ、リリオ。今週末に第三王女様の誕生会あるの、知ってる?」
「ふふふう、もちろん知ってるよ~! 主任と先輩達がめちゃくちゃうきうきしてるよね~。まあ、綺麗な上流階級の女の子たちがいっぱいくるからね~。分からないでもないけどね~」
「そ、そうなんだ~……」

 まあ、セレブな人達が集う祝賀会だ。着飾った、きらびやかで綺麗な女の子達もいっぱいくるのは……当然だろう。

「ふふふ。サーナの旦那様も、やっぱり出席するの~?」

 リリオがからかうように小悪魔っぽく小首を傾げ、笑みを浮べて顔を寄せてきた。

 僕は不覚にもむせてしまい、唸りながら溜め息をついた。

 リリオは時々、ラディの事をそういう風に言ってくることがあって、本当に困る。
 同性同士の婚姻も世の中あるにはあるけど、誓って、僕たちはそういう関係ではない。
 どちらかといえば、家主と、住み込み……料理人?  世話係? 兼友人、という関係に近いような気がする。

 それに、ラディは上流階級の貴族で、次期騎士団長候補で、出世街道まっしぐらで、いずれは雲の上まで行ってしまうのではという、将来有望過ぎる、周囲の期待もものすごく大きい、しかも珍しい精霊の加護もあり、神聖系の雷魔法も使えて、国宝の聖剣にも選ばれてグランド・パラディンの称号を得るかもしれないと噂されるほどのスゴイを通り越してスゴすごる男だ。

 よって、数多の貴族の女の子や、果ては男の人からまで、注目の的。
 リリオゴシップ情報によると、実は第一王女様までも彼に恋をしているのではとの噂まである。らしい。

 かたや、僕は……庶民に限りなく近い、下流貴族の、しがない三男坊。

 ……うん。

 どうひっくり返してみても、逆立ちになって考えてみても、どうにもこうにも、吊り合いそうにない。


 それがどうしてこうして、今も一緒に暮らしているのか。

 ……自分でも、よく分からない。今世紀最大の、謎だ。

 気は……まあ、合う方だとは思うけど。
 僕もラディも、競技観戦よりも活劇系の演劇観にいく方が好きだし。甘いものも同じように好きだし。水辺派ではなく野山派だし。
 冷たいよりも暖かいものが好きだし、辛すぎるものは苦手だし、スキンシップは……好きな方だし。
 でも。


 悲しいかな……どう考えても、あまりにも色々と、つり合わなさが過ぎる。


 考えれば考えるほど悲しくなって泣けてきそうになるので、これについては、深く考えてはいけない。
 封印だ。封印。考えてはダメ。己に思考することを禁じておかなければいけない項目のひとつ。
 勘違いしても、絶対にいけない。
 それはただの幻想で、妄想でしかない。
 そう。それに。

 よそはよそ。うちはうち。人は人、自分は自分。身の丈に合った考え方をして、堅実に、実直に。
 貧しくとも心の豊かさこそが、幸せへの第一歩。
 わが家の素晴らしい家訓のひとつだ。
 僕の人生の指針でもある。

「旦那って……あのねえ……リリオ。そういう冗談は止めてってば。……ラディも、出席するみたいだよ。今日は警備の打ち合わせと、飲み会?って言ってた」
「そうなんだ~。ふむむう……う~ん。ラディウスさん、すっごく恰好良いから、きっとモテモテだろうねえ。綺麗なひとがいっぱいだから、もしかしたら、もしかしなくても、ちょっと、くらくら~と、ふらふら~と、しちゃったりなんかしちゃうかもね……?」

「くらくら……ふらふら……」

 …………ああ。……そうだなあ。する、かも、しれないなあ。

 だって、ラディは恰好良いもの。放って置かれるはずがない。引く手数多だろう。

 もしかして、もしかしなくても、寄ってくるたくさんの御令嬢の中には、ラディの好きなタイプの、可愛らしい感じのおっとり系女の子も、いるかもしれない。
 女の子なんて、ラディがちょっと微笑めば、そりゃもう百発百中だ。落ちない子はいないと思う。
 それで、それで、その女の子は可愛らしく頬染めちゃったりなんかして、ラディの差し出した手に可憐な手をのせて、一緒に……一緒に、楽しそうに、寄り添いながら、幸せそうに笑い合って、仲睦まじく、会場を後にして──……


 何故か突然リリオが慌てた様子になって、僕の背を優しく撫でてきた。
「ご、ごめん! ごめんって! ごめんよ~サーナああ~! あああ、泣かないで~! 許してごめんなさい、ちょっといじりすぎたね僕~! だってサーナ、鈍過ぎるんだもん!」

「……ずび、僕は、泣いてないし、鈍くもないし」

「そこが鈍いって言ってんの~! ほら、ハンカチ! もう……旦那様には、ここでの話、絶対、絶~対に、しないでね! 僕、殺されるから~!」

「……ラディは、旦那様、じゃないし、そんなこと、しないし」

「はいはい……まったく。知らぬは本人ばかりなり、ってねえ……はあ。ラディさんも大変だなあ……」
「ラディは、いつも、忙しくて、大変そうだし」
「はいはい、そうだねえ。あっ、そうだ~! 良い事思いついたよ、僕~! このワイルドファイヤーレッドベリー、滋養強壮、疲労回復に効果覿面! でしょ? だから、たくさん採って、持って帰って、おっきなベリーパイでも作ってあげなよ~。きっと喜ぶよ~」
「おっきな、ベリーパイ……。うん……」

 そうだな。
 ラディ、甘いもの、好きだからな。
 生クリームは甘さ控えめにしてたっぷり添えて、フルーツも一杯盛ってあげよう。
 きっと、喜ぶ。

 僕は沈みきっていた気分が少しずつ浮上してきて、ハンカチで目を擦って鼻をかんでから(流石にハンカチは買って返そうと思う)、リリオに手を引かれるまま腰を上げ、籠を受け取り、一緒にベリーの採取に取り掛かった。
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