性悪皇子と転生宦官

毬谷

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谷底の白蟻公主

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目が覚めると、絵の具で塗りつぶしたような暗闇が広がっていた。ムラのないきれいな黒は、しばらくすると少しずつ溶けていく。
「んん……いってぇ」
床が硬いのか、体のあちこちが痛くてたまらない。
上を見上げると、本当にかすかに星がまたたいている。でも、目の錯覚と区別がつかないくらいの粒だった。
「は、」
体をどうにか起こして、辺りを見渡す。
手をついた地面はひんやりしていた。
月の光なんか少しも届いてこないような谷底にいた。
でもなんとなく目が慣れてくると、高い岩壁に挟まれていることに気づく。
奥の方は闇が濃く、どこまでも広がっている。
ようやく立ち上がり、岩壁まで歩み寄る。体のあちこちが痛いのに、不思議と怪我はしていないようだった。
振り返って、また向かいの岩壁まで歩くと、すぐだった。
上を見上げた。
「はー…?」
首が痛くなるほど、見上げても、ただただ岩壁がそびえ立っている。
「俺あんなとこから…」
そこでようやくこうなった直前の出来事を思い出す。
急に朱羽が豹変して、突き飛ばされたんだった。
それにしても生きてるなんて、おかしい。てか、死後の世界と言った方が納得する。転生したけど死んだということなのか?
どこからが夢で現実かもはや訳がわからない。
でも感覚は生きているし、夢の中だとするならわざわざこんなところで死にたくない。
とりあえず奥の方に歩いていくことにした。
ただただ歩み進めていく。
「景色変わんねー…。誰かいませんかー?」
もちろん返事はない。
装束のおかげでマシだけど、ここは少し肌寒い気がする。何の生き物の気配がないのが不気味すぎた。
歩いても歩いても、全くいい方向に向かってる雰囲気はなし。だからすぐに嫌になってくる。
「あー疲れてきた…。死んでるなら疲れなくたっていいだろ!まじで」
このままじゃまた死ぬとしか思えない。ゲームみたいにあっさり死ねたりリセットできないのは何となくわかっていた。
五珠の不思議な力か何かで転落死を免れたとして、待っているのは餓死しかない。
「なんなのもう。俺の人生最悪すぎじゃね?」
誰もいないのをいいことに独り言を呟きながら歩く。
限界サラリーマンからの訳の分からない世界での宦官人生。電車に乗ってたあの頃がもはや夢のように思える。
どうしよう。本当に全て夢だったら。
…それはないか。俺はそんなに想像力が豊かじゃない。
歩きながら指先に力を込める。顔の前に持ってきた指先から、ポタポタと雫が溢れた。
「うーん。これのおかげで助かった訳じゃなさそう」
自分の水珠の力が全く持って役に立たないことを再確認した。
そして、水分を意識してしまったせいで喉が渇いたので、少しの躊躇いもありつつ指先を口に含んだ。
「いや少な」
無くなりかけのペットボトルでももうちょっと飲めるだろって量だった。
でも無味無臭。多分飲んでも大丈夫ぽい。
「はー、これ限界あるよな。もう歩きたくないーきついー」
とにかく足を動かしているうちは良かったけど、口に出してしまうとあっという間に体がだるくなった。
谷底はどこまでも深く伸びていて、間違っても這い上がれそうな岩肌もない。
「ねーこれって五珠術でなんとかなるのかな!?みんななんとかなるからこんなひどいとこに落とされてもいいってこと!?」
そろそろイライラしてきた。
「だいたい朱羽は何だったんだよ!あんな可愛い顔して!」
めちゃくちゃ悪魔だったじゃねえか。
「てか何がしたかったんだろ。俺のこと殺す気満々だったよな」
水珠術が雑魚なのは知ってるわけだから、殺す気で突き落としたに違いない。
「嫌われてたとか!?…殺すほど?そりゃないだろ。…そういえば朱羽なんて言ってたんだっけ……ああ、そうそう、伯正様のお守りは僕一人で十分だったけか」
「…おい」
「んー、じゃあ一人で伯正様のお付きになりたかったのかな」
独り占め?したい?的な。
俺は朱羽もいてくれてラッキーくらいだったけど、要領のいい朱羽はそうじゃなかったとか?
「…確か朱羽は火珠術が得意だったよなあ。伯正様の緑珠とは相性が悪いんだっけか」
「おい」
つまり、伯正様の分が悪いってことか。
「お付きにつけるなら、伯正様の苦手な五珠に対応できるやつにするよなー…って、俺か!」
「そこの」
「じゃあバランスよくお付き二人つけたってこと!?まあ一人穀潰しだけど。……てことは?」
伯正様は五珠術は多分卒なくこなすだろうが、あまり身を守る術は持ってなさそうな気がする。なんか、こう、優雅だから。
そして俺がこうなった今、お付きは朱羽だけで、しかも朱羽はとんでもなくブラックな悪魔だったわけで。
いや、多分大丈夫だろうけど…。
「伯正様、大丈夫かなあ!?」
「お主!聞こえとらんのか!」
「え、えうわあああああ!?!」
自分以外いないと思っていた空間に、別の人間の声が響いて体が飛び跳ねた。
冗談抜きマジで、野生動物の動き。心臓の動きがとんでもない。
「え、え、え!?」
「ここじゃ!」
声のする方を振り返って………。
「イ、イヤアアアアアアアア!!!!」
かなり目線を下にしたところに、着飾ったお姫様がいてまた驚き叫んだ。
「………何じゃこいつ」
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