性悪皇子と転生宦官

毬谷

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西方の試練

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試験は五日で終わり、次の日は休息日だった。
そして、早速その次の日に採用者が発表されることとなった。
初日に伯正様と対面した広間に志願者たちが並べられる。
伯正様は、初日と同じように微笑みながら座っていた。
俺は心は一向に落ち着かないまま立っていた。
悪いとわかってるテストの結果が返ってくる時みたいな、一瞬奇跡を信じてしまうのが逆に辛い。
早く楽にしてほしい。
そんな思いでいると、まず衛将軍から志願者たちに一通りの謝辞が述べられた。
多分、その場の誰も求めていなかった。
「では、試験の合格者を発表する。呼ばれたものは前へ。…まず一人目」
何人かいるのか、と志願者たち全員にさらなる驚きがもたらされる。誰かが息を呑む音がした。
「一人目は、朱羽。前に」
「はい!」
やっぱり朱羽か、と俺は肩を落とす。朱羽が前に出て衛将軍の横に並ぶ。
中身も有能だし見目も良いし当たり前だけど、ちょっと悔しい。
「合格者は二人となる。次。二人目を呼ぶ」
つまり。次で呼ばれなかったら明日には都に帰るためにここを去らなければならない。
いや、もう呼ばれるわけがない。期待してもつらいだけだし、早く呼んでほしい。
もう俺はヤケクソになって突っ立っていた。
「では二人目。玄思恭」
もう無理だ。帰りの道ではぐれたフリして逃げるかな?でも一人でサバイブしていける自信は全くない。
「玄思恭!前に!」
「………?!、はいっ!!」
衛将軍に名前を叫ばれて、体が飛び跳ねた。全く違うことを考えていたから慌てる。
「結局思恭か」
「伯正様も好色だな」
「あいつは顔だけよ」
ボソボソと志願者の宦官たちの声をかき分けて前に出る。
名前を呼ばれた……?ということは受かった……?俺が二人目?
小走りで朱羽の隣に並ぶと、軽く微笑んでもらった。
「私からは以上だ!解散!」
威厳たっぷりの声で衛将軍が言った。
その一言でぞろぞろと人が広間から出ていく。
「思恭よかったね!」
その流れの中で、朱羽が喜びの声と共に話しかけてくる。
「う、うん…」
「どうしたの?あんまり嬉しくなさそうだけど」
「ううん…ちょっとびっくりしちゃって」
冷静になると、なんで自分が選ばれたんだろうという気持ちが湧いてきた。
だって、今の俺には何もかも足りない。
やっぱり顔かな。それとも熱意が伝わったのかな。
「浮かない顔してると、落ちた人たちによくないよ」
「そうだよね、ごめん」
「二人いるんだし、一緒に頑張ろうよ」
「朱羽……!俺朱羽がいてくれて本当によかった」
「僕もだよ」
朱羽は思恭より頭一つ分くらい背が低い。これでかわいい顔に見上げられると、宦官というのを忘れてしまう。
そうだ。俺はどういうことはわからないけど選ばれた。とりあえず明日から、また頑張らなきゃいけない。
空は中途半端な曇り空。確かこれでも「晴れ」なんだよな、と理科の授業で習ったことを何故か今ふと思い出した。





夜はまた宴会だった。
やっぱりこうやってお互い交流を深めあったり、自分の威光を示したりすることが大事なんだと思う。
伯正様は残念ながら選ばれなかった宦官たちに囲まれ、穏やかに対応していた。
俺も行ってお礼を言いたいけど、中々タイミングが無い。
かなりいい食事が出ているはずなのに、伯正様の方にばかり気がいっていた。
「ねえ思恭」
「ん?」
「ちょっと二人で話したいんだけど…いい?」
朱羽はそういうと扉の方を指差した。ここでは出来ない話らしい。
「伯正様に挨拶してからでもいい?」
「んー、今日は他の子達に譲ってあげたほうがいいと思うよ。明日からは話せるんだし、嫌がられちゃう」
確かに朱羽の言う通りだ。
「そうだね。わかった!」
二人連れ立って外に出ると、朱羽はズンズンと歩きを進めた。
「朱羽どこに行くの?」
「誰が聞いてるかわからないからね」
「は、はあ…」
それほど大事な話?よくわからないけど。
着いていくと、州城の裏手の森の中に入っていった。ここは貴族たちが狩りなんかをして遊んでいるらしい。
もう日は沈み、ジャムを深く煮詰めたような森だから視界が悪い。
それでも朱羽はしっかりとした足取りで森の奥までどんどん進んでいく。
「どこまで行くんだよー」
「もうちょっと」
話がしたいんじゃなくて、この森のどこかに見せたいものでもあるのか?
「ここに何かあるのか?」
そう思って朱羽の背中に問いかけると、ぴたりと足取りが止まった。
「え、なになになに」
朱羽は振り返ると、今度はずんずんとこちらに歩いてくるので、思わず後ずさる。
そうして動いていると、いつの間にか違う所に来ていた。
「ねえ…思恭、どうして君も選ばれたんだろう?」
「え?」
いつもかわいい少年声なのに、聞いたこともない低い声がした。
目の前の朱羽から発せられたとは考えられず、思わず声の主をきょろきょろと探す。
「いや、僕だから」
「ご、ごめん」
朱羽ってこんな感じだったんだ…見かけによらないんだと思っていると、背後に深い崖があることに気付いた。
底も見えない、向こう岸も見えない深い深い崖。
それなのに、朱羽はどんどんとこちらに迫ってくる。途端に、頭の中で危険信号が発せられる。
これは…命の危機ってやつ?
「ね、ねえ朱羽待って、あのさ話そうよ」
「何を?」
「え、ええと…明日からのこととか」
「そんなのいいよ」
今までかわいく思っていた朱羽のにこにこ笑顔に違和感を覚える。目が笑っていない。
「火珠術使って跡が残っちゃったら困るしなあ…」
何かぼそぼそ言っている。
少しずつ後ずさって、足が崖のふちに引っかかるところまで来て一気に汗がぶわっと沸いた。
朱羽の方に手を伸ばしてこれ以上こちらに来ないように制す。
「あー!!待ってマジで落ちるやばいって」
「…ねえ思恭」
「ん?!なに」
テンパりまくっている思恭と違って、朱羽は不思議なくらい落ち着いていた。
森なのに風一つ吹かず、虫や鳥もいないのか何の音もしない。それか、思恭の心臓の音がうるさすぎるのかもしれない。
月の影が少しだけ差し込んでくる。朱羽の顔はそれに照らされ、雲の流れでたまに見えなくなる。
あと一歩というところで、朱羽が足を止めた。とりあえず安心して深く息を吐く。
「…思恭、伯正様のお世話は僕一人で十分だと思わない?」
また月の影が朱羽の顔を照らす。びっくりするほど笑顔だった。
……これ、まだ大丈夫じゃないな?
「いや!朱羽、待って!、二人でさ、頑張ろうよ。ね?」
「だーめ」
語尾にハートがつきそうな勢いで甘くささやかれると、軽くぽんと突き飛ばされた体は宙に浮いた。
真っ逆さまに崖の下に落ちていく。
意識を手放す一瞬、ふわりと風が吹いたような気がした。
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