性悪皇子と転生宦官

毬谷

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西方の試練

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早速次の日から試験が始まった。が。
「上手くいかない……」
適当な建物の裏手で座りこむ。たいして生えてもいない草をぷつぷつと抜く。
試験五日目。気がつけば最終日になった。
「もう絶対落ちた……」
何せ物体を少し動かすことと手汗を出すことしか出せないのだ。
読み書きの試験は…読めもするし書けもするけど何せ教養がないからボロボロだった。
体術もダメだった。組まされた相手の宦官にボコボコにされた。
そして今日は面接。自分の熱意をありったけの語彙で伝えてきたけど衛将軍はなんだか引いていた気がする。
「終わりだ…」
結局趙才人のおもちゃになる運命だったんだ。
趙才人はまだ若くて元気そうだし、解放される見込みも無い。何せ、女官もいっぱいいたし。
こんなに天気はいいのになんで俺の心はこんなに憂鬱なんだろう……。
爪を見ると土が入って黒くなってる。きたねー。
後宮では顔見知りじゃなかったから知らなかったけど、朱羽は火珠術の使い手だった。それ以外の試験もかなり上手くこなしていた。
朱羽は毎晩項垂れる俺を慰めてはくれるけど、もう落ちたようなものだ。朱羽が受かるんだろうな。
膝を抱えてうなだれる。柴深の師匠に推薦状を書いてもらうのも大変だったし、ここまで来るのも本当に大変だったのに。
「つらい……」
宦官の黒い袍の袖をギュッと握った。
「どうしたの?」
「え……ギャー!?!」
伏せっているせいで気付けなかったけど、いつの間にか人が来ていた。
目が合うと、にっこり笑われる。まさかの伯正様だった。
「は、伯正様…!」
「ん?」
「お座りになるとお召し物が汚れます…!」
「いいよそんなの」
膝を抱えこむ思恭の隣に伯正様が座ったせいで、適当な理由をつけてその場から去るタイミングを無くしてしまう。
「なんでそんなに落ち込んでるの?」
伯正様の優しげな瞳は、つい警戒心が緩んでしまう。
「う、あの……」
「うん」
「試験がうまくいかなくて…」
伯正はそうなの、とまた扇でひらひらと動かしながら俺の言葉を受け止める。
「まあ結果が出るまでわからないじゃないか」
自分のお付きを決めているというのに、実は伯正様は試験には一切顔を出していない。
まあ偉い人がそんなわざわざ下々を見に来ないのは当然だ。
実際にお会いした伯正様は、人当たりもよく君主たる器を兼ね備えているように見えた。
しかし、他の宦官たちが噂するところによると、政は衛将軍や文官に任せ、自分は書や絵、音楽の遊びにかかりっきりらしい。
あと、夜の方も割と盛んなのは本当なようだ。何故か妻は迎えておらず、刹那的な遊びを楽しんでいるらしい。
むやみに政治に首を突っ込んでこないだけマシかもしれないし、こういった上司の方がある意味楽かもしれない。
ただ、少なくとも優しい人だとは思う。こうやってただ落ち込む俺が話し出すのを根気強く待ってくれてるし。
「珠術もだめで、教養も無くて…ロジとか実務的なことも出来ないし」
「ろじ?」
「いや、今のは大丈夫で…、すみません、こんなこと伯正様に言って、本当…」
「そんなことないよ。君は十分頑張ってじゃないか」
「は、伯正様……!」
裾が汚れてしまうもの構わず、宦官の隣まで来てくれる。なんていい人なんだ。
「でも、君は見目がいいから、働き先なんていくらでもあるだろう?」
「…それはそうかもしれませんが……」
思恭の良さは客観的に言って事実なので否定は出来ない。
伯正様がいちいち丁寧に相槌を打ってくれるせいで、口が止まらない。
「…でも後宮は恐ろしいところです。私は身をもって知りました。本当に魔境です。私は死ぬまで搾り取られるんです」
「搾り取られる?」
「あ、今のも忘れていただいて…とにかく、とにかく!」
気持ちが有り余って勢い良く立ち上がり、伯正様を見下ろす。扇で口元が隠れていても、ぽかんとしているのがわかる。
「わ、私は伯正様にお仕えしたいんですっ…!」
「…熱烈だ」
「いえ…誠に失礼いたしました……」
沸騰したやかんを止めたときみたいに、一気に頭が冷静になっていく。本当に自分は何を言っているんだろう。
ペコペコと頭を下げて何度も謝る。
「ははっ!いや、嬉しいよ」
「そそそ、そうですか……はは」
恥ずかしくなって後ずさると、伯正様が立ち上がった。何センチか思恭の方が低い。
ここは令和と違って、ビルが無いから空が広い。情報量も少ないから、鳥が飛んでいるのもやけに気になる。
「ふーん……」
扇を手で弄ぶ伯正様が俺の顔を覗き込む。端正なお顔に黙り込むことしか出来ない。
目を合わせられずにいると、扇で顎をクイッと持ち上げられる。
「は、伯正様……」
目を、見られている。両目じゃなくて、思恭の片目。水珠が宿っている方の。
それに気付くと、一気に緊張が高まった。
「……」
伯正様も何も言わないから、立っているままでしかない。
「あ、あの…あまり見られると、…!」
じろじろと覗き込まれて、限界を迎えそうになったところで、パッと解放された。
「いい瞳だね」
「あ、りがとうございます」
「君は珠術はまだまだかもしれないけど、やれることから地道にやっていけば、必ず目が出るよ。頑張って」
肩をポンと叩かれる。そして、伯正様が閉じた手のひらの中から一輪の花を咲かせた。
「っわ!え……すごいです」
「ふふ」
花を差し出されて、受け取る。可愛らしい、小さな花だった。
そして伯正様はしなやかな植物みたいな優雅な動きで去って行った。
思恭は体の力が抜けて、その場に座り込んだ。
…俺を見つけたのはたまたまだろうけど、慰めてくれた?
伯正様は宦官なんぞの心に寄り添ってくれる優しい方なのかもしれない。
いや、俺の話をあんな親身になって聞いたくれたんだ。あの目を見つめられたのはよくわからなかったけど、こんないい人は後宮に絶対いない。花までいただいたし。
やっぱりお仕えしたい。元の体の持ち主のためにも。
「もう出来ることはないけど…」
伯正様にもらった花が風で爽やかに揺れる。
暗く沈んだ心が、ほんの少し癒されるような気がした。
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