性悪皇子と転生宦官

毬谷

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西方の試練

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岭州の州都は名前を起陽という。
古来より他民族との交易で栄えた街で、多種多様な人物が暮らしている。
その判明、他民族の侵入も絶えず、重要な貿易拠点として皇帝の近親者が派遣されることも多い。
というのが、事前に聞いていた情報だった。
「うおーでっけー…」
後宮しか知らないから都がどうなってるか正直わからないけど、起陽も負けないくらい立派なんじゃないかと思われる。
強固で荘厳な門をすぎると、立派な街が広がっていた。
行き交う牛車には荷物がパンパンに積み上げられ、商業もさかんなことが伝わる。
州城に通じるメインストリートには、多くの出店がにぎわい、雑貨やちょっとした食べ物が売られていた。
一行はすぐさま州城に向かうのではなく、とりあえず宿で一泊し身なりを整えてからご挨拶に向かうこととなった。
ついに伯正様にお会いできる。正直、辺境に追いやられた皇子だと思っていたが、岭州はとても栄えている所だった。
色々と噂はあるけど、そこまでぼんくらでもないんじゃないかと思う。


州城の周りには城壁が張り巡らされており、また門をくぐり抜けた。これは起陽の街の入り口にあるものよりは小ぶりだが、かなり立派な額も掲げられており、装飾にこだわられていることがわかった。
城といってもいくつかの建物が集まっており、伯正様は主殿にいるらしい。
「緊張するね」
朱羽がこっそり話かけてくる。彼の一つにまとめられたふわふわの髪の毛が揺れていた。
「うーん…試験の内容もわからないし、どんな感じなんだろう」
志願者に試験の内容は一切知らされていなかった。面接や珠術がどれくらい使えるかの試験があるんじゃないかとみんなで言っていたが、結局わからない。
「まあ頑張ろうね」
朱羽が柔らかく顔を綻ばせたところで、主殿の中に入った。
皆も緊張して、ピリピリとした空気が漂う。
そのまま進んで、おそらく伯正様が控える部屋の手前まで来る。
兵士により扉が開かれると、広い空間に玉座が見えた。
そこに座る人影が見える。
一行は進んで跪き、拱手をして頭を下げる。
「みんな、よく来たね」
それが伯正様の第一声だった。
足を組み、頬杖をついて優雅に口角を上げた男は気品を漂わせる風格があった。
立ち上がり、伯正様の様子を見る。
(普通にイケメンだ…)
今時の若手俳優みたいな、ちょっと人懐っこい犬みたいな少し甘めの顔立ちをしていた。扇をひらひらとさせながら持って、口元が時折隠れるのが貴人ぽい仕草だった。
柔和な雰囲気で、とても人が良さそう。
つまり、悪い人には全くもって見えなかった。人当たりが良さそうに見えるから、変ないちゃもんとかつけられなさそうな感じが個人的に羨ましい。
「試験…というほどのものじゃないけどちょっとしか面接とかは明日からやってもらうよ。こっちの衛徳元(えいとくげん)。岭州の将軍だ。彼が君らの試験官となる」
伯正様のそばに控える、いかつめの男が頭を下げた。いかにも将軍って見た目をしている。
「みんな疲れただろう。今日はゆっくりしてくれって言いたいところだけど、歓待の席を設けている。また後で会おう」
そう言うと伯正さまは玉座から立って去っていった。
場の張りつめていた空気が、ふうと和らぐ。
「優しそうなお方だったな」
「ああ…愚鈍というお噂だったが、案外違うのかもしれない」
(やばい……!みんなちょっとやる気になってる!)
あまりいい噂の無い皇子のために、数合わせで連れてこられていた宦官が一斉に喜んだ声を上げだす。
でも、あの一瞬で彼が俺たちの心を掴んだことは確かだ。
(どうしよ…)
いざとなったらマッサージでもなんでもしよう。





何人選ばれるかはわからないけど、ここにいる大半の宦官は選ばれずに都へ帰る。
伯正様としても、ここで手厚いもてなしをして都での自分の名を上げたいのかと思う。
…つまり、ただの宦官相手に開かれた宴会は、そりゃもう盛大なものだった。
至る所に花が置かれているのは、伯家が緑珠を受け継ぐ家だからだろうか。
「僕たち、何しにきたんだろう?」
隣に座る朱羽が言う。
「ほんとにね」
代わる代わる酒は注がれ、料理は肉や魚もたっぷりと出される。
都では雑用ばかりだった宦官たちはすっかり浮かれてしまっている。
自分でも、ここに来ればこんないい生活が出来るのではないかと勘違いするだろう。
主賓の位置にいる伯正様は絶えず誰かと喋っていて、ご挨拶できるような感じではない。そもそも恐れ多いし。
「でも、このお肉おいしいね」
「うん。本当。後宮じゃありえないよ」
「朱羽は後宮で何をしてたの?」
「僕?僕は貴妃様にお仕えしてたんだ」
あっさりと朱羽が言う。
「え!すごいな!それじゃあこんなとこに来なくてもよかったじゃん」
貴妃となれば才人よりもよっぽど偉いし、皇后が不在なら後宮ではかなり偉いに違いない。
そんなすごい人に仕えていた朱羽がなんでこんなところまで来たのか不思議でしかない。
「へへっ…でもちょっとクビになっちゃって…」
「そうなんだ…ごめん嫌なこと聞いちゃって」
朱羽は要領も良さそうだし、立ち回りも上手く見えるけどやっかみも多いのかも。
みんな色んな事情があるんだなと耽っていると、朱羽が肩をバンバンと叩いた。
「あ、思恭!伯正様今ならいけそうだよ、ほら!」
え、と伯正様の方を見ると、確かにちょうど人が途切れてる。
「あ、え朱羽は?」
「二人だと印象が薄れるかもよ。とりあえず行ってきなよ!」
「わ、わかった」
押し出すように朱羽に見送られて、意を決して伯正様に近付く。
「君は…」
伯正様に酒を注ぎながら名乗る。
「玄思恭です。よ、よろしくお願いします!」
「ふふ。元気だね」
「すみません!」
微笑むと目尻が下がりより柔和になる。
もしかしたらあまりリーダーシップがあるタイプではないかもしれないけど、優しそうでとっつきやすい。
「君が玄思恭か。聞いているよ」
「え!?、えっと…何を」
伯正様は妖しげに「ふふ」と笑って答えなかった。
「短い間かもしれないけど、よろしくね?」
「……へ?」
なんだか引っ掛かるような発言をされて、思わずとぼけた声が出た。
扇で口元を隠した伯正様の目元が細まる。
もしかして、今回の採用試験なんて、伯正様のただの暇つぶしでしかないのではないか。
真意が全く読み取れない黒い瞳が、思恭を惑わせた。
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