性悪皇子と転生宦官

毬谷

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西方の試練

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雑魚寝している周りを起こさないように慎重に柴深の体を揺らす。
「柴深、柴深」
まだ日が昇っておらず、誰もが眠っていた。
「んん…うるせえよ」
手を弾かれ、悪態を突かれながらも柴深は起きてくれた。
表へ出ると、まだ暗かったが個人的には空気も澄んでいて清々しく思った。
開ききっていない目をこすりながらぼそぼそと柴深が言う。
「早くねえか…」
「涼しいうちに出発なんだって」
「ふうん…」
柴深の声が溶けかかっている。
無理やり起こしたのに表まで見送りに来てくれるなんて、やっぱりいいやつだと思う。
ついに岭州への出発の日を迎えた。
ここ数日、趙才人から逃げ延びるのは本当に大変だった。
とにかく彼女の宮にいた女官を見かけたら避けまくり、常に柴深や他の宦官と一緒にいた。
これが難しくて、宦官なんてもう性欲が無くたっていいと思うけど、あんまり思恭がニコニコしてると勘違いされることもあった。
結果として、何も気にしない柴深といることが多くなったから、何やら噂が立っているみたいだけど気にしない。
趙才人も、表立っては俺のことを呼び出せないのか、逃げてる限りはなんとかなって本当によかった。
他の女官からも誘われる隙を作らない。それがこの後宮で身につけたテクニックだった。
「ま、上手くやれよな」
「頑張るよ」
水珠術の方は、要領が悪すぎるのか、結局指先から水を一滴垂らすことしかまだ出来ない。
柴深に見せたら「………手汗か?」と言われたのは本当にショックだった。
表の階段を降りて振り返る。
「じゃあ柴深、本当に今までありがとう。助かったよ」
「今生の別れか?俺はお前が伯正さまと都に凱旋してくるのを待ってるよ」
そう言って大きなあくびをもらした柴深は手を振って部屋に戻った。まだ少し肌寒いせいか、小さくくしゃみをこぼしていた。
非常に助けてもらった柴深がもういないのは寂しいけど、ここからは自分の力で伯正様のお付き宦官を勝ち取るしかない。
まだ空には星が瞬いて、夜明けは遠く感じる。月明かりが土埃の道を照らしてくれて、思恭は集合場所まで向かった。





岭州までは都から船と徒歩で一ヶ月程度かかるらしい。
都の方はかなり水運が発達していて、最初は船移動になった。
最初は珠術で一瞬で移動できるものかと思っていたけど、そうでもないみたいだ。
というのも、五珠自体は人間大なり小なりあるけども、それを使いこなす珠師や珠士のレベルまでいけるのはほんの一握りだけらしい。
つまり、よっぽど才能がいることで、思っているよりは社会に浸透しているわけじゃなかった。
今回、宦官が二十人ほどに兵士や役人が四十人ほどの旅だが、五珠術に精通しているのは数人で、それを当てにはできなかった。
船移動は乗っているだけだから、船酔いさえ乗り越えれば何とかなったけど、問題は徒歩の方だった。
現代みたいに綺麗に道が整備されていないことはもちろん、とんでもない斜面だったり、渓流を渡ったりと困難が多い。
遠回りでももうちょいマシなルートを選んでほしいと何度も恨んだ。
ただ、各々で身体強化の珠術を使っているらしく、余裕そうな者もいる。
「、ぜえ、は」
今日は山越えだとかで、もはや岩肌をよじ登って一行は岭州へと向かっていた。
多分思恭の体はスタミナもあるだろうけど、それを使いこなす中身が現代人なもんだから、俺はいつも最後尾になる。
「思恭大丈夫?」
「う、うん…いつもごめん」
それでも優しい人間というものはいる。
朱羽(しゅう)は、何かと遅れをとる俺に、手を差し伸べてくれる宦官だ。
俺と同じく採用試験を受けに来ていて、そう言った意味ではライバルだけど、色々と助けてもらっているから正直あんまりそういうふうには思っていない。
ふわふわの髪にぱっちりとした目で、正直女の子みたいだった。
「気にしないで。助け合いだよ」
ニコッと笑ってもらえるとなんだかとても嬉しい。
俺だけじゃなくみんなにも優しいし、こんな子が伯正様に選ばれるのかもなと少しだけ思う。
石だらけで歩き辛いけど、とりあえず平坦な道に出た。朱羽の横に並ぶ。
「そういえばさ、思恭は『アレ』持ってきた?」
「え?」
「鈍いなあ。…宝のことだよ」
「ぱ、ぱお……」
「何さその、初めて聞いたみたいな反応」
「い、いや……」
何のことを言っているのかわからず、頭を必死に回転させる。
アレってアレのこと?自分の切ったアレのこと?
……想像するだけで恐ろしい。
荷物は風呂敷に包んで各自持ってきている。思恭は元の所持品が少なかったから大したものは持ってきてないし、勿論宝はまだ生えてるから持ってきてるっちゃ持ってきてるし、持ってきてないとも言える。
「朱羽は?」
「え、僕?もちろん持ってきたよ。失くしたら困るからね」
「そ、そうだよね~」
確かにそうだ。大事なものではある。
こんなニコニコなのに、宝を持ってきてるのか。思わず朱羽の風呂敷をチラリと見る。へその緒みたいなものか?いや全然違うか。
思恭が適当に合わせていると朱羽は俺もちゃんと持ってきたもんだと勘違いしてくれたらしい。
「も~都に置いてきたのかと思っちゃったよ」
「は、ははっ…。そんなことあるわけないじゃん」
「この山超えたらもうすぐだって。もうひと踏ん張りだね」
「うん!」
山中は木々が生い茂り、岭州が見下ろして見えるわけではなかった。
それでも新天地に胸が高まる。あと、めちゃくちゃ疲れてるから早く休みたい。
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