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水珠の波紋
一
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今日は特に疲れた。
電車は、遅延に遅延を重ねていつもよりかなり人が乗っていて、しかも前の電車との調整でしばしば止まった。
やっとのことで家に着いた。ただのマンションのただのワンルーム。最初に電気をつけて、次にテレビをつける。
買った惣菜を食べながらスマホをいじる。
音があることが大事なのであって、テレビ番組の内容に特にこだわりはなかった。
朝見ていたチャンネルそのままで、何やらファンタジー系のアニメ。
漢服を観に纏った美男美女が戦ったり後宮で権謀術数をめぐらしたりしているらしい。いつも帰るのがこの時間なので、内容は詳しくないけど、何度も見ていた。
そのままスマホを見ていると、会社の人間からメールが届いた。まだ働いているらしい。
未来もぽちぽちと返信を打つ。
「来月15日に、完成検査を、予定しております……、詳細につきましては………」
明日出勤して返せばいいのに、もう何年もこんな生活が身に染み付いていた。
つまらない飯を食べ終えたのに、どうも風呂に入る気が起きない。
「ま、明日シャワーでいっか…」
満腹のせいか心地いい眠気に包まれたので、そのまま意識を手放した。
◆
「……思恭(しきょう)!おい、起きろ!思恭!」
遠くで誰かが誰かを呼ぶ声がする。それがあまりにも近くて目を覚ました。
「っ………?」
まだ開き切っていない目で辺りを見回す。衝立のようなもので仕切られた部屋で、何人もの人間が行き来していた。床一面に寝具が敷かれている。
置かれたものなどがどことなくアジアンテイストで、ボーッとしていると声がした。
「思恭、お前今日から李老師のところで五珠術の勉強すんじゃねえの?急がなくていいのか?」
「え、は……?」
「まだ寝ぼけてんのか?服用意しといてやるから顔洗ってこいよ、水桶はあっちな」
少し吊り目の男が指す方向をちらりと見る。
全く状況がわからない。どういうことだろ?
ふと下を見ると自分の髪の毛が座り込む膝の辺りまで伸びていることに気づく。
「うわあ!?」
思わずそれを掴む。銀色の長い髪だった。おかしい。
「早く行け!」
「ご、ごめん」
吊り目気味の男の圧に負けて、思わず謝りながら水桶で顔を洗う。
手のひらに包まれる己の顔が、明らかに慣れ親しんだものじゃない。肌はスベスベだし、鼻が高い気がする。
というか、風景や何もかもがおかしい。
ということは。
「……夢か」
夢なら全て納得出来る。まあそのうち覚めるだろう。
のんびりと寝ていた部屋に戻る。おそらく、何人もの人間がここで寝泊まりしているみたいだ。
「思恭早くしろー」
どうやら自分は思恭という名前らしい。
吊り目の男が渡してくれた服は、黒の漢服で、今自分が着ているのが白い寝巻きにあたるものだろう。
着方がわからなかったが、見様見真似でなんとか着ると、男が手招きをした。
「髪結んでやるよ。本当、柴深様に感謝しろよな」
やっと名前がわかった。口調は乱暴だが、面倒見がいいらしい。
柴深がサラサラの髪をほぐして、耳上の髪を一つにまとめてくれた。
「よし、ほら出来た。行ってこい」
さっき言ってた李老師のとこだろうか。柴深は日に焼けた茶髪を一つに束ね、少し吊り目気味のキツめの顔立ちだった。
夢であれば適当にウロつけばいいかと思ったが、何せ場所に検討がつかなった。
「あー、…柴深さんすみません、場所がわからなくて」
「はあ!?…もう、しょうがねえな。まあ思恭は来たばっかりだし…。連れてってやるよ。一回だけだからな」
「ありがとうございます…!」
「お前、そんな丁寧なやつだったか?」
「え、あ…寝ぼけてて…」
「ふーん。まあいいや。教本忘れんなよ」
ゲームのお助けキャラみたいだ。場所がわからないなんて無理があるような気もしたけど、連れてってくれるらしい。
傍に置かれていた本を手に取って柴深についていくと、廊下に出た。
同じ黒い漢服を着た人間がいっぱいいる。男とも女ともわからないよぼよぼの老人もいた。
皆、一様に思恭を見ている。
確かに現実よりは個性的な髪色が多いけど、思恭のようなアルビノに近い銀髪は珍しいのかもしれない。
外に出ると中華風の建物がいくつも立ち並んでいた。
どうやら高い土壁が張り巡らされて、外とは遮断されているようだ。
「あのさ、柴深はこの李老師の講義を受けないの?」
前をずんずん進む蔡深に話しかける。
「はあ?李老師のは新しく来たやつ向けの五珠の基礎的な話だろ。俺はもう土珠師に師事してるからいいの」
「ふ、ふーん。そうだったな」
何を言っているかよくわからない。夢にしたって、もう少し寄り添ってくれたっていいのに。
電車は、遅延に遅延を重ねていつもよりかなり人が乗っていて、しかも前の電車との調整でしばしば止まった。
やっとのことで家に着いた。ただのマンションのただのワンルーム。最初に電気をつけて、次にテレビをつける。
買った惣菜を食べながらスマホをいじる。
音があることが大事なのであって、テレビ番組の内容に特にこだわりはなかった。
朝見ていたチャンネルそのままで、何やらファンタジー系のアニメ。
漢服を観に纏った美男美女が戦ったり後宮で権謀術数をめぐらしたりしているらしい。いつも帰るのがこの時間なので、内容は詳しくないけど、何度も見ていた。
そのままスマホを見ていると、会社の人間からメールが届いた。まだ働いているらしい。
未来もぽちぽちと返信を打つ。
「来月15日に、完成検査を、予定しております……、詳細につきましては………」
明日出勤して返せばいいのに、もう何年もこんな生活が身に染み付いていた。
つまらない飯を食べ終えたのに、どうも風呂に入る気が起きない。
「ま、明日シャワーでいっか…」
満腹のせいか心地いい眠気に包まれたので、そのまま意識を手放した。
◆
「……思恭(しきょう)!おい、起きろ!思恭!」
遠くで誰かが誰かを呼ぶ声がする。それがあまりにも近くて目を覚ました。
「っ………?」
まだ開き切っていない目で辺りを見回す。衝立のようなもので仕切られた部屋で、何人もの人間が行き来していた。床一面に寝具が敷かれている。
置かれたものなどがどことなくアジアンテイストで、ボーッとしていると声がした。
「思恭、お前今日から李老師のところで五珠術の勉強すんじゃねえの?急がなくていいのか?」
「え、は……?」
「まだ寝ぼけてんのか?服用意しといてやるから顔洗ってこいよ、水桶はあっちな」
少し吊り目の男が指す方向をちらりと見る。
全く状況がわからない。どういうことだろ?
ふと下を見ると自分の髪の毛が座り込む膝の辺りまで伸びていることに気づく。
「うわあ!?」
思わずそれを掴む。銀色の長い髪だった。おかしい。
「早く行け!」
「ご、ごめん」
吊り目気味の男の圧に負けて、思わず謝りながら水桶で顔を洗う。
手のひらに包まれる己の顔が、明らかに慣れ親しんだものじゃない。肌はスベスベだし、鼻が高い気がする。
というか、風景や何もかもがおかしい。
ということは。
「……夢か」
夢なら全て納得出来る。まあそのうち覚めるだろう。
のんびりと寝ていた部屋に戻る。おそらく、何人もの人間がここで寝泊まりしているみたいだ。
「思恭早くしろー」
どうやら自分は思恭という名前らしい。
吊り目の男が渡してくれた服は、黒の漢服で、今自分が着ているのが白い寝巻きにあたるものだろう。
着方がわからなかったが、見様見真似でなんとか着ると、男が手招きをした。
「髪結んでやるよ。本当、柴深様に感謝しろよな」
やっと名前がわかった。口調は乱暴だが、面倒見がいいらしい。
柴深がサラサラの髪をほぐして、耳上の髪を一つにまとめてくれた。
「よし、ほら出来た。行ってこい」
さっき言ってた李老師のとこだろうか。柴深は日に焼けた茶髪を一つに束ね、少し吊り目気味のキツめの顔立ちだった。
夢であれば適当にウロつけばいいかと思ったが、何せ場所に検討がつかなった。
「あー、…柴深さんすみません、場所がわからなくて」
「はあ!?…もう、しょうがねえな。まあ思恭は来たばっかりだし…。連れてってやるよ。一回だけだからな」
「ありがとうございます…!」
「お前、そんな丁寧なやつだったか?」
「え、あ…寝ぼけてて…」
「ふーん。まあいいや。教本忘れんなよ」
ゲームのお助けキャラみたいだ。場所がわからないなんて無理があるような気もしたけど、連れてってくれるらしい。
傍に置かれていた本を手に取って柴深についていくと、廊下に出た。
同じ黒い漢服を着た人間がいっぱいいる。男とも女ともわからないよぼよぼの老人もいた。
皆、一様に思恭を見ている。
確かに現実よりは個性的な髪色が多いけど、思恭のようなアルビノに近い銀髪は珍しいのかもしれない。
外に出ると中華風の建物がいくつも立ち並んでいた。
どうやら高い土壁が張り巡らされて、外とは遮断されているようだ。
「あのさ、柴深はこの李老師の講義を受けないの?」
前をずんずん進む蔡深に話しかける。
「はあ?李老師のは新しく来たやつ向けの五珠の基礎的な話だろ。俺はもう土珠師に師事してるからいいの」
「ふ、ふーん。そうだったな」
何を言っているかよくわからない。夢にしたって、もう少し寄り添ってくれたっていいのに。
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