性悪皇子と転生宦官

毬谷

文字の大きさ
上 下
1 / 10
水珠の波紋

しおりを挟む
今日は特に疲れた。
電車は、遅延に遅延を重ねていつもよりかなり人が乗っていて、しかも前の電車との調整でしばしば止まった。
やっとのことで家に着いた。ただのマンションのただのワンルーム。最初に電気をつけて、次にテレビをつける。
買った惣菜を食べながらスマホをいじる。
音があることが大事なのであって、テレビ番組の内容に特にこだわりはなかった。
朝見ていたチャンネルそのままで、何やらファンタジー系のアニメ。
漢服を観に纏った美男美女が戦ったり後宮で権謀術数をめぐらしたりしているらしい。いつも帰るのがこの時間なので、内容は詳しくないけど、何度も見ていた。
そのままスマホを見ていると、会社の人間からメールが届いた。まだ働いているらしい。
未来もぽちぽちと返信を打つ。
「来月15日に、完成検査を、予定しております……、詳細につきましては………」
明日出勤して返せばいいのに、もう何年もこんな生活が身に染み付いていた。
つまらない飯を食べ終えたのに、どうも風呂に入る気が起きない。
「ま、明日シャワーでいっか…」
満腹のせいか心地いい眠気に包まれたので、そのまま意識を手放した。







「……思恭(しきょう)!おい、起きろ!思恭!」
遠くで誰かが誰かを呼ぶ声がする。それがあまりにも近くて目を覚ました。
「っ………?」
まだ開き切っていない目で辺りを見回す。衝立のようなもので仕切られた部屋で、何人もの人間が行き来していた。床一面に寝具が敷かれている。
置かれたものなどがどことなくアジアンテイストで、ボーッとしていると声がした。
「思恭、お前今日から李老師のところで五珠術の勉強すんじゃねえの?急がなくていいのか?」
「え、は……?」
「まだ寝ぼけてんのか?服用意しといてやるから顔洗ってこいよ、水桶はあっちな」
少し吊り目の男が指す方向をちらりと見る。
全く状況がわからない。どういうことだろ?
ふと下を見ると自分の髪の毛が座り込む膝の辺りまで伸びていることに気づく。
「うわあ!?」
思わずそれを掴む。銀色の長い髪だった。おかしい。
「早く行け!」
「ご、ごめん」
吊り目気味の男の圧に負けて、思わず謝りながら水桶で顔を洗う。
手のひらに包まれる己の顔が、明らかに慣れ親しんだものじゃない。肌はスベスベだし、鼻が高い気がする。
というか、風景や何もかもがおかしい。
ということは。
「……夢か」
夢なら全て納得出来る。まあそのうち覚めるだろう。
のんびりと寝ていた部屋に戻る。おそらく、何人もの人間がここで寝泊まりしているみたいだ。
「思恭早くしろー」
どうやら自分は思恭という名前らしい。
吊り目の男が渡してくれた服は、黒の漢服で、今自分が着ているのが白い寝巻きにあたるものだろう。
着方がわからなかったが、見様見真似でなんとか着ると、男が手招きをした。
「髪結んでやるよ。本当、柴深様に感謝しろよな」
やっと名前がわかった。口調は乱暴だが、面倒見がいいらしい。
柴深がサラサラの髪をほぐして、耳上の髪を一つにまとめてくれた。
「よし、ほら出来た。行ってこい」
さっき言ってた李老師のとこだろうか。柴深は日に焼けた茶髪を一つに束ね、少し吊り目気味のキツめの顔立ちだった。
夢であれば適当にウロつけばいいかと思ったが、何せ場所に検討がつかなった。
「あー、…柴深さんすみません、場所がわからなくて」
「はあ!?…もう、しょうがねえな。まあ思恭は来たばっかりだし…。連れてってやるよ。一回だけだからな」
「ありがとうございます…!」
「お前、そんな丁寧なやつだったか?」
「え、あ…寝ぼけてて…」
「ふーん。まあいいや。教本忘れんなよ」
ゲームのお助けキャラみたいだ。場所がわからないなんて無理があるような気もしたけど、連れてってくれるらしい。
傍に置かれていた本を手に取って柴深についていくと、廊下に出た。
同じ黒い漢服を着た人間がいっぱいいる。男とも女ともわからないよぼよぼの老人もいた。
皆、一様に思恭を見ている。
確かに現実よりは個性的な髪色が多いけど、思恭のようなアルビノに近い銀髪は珍しいのかもしれない。
外に出ると中華風の建物がいくつも立ち並んでいた。
どうやら高い土壁が張り巡らされて、外とは遮断されているようだ。
「あのさ、柴深はこの李老師の講義を受けないの?」
前をずんずん進む蔡深に話しかける。
「はあ?李老師のは新しく来たやつ向けの五珠の基礎的な話だろ。俺はもう土珠師に師事してるからいいの」
「ふ、ふーん。そうだったな」
何を言っているかよくわからない。夢にしたって、もう少し寄り添ってくれたっていいのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 俺の死亡フラグは完全に回避された! ・・・と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ラブコメが描きたかったので書きました。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~

アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。 これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。 ※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。 初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。 投稿頻度は亀並です。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

無愛想な彼に可愛い婚約者ができたようなので潔く身を引いたら逆に執着されるようになりました

かるぼん
BL
もうまさにタイトル通りな内容です。 ↓↓↓ 無愛想な彼。 でもそれは、ほんとは主人公のことが好きすぎるあまり手も出せない顔も見れないという不器用なやつ、というよくあるやつです。 それで誤解されてしまい、別れを告げられたら本性現し執着まっしぐら。 「私から離れるなんて許さないよ」 見切り発車で書いたものなので、いろいろ細かい設定すっ飛ばしてます。 需要あるのかこれ、と思いつつ、とりあえず書いたところまでは投稿供養しておきます。

処理中です...