王冠にかける恋

毬谷

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第六章

新しい波

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「お、おかえり!」
「おかえりなさい」
「え、なんで?」
白川と別れた後、寮の自室に戻ると夏理と千里がいた。
先日、どうしてもと千里に言われて夏理を紹介した。どうにか勉強方法など教わりたかったらしい。
結構夏理は人見知りの気があるので正直気乗りはしなかったが、あまりにしつこかった。夏理にもとにかく悪いやつじゃないからと拝み倒した。
結果として、2人は参考書の話題などでなぜか意気投合し、真加の心配は取り越し苦労となった。
「なんでって、勉強教えてもらってたんやんか」
千里が呆れたように言う。今日は肩までの髪をゆるく一つにまとめて謎に色気があった。
「そのテーブル持ち込んだのか?」
「もちろん」
真加の机と夏理の机の間に折り畳みのテーブルを置いて教科書を広げている。
にしても、夏理が部屋に人を呼ぶなんて珍しいように思った。
真加が着替えている間に、2人はよくわからない会話をする。
「この先生の解説すごくいいですよね。一般向けに出されている現代文の読解の本もすごくいいですよ」
「ほんまに?今度読むわ。文庫?」
「新書だったかな…図書室にもありますよ」
「へえ。今度借りよ」
「いつの間にそんな仲良くなったの?」
「なに、真加くん嫉妬か?」
「違う違う」
純粋にあまり積極的ではない夏理にしては珍しいと思った。
ただ、話してみて意外と気が合うというのがあったのかもしれない。
「はあー俺もテスト勉強するか」
どうせ一区切りしないと2人とも食堂には行かないだろうし、明日からはテスト1週間前でどちらにせよしといたほうがいいに決まってる。
とりあえず真加は机の上を片付けることからはじめた。
「夏理くんヤマ当てられるタイプ?」
「僕のノートあげましょうか?1教科今なら500円からですよ」
「マジで?」
あくどい商売が始まっているが、多分友人価格のはずだと思いたい。
2人に背を向けて片付けていると、「全教科買えば割引がある」だの「年間購読」だの聞こえてくる。知らないだけで、夏理はかなり手広くやっていたようだ。
「程々にしとけよ」
次の連休は夏理を連れて実家に帰ることにしており、夏理にも実家の親にもそう話していた。
「わかってますよ」
夏理は肩をすくめた。
ようやく机が机として勉強できそうなくらい片付いたので、真加も教科書を広げる。
「中間テストを乗り越えれば体育祭と文化祭やなあ」
難問に向き合ってたらしい千里が大きく伸びをしながら言う。
「真加くん、体育祭の実行委員になってませんでしたっけ?」
「うん。まあ、救護係だからテントか救護室で待機するだけだけど」
この学園にはそれはそれは広い体育館があり、更衣室やシャワー場、控え室に練習室も完備していた。体育祭はそこで行われる。日焼けや熱中症の心配がないところが魅力的らしい。
真加は4月の委員会決めで体育祭の実行委員となった。
一応自主性も重んじられているので、実行委員会が当日の運営や前日準備などを行なっており、中々やることが多い。(縦割りで組まれる団の出し物も含めて)
大変なところはイベント事が好きな委員がやるので、真加に回ってきた担当はちまちまとした雑用や前日の会場設営、当日の救護係だった。
当日はテントに詰めるか救護室に詰めるか。どちらにせよずっとでもないし一人でいるわけでもないのでむしろ大変なのは体育祭までだった。
「へー!なんか盛り上がりそうやな」
「そういえば千里くんはまだ参加されてないですもんね!運動部の人たちなんかは大活躍されてますよ」
「夏理くんは?」
千里がいじわるに投げかける。夏理はあまり運動に自信がある方ではないらしい。クラスが違うのであまり見たことはないが、去年の体育祭での走りはなんとも言えないものだった。
「そこはノーコメントです。僕は見る専門ですかね。千里くんは何の種目に出るんですか?」
「ボク…何やったっけ?」
「覚えてないんですか!」
同じクラスで種目決めもしたのだからと千里が真加に目線をよこしたが、覚えているはずもない。
「なんか決めたやつ写真撮ってただろ。……えーっと、障害物競走の2番目だな」
「へーそうやったっけ。ありがとう~」
スマホに残してたクラスメイトの種目分け表の画像を見て答える。
千里は自身の活躍にはあまり興味がないらしい。
少しミステリアスな雰囲気と人懐っこい微笑みで割と他のクラスにもファンがいるとかいないとか…理人が言っていた気がする。
これで体育祭で活躍でもすればまた人気が出るに違いない。
「文化祭もありますし…秋は忙しいですよ」
「文化祭は外部からも人来るしな。めちゃくちゃ有名なんやろ?」
「ええ。五鳳院くんもいますし去年はもう人だらけで大変でしたよ」
「そうなん?でも、生徒の招待チケットないと入られへんのちゃうん?」
千里はペンをくるくる回しながら不思議そうに言う。
「1人5枚とかだったかな。僕も去年からだからとても驚いたんですが、文化祭に来たい人があんまりにも多いようで、チケットが余ってる人は他の子にあげたり売ったりするんです。チケット分いっぱい人が来るから、それはもう大盛況ですよね」
夏理、売ったクチだな……とは千里も真加も言わなかった。
「そもそも天風の文化祭って有名だからな。それに王子が加わってとんでもないよ」
文化祭は普段は寮生活で閉じた生活をしている生徒たちが外部と交流する貴重な機会である。
こちらはかなり生徒に自治が与えられ、クラスや部活、同好会での出し物が回りきれないほど出る。
来る方も国で一番の金持ち学園の中には興味津々だろう。さらに一目王子を見られるチャンスとあらば尚更だ。
真加は受験生の時にOGである母親のツテで文化祭を見に行き、それはもう感激したものだった。
「それって王子も普通に参加するん?」
「昨年はそうでしたよ。展示をしましたが普通に説明とかしてました。人が殺到しましたが王室の職員の方が交通整理をしたそうで」
「そうせな大変やもんな」
この学園では何よりも王族が最優先される。文化祭の運営が大変になるからといって、王子が参加しないというのはありえないことだった。
それは、さすがの真加も中学からの数年でわかってきていた。
「もうSクラスって何やるか決めたのか?」
「演劇ですよ」
「……それはまた…第二体育館の方だろ?人で溢れそうな…」
体育祭が行われる体育館とは違って、ごく一般的な学校の体育館の大きさの第二体育館があり、そちらには舞台があった。
「五鳳院くんは裏方ですし、最後のダンスにしか出ないんですけどね。入場はチケット制みたいです。今度抽選があるみたいですよ」
「なんやそれ。ほんますごいわ。夏理くんは役あるん?」
「ええ、まあ……」
あはは、と照れてはぐらかそうとする夏理を尻目に、真加は己のあまり綺麗ではないノートに向き合う。
つくづくこの学園は景を中心に回っていると思った。
だいたい、Sクラスがあるのもこの学年だけである。上の3年生、下の1年生はAからEまでの5クラスで、これが通常だった。
最近は色々あったせいで景のことが頭から離れない。
ただ、とにかく目の前のテストに集中しなければ。真加はシャーペンを握り直した。





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