王冠にかける恋

毬谷

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閑話休題

雨沢夏理くんの一日

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Sクラスのことをみんなはどう思っているが知らないが、結局はSクラスの中でも王子を中心としたカースト社会である。
大事なのはどれだけ自分の家が血縁的に、経済的に王子が近いかである。
王子はとにかく国民…いや臣民に対して等しく平等だった。いついかなる時も人に囲まれて優しく会話をしてあげる。
まるで白雪姫とそれに集う小人や森の動物たちのようだった。
そして彼はそれを苦には思ってないようだった。少なくともそれを欠片も表には出さなかった。
将来の王として育てられると、こういう仕上がりになるんだなと純粋に思う。それがいいかどうかは別にして。
感覚としては動物園のライオンを見ている感覚に近いかもしれない。勝手に可哀想だと同情しているが、社会的地位はどう考えても夏理の方が低い。
つまり、余計なお世話であるが、精神や身体に自由がないのをどうしてもつらいだろうと感じてしまうのだった。
そしてあの一件以降。
白雪姫は運命の人に出会ってしまったらしく、誰にでも優しい博愛の人がなんだか変わってしまった。
王子に裏と表など無かった。ただただ表のみを見せていたのに、普通の人間のような仕草を見せるようになってしまったのだ!
具体的に言うと、休み時間にどれだけ小人に話しかけられても相手をしていたのに、「ごめんね、ちょっと考え事したいんだ」とか言って小人を蹴散らし、話しかけられてもただただ無視して外を眺めたりしている。
これはSクラスの中でだけだったが、大革命を起こした。
みんなの王子様(本当は僕の王子様・私の王子様になって欲しい)と思っていた小人たちは恐れ慄いたに違いない。
王子にいい人がいるかもしれない…その疑惑は心に一抹の不安をもたらし、やがて大きな渦となってSクラスを巻き込んだのだった。
ただでさえ、先日の納涼会での一幕は皆に鮮烈な記憶を残した。
王子がDクラスの、しかもオメガの男を助けたからである。
犯人たちは、月曜日にはもはや机もなく、存在したという痕跡すら残っていなかった。
主犯の男などは王族と違ってただの人とは言え、深い繋がりのあった一族の次男坊である。王子も無闇矢鱈にはこういうことはしないだろうが、本当に王子を怒らせると、どれだけ社会的地位があろうが、Sクラスで優雅に過ごしていようが、こんな恐ろしい結末になってしまうのだ。
今、Sクラスでは誰もそのことに言及しない。恐怖と疑惑のためである。
下手に薮を突いて蛇を出し王子に消される恐怖と、もしかすると王子はあのDのオメガに懸想しているかもしれないという疑惑。
王子の手の甲に包帯が巻かれていようが、誰も心配の声をかけない。
今のSクラスは、少し異様な空気であった。
「雨沢くん、ちょっといいかな?」
休み時間、本を読んでいた夏理に王子が話しかけてきた。
ちなみに、王子はいつも誰かしらに絡まれており、能動的に誰かに話しかけるという姿はかなりレアと考えていい。(棗を除く)
「何ですか?」
「少しね」
そういうと王子は夏理を教室の外へ連れ出した。そのまま階段脇の小休憩スペースへ行く。
簡単なテーブルセットのところの椅子に腰掛けた。もちろん棗も一緒である。
「雨沢くん、教えて欲しいことがあるんだが」
「何でしょう?」
だからなんだとさっきから言ってる。
「真加の好きな色ってなにかな?」
王子は恋する乙女のような春の麗らかさを見にまとい、少し恥じらいながら聞いてきた。
夏理は驚きのあまり空いた口が塞がらない。
えっこの人何考えてんの?小学生みたいなこと聞いてきてるんだけど。
高校生が好きな色の話なんかするか?真加の好きな色とか知らねえ。
「うーん、えっと…文房具とか身の回りのものは青が多いかなって思いますよ」
「そうか。私も見ているとそうかなと思っていたんだ。ありがとう」
答え合わせに僕を使うな。
どうやら、納涼会の夜に真加から聞いたことは本当のようで、王子が真加に本気なのは確実だ。
「ど、どうして好きな色を…?」
「プレゼントするときに参考になるだろう?」
「そ、そうですか…」
もはや引き攣った笑いしか出てこない。
後ろに控える棗はもう最近はこんなことばかりなのか、神妙な面持ちでただ突っ立ってるだけだった。
真加も難儀なことになったなと思う。未来の王の相手なんて煩わしいことの方が多いはずだ。
しかし、夏理が茶茶を入れることでもない。かといって王子の応援をするのは癪だし、真加にその気がないなら後押しなんかしてやるつもりはない。

その後も色々と趣味だの休みの日の過ごし方聞いてきて鬱陶しいことこの上なかった。
最後は「本人に聞いてください」とその場を立ち去ったが、あの調子だとしばらくはこういうことが続くかもしれない。
王子が恋愛にかまけている隙に学年一位を今度こそ取るつもりでいたが、夏理にも影響が出るのは非常に困る。
夏理は廊下をガシガシと力強く歩きながら苛立ちを募らせる。
結局彼もSクラスの大革命に巻き込まれはじめていた。
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