王冠にかける恋

毬谷

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第四章

劣情の幕切れ①

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部屋にはグスグスと真加の鼻の啜る音が響いていた。
「もう、やだ……!景が触ってくれないなら…」
ついに景の煮え切らない態度に耐えきれなくなった真加が、景の腕を振り解き下半身に手を伸ばした。
ベッドに寝かした時点でベルトは景が外しており、真加はカチャカチャと音を立ててチャックを外そうとする。
「真加っ…!」
慌ててその腕を取った。
あの会場で痴態を晒さないよう必死に自分を律していた彼だから、このようなことは彼の本意ではないだろう。
あとでこれを覚えているかどうかを置いて、それだけはさせてはいけないと感じた。
景は真加の両手をまとめて片手で胸の前に閉じ込めた。
普段であればもう少し抵抗できるだろうが、真加がいやいやと頭を振って抵抗してもびくともしない。
「やっ、やだ!離して、景、景!」
真加が抵抗しながら叫ぶのを落ち着かせるためか、己の理性がついに本能に落ちる淵にいたのか、景はいつの間にか真加に顔を近づけて唇を合わせていた。
「んっ……!」
真加が驚き唇を離そうのするのを、空いたもう片方の手で頭を押さえつけて逃げ場をなくす。
「んぅ!……ゃ、ぁ!」
真加の呼吸の合間に舌を差し込むと、体が跳ねた。
真加の両手は、胸の前で手首の部分をしっかりと景に捕まれ動けない。
薬のせいか、真加の唾液がひどく甘く感じた。
苦しさからか快感からか、真加が自由になる指先で景の胸板をひっかく。
「ふっ……。んん!…ぁ」
上顎や前歯、舌の裏など余すことなく舌でなぞると、口内まで薬の影響が強いのか、ビクビクと真加の腰がはねた。
だんだんと真加の腕の力が抜けていく。
向きを変えて何度も唇を寄せ、真加の舌を吸うと面白いくらいに甘い声が上がった。
「ぁ……!け、…んぅ…~、ふ」
あまりの乱れように、景はもっと欲しくなり真加の唇を貪る。薬で無理やり発情させられたオメガの粘膜は、ひどく甘美だった。
しかし、真加は身体の作用と薬のせいでこんなことになっているだけで、本当に景を欲しているわけではない。
真加の力が全身から抜けて、口も薄く開きっぱなしで景の侵入を容易く許す。
空いた手で首輪のふちや耳の裏や背中を撫でた。
キスをしながら真加の目を見ると、薄く開き焦点が定まっていない。
「ンッ~…!ぁっ…」
堪能するだけ堪能して、景は真加の唇を離した。
真加は力が入らないのか、そのままベッドに倒れ込もうとする。
おそらく薬のせいで馬鹿になった頭が鼻で呼吸することも忘れてしまっていたようだ。
「はぁー……ぁー…」
景は真加の腕を離し、ベッドに寝かせた。真加はもう指一本も動かないようで、くったりとしている。
手首には痛々しい痕が残ってしまった。
しかし、今の景にとってそれは興奮のスパイスだった。
そのまま真加は目を閉じた。目元は赤く腫れていて、痛々しい。
景は真加の口の端に溢れた唾液を拭いた。
奥二重で大きい瞳が閉じられてしまい、真加のまつ毛が涙で濡れる。
背も170半ばと高く、一見オメガらしくない彼の痴態は、ギャップが凄まじく、景の心を大きく乱した。
もう一度真加に手を伸ばす。
「…………いや、だめだ」
これ以上は止まれなくなる。景は手を止め、自らのスーツのポケットに入れていた万年筆を取り出す。
下半身は痛いくらいに張り詰めて、そろそろ限界だった。
景は万年筆を自らの手の甲に突き刺した。
「……っ」
少し肉を抉るように力を込めると、血がぷつぷつと溢れ出す。
同時に頭とそれに直結した下半身の温度下がっていくのがわかった。
「………は、」
ハンカチで軽く止血をして、景はようやく部屋を出た。



「待たせたね」
別部屋で待機させていた棗に声をかけた。
「うんにゃ全く。それでどうだった?」
「検査をしてみないと何とも言えないけど、ひとまず大丈夫だろう」
「いや、そっちじゃなくて」
棗があっけらかんとした顔で手を振る。
「なにかな?」
「あー、俺が悪かった。なんでもねえよ。……てかその手どうしたんだよ!?」
棗が景の手を指さして叫んだ。ハンカチで止血しているが、血が滲んでしまっている。
「ちょっと待ってろ!」
棗は慌てて部屋を飛び出し、救急箱を抱えてすぐに戻ってきた。
全速力で走ってきたのか、息が上がっている。
「ここ座って」
「うん」
棗が椅子を向かうように置いて自分が座らなかった方を指差すので大人しく座った。
「これ何なんだよー」
棗が景の手を取る。ハンカチを解くと、血まみれの傷があらわになった。
「消毒するからな」
スプレータイプの消毒液を躊躇なく傷口に噴霧され、景は目を顰めて耐える。
その痛みに、急激に我に帰ってきた気がした。
「どうしよう。棗」
「何が?こんな手で強化合宿どうするかって話?」
「違う。真加にキスをしてしまった」
丁寧に血を拭き取っていた棗の手がぴたりと止まった。
よくよく考えたら、無理やりキスしてしまった。しかも振られているのに。
自分も熱に浮かされていたとはいえ、とんでもないことをしでかした。後悔はしてないが、真加がどう思うかと考えると背中に汗が流れた。
「っはは!俺はてっきりキス以上もしてきたかと思って期待してたのに!あーなんだよ!キスだけか!」
しかし、そんな景を吹き飛ばすかのように、棗が大きく笑い出した。あまりに面白いのか、声も出さずに悶え始めたので景は話したのを後悔した。
「…真加は錯乱状態だったし、そもそも番は嫌だと言われたんだ」
「マジで!?」
もはや棗は喜んでいるように見える。
「じゃ、景、まさか振られたのか?お前が?そんな大事なことはもっと早く言えよ。今月一、いや今年一…いや、生まれてから一番面白いよマジで」
「あまり大きな声を出さないで」
棗は生まれた頃から一緒にいる幼馴染で、唯一景に対してこんな口が叩ける友人だった。ただ、大人の前ではこんな砕けた態度はさすがにとっていない。
「これはその葛藤の痕かー、なるほどな。天下の五鳳院景様が振られるなんてすげーよ」
「……」
もはや馬鹿にされすぎて声も出ない。
「最近コソコソしてるの黙ってたけどよ、あんまり上手くいってなかったんだな」
「…これからだよ」
棗は景が昼休みに抜け出していたことに気付いていただろうが目をつぶってくれていた。さらに、朝食の際に真加に話しかけたことや部屋に真加を入れた件で色々と勘づいていたに違いない。
「だいたいさ、こんな血まみれになんだからちょっとキスくらいいいんじゃね?」
「それはダメだろう」
棗がテキパキと手に包帯を巻いていく。
「結構深いぞこれ。本当に大丈夫か?」
「すぐ治るよ。加減したつもりだ」
「怪我させると俺が怒られる。いやマジで。これが残ったら……」
棗は何とも言えない表情をして遠くを見つめた。今更ながらこの幼馴染に申し訳なく思った。
「ま、こんなもんだな」
「ありがとう」
綺麗に包帯を巻いてもらい、手当てが終わった。
「…それで、そっちはどうだった?」
今度は景が聞く番だった。
「あいつ、ぜーんぶ喋ったよ。製薬会社で働いてる悪い友達にもらったんだと」
「薬の種類は?」
「最近警察が追ってたのと同じ」
「やっぱりか」
薬を盛られたとわかったとき、最近被害が頻繁に発生して警察も追っている種類のものかとピンときた。
強烈な催淫作用と強い眠気が特徴的であり、薬を盛られた方は記憶もなく泣き寝入りがほとんどだった。
警察も動き出し、流通ルートの把握に努めているということだったが、製薬会社の人間が流通させていたのなら大問題だ。
「もう一通りわかったから警察呼んで連れてってもらった。それでよかったよな?」
「構わないよ。ルートの解明は私の仕事じゃないから」
「へい。それで、ターゲットは夏理だったらしい。後腐れなくやっちまおうと思ったんだろ」
「…人のすることじゃないね」
景はあまりの嫌悪感に虫唾が走った。顔の良さと後ろ盾がなく口封じしやすいところから目をつけていたのだろう。その計算高さに腹が立った。
「あとは景も見ていた通り。本当に間に合ってよかったな」
多分、景がいなかったらあの犯人は上手いこと言いくるめて真加を傷つけたに違いなかった。
「それで、家の方はどうする?」
主犯の幹事の男、それを手助けした2人、もう既に学園の退学処理は済んでいる。しかし3人ともSクラスなだけあって、王室と深い繋がりのある家だった。
「家の方はまだいい。これを機に王室にはさらなる忠誠を誓ってもらう」
「了解」
急に何もかも進めていくのは反発が大きいだろうから、少しずつ進めていく。
早速、明日から犯人の親たちが釈明に動くだろう。
彼らは罪を犯した。王族のものである学園の秩序を乱したことと、真加を貶めようとしたことだ。
棗は景の瞳に消えない憤怒の炎があるのを見て取ると、少し口角を上げた。
「そういえば夏理が帰らないって他の部屋にいてもらってるけどどうする?」
「真加の部屋に連れてって構わないよ」
「了解。もちろん、お前がいたことは言わないでおくから」
「頼むよ」
実際はキス止まりなのだが、アルファである景が真加の部屋にいたというのは要らない疑惑を招く。ましてや夏理なら真加に手を出したのかと憤る姿が容易に想像できた。
景は軽く微笑む。手の甲の傷が真加を愛おしく思う気持ちに反応するように重く疼いた。
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