王冠にかける恋

毬谷

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第四章

太陽よ覚めないで

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 夏休みも三分の一が過ぎ、真加は変わらず怠惰を謳歌していた。
 連日猛暑日を記録し、命の危険を覚える暑さとなっている。
 外に出るだけで押し潰されそうな暑さとまとわりつくような湿度の高さに日々悩まされながらも、クーラーの素晴らしさに日々感謝していた。
「あーそこ右だったかな。いや左?」
「なんで一回クリアしてるのに覚えてないんだよ」
「なんかミスってるぽいけど」
 真加は部屋で同級生と集まっていた。
 一人はC組で同じサッカー部の風間 瞬(かざま しゅん)。昨年は同じクラスで席が前後なこともありすぐに仲良くなった。今は瞬がプレイしているゾンビを倒す感じのゲームを見ている。
 もう一人はD組で瞬と同室の松原 理人(まつばら りひと)。このゲームをやったことがあるらしいがいまいち記憶が微妙なようだ。
「真加チェンジ」
 瞬がコントローラーを差し出してきたので受け取る。
「いやこれ、ボスの手前でしょ。ふざけんなよ」
「どんなやつだったっけな」
 と言って進むと何やら体のでかい人間とタコのハーフみたいな化け物が画面上に現れた。
「あーこんなやつだったわ」
 理人が寝そべりながら言った。
「これどうするんだよ!」
「攻撃が止むタイミングで顔撃ちまくったら勝った気がする」
「ちょ、こいつ足長いな」
 とりあえず攻撃が当たらないように逃げ惑い、隙を見て反撃する。
「真加エイムびみょいぞ」
「てかさー、宿題やった?」
「全く」
「なあ、雨沢くんって宿題写させてくれるタイプ?」
「今それどころじゃないのわかるだろ」
 真加がゲームに苦戦している間、後ろでは呑気な会話がされている。
 コントローラーのボタンがカチャカチャと音を立てる。
 どれだけ裕福な家に生まれようが、男子校生の会話はこんなものだろう。
 そもそもこの学園のDクラスでも相当な学力ではあるが、隙があれば楽をしたいというのは学生の性かもしれない。
「だいたい、夏理の宿題なんか俺らと全然違うぞ。この前見せてもらったけど」
「ちっ。当てが外れたな」
「真っ当に勉強しろ」
「真加こそ宿題やってんの?」
「俺がなんで夏理の宿題の中身知ってると思う?」
「なんだ同類じゃん」
 真加もあわよくば夏理に宿題を助けてもらおうとしたが、中身が違うということが判明して諦めた。
 とにかく撃って撃って撃ちまくっていると、画面の中のボスがよろめいた。
「あ、ちょ、勝てそうっ理人これ顔だけ撃ってればいいんだよな?!」
「そうそう。おい、ずれてるぞ。胴体はノーダメだから」
「バケモンすぎてよくわからないんだけど!」
「真加がんば」
 瞬が全く気持ちのこもってない応援をよこした。
 画面が操作出来ないドラマパートに入る。ボスがとんでもない色の液体を撒き散らしながら倒れたのでとりあえず勝てたらしい。
「疲れた」
 真加は一時停止ボタンを押してゲームを一旦中断した。
 瞬と理人の部屋にはジュースやらお菓子やらも持ち込まれ、かなり過ごしやすい部屋になっている。
 夏休みの真加はだいたい部活か、ここで過ごすか、部屋で夏理と過ごすか、外に出るかと言った具合だった。
 あれ以来、王子には会っていない。
 今日も雲ひとつない青空が窓から覗いている。あんなにきれいなのに、外に出れば灼熱地獄になのだから不思議だ。
 この前、ミミズが干からびていたのを見た時は流石に同情してしまった。
「あーもう夏休み終わっちゃう……」
 理人がぼやいた。8月の頭だ。こんなぼやきをするにはまだ早すぎる。
「まだ始まったばかりだろ」
 真加がたしなめる。
「いいよなー真加は。Sクラスの集まりに呼ばれてるんだから夏休み終わっても楽しみがあるだろ」
「付き添いだけどな。Sクラスから見たら俺なんか存在すら認知してもらえないよ」
「それでもいいじゃん!」
 瞬が目を細めて叫んだ。何気なく納涼会の件を漏らして以降、事あるごとに理人と瞬は羨ましがる。
「どんな感じなんだろ?」
「めっちゃいい匂いしそうじゃね?」
「アホすぎる…」
 同じ学園の同級生というのに、Dクラスから見たSクラスはまさに殿上人だった。この学園に到底縁の無い人たちからすると、さらに階級社会が広がっているとは夢にも思っていないだろう。
 Sクラスにいわゆる「成り上がり」はいない。お金だけあってもだめなのだ。Sクラスでは何より家柄が重視される。例えば家系図が1000年以上遡れるとか、政府・王室と深いつながりがあるとか、祖父が教科書に載っているだとか、そういった後から成功者の仲間入りをした人たちがどうやっても手に入らないもの。
 逆に言えば、アルファ、オメガ、ベータの性は、それを覆すことの出来る唯一の要素かもしれない。とはいえ、アルファが頂点に立つのではなく、頂点に立つものがアルファだったという方がしっくりくる。王子なんかそれの最もたるものだ。
「寿司とか持って帰ってきてよ」
「タッパーに?俺捕まるだろ」
 寿司なんかいくらでも食っているだろうにSクラスという付加価値がつくだけで偏差値が下がるのはやめてほしい。
「俺は西園寺のご令嬢の連絡先でいいよ」
「なんでそんなお土産の難易度が高いの?」
 だが、真加が逆の立場だったら同じようにあることないこと言っていたに違いない。
「そういえば、それって王子も来る感じ?」
 理人が実家から送ってもらったお菓子をつまみながら言った。
 少し真加はどきっとする。あの日、王子の部屋に招かれたことは本当に誰にも、家族にすら言っていなかった。
 真加はあまり知らなかったが、王子は海外でもその美貌が取り上げられ話題になっており、もちろん「お妃候補」の注目度も非常に高い。
 みんな態度がどうであれ、男でも女でも、アルファでもベータでもオメガでも、王子に気に入られたい気持ちが少なからずある。
 王子との出来事は誰にも話さない方がいいと判断していた。
「さあ…夏理は何も言ってなかったし、普通に来ないんじゃない?」
「まあそうだよなー。いたらさ、王子と2ショットと撮ってきて」
「あーはいはい。肩組んで撮ってきてやる」
 写真を撮ってこれたら食堂で何かおごってきてくれるらしい。ミッションの高さに合わない低い報酬が適当さの証明だった。
 結局、真加たちにとって王子やSクラスは芸能人のように遠い存在だった。
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