王冠にかける恋

毬谷

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第二章

君の欠片を拾った日のこと。

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真加が中庭に行くと、だいたいハルはいた。一人になりたいと思ってここにいたはずなのに、いつの間にかハルがいてもそんなに気にならなくなった。
いつしかGWが終わり、中間テストも過ぎた。真加の結果はさておき、今回も王子が一位、夏理が二位だった。
ハルが自分から話しかけてくることはあまりなく、大体は真加が喋っているか、お互い喋らずにボーッとしているかで楽だった。
ハルは本ばっか読んでいるせいか博識で、真加のくだらない疑問にも答えてくれる。ハルがなぜここに来るのかはよくわからなかったが、秘密の友人ができたようで何となく嬉しくなった。
「ハルってネクタイないの?」
6月のある日、真加はハルに尋ねた。だんだんとまとわりつくような暑さが東屋を多い、首輪が鬱陶しく感じる。
そろそろ外にずっといられない季節が来ることを予感させた。
ハルがネクタイをしているところを真加は見たことがない。この学園は夏服ならともかく、冬服でネクタイを結んでないと教師に注意される。
そもそもネクタイの色でクラスを判別しているが、特定のクラスに所属していないものがネクタイをしなくて良いわけでもない気がした。
「あるけどしてない」
「何も言われないの?」
「…言われたことない」
「そうなのか」
確信した。ハルはどこぞのかなり金持ちの息子で、学園側もぞんざいには扱えないのだろう。それと彼の精神的な弱さと相まって色々と特別待遇なのだ。絶対そうだ。
「だって窮屈だし…この首輪も」
ハルはぼそぼそと呟いてシャツの第二ボタンに手をかけ、そのままするすると手を上にやって首輪に手をかけた。彼が軽く引っ張ると多少の余裕が出来るが、取れるようなものではない。
しかし、今の発言に真加は引っかかりを覚えた。
「…そう思うんなら、お前はアルファだな」
「え?」
「首輪は、確かに鬱陶しくてたまらないけど、自分がオメガだったらそんなのん気なこと言えるのか?」
「……」
アルファがオメガのうなじを咬むことによって番は成立する。合意がなく番うことを防ぐために首輪しているオメガはいるが、オメガであることがバレるので首輪をするのも悩ましい。この学園は、校則によりベータもアルファも関係なく首輪をしている。オメガが守られるように。
ハルは口をつぐんだ。自分の配慮の至らなさに気付いてくれたら嬉しい。オメガである真加にはどうしても聞き逃すことは出来なかったから。
「ベータが流石にそんなに偉そうなことは言わないから、アルファなんだろ?」
秩序と品格を重んじるこの学園で性別に言及するのはマナー違反だった。
真加はそれでもこの傲慢な男に物申したくなったし、自分がオメガだと思われても良かった。
「……ごめん。僕が浅はかだった」
ハルが頭を下げた。潔く謝れるようなタイプには思えなかったから、少し驚いた。
「俺も言いすぎた。ごめん」
気まずさをかき消すように違う話題を出した。
「ご、五時間目、数IIなんだよなー。やる気無くすわ。最近何言ってるかよくわからんし」
「今どこをやってるんだ?」
ハルも自分の失言を気にしているのか、すぐに返事が来る。
「えー、なんかひねりある不等式とか…ハルは?数学得意?」
「得意な方だと思う。数学は好きだ」
「はあ、すげーな。そういえば、俺の同室のやつもそんな感じだな」
「そうなのか?」
「知ってる?Sクラスの雨沢夏理って」
「聞いたことはある」
さすがだ。失礼ながら友達がいないようなこと男の元にも夏理の噂は届くのだ。真加は何だか嬉しくなり自然と口元が緩んだ。
「学年二位だよ。すごくない?王子が一位だから、実質一位だよ」
「はははっ実質一位か?」
あんまり大袈裟に褒めそやしたものだからか、ハルが吹き出した。
「王子はチートだから!頭もいいし、運動神経も抜群で、あの顔でしょ?何でも出来るから、みんな敵わないなって勝手に線引いてだからしょうがないって言ってるけど、夏理はいつも本気なんだ。本当にすごいよ」
多分、夏理は証明したいんだと真加は思っている。オメガでもアルファに勝てる。一般庶民でも王子に勝てると。
オメガは身体的に不利な要素があることから、頭が悪い、発情期があって合理的な判断ができないという偏見があった。夏理はそれに抗おうと、この格差社会の極みのような学園で日々努力していた。
真加が唾を飛ばさんばかりの勢いで熱弁しているとハルが口を開いた。
「好きなのか、彼のこと」
「ん?」
あまりに唐突なことだったので真加は驚く。
「とても尊敬しているようだから」
「恋愛的な意味でってこと?」
「そう」
「それはないな。夏理のことは友達だと思ってるけど、そっちの方で考えたことは無いかも」
オメガ・アルファは男女の性別に固定されない生殖機能を有しているためか、同性同士のカップルもさほど珍しくない。真加もあまり気にしたことはないが、夏理をそういう対象として見たことはなかった。
真加はオメガだ。そして父親は経営者だ。婚約者とかお見合いとかそんな露骨なものではなく、アルファの男性か女性を親が紹介してくれて、そのまま付き合って結婚するような未来を自然と考えていた。
「そうか。てっきり好きなのかと思った」
ハルはあっけなく呟いた。膝の上で組まれた指が綺麗だと思った。爪も短く四角に整えられていて、ささくれや甘皮が見当たらない。手入れしてくれる人がいることが感じられた。
「ハルって男女が並んでるとすぐ付き合ってるとか考えるタイプ?」
当てこするように言った。
「そうかもしれない」
しかしあっさりと返されてへっ?と声が出た。ハルはプライドが高そうで、小馬鹿にされたような言い方をしてしまったためいじけると思ったからだ。
「男女だけじゃなくて男と男、女と女でも思う。多分羨ましいんだろうな」
その口調は何だか諦めているようにも感じた。このリア充め……となるってことか、と聞こうとしてやめる。もっと真剣な何かがありそうな口調だったから。
もう既に親が決めた婚約者でもいるのだろうか。
「恋愛に夢見てるんだ。ありのままの自分の見てくれるとびきりの誰かかいればどんなに幸せなんだろうかって思うよ」
「……」
ハルは遠く、すごく遠くを見つめていった。あまり目線が見えないからわからないけど多分そう。
今度は茶化すことができなかった。自分を一番にしてくれる誰かを、真加も待ち望んでいた気がしたからだ。
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