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風の神殿へ(5)

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 うん、今回は目を瞑りませんでした。
 こんな光景を見せられるくらいなら目を閉じるべきでしたけれどね!
 ……私達、今回は正規の方法で来たんですよね?
 実は歓迎されていないんです?
 と、脳内で暴れたくなるような光景が広がっているのだ。
 なんたって……――。

「――……どう見ても一面野原だな」
「うん」

 クロイツの呆然とした声が虚しく草原に響き渡る。
 チラっと隣を見ると殿下達は勿論の事、何故かエルフの御二方も表情を崩していた。
 あれ? 異常事態?
 二人の表情に僅かに首を傾げる。
 てっきり、この光景はフェイクでエルフの方が何かをする事で神殿が現れるとか、そういったギミックなのだと思ったのだけれど。
 もしかして違う?

「神殿には正規の方法で来たのですよね?」
「え、ええ。そうね。アタシもそんなに何回も来てはいないけれど、やり方は間違っていないわ」
「けれど、違う場所に来た、と?」

 頷くエルフに内心顔が引きつる。
 明らかに異常事態発生だと確定したからである。
 改めて見渡すと一面の草原が視界に広がる。
 そよ風が優しく髪を撫ぜ、柔らかな陽の光がじんわりと体を温めてくれる。
 こんな状況と目的でなければ是非ともピクニックといきたいぐらいにはほのぼしい所である。
 未だ思考が巡っていないエルフさんを正気に戻すと彼は軽く頭を振ったが、辺りを見回し再び頭を抱えてしまった。
 このヒト、案外想定外に弱いんだなぁと思ったのは一種の逃げです。

「本来なら、草原に神殿が建っているの」
「草原ではあるんですね」
「ええ。ただここの草原がここまで果ての無い場所だとは知らなかったわ」
「魔法か何かだとは思いますけど確かに果てがありませんね(地平線が見えるもんなぁ)」

 魔法じゃなければ何処なんだって話になる。
 流石にここまで一面野原の場所なんてこの世界には無いだろう……多分。
 と、この場所の考察はともかく、正規の方法なのに神殿に行けなかった事を考えるべきだろう。
 一番ありえるのは?

「神殿に拒否されて、別の場所に来てしまった可能性はありますか?」
「そんな!」

 まるで自分が全否定されたかのように絶望の表情を浮かべるエルフさんに「(いや、別に貴方がとは言ってないのですが)」と心の中で突っ込む。
 むしろ拒絶されるとすれば私達の方だろう。
 人の魔力を奉納させといて拒絶するとは何事? と思わなくもないが、神殿を護っている何かに殺されそうになるよりはましだろう。
 うん、ましなはずだ。
 心の中で相手を罵る言葉が無限に沸いてくるぐらいである。
 冷静に、冷静に、と自身に言い聞かせると改めて問いかける。

「風の神殿に行った事のあるエルフの御二方を除く誰かが拒絶されたのではないかと?」
「それか、時が悪かった可能性もありますね」
「ああ、そうですわね。その可能性もありました」

 その方が心には優しいよね。
 前回殺されそうになったのが響いているのか、物騒な方に思考が寄っていたらしい。
 いや、ここでの鬱憤が溜まり切っていて思考が物騒なのかもしれないけど。

「(うーん。エルフという種族を嫌っている私とクロイツという存在が風の聖獣の気に障ったのかとおもったけれど)」

 なんとなくエルフは風の聖獣の保護下なのかなぁと思っていたのだ。
 土の聖獣は獣人で水の聖獣は人……帝国人? の保護をしていると言うのが私の予想だ。
 そうなるとドワーフの所に火の神殿がありそうだし、ドワーフは火の聖獣の庇護下って事になるけど。

「(あーいやいや。それはない。そうなると王国人は光闇の聖獣の庇護下になってしまう。それは流石にありえない)」

 帝国と王国の差なんて聖獣、ひいては神々には関係ない。
 その土地に住まうものを庇護するってなら有り得るかもしれないけど、なら獣人の集落が滅んだ理由が分からなくなる。
 と、なるとエルフが庇護下にあると言うのも考え違いか。
 そうなると振り出しに戻ってしまうのだが。

「(なら、なんで拒否されたんんだろう?)」

 内心首を傾げる。
 どうやら此処で考えていても答えは出なさそうだ。

「取りあえず探索でもしてみます?」
「この場所を動かない方がいいんじゃないかい?」

 好奇心エルフに問われて「うーん」とうなってしまう。
 それも一つの道だとは思うのだが。

「此処に居ても状況は改善しないかと? なら、危険だとしても原因を探る方が建設的かと思います」
「幾ら風の聖獣様でも僕等を害したりはしないさ! もう少し待っていれば道を開いてくれるのではないかな?」
「楽観的過ぎませんかね? どうして神殿が現れないのか全く分かっていませんし。非常事態に一か所に留まるのはあまりおすすめできませんが?」

 最悪風の神殿を護っている何かに攻撃される可能性がある。
 その場合遮蔽物の無いここは迎撃には心許ない。
 出来ればもう少しこの場所がどんな場所かを把握しておきたい。
 物騒と言うなかれ。
 今、此処には殿下方もいるのだ。
 万が一は考えておかないといけないだろう。
 と、遠まわしに伝えたのだが、変人エルフには伝わってくれなかったらしい。

「こんな長閑な場所なんだ。何も起こらないさ!」
「……ではワタクシ達だけ周囲の探索をしてきましょう」

 私とクロイツ、後ルビーンとザフィーアが居れば、咄嗟の攻撃にも対応できる。
 元々殿下達を危険に晒すは気は無かったし、別行動するのは問題無い。
 と、いうよりもそろそろこのエルフと問答しているのがめんどくさくなってきた。
 だってさ。
 このエルフ、分かってて話を伸ばしてるし。
 森の外での実戦経験によるものか、彼は今が異常事態だと認識している。
 色々な事を把握すべきとも考えているはずだ。
 なのに反対意見を言っているのは、ただ言葉を交わす事を楽しんでいるだけ。
 唯々諾々と自分に従わない存在との対話を心から楽しんでいるのだ、この男。
 証拠に眼が輝いている。
 言葉を返すたびに輝きは増していく。
 もはやキラキラを通り越してギラギラしている。
 心底めんどくさいになりそうなのだ、こうしていると。
 非常事態に遊びに興じるのは趣味が悪すぎると思うのだが、それを指摘してもこの変人エルフは喜ぶだけだろう。
 結局、話を切り上げて動くのが利口というやつだ。

「では殿下達はエルフのお二人と此処でお待ちください。ワタクシ達は周囲の探索に行ってきます」
「「その必要はないよっ!」」

 さっさと動こうとする私達を止めたのは好奇心のままに動くエルフでも人見知りを発動しているエルフさんでも、そして殿下達でもない子供の声だった。



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