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エルフの中でも厄介なヒト(2)

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 落ち込む叔母をさくっと無視し、エルフさんに真意を聞くと、彼は何処か困った顔で叔母を見やった。
 どうやら知己が落ち込んでいる事が気になるらしい。
 けどまぁ今の私には叔母に対して優しくする気もないので、ニッコリと微笑みエルフさんに言うよりに圧をかける。
 
「きっとその内落ち着きますわ。ですから教えて下さいませんか?」

 こっちが退かないと分かったのだろう。
 エルフさんは困った表情ながら口を開いた。

「まずは自己紹介から。僕はノエル。君の叔母とは同士みたいな者だと思ってくれれば良い」
「ワタクシ、キースダーリエ=ディック=ラーズシュタインと申します。お好きにお呼び下さい」
「あぁ、うん。そちらも名前を聞いても?」

 殿下達の方を向いて言ったエルフさんに対して両殿下は顔を見合わせた後、名乗る。
 エルフさんは名を聞いて少しばかり目を見開いたが、事前に聞いていたのか、然程大きな驚きではないようだった。

「おれはルビーンダ」
「我、ザフィーア」

 特によろしくとも言わず、人を喰ったような表情のまま名前だけを言い放つ二人に私は蟀谷を抑える。
 どんな時も、らし過ぎて泣けてくる。
 もう一度頭を下げるべきか悩んでいた所を当事者であるエルフさんに止められた。

「ああ、構わないよ。獣人、それも【主】を持った獣人は、皆こんな感じだからね。むしろ名乗るだけでも驚いたよ」

 獣人って自己中で無礼な集団なんですかね?!
 特に【主】を見つけてからの獣人に良い噂が少なさすぎるのですが。
 むしろ武勇伝? 無礼列伝? みたいなモノばかりなのですが。
 私が獣人の習性について頭を悩ませている間に二人はまたもや無礼を働いた。

「てめぇには礼儀なんぞいらねぇだロォ?」
「いえ、いりますからね。必要ですからね」
「先に無礼を働いたのは向こうなのにカ?」

 もっともな事言っているけど、貴方の場合、面倒だから建前に使っているだけでしょう?
 と、更なる突っ込みを入れようとしたが、それをエルフさんに止められた。
 
「キースダーリエお嬢ちゃん。気にしなくて良い。獣人族がエルフ族を敬うことはない。彼の種族は根本的に人族しか興味が無いんだよ、人族しか【主】にしない、みたいにね――いや、出来ないかもしれないけれどね」

 本能的に失礼な態度を取っているって事?
 それはそれでどうなんだろうか?
 それに少し気になる事が聞こえた。

「人族だけ? “しない”ではなく“出来ない”? それはエルフ族が現在、存在自体が隠されているから、ではないのですか?」

 過去に問題を起こした獣人の事例が書かれた文献はある程度読んだ。
 多分、ぼかされている所も多いとは思うのだが、それでも獣人の【主】がらみの事例は多く、そして血腥い。
 ただ私は、それに関して【主】が脆弱な人だからこそであり、他の種族……例えばドワーフならば、そんな事件は起きないではないだろうか? と解釈していた。
 ただまぁ言われれば理解出来ないとも思った。
 文献では獣人族が人族に対して枷が存在すると書かれていたのだ。
 それこそが世界の真理の一つだとも。
 その枷が人族と獣人族との間に結ばれる【従属契約】なのだとすれば、納得できない事もない。
 
「(そういえば、あの時、私はならば獣人族は人族に対して枷を嵌める事は出来ないのかな? と考えたっけ)」

 エルフ族は生存不明でドワーフは独立機関みたいなイメージだったからなぁ。
 だから人族と獣人族の相互関係なのかと思っていたけど……。
 エルフ族が現存しており、更に獣人族だけが人族から枷を嵌められるのだとすれば?

「私の推測は微妙に間違っていたという事ですか? ……人族は獣人族に【枷】を与える事が出来る。それが【従属契約】。けれど逆に獣人族は人族に【枷】をかける事は出来ない。それはつまり人族と獣人族は相互関係ではない、という事ですか? 相互関係だとばかり思っていましたが違っていた?」

 過去に抱いた疑問をエルフさんにぶつけると、彼は破顔した。
 途端雰囲気すら変わる。
 あの、あまりに嬉しそうな表情と態度に腰が引けそうなんですが。

「素晴らしい! 君は美麗なだけではなく賢くもあるのだね!」

 今にも此方に飛び掛かってきそうなエルフさんに口元が引き攣る。
 いや、口調も微妙に変わってませんかね?
 私が怯えたのに気づいたのか、私とエルフとの間にルビーンとザフィーアが入ってくれた。
 うん、ありがとう。
 あの勢いは流石に怖い。
 と、ある種の隔離処置? 臨戦態勢だというのにエルフは一切、そんな様子が見えていないのか、華やかな雰囲気になり、口数も増えた。

「この世界は争いを嫌っている。理由は未だ判明していない。けれどね! 分かることもあるとも。それこそが神々は【人族】【獣人族】【エルフ族】に【制止力】を介在させているという真実だったんだ!」

 両手を開き、子供ようにはしゃぎながら話すエルフはこの世界の真理を追究する事を心から悦んでいるようだった。
 目はキラキラと輝き、口元は笑みを梳き、今にも踊りだしそうだ。
 全身で喜びを表現する彼に誰もが呆気に取られている。……いや、叔母だけは頷いているだけだが。
 エルフは大仰な仕草で両手を広げ一回りすると道化のように頭を上げ顔だけを上げると笑いながら口を開いた。

「獣人族に対しての“抑止力”は本能に【枷】をかける事。つまり人族の中から【主】を選ぶこと。これにより獣人族は人族を簡単に殺せなくなった。勿論例外はあるけどね!」

 それは理解出来ると思った。
 根底に存在する【主】を渇望する心を見ない振りをして人族を蔑む獣人族はいるようだし。
 もしかしたら例外としてそこまで渇望していない方もいるかもしれないけど。
 エルフは今度は二本指をたてた。

「次にエルフ族から獣人族の”抑止力”だけど、これは身体に【枷】をかけることかな。エルフ族は森の獣に対して敬意を持ち、自らの糧にする以外の狩りが出来ない。そのために獣の性質を持つ獣人族も又、狩りにみなされる行為が行えない。いくら僕達でも獣人族を自らの糧とは思えないからね。狩りとは言ったけど、正確には攻撃全般を、と言っても良いだろうね」
「それは【枷】の強さによっては脅威ですわね」
「ああ、脅威だとも! なにせ緊急時、命のやり取り以外では僕等は全力を出すどころか半分の力も出せないからね」
「それは……かなり強い【枷】と言えますわね」

 ただでさえ身体能力の高い獣人族を相手するのに、半分以下の力でしか対峙出来ないなんて。
 しかも命のやり取りって言われても曖昧過ぎて、微妙だ。
 ルビーンとザフィーアのような元暗殺者のように一撃必殺タイプ――快楽主義だった二人は嬲ったりもしてそうだけど――相手だったら全力を出すまも無く殺されてしまうのでは?

「ちなみに獣人族は本質的に人族以外に興味が無いらしいね。良くも悪くも人族だけが獣人族の本気を引き出せるということだと僕は考えているよ」
「そして、天敵足り得る獣人族に対してエルフ族は敬意と共に少しばかりの警戒心を持つ、という事ですか?」

 先程のエルフさんの様子から推測すると彼は目を大きく見開き、その後目をキラキラと輝かせた。

「本当に君は最高だね! ああ、確かに僕達は獣人族の中の存在する獣に敬意を持っている。けれど、同時に自分達にとって最大の脅威として警戒し恐れてもいるのさ!」
「最大の脅威、ですか」

 それは人族が獣人族を【従属】させる事が出来ると言う意味も含んでいるのだろうか?
 それとも単純に人族では魔力的にも身体能力的にも歯牙にもかけていないと言う事なんだろうか?
 何方にしろエルフ族にとって人族とは埒外の存在らしい。
 まぁ獣人族は人族にしか興味が無い、と考えればエルフ族は獣人族にしか興味が無い、でもおかしくはないけど。
 あれ? でも、その場合人族はエルフ族にしか興味が無い、になってしまう気もする?
 うーん、この仮定は少し無理があるかな?

「ああ、そんな顔をしないで。僕達エルフ族が人族を侮っているわけじゃないんだ。ただ人族はエルフ族を傷つけることが絶対に出来ない、と僕達が知っているだけなんだ」
「人族はエルフ族を傷つけることは出来ない?」

 そんな顔ってどんな顔ですか……ではなく、そんな馬鹿な。
 だって私は貴方を傷つける事が出来ると言うのに。
 傷つけられない理由が【魅了】だと言うならば、私の様に【完全遮断】スキルを習得すれば良い。

「(ああ。けど、それはとても難しいのか。そんなような事を言っていたし)」

 こうして実例がある以上、絶対ではないとは思うのだけれど?
 エルフは未だ納得の言っていない私にも微笑み指をもう一本たてた。
 これで三本の指がたてられた事になる。
 どうやらこの指はそれぞれ人族、獣人族、エルフ族の事を表していたらしい。

「人族がエルフ族に対する“抑止力”は精神に【枷】をつけること。人族はすべからずエルフ族に強力な魅了をかけられる。それは魂に刷り込まれる程、強力であると揶揄されるくらいなんだ。人族はエルフ族に悪感情を抱くことが出来ない。僕達の存在が今の時代まで幻である理由でもあるね」
「頼めば口を噤んでしまう程、という事ですか?」

 驚きで声がひっくり返らなかっただろうか?
 確実に震えていたような気はする。
 事実ならば、あまりに規格外すぎる。
 神様が与えたもうそれぞれの【枷】。
 それはもはや祝福ではなく呪いなのではないだろうか?

「<そこまでして争いを回避したかってことか? ばかみてーにすげーな>」

 クロイツの声は何処までも呆れていた。
 私も心の中で同意する。
 争いを嫌う理由は分からないが、神様とやらはそのためにこの世界に生きるモノ全てを呪ったのだ。
 とんでもない規模であり、いい気分はしない。
 それともこれは『前世』を覚えているせいだろうか?
 生粋のこの世界の存在は神を疑う事は無い。
 表面上には信じないと嘯く者だって、根底では信じ、時には恐れているのだ。
 私達のように神という存在に対して呆れや僅かとは言え嫌悪に近い感情を抱く事は出来ない。

「(クロイツなんて分かりやすく神様という存在を嫌っている。それも心の底から)」

 私だって、神様の所業には思う所があるし、それをおかしな事とは思っていない。……此の世界では異端な考え方であるとは思って居るけれど。
 もしかしたら【魅了完全遮断スキル】の習得するための一つには【神々との意識的な乖離が必要】となっているのかもしれない。

「(だとすれば私以外に習得できるのはクロイツだけって事になるけど)」

 後【神々の気紛れ】が起こった人達。
 とは言え、そういった存在はそうそういないらしいけど。
 ともすれ、それが必要なのだとすれば、習得するための修練の一つ、条件の一つを誰にも明かすわけにはいかない。
 話しても理解されない上、場合によっては排除の理由になってしまう。
 その事が切欠で兄様達やリアに嫌われたら、私の方が死にたくなる。

「(あっ! でも条件上のこの世界の人達には中々難しい条件って事は……――)――リア! 貴女は何も悪くないという事ですわ!」
「お嬢様?」
「人族はエルフ族の【魅了】を完全に排除出来ないとのこと。つまりリアの忠誠心が低いのではなく、仕方の無い事なのです。ですからリアが苦しむ必要は全くありませんわ!」
「ですが、お嬢様は……」
「リア」

 私はリアの両手を掬い上げるように持ち上げ握りしめる。

「自分で言うのはなんですが、ワタクシは普通ではありません。ですからリアがワタクシよりも心が弱いわけでもなく、ワタクシに対する思いが少ないわけでもないのですわ。勿論ワタクシもリアを信頼し愛しておりますけどね」

 その気持ちで負ける気は一切ございませんわよ? と言うと、ようやくリアは憂いなく笑ってくれた。
 本当に良かった。
 これでリアが突然死のうとする事はないだろう。
 ただし、此処までしないとダメだった事に内心苦い思いが広がる。
 全く神様の【枷】は厄介だ。
 そう、いっそ、呪いと言っていいほどに。
 内心神々に対しての不信感を募らせていると後ろから咳払いが聞こえた。
 後ろを振り返るとエルフが何ともいえない表情で此方を見ていた。

「僕が知る限り初と言って良い快挙を「普通じゃない」の一言で纏めてしまっては困るんだけどね」
「何かおっしゃいまして? 元凶サマ?」

 本当の元凶は神様かもしれないけど、このエルフも悪い。
 だって、このエルフ、自分の魅了スキルをコントロールしてるっぽいもの。
 認めるのは悔しいけど、そうでないとリア達が今こうして普通でいられる事に説明がつかない。
 私――後、きっとクロイツもだ――を抜いた面々は魅了を弾き飛ばす事は出来ない。
 神様直々の祝福(私的には呪い)に抗えるはずがない。
 だとすれば今、ほぼ正気なのはエルフが加減しているから。
 つまり、このエルフは叔母の悪だくみを止める所が増長させたのだ。
 そのせいでリアがこうなっているとなれば、私にこのエルフに対する敬意など持つはずもない。
 最初から無かったけど、今はマイナスにめり込んでいる。
 蔑むような眼差しに気づいたのかエルフは肩を竦めた。

「怖いなぁ。人族からそんな目で見られたことなんてないのに。本当にとっても怖いね!」
「その割には嬉しそうですわね」

 本当に特殊な趣味でもお持ちなのでは? とは言わなかった。
 言えば叔母が再び恐慌状態になりそうだからであってエルフが喜びそうだからではない、断じて!
 ……って力説しても仕方ないけど。
 と、叔母が恐慌状態になると話が進まないのも理由の一つではあるしね。
 あ、認めちゃた。
 心の中で独り漫才している間もエルフはギラギラとした目でこちらを見ていた。

「僕の探究心が刺激されて仕方ないのさ! あぁ歴代のエルフでも経験できないった経験を僕は今している! なんて興味深いんだ!」
「ちょとノエル? 私のダーリエちゃんに手だしなんてしたら許しませんわよ?」

 止めてくれた叔母に少しばかり驚くが、それよりも驚いたのは、そんな叔母に対してエルフが何処か影のある、だけど、何かを渇望しているような、不思議な感情を宿していたからだった。

「リキュー! 君は確かに【探究者】であり、僕達の魅了にかかりにくい。だからきっと君のキースダーリエ嬢への愛情が魅了を越えれば僕を排除出来るかもしれないね。けど、君は僕無しでは完成しない研究を手放せるのかな? そう【探究者】である君が?」

 それは無理だ。
 私は冷静に、それで無慈悲に判断を下す。
 【探究者】とは信念一つで成り立っている職業と考えて良いだろう。
 そうであるとするならば、叔母にとって研究は全てを押しのけて頂点に立つ生きる意義だ。
 それが他者への愛情、しかも親族でしかない私への愛情によって阻害されるなんて。
 その程度で【探究者】なんて神々も許しはしないだろう。
 エルフもそれが分かっているのか表情も変わり、今度は駄々をこねた子供をなだめるかのような顔になった。
 私もエルフも答えなど分かっていたのだ。
 いや、分かっているつもりだったのだろう。
 だからこそ、その後の叔母の言葉に私もエルフも大きな驚きに包まれたのだから。

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